2011年7月9日土曜日

リンク集 ― 脱原発論争

戦後日本に現れた初めてのドン・キホーテ型宰相と言えるのではないか?小生は菅直人首相をそんな目で見ているのですね。エネルギーは政治の争点にはなり得ないと宣うた御仁も居るらしいが、「一体、何故に争点にはならないのでございますか?」と、是非ご卓説を聞きたいところだ。


国民、産業が使用する主たるエネルギーを原子力に求めるか、非原子力に求めるか?欧州では国民投票までやっている。これが政治的争点でないなんてねえ・・・・ほんとに政治家か、その御仁は。私はそう思うわけである。


さて原発か脱原発か?参考情報をまとめるのは、ほんとうにやりやすいのだ。


日本の電気代(BLOGOSから引用)
現在の日本は、定期点検中の原発が再稼働できないという、おそらく最も急進的な脱原発に向かっている。その代償は、電気代の上昇、熱中症や大気汚染などによる人命、そして、産業の空洞化による失業率の上昇とそれによる自殺者の増加などが考えられる。得られるものは「放射能」という悪霊と、文字通りに日本人の命をかけて今年の夏に戦った、という誇りみたいなものなのかもしれない。アメリカが911でテロとの戦争をはじめたように、日本は311で原発との戦争をはじめたのだ。
なるほど、こんな風にみている人もいるのだなあ・・・・と。戦争だって、する人にとっては善だし、その他の人にとっては悲惨でしかないからなあ。そんな感懐を覚える。

脱原発には覚悟が必要だ(池田信夫、アゴラから引用)
脱原発の最大の被害者は、エネルギー多消費産業の労働者と、工場の立地する地方都市の住民だろう。
ま、同じ趣旨である。


他方、原発必要論は電力会社のロビイングに影響された政治的プロパガンダという意見も拡散してきている。たとえば
<脱原発>50年の経済影響なし 東京大准教授試算茂木源人、Yahooニュースより

これは読めなくなるかもしれないので本文の要点を引用しておく。
 現在、日本の電源は原発約3割、火力約6割、太陽光を含むその他が約1割。試算では、太陽光パネルの寿命は20年で、発電量は年率1%で劣化するとした。50年までの電力需要を考慮し、(1)原発を段階的に廃止し、その分を太陽光が代替する(2)原発はそのままで、太陽光が普及していく分、火力を減らす(3)原発はそのままで、太陽光は住宅への普及限度の1000万戸まで増え、その分の火力が減る--の3ケースで分析した。
 その結果、50年の国内総生産(GDP)は、(1)536兆円(2)533兆7000億円(3)536兆1000億円で、ほぼ同レベルになった。
 この理由を、(1)と(2)で太陽光パネル製造や設置費など40年間で162兆8000億円が投入され、製造工場などで雇用が生まれるためと説明している。
 東日本大震災前の原発の平均発電量を得るには、1万平方キロの設置面積が必要だが、現存の耕作放棄地などを活用すれば可能という。
 一方、電力料金については、20年代半ばに1キロワット時あたり0・6円上がるが、大量生産が実現する30年に元に戻ると分析した。
 茂木准教授は「当初の太陽光発電のコストは他電源より高いが、国内ですべて生産すれば経済の足を引っ張ることはない」と話す。【藤野基文】
民主党が脱原発に舵を切るなら、きちんと数字を示すべきだと指摘されることが多いが、政府が示す数字は政府にとって都合の良い数字に決まっている。そんなバイアスのある数字を空しく期待して待つよりも、色々な試算結果が誰でも読める形でアーカイブされる場所がネット社会のどこかに確保されていれば、それが最善ではあるまいか?

エネルギー戦略とは産業構造戦略でもある。この二つは表裏一体で考えなければならない。ドイツが脱原発に舵を切る姿をみて、ヒヤ、ヒヤ~などと茶化している姿は無様であると同時に、愚かである。

日本の太陽電池メーカー自滅の原因(ダイヤモンド・オンライン、産業レポートより)

生きるか死ぬかで競争場裡にある民間企業は流石にしっかりと現実をみている。

エネルギー関連の地産地消目指すシャープ(ウォール・ストリート・ジャーナル)
これまた新聞記事なので後日読めなくなるかもしれないので、要点を引用させてもらう。

日本最大の太陽電池パネルメーカーであるシャープは現在、国内2カ所に太陽電池の生産工場を有している。1カ所は1980年代に、もう1カ所は2010年3月にそれぞれ稼働開始したものだ。
片山社長はこれら生産拠点について、「日本の中の需要は小さかったが、(需要拡大を)期待して日本に工場をつくった」とし、「しかし需要が伸び悩み、国内の供給能力とのギャップが収益性を悪化させている」と述べた。
「海外に輸出しようと思っても、リーマンショック以降の円高で海外で競争力を失っている」と、海外現地生産拡大に乗り出すきっかけについて片山社長は語った。
それに向けた大きな第一歩として、シャープはイタリアの電力大手エネルとスイスの半導体大手エス・ティー・マイクロ・エレクトロニクスと合弁会社を設立し、イタリアのシチリア島に太陽電池パネル工場を建設中だ。新工場は年内に操業を開始する予定。
工場の建設予定地については、片山社長は「需要が増えそうな地域があったら、その地域に太陽電池の工場を造るというのが基本の考え方」とした。
エネルギーをめぐっては、もはやビジネスが政治を追い抜いて、現実に動いている。日本の政治は、今後日本のビジネスに追いつくことを求められるだろう。現実化する歴史の流れを逆流させる政治的努力は成功するはずがないからだ。

被災地復興に関して次の意見を紹介しておきたい。

宮城県知事の町づくり計画(佐藤健政治ブログより)

松本龍前復興相が、宮城県知事に「地元の了解を得ろよ。でないと国は助けないぞ」。そう発言した意味内容は、必ずしもゼロではなかったのではないか?全否定される発言でもないのではないか?政府の閣僚が被災地自治体の長にとるべき態度は、それ自体として、批判されるのは当然だ。しかし、言ったことの内容そのものをどう考えるか?そんな見解もマスメディアは紹介するべきではなかったろうか?


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