2011年11月11日金曜日

想定外こそ進歩をもたらす

今日は学部の一年向けに統計学の授業をする。ちょうど正規分布をやっているところだ。正規分布はガウス分布ともいい、ノーマル分布とも呼ぶのであるが、ノーマルとは「言い得て妙だなあ」と話すたびに思う。ノーマル=正常、という意味だからだ。

川の水位も津波の高さも、株価の毎日の変動率も高低さまざまでバラバラである。そこで、発生した値を整理して、どんな値が多く現れて来たかを分布図に描く。これが統計分析の第一歩だ。分布図に描くと、平均的な大きさと併せてばらつきの度合いも分かる。そのばらつきの度合いは、普通のデータ解析では標準偏差を見るのだが、正規分布では標準偏差の3倍を超える値はまず考えないものだ。まして標準偏差の4倍はありえないと考える。大体、正規分布の数値表にしてからが、通常は標準偏差の5倍までしか表にしていない。標準偏差の5倍を超える事態は<想定外>になる。しかしリーマン危機では標準偏差の15倍程度の大暴落が発生した。文字通り<信じられない>出来事だったのだ。

マグニチュード9の地震はどの程度発生する確率があると考えられていたのか、小生自身はこの分野のことをよく知らない。知らないが、専門家達は今後はありうると考えよう、そう話しているそうだから、まずゼロに近い確率だと思っていたのだろう。川の水位には正規分布は当てはまらない。これはマンデルブロ「禁断の市場」にも詳しい。<想定外>と思うのは、人間がそう思うのであって、起こることは起こるべくして起こるのである。

いま金融工学の分野ではリスク評価、極値分析が急速に発展している。たとえば日本統計学会から以下の案内が届いた。
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日本統計学会分科会 「金融のリスク管理」の
第2回のセミナーが下記の日程で行われます.


日時:2011年11月17日(木) 18:20~19:50
会場:学術総合センター6階第2講義室 (一橋大学大学院国際企業戦略研究科
キャンパス)

講演者は次の通りです.


・ 講演1:山下 智志氏(統計数理研究所) 「信用リスクモデルの精度評価手法とパラメータの最適性」

・ 講演2:三浦 良造氏(一橋大学)「(仮題)Antoch論文紹介:信用リスク計測(あるいは分類)手法の比較」

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各講演の要旨,および参加申し込みは分科会のホームページ

http://fs.ics.hit-u.ac.jp/risk/

をご覧ください.
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これも金融パニックという<想定外>のことが発生したからだ。リーマン危機が<想定内>の現象であったなら、その後の混乱は金融機関の過失に原因があったのであり、金融工学理論に問題はなかったことになる。

想定外の出来事が起こって、はじめて従来の考え方が間違いであったことに痛切に気がつく。同じ間違いは繰り返したくないので、正しい考え方を懸命になって探す。これは自然科学、社会科学だけではなく、習慣、法律、制度、行政などすべてにおいて言えるだろう。もちろん何事が起こっても<想定外>とは考えずに、<バッドラック=神の思し召し>と受け取ってもよい。こうすれば何事もサプライズではなく、別の正しい考え方を探すつもりもないだろう。信念や信仰とは、そういうものだ、割り切ってしまえばそうなる。

社会が進歩していく中では、新しいやり方を試す段階を避けることができない。想定外のクラッシュを覚悟しなければならない。試用、臨床実験、治験などの行為は、研究開発活動への寄付と同じであり、それがたとえば無になる、場合によっては損害を被るとしても「それもあろう」。そんなスピリットが社会に溢れているかどうかが、その国が前向きか、後ろ向きかを決めるのだと思われるのだな。<想定外>を社会のマイナスと決めつける社会は、そもそも進歩をリードすることが不得意な社会である。これだけは言えるのではあるまいか?

少なくとも<想定外>のことが絶対に生じないように100%努力せよという社会は、リスクを絶対に避けよ、と言っていることと同じだ。リスク負担なき社会は進歩をリードすることはできず、他国の進歩を真似することしか出来ない。これが良いという心理は、以前、小生が本ブログで使った<確実な議論をしましょうよ症候群>。この症候群に罹患している政治家やマスコミ、評論家がホント多いのだなあ。TPP論議を聞いていると、つくづくと感じるのである。

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