2011年11月12日土曜日

日本の<過小投資体質>が意味すること

何度も繰り返し書いている事実だが、日本はカネが余っている国である。

カネが足らなくて困窮しているのは政府だけである。この事実をすら、よく知らない人が多いような感覚を覚える ― この勘違いが本当に広く社会に浸透しているのであれば、大事な事実を伝えることが使命のはずのマスメディアに責任があるのだろう・・・。

カネが余っていることは、海外に資金を融資し続けていることからわかる。それは日本の経常収支(=貿易収支、サービス収支、所得収支、移転収支の合計)がずっと黒字であることの帰結だ。たとえ貿易で赤字になっても、海外からの資産運用収益が流入し続ければ、経常収支の黒字は続く。前にも述べたが、日本の黒字の半分以上は、モノの取引ではなく、資産収益からもたらされている。

カネが余るのは国内で使うあてがないからだ。消費や投資や建設投資に使えばカネは余らない。日本の家計の貯蓄率は、退職した高齢者世帯が増えているので、次第に下がっている。だから日本は貯蓄過剰にはあたらない。カネが余っている原因は、貯蓄率の低下以上のはやさで、既存の民間企業が国内投資にカネを使わなくなったからである。本来の理屈で言えば、企業は使う当てのないカネを配当に回すべきである。配当を受け取った個々の資産家が、資産収入をどう運用するかを自分の責任で決めるべきである。企業が巨額の余裕資金を抱え込むのは、企業統治上、またマクロ経済の観点からも、大きな問題だと小生は思っている。

内閣府が公表している機械受注統計(9月実績と10~12月期見通し)の数字が意外と強めに出ているので国内景気の悲観的見方がやや後退しているようだ。しかし、トレンドをみると到底楽観できるものではない。下図は指標となる民需(電力船舶を除く)の受注実額の増減である(上記資料から抜粋した)。


月々の増減よりも、平成20年度のリーマン危機後に日本の民間企業の<過小投資体質>が一段と鮮明になってきたことが分かる。今年の春先までは、それでも徐々に少しずつ増えては来たが、大震災後の混乱、急速な円高が国内メーカーから事業を継続する意欲を奪っている。それで海外への製造拠点シフトが急増している。

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いくら政府が巨額の借金を続けていても、日本全体で見れば、カネが余って仕方がない状況であるから、日本全体が資金繰りに困ることはない。ということは、円が通貨不安にさらされる心配はあるはずがない。心配なのは、日本国内の<資金偏在>、<収支インバランス>であって、国内のマネーの流れが妨げられる事態である。具体的には、カネを持った民間経済主体が政府の資金調達に応じなくなるとすれば、政府の信頼性に傷がつき、政府が被る傷を拡大させないために対応措置を講じる日銀の信頼性にまで傷が広がる。そのことが(予想外の結果として)円の危機を招くことになるはずだ。

国としては、資金繰りに全く問題はないにもかかわらず、国内におけるやり方がまずいために、国民経済全体が混乱する可能性がある。これはとても愚かなことではあるまいか?

図に示されるように、民間企業の過小投資体質が一層ひどくなってきたが、企業は余ったカネで対外投資を行なっている。製造業に投下されている資本は国内を諦めて、海外で利益をあげようとしているわけである。伝統的大企業で蓄積されている使い道のない余裕資金を、株主にちゃんと配当すれば、個々の国内投資家は日本の中の色々な成長産業に投下できているはずである。本来は、このように日本の産業ポートフォリオが新陳代謝されるはずだが、日本の財界本流は岩盤のように強固である。

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日本経済の成長戦略を政府が本気で立案するつもりであれば、法人税率を下げるのではなく、据え置くべきだ。安定した国内需要が期待できる一次産業と三次産業を支援する産業基金を創設、拡大、支援するべきだ。同時に、医療、教育、介護、法律、財務、企業経営支援等々、サービス業全体を覆っている職業資格、開業規制を改革するべきである。そこにカネとヒトを投入するべきである。そうしてこそ日本は暮らしやすい国になるだろう。製造業が海外に移転すれば、輸出は減るが、輸入も減るのである。国際収支はマクロ経済の戦術要素であって、それ自体を国家戦略にするのは本末転倒である。

こうした総合政策は総合経済政策を担当する行政組織がなければ、政治家や役人の雑談で終わってしまう。ところが民主党政権は、いまだに経済財政諮問会議を休眠させたまま、国家戦略会議を非公式のミーティングのような存在に据え置いたままである。一人ひとりの人間に出来ることは限られているが、ここにも日本の政治家と言われる人たちの無責任体質が覗いているではないか。

現在の日本は、<雇用確保>の名のもとに、極言すれば三井、三菱、住友、芙蓉グループ等々、伝統的な財界本流に属する大企業の利害に沿った経済政策が展開されようとしている。既に成功した専門的職業集団の利害に沿った政策が実行されようとしている。政府は日本社会のエスタブリッシュメントから恫喝されているに等しい。TPP論議の決着もそうした観点から見てこそ、背後の構造を洞察できるのではあるまいか?誰が得をして、誰が損をするか?得をしている人が日本の政治を動かす駆動力なのである。そう考えるしかないのではあるまいか?

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