2012年3月18日日曜日

日曜日の話し(3/18)

四国に里帰りしていた — とはいえ兄が一人いるだけであり、その兄も難しい病気なのであるが — カミさんが、本日、北海道に帰る。そのカミさんの実家がらみで16世紀の話しになっていた。

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尻取りのようにしてもう少し続けよう。16世紀欧州の一方の大立て者が神聖ローマ皇帝カール5世であることは意見が一致するだろう。そのハプスブルグ家出身の皇帝の最大のライバルがフランス王フランソワ1世であった点も意見が一致するだろう。フランソワ1世はヴァロワ家から出た王である。彼の王はフランス芸術の確立にも力を注いだ。晩年のレオナルド・ダ・ヴィンチを招きアンボワーズ城に隣接するクロ・リュセ(Château du Clos Lucé)に住まわせたのはフランソワ1世である。それ故、イタリア人画家レオナルドの名作モナリザがパリ・ルーブル美術館に所蔵されることになった。

フランソワ1世の下でフランス的美の感覚が生まれた。その美意識はフランス絵画の伝統にもなり、何度かの芸術革命を経て色彩や形の表現は変容しながらも、本質的な感性は今日に至るまで継承されていると言われる — それは日本の芸術についても言えると思うが。ただフランソワ1世の宮廷で主流であったのはイタリア芸術の流れを汲むフォンテーヌブロー派であるそうだ。ロッソ・フィオレンティーノはイタリア・ルネサンス末期のマニエリスムをフランスに移植する役割を果たした画家である。

ロッソ・フィオレンティーノ、十字架降架、1521年
Wikepediaから引用

16世紀から17世紀にかけて欧州の宗教対立 — 純粋に宗教思想上の対立のみではない、国民国家が太陽系のように誕生しつつある時代であり経済的要因も見逃せない — は拡大激化し、遂にはドイツ三十年戦争となる。ハプスブルグ時代は終焉を迎え、フランス・ヴァロア朝を継承したブルボン朝が勝者となる。同じ頃、日本では幕藩体制が確立し、中国では明から清に王朝が交代した。17世紀は歴史の中では現代のすぐ下の地層であり、今日もなお残香を感じられる時代である。しかし、その下には16世紀という前の時代があり、更にその前には遥かな過去がある。

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そう考えると人生は駅伝のようなものであって、いま生きている世代は前の世代から襷をもらって次の世代に渡そうと走っているようなものかもしれない。実は、先日、愚息にそんな話しをしたのですね。
「お前、これから生きていく中で最も大事にするものは何だ?」
「・・・」
「仕事か?仕事の成功を一番大事にするつもりか?」
「それは違う、仕事は自分にとって一番大事なことではない」
「じゃあ、何だ?家族か?仕事はおれにとっては三番目に大事だ」
「そうだなあ・・・家族ってことになるのかなあ・・・」
まあ、たかだか24歳の若造から正解が出てくるはずはない。小生だって、悟りの境地にはまだまだ、日暮れて道遠し、だ。ただこんな風には話しておいた。

「気がついたら生きているのが人生だ。それはおれの両親も同じだったよ。長生きできていたらもっと幸せだったかもしれないけどね。だけど一番大事なことはやり遂げた、さ。その前の爺さんや祖母さんも、な。3代前、4代前もずっとそうだ。こうやって全体を振り返ってみるとな、何度も生き死にを繰り返しながら、いままでこの家は生きて来た。それは否定できない事実だ。意味があるとすればこの事実だな。だから、お前がやるべきことは、それを続けて、生き続けるってことだ。襷を渡せ。渡す相手を作って育てるのもお前のやるべきことだ。そのためには、ジャングルに放り込まれたら、生きて戻る。病気になったら必ず治して生還する。リタイアするなんて権利はお前にはない。走り通すんだ。それ以外ないな。仕事はそのための手段だよ。手段と目的をゴッチャにしちゃあいけない。何が大事な目的で、何が手段かを間違えるなよ。手段に合わせて目的を変えるんじゃない。目的を実現するために手段を変えるんだ」。

セイコーマートの500円ワインが侮りがたい程の味を実現しているのに驚きながら、そんな話しをした。

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