2012年7月9日月曜日

人生 ー 再生の時なくして長寿社会は無理

白老の「海の別邸」に一泊してきた。カミさんのギックリ腰快気祝いと愚息が続けてきた某国家試験の受験勉強が一応終了し、マアある意味、区切りのタイミングになったので小生が発案したのだ。距離的には住んでいる街から大体150キロ弱、高速経由2時間ほどで着いた。


ホームページのURLに"kokorono-resort"の文字列があるだけに、館内にはドビュッシーやバロックのArieが流れていて、これぞ正真正銘の隠れ場である。大半の客は登別温泉に流れるから、かえってよいわけだ。広いラウンジの窓越しに暮れ行く海の景色を眺めながら、ボンヤリとコーヒーを飲んでいると、伸びきったゴムのようになった、浮き世の暮らしで泥まみれになった心が洗われて、またやっていこうかという気持ちが湧いてくるのが不思議である。



枯れ木のような、高さが3メートルくらいあるだろうか、奇妙なオブジェが二本直立している。下にプレートがあるので読むと、「再生・Rebirth」という題が制作者の名とともに記されている。Rebirthか、再生か、新生か・・・先日放映が終了したドラマ「ATARU」では"Reborn"であったなあ。死にかけた心に新生の息吹を吹き込んでやらずして、人生80年の長寿時代をどのようにして生きて、人生を全うすればよいのか。小生、最近、ほんとに仕事なるものに倦んだというか、必要不可欠でもなく、人に求められてもおらず、なかんずく役にも立たず儲け話しでもないような話しをして、話す対価にカネをもらって生を盗む。そんな風に生きる事は果たして<善>なのか?そんな問題提起を自らにしては解答を探しあぐねていた。<再生>の二文字、"Rebirth" という言葉には、まさに救済のメッセージをすら感じたのだった。

横にいた愚息を相手に話した。
お前も仕事を始めるとな、色々あると思うぞ。 よく「この道一筋」というだろ?芭蕉も「この道を 行く人なしに 秋の暮れ」とかさ、言っているだろ。それは人生50年の時代だな。芭蕉だって若い頃の仕事と、年とってからの生き様は違うんだよ。 
まして現代だ。これだけ変化が速くて、人との競争が激しくて、無常というか移ろいやすい世界でナ、この道一筋を貫くのはほとんど不可能さ。ストレスがそれを許さないよ。それが現代という時代だと乃公は思うなあ。再生、新生、Rebirthを 繰り返していかないと、とてももたん。弱いって事じゃないと思うよ。もうそれは、疲れ果てるのさ。 
乃公もそうだった。15年は役人生活を送ったけど、それから教える仕事をやった。まあそれは見ようによっては敵前逃亡みたいなものだったかもしれないけどナ、乃公は不器用だからねえ、そこが限界だったんだろうねえ。だけど今の仕事ももう20年だ。雑巾をしぼりつくしたようなもんだ。心の中に燃えている火が消えかかるのを放っておくと本当に消えてしまう。そういうものだと乃公は思うよ。 
ここは、そんな時、来るのにいいところだね。自分を焼き尽したい気持ちになるときは独りで来るといいのじゃないかナ。大体、身体というかな、自分の体、生命そのものからして、普段からの再生そのものだろ?古いものを捨てて、新しい自分をつくっているだろ?それをずっと繰り返しているだろ?心のRebirthは自分でやらないとネ。新しい心になっていかないとな。人生80年は無理だよ。再生を何度か繰り返さないと、80年走り続けるのはしんどいぞ。新しく生まれ変わりながら、乗り越えていくんだぞ。
そんな話しをしながら、海をみていた。


一晩あけた今日、帰る途中でポロトコタンに寄って、古式舞踊とムックリの演奏を聴いてから宅に帰った。


今週は授業、雑事が集中している。仕方がネエなあ。生きていくためだ、やるか。

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