2013年6月15日土曜日

アロー・ハーン: 精読する人は、いまどの位いるのだろう

小生が大学院に在学している時分、必読書の第一はアロー・ハーン(Kenneth Arrow & Frank Hahn)の『一般均衡分析』(General Competitive Analysis)だった。Amazonのコメント欄にはこんな感想もある。
何度読んでも読みごたえのある本である。ミクロ経済学をマスターする上では欠かせない。アメリカの大学院生時代に、何度も読み返しました。アローの書いた部分は明快,精緻でとてもよい。ハーンの書いたところは、ところどころ理解に苦しむ箇所が2,3ある。日本語訳は、またよくできていて、苦労の跡がよくわかる。本当によい翻訳だ。
何度も読むくらいだから、当時の言葉で括れば<どミクロ>、あるいは敬意を込めた<純粋理論派>に属する方だと推測される。

著者の一人であるフランク・ハーンは今年の3月に亡くなった。3月28日のTelegraphでも報道されているので、うたた感慨を覚えた方も多かろう ― アローの方はまだ存命中であるよし。

小生は、統計学や計量経済学を専攻していたので、指導教授は純粋理論には比較的冷淡な態度を示していた。『純粋理論はなぜあんなに甘いんだろうねえ』とか、『現実と言うのが見えているのかなあ』とか、『美しいけれども、それを信じて酔生夢死になってはだめだよ』、最後の句は多少小生の脚色が混じっているが、まあ、こんな感じだった。とはいえ、じゃあ我々は何をやっていたかと言えば、現在では絶滅寸前になっている「マクロ計量経済モデル」であったのだから、どちらもどちら、小生も時系列データを相手に、とんでもない推定作業をしながら、それがとんでもないことであると自覚はしなかったわけである。

今にして思うのだが、一般均衡分析で記述されていた諸々の定理は、今でも真理であることに変わりはない。なぜなら論理的に証明された演繹的な結論だからだ。資源配分を自由市場に任せた時に、必ず解はある、一定の状況に落ち着く、その収束点は社会にとって混乱をもたらすどころか、むしろ喜ばしい状況なのだ。このようなロジックを構築できると言うのは、素晴らしいことであると、いまなお思うのだな。大切なのはロジックである。だから人はその結論を認め、受け入れざるを得ない。

ただ「定理は永遠の真理ですが、現実がその定理の示すとおりになっているかといえば、前提が満たされているかが鍵になる。一般均衡を保証するための仮定を満たすのは容易ではない。そのためには努力が必要だ。こういう風に受け取るべきでしょうね」と、理論系の授業で当時の第一人者が語っていた。

一般均衡の存在定理も人気だったが、不均衡動学も注目を集めていた。市場がバランスせず、需給のアンバランスを調整しなくてはいけないとき、どのような調整プロセスを辿るのか。ケインズは失業を含む不完全雇用均衡を唱えたが、これを「不均衡動学」の一つのケースとして解釈する立場が非常に流行していたことも、今となっては大変懐かしい。

まあ、いずれにしても、当時の経済理論は極めて確定的なモデルであって、確率的なショックが加わり続けるプロセスとして現実の経済現象を解釈するという見方は希薄だった。まして、確率的なショックに応じて、経済システムがどのような応答をするのかという発想は全くなく、行われていたシミュレーションは外生変数が変更されたときに、内生変数はどのように変化するのかという計算だった。

こんな風に振り返ると、結局、時代をこえて生き残るのは純粋のロジックであり、永遠の真理は数学的な定理だけであることを痛感する。火から石炭、石油、原子力とエネルギー革命が進み、馬から機関車、自動車、飛行機、ロケットと技術が進化する中で、ピタゴラスの定理が覆ることは決してない。ユークリッド空間においては永遠の真理だ。現実を説明していると胸をはる研究者は、いつかより優れたモデルに駆逐される。ずっと読み継がれるのは、いつまでも真理であり続ける純粋理論のテキストかもしれない。

4 件のコメント:

読者 さんのコメント...

含蓄ある感想です。感銘しました。実は退職後の趣味として同書を自習中です。ネットでは古いなど酷評もありますが、非確率的なミクロの知識を充実する目的これを選びました(ゲーム理論にはあまり関心がありません)。本書のような数理経済学の場合、数学的命題ですので時間がたっても正しさは変わりません。数学の教科書同様に、良書は古くても良書と思い取り組んでいます。

前提の現実妥当性に関しては仰る通りですね。

ところで「現在では絶滅寸前になっている「マクロ計量経済モデル」」という一節がとても気になりました。というのも、まさしく学生時代(35年前)勉強した計量経済学はその後、どうなったか気になっていたからです。経済学を実証的な科学にするのはとても難しいことですが、計量経済学はそのような挑戦のひとつと考えていました。それは一定の成果をあげたのか、直面している困難はなになのか、どの興味が尽きません。ご教示いただければ幸いです。

Shigeru Nishiyama さんのコメント...

コメントを感謝します。

やっぱり1976年の「ルーカス批判」ですね。少なくとも「技あり!」の有効打になりました。それ以前の大規模マクロ計量経済モデルは、その意味では大艦巨砲主義とでも形容できるところがあったように感じます。

批判を受けて、しばらくは時系列分析の成果を取り入れることに専念した感がありますが、現在ではかつてマクロ計量モデルを特徴づけたゼロ制約と多変量時系列モデルが融合して、一応落ち着いている。そんな印象です。

蓑谷千凰彦先生がルーカス批判の前後における計量経済学を展望しています。本の名前は・・・仕事場にいけば思い出しますが、失念しました。すいません。

読者 さんのコメント...

回答ありがとうございました.時間があるときで結構ですので蓑谷千凰彦先生の本の名前がわかりましたら教えてください.

Shigeru Nishiyama さんのコメント...

蓑谷千凰彦『計量経済学の理論と応用』(日本評論社、1996年)です。

回答が遅くなりました。

第6章『計量経済学の伝統的方法と混迷の70年代』がいいですね。次の第7章『計量経済学のLSEアプローチ』も時間がたった今からみれば少し評価にアンバランスな点はあるかと思いますが、異論を持つ人は少ないと思います。第6章と一緒に読むとよくわかります。

残りの章は大変テクニカルな計量経済学理論です。