2013年8月30日金曜日

この10年の制度改革は何だったのか?

職業資格と専門家教育は確かに重要だ。しかし、新興国ならいざ知らず、日本は戦前期を含め永い期間に渡る経験の蓄積があった。

にもかかわらず、この10年間で学校教育の在り方、法律専門家、会計専門家、医師、看護師、薬剤師などの高度職業教育の在り方をめぐって、色々な改革が講じられてきた。

ところが……
(1)
法科大学院は出たものの、法曹への道は断念-。そんな法科大学院修了者の就職活動を支援する動きが広がっている。新司法試験で不合格となった修了者が一般企業に職を求めても、年齢の高さに対して社会人経験が乏しいため、企業側に敬遠されるケースも多かった。こうした中、修了者の法的知識に着目し、企業への紹介を行う会社が登場。法科大学院側も「就職支援をアピール材料に」と同社と提携を始めた。(滝口亜希)
 ■ 気がつけば30歳
 「学んだことを強みにできるのではないかと法務の仕事を希望したが、面接にさえ進めなかった」と就職活動の厳しさを振り返るのは関西学院大学法科大学院を修了した花(はな)畑(はた)雄(ゆう)さん(31)だ。
 新司法試験では法科大学院修了後5年以内に3回の受験が認められているが、花畑さんは平成24年試験までに3度不合格に。いわゆる“三振”となり就職活動を始めた。このときすでに30歳。資格は普通乗用車の運転免許しかなく、就職サイトから応募した5社は全て書類選考で落ちた。
 文部科学省によると、17~19年度の修了者約1万1500人のうち5年以内に合格したのは約5900人。ほぼ半分が受験資格を失った計算だ。企業への就職に切り替えても、さらに苦労する例は少なくない。 
(出所)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/619369/

本ブログで何度も話題にしているが、法曹専門家養成の制度改革は一体なんであったのか、と。導入を急いだにせよ、あまりにも多くの見落とし、未検討の問題が残っていたのではないか。身近なことでもあるし、言い募りたいところだ。

(2)
公認会計士試験(国家試験)の受験者が減っている。平成18年度から試験制度が改革され、合格者が大幅に増加したものの、その“受け皿”となる就職先が見つからなかったためだ。25年度の受験者はピークだった22年度の6割程度まで減少。現在、試験合格者の「就職浪人」は少なくなったとはいえ、受験を躊躇(ちゅうちょ)する人は多く、関係者は合格者の質の低下を招きかねないと気をもんでいる。
(中略)
■ 発端は金融庁の“失政”
 会計士業界で「2009年(平成21年)問題」と呼ばれた試験合格者の就職難。監査法人だけでなく一般企業で働く会計士を増やすため、金融庁が18年度から合格者を増やし始めたのが発端だった。20年度までは、上場企業を対象にガバナンス(企業統治)体制をチェックする内部統制制度への対応で監査法人が会計士の採用を増やしたため、就職は合格者側の「売り手市場」だった。
 日本公認会計士協会によると、会員(会計士と会計士補、試験合格者)の数は、12年に約1万6000人だったが、22年に約2万7000人、24年末時点で約3万2000人と順調に増えた。
 しかし、内部統制への対応が一巡した21年から状況は一変。20年秋のリーマン・ショックが会計士の需要減少に拍車をかけ、大手監査法人は採用数を前年から3~5割も減らした。不景気で企業の新規上場が激減したうえ、企業の業績悪化により監査報酬の値下がり圧力が強まったためだ。
(出所)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130826-00000503-san-bus_all
見込み違いは、裁判所・法務省だけではないということだが、いずれも官庁の裁量によって決定された事である。それが混乱を招いている。

(3)
高学歴プア 東大院卒就職率56%、京大院卒はゴミ収集バイト
 学歴は武器、どころか足かせとなった。名だたる大学院を出ても非正規雇用、あるいは無職となってしまう者たちが続々と生まれている。そんな高学歴ワーキングプアの実態を『高学歴ワーキングプア』(光文社新書)の著者である評論家の水月昭道氏がレポートする。
 京都大学大学院で博士号を取得したAさん。30代前半で他の大学の授業を週に2科目担当する非常勤講師だが、同時に毎朝の「ゴミ収集アルバイト」も続けている。生活を維持できないからだ。
 大学の非常勤講師は1科目を担当すると月4コマ(1コマ90分)の講義を行なう。報酬の相場は1科目3万円だから、Aさんは月収6万円。生活費に加え、資料代や研究費などの経費まで自己負担するため、アルバイトせざるを得ない。「超高学歴ワーキングプア」といったところだろうか。
(出所)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/620856/
大間違いをおかしたのは、法務省・裁判所、金融庁だけではない。文部科学省の大学院拡充路線も日本国内の現実とかけはなれた空想的な制度改革であって、悪名高い失敗例として確定しつつある。

☆ ☆ ☆

この10年の制度改革の失敗例は、もっと挙げられるがキリがないので止めておく。

確かに明治期においては明らかに、大正・戦前期昭和においてもまだなお、中央官僚の専門的知識と職業能力は一般国民に比べて比較を絶するほどに高かった。そもそも旧制高校から大学を併せて計6年間の高等教育が戦前では通則となっており、当時の進学率を考慮すると、文字通りの選りすぐり(=選良・エリート)が中央官僚を目指していた。前半の高校3年間は人間形成を目的とした教養教育が徹底されていた。寮生活を軸とした友人との切磋琢磨が人格形成、学力形成の土台であったことは、経済学者・森嶋通夫が何より力説していたところだ。

大事な事は、それにもかかわらず、というかそれでもなお戦前期日本の指導層は愚かな開戦を選んでしまったという事実である。組織と規律が崩壊すれば、個々人がいくら優秀であっても、全体としてはバカ同然になってしまう好例であろう。しかし、専門家養成の基本路線は正当なものだったと感じている。それは亡くなった祖父や父から聞いた話しからも憶測できるのである。

現在はどうだろうか。中央官僚の専門的知識水準は、平均的にみて、戦前期とは比較を絶するほどに劣悪である。この点については、わざわざ述べる必要はないと思う。

現在の中央官僚、特にキャリア層は、口では政策の企画立案を担当するといいながら、実は十分な専門的知識を有していないために自らを<事務方>と称し、各種審議会や有識者会議を経ることによって政策立案を行ってきた。しかし、実はそれらの会議は<事務方>が誘導したいと願っている結論を得るための<隠れ蓑>であることが多い。その事務方による考察はと見ると、専門的知見に基づいた高度な提案などではないのだ― 反対に、学者に転出したいとホンネでは思っている役人が、欧米から直輸入された分析ツールを使って、演習のような結論を出す事もあるかと推測する。そもそも審議会とはいえ、最近の「御用学者」は知見では劣り、知見に優れた一流の有識者は自らの仕事に多忙であって、審議に入るにしても一過的である。

……どちらにしても地に足がついた結論が出てくる道理はない。制度改革が失敗するのは当然である。上に三つ上げた制度改革の犠牲者は、日本の中央官僚の学力低下によるものだと思う。

☆ ☆ ☆

大体、「消費増税の集中点検会合・有識者60人」は、何の意義があるのだろう。なぜ60人なのだろう?なぜ100人ではないのだろう?なぜ500人ではないのだろうか?多ければ多い程、偏りが小さくなるのではないか。そもそも60人もの有識者に意見を求めなくとも財務省、経産省などの官僚が議論し、合理的な結論は出せないのか?責任を負うのが嫌だから、みんなの意見を聴いているだけではないのか?データを踏まえて学問的な議論を省庁内部で詰めて行くだけの知識、学力がないからじゃあないのか?法学、経済学、都市工学などなど、メシを食う分野においては、学者としても一流でありうる知見が、本来官僚には求められているのではないだろうか?専門外のことも本筋を理解する知力と地頭がいるはずだ。

英首相だったチャーチルは『第二次大戦回顧録』を執筆し、ノーベル文学賞を受賞しているのだ。古典『戦争論(Vom Kriege)』を書いたのはドイツの職業軍人クラウゼヴィッツだ。江戸期の老中・土井利位は雪の結晶を研究して「雪華図説」を著したし、その家老であった鷹見泉石は一流の蘭学者でもあった。鷹見泉石と親交のあった三河・田原藩家老の渡辺華山は画家としても歴史に残り、泉石の肖像画はいまは国宝となって国立博物館に保存されている。近く戦後では元大蔵次官・長沼弘毅氏の翻訳したシャーロック・ホームズを、ずっと昔に愛読していたが、氏は国際的なホームズ愛好者団体である"Sherlockians Club"の会員でもあった― だからといって仕事の方でも超一流であったかどうかまでは熟知してはいないが。そもそも法律専門家として、経済専門家として著名な人物は官僚内部で育ってきているのだろうか。いつの間にか身も心も100%「事務方」になってしまったか。

一体、中央のキャリア官僚はいま何をして、何を目指して、何のために俸給をもらっているのだろうか?


2013年8月28日水曜日

当然の法則-結局は実力相応の人生をおくるものだ

幸運に恵まれれば富裕になるし、運が悪ければ貧困になる。そうした面はなるほど大いにあるが、先輩や同輩、友人、教え子等々、色々な人たちを概観してみると、大体は実力相応の仕事をして、実力相応の実績をつんで、実力相応の暮らしをしている。そんな風に思うようになった。人生の浮沈、様々であるものの、納得できないという思いは案外してはいない。納得できるのだから、「世間」というのは意外と合理的なのだろう。

東京圏に戻って仕事をすれば収入は上がろうが、いま楽しんでいるユッタリとした時間はなくなる。ま、この辺で手を打つかと思うようになった。どこで何をしようと、その人の人生は、満足度という次元において、幸福という面において基本的に様変わりはしないものだ。無論、貧困の相続という現象はある。不幸の再生産という社会問題が発生している。それは確かだが、やはり落ち着く所に落ち着いているのが世間だと思うようになった。

人間にはそれぞれ<器>がある。器をこえて生きようとするのは、その人と家族にとって不幸の原因になると、今は考えている。

× × ×

最近、校長公募が流行している。公募する側にも、応募してくる側にも、一定の理由があってのことだ。ところが、あにはからんや、着任して1年にもならないのに退職する人がいるという。
退職したのは大阪市立南港緑小学校(住之江区)の校長に今年4月に就任していた千葉貴樹氏で、6月25日付で大阪市教育委員会議で退職を承認された。その日の記者会見の場で千葉氏は、「経験を生かし、英語教育に力を入れたいとアピールしたが、今の学校の課題は基礎学力の向上だった。英語教育に力を注げる環境ではなかった」と退職の理由を述べたという。
自分が期待した能力のない子どもたちだった、とも受け取れる弁だ。自分がおもっているレベルの学力のない子どもたちばかりだから捨てる、と言わんばかりだ。
10年以上も複数の外資系証券会社で勤めてきたという千葉氏は、成果主義のなかで生き抜いてきたのだろう。その経験から、短期で成果があがらなければ切り捨てる、という選択をしたのかもしれない。
(出所)前屋毅「公募校長辞任でおもう、この国はだいじょうぶか」
「損切り」は、事業においては非常に重要である。バブル景気崩壊後に民間金融機関は、淘汰するべき不良債権に望みをかけて、また復活させようと無駄な努力を払った。日本の「失われた10年」はそのために起こったことだ。「見捨てずに行こう」というその努力が真に愚かなことであったと心から理解しているのだろうか?「いま見捨てると過去の判断が間違っていたことになる」という問題先送りと識別できない点こそ重要だったのだ。成果があがらなければ切り捨てるという判断が、それ自体、間違っているということはない。

とはいえ、自分のプランが結実しそうかどうかの判断を3か月でするというのは、教育活動は愚か、起業支援においても、正当な判断ができる段階であるとは思えない。出来ないはずの判断を下したかのような体裁をとって逃亡したとも言えるし、あるいはそれ以前に教育者に求められる適性を自分が満たしているかどうかの確認すら怠っていたとも言えるわけであり、人材としては一流どころか、二流でもない。そう受け取って仕方がない話ではある。当該人物にとって今回の退職が、今後の新しい人生の中でどのように位置づけられるのか。おそらく今後、何度かの幸運と何度かの不運を経験するではあろうが、今回のケースから推測される<実力>を考慮すれば、大した成功はせず、まあ、ほどほどの暮らしっぷりに落ち着くであろうと。そう予想しても間違うことはないであろう。

重要なことは、その人その人の実力相応の人生を送れるように<機会>を与えるという点にこそある。3か月で短期退職したということ自体が問題ではないと思われる。もちろん人選基準に不備はあったのだろうが。

× × ×


<実力相応の人生>という点から言えば、次の<半沢化現象>はネガティブに評価せざるを得ない。
また、神奈川県の倉庫管理会社では、休憩時間を大幅にオーバーして戻ってきた社員が注意された際、Twitterなどで「うちの上司はパワハラだ」「この会社はブラック企業だ」などと書き、注意処分を受けたところ「やられたら倍返し」と言い放ったという。
 労働事情に詳しいジャーナリスト・佐藤大吾氏は「ブラック企業という言葉ばかりが浮上して、問題社員の反抗材料みたいになってしまうのは最悪のパターン」という。
「会社は、トップの判断がおかしいと思っても、組織として業務を円滑に進めるために一致して行動しなければならないこともあります。内容問わず部下に刃向かう社員がカッコイイというような空気はいいとは言えません。ドラマ『ショムニ』(フジテレビ系)や『斉藤さん』(日本テレビ系)が人気なのも、『半沢直樹』と同じく強い相手に臆せず正論を吐くからですが、現実ではなかなか難しいでしょう」(同)
(出所)絶好調『半沢直樹』の影響で「やられたら倍返し」乱発の“ブラック社員”が急増中!?

ロジックで考えれば、業務遂行能力が不十分な社員は管理者の裁量で配置換えするべきであるし、その判断に不満足であれば退社すればよい。不満足の果てに怠業をすれば解雇する裁量が社の側にあると考えるべきである。そもそもシンプルこの上ない理屈のはずなのだ。

しかしながら、そのロジックが正規社員の地位保全・解雇規制の下では中々通らないことが、企業経営を非合理的にしている。ある側面の非合理(=正規社員の保護)は、別の側面の別の非合理(=契約社員・派遣社員など不安定雇用)をもたらす誘因となり、会社はそのようにして全体的な経営合理性をとろうとするものだ。でなければ、日本企業は経営成果を出すことができず、国際的M&Aの標的になるだけだ。

× × ×

<実力相応の人生>で処遇することが日本社会の基本原則なのではないだろうか。実力の違いが実績の違いとして現れ、実績の違いが処遇の違いに自然に反映される仕掛けが最も大事だ。いかに善意に基づくものであれ、そんな自然のプロセスを人為的に制御しようとすれば、問題は永遠に解決できず、改正が改正を生み、複雑化し、制度の存在意義が評価できなくなるものだ。

<善意>で社会を改善できる余地はほとんどない。というか、善意そのものが社会というレベルでは定義不能であろう。

福沢諭吉は、明治初期のベストセラー『学問のすすめ』の中で、怨望(=嫉妬)だけは社会に良い効果を一切もたらさない最悪の動機であると指摘している。そして、その怨望はどんな状況で発生しがちであるのかという点にもふれている。

福沢は、怨望はその人の努力では何とかする余地が全くない、すべて運・不運で結果が決まる状況で蔓延するものであると述べている。だからこそ身分制社会、封建社会は福沢の敵だったのだ。<機会>を公平に与えるフェアネス(Fairness)が大事だ。チャンスが公平に与えられていれば、結果として富裕な人と貧困な人に分かれるとしても、事後的な結果は合理的なものである。合理的な不平等の下で嫉妬は蔓延しないーまあ、ゼロにはならないだろうが。むしろ結果の不平等は若い人たちの士気や野心を高めるものだと、小生は思うようになった。その時には、カネは不平等でも、幸福は平等に近づくのではなかろうか?



2013年8月27日火曜日

言葉遊びをもう一度: 日本的な失敗方程式

福島第一原発の汚染水問題で政府もやっと腰を上げるつもりになった様子だ。責任を引き受けて問題を解決する自信ができたのか?自信があるなら、なぜもっと早く実行しなかったのか?なかった自信がわいてきたなら、何がどうなって自信ができたのか?自信がないままに税金を投入するなら、それを事前に伝えておくべきではないか?

ま、とにかく分からないことだらけだ。

「全てが闇の中で分からない」というのは、日本の軍事・政治・行政、というかあらゆる組織運営において非常に頻繁に目につく失敗例であると思うのだ。今日はメモにすらならないが、ちょっと思いついた言葉があるので書き留めておく。日本特有の失敗の方程式は、よく耳にする三つのセリフから構成されている。

心配ご無用!
  ↓
申し訳ござらぬ
  ↓
……春さそふ〜(辞世・切腹)
春さそふ〜というのは余りに優雅な辞世であるが、典型的には吉田松陰の一首などは同感だという日本人が多数いると思う。
かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂
まあ、大体、組織の基本方針に逆らって、独善・独断的な単独行動に出る場合は、上のような心理状態にあるものだ。それをみる野次馬的な大衆は概ね助命嘆願を繰り広げる。こんな情景は日本の歴史上、あまりに多くみる『いっちゃん、ええとこ』なのである、な。

☆ ☆ ☆

仮に昭和6年時点に関東軍参謀だった石原莞爾が、何か計算違いをおかしていて、満州の武力侵略が失敗していたら、上の失敗の方程式に当てはまっていたであろう― あてはまる確率もそれなりに高かったと小生には思われる。

心配ご無用とは、口出し無用という意味であるが、もし神風特別攻撃が作戦決定される前に、誰か数人が出撃を志願して「どうするつもりか?」と上官から質問されれば、何も言わずに「心配ご無用に願います」と答えるに違いない。すべてを察した上官が「そうか…生きて帰れよ」と言葉をしぼり出す。無言で去った数名は、いよいよというときになり、生還できないことを「申し訳ございません」と謝罪し、上官は死んだ部下の文箱から辞世の句を見いだす。パターンは変われど、こうした場面はなぜ日本人の胸を打つのだろうと、常々、不思議に思っている。

満州事変にまで遡らずとも、1980年代のバブル景気の時代、銀行内部でも上の失敗の方程式の該当例はおびただしく発生していたであろう。「心配ご無用です」…、「申し訳ありません」。

一体、誰がモデル・ケースになって、ずっと模倣されているのだろうと。 実は、よく出来た作品には、「心配ご無用です」という二流の人材の傍らに、かならず物事のよく見える一流の人材がいるもので、ところがお上の信頼は二流の人材にある。だから一流の人材の意見は通らないのだな。それで、最後の修羅場になって二流は逃亡し、一流が最後の望みを託され、しかし遅きに失し「申し訳ござらぬ」と、謝罪するのは責任のないその一流の人であったりする。

東電は「心配ご無用」といい、監督官庁は全てを知りつつ「そうか、よろしくお願いする」と答え、いざ大問題になってから「申し訳ございません」と東電は謝罪し、おそらく直接責任者が詰め腹を切るのだろうし、一介の責任者の処罰などマスメディアは見向きもしない。政府は淡々粛々とあとを引き継いで巨額の税金を投入してとりくんでいく。その体制作りの犠牲が責任者の生首である。

茂木経産相が示した五つの方針は、政府発表の新作戦というわけであるが、まるでサイパンが落ちたら、硫黄島を死守せよ、そこも落ちたら沖縄決戦だ。これでは大本営発表の二番煎じではないか。そう感じるのは、小生だけだろうか。いつになっても変わらない失敗のパターンを繰り返す根本原因は、ズバリ、<情報隠蔽>である。誰をかばうのか、自らをかばうのか、トップをかばうのか分からないが、この情報隠蔽を<忠義>と勘違いして穏便にはからうマスメディアも、もしそんな姿勢をとっているなら、同罪であろう。そして、暴動の一つをすることもせず、ずっと「エリート」を信じ続ける「普通の人たち」、この図式が日本的な失敗が生じる基本構造である、と。

★〜★〜★

ずっと若い頃に、そんな議論をして日が暮れたものだが、案外、それほど間違ってもいないと感じる最近なのだ。

結果としては、今回の原発事故においてもまた、<普通の人たち>が捨て駒となり、<最上層部>が傷つかないまま未来に残る、そんな行為を又々とっているのではあるまいなと邪推したくなるのだ、な。普通の人たちの集団的利益こそ守るべき<国益>であろう。そのための基本はノーブレス・オブリジェ(noblesse oblige)である。城が落ちたら城主が責めを引き受けて、配下は生きるのだ。その覚悟があって城主は命令を下せる。楽員は演奏中は指揮者に従うのだ。指揮者は指揮をして、出来が悪ければ「すべては私の出来が悪いからです」というのだ。これを部下、いや楽員が言ってはムチャクチャだ。上にその覚悟がなければ、下の方から「心配ご無用」となる。これが下剋上にそのまま状態遷移することもたまにある。太平洋戦争に敗北した際には、仕方がないのでこの原則を(基本的に)受け入れたものの、日本の歴史を通して「ノーブレス・オブリジェ」は決して倫理であったことがない。日本の指導層は基本的に不可侵なのだ。上が不可侵だから下が捨て駒になる。とても民主主義とは言えない。このスピリットと民主主義の精神との両立をどうするかが、日本の民主主義の最大のウィーク・ポイントだと小生は思っている。

2013年8月25日日曜日

日曜日の話し(8/25)

何も思い浮かばない時はカンディンスキーでも観ることが多い。


Kandinsky, Improvisation6 (African), 1909

犬も歩けば棒に当たる式で探していると上の作品を確認した。何の目的もなくパラパラとページをめくっている内に思い出したことがある。父と母が元気な頃、小生は目黒駅から恵比寿方向に歩いて15分程の所に家族と暮らしていたことがある。自室は二階の六畳部屋であり、窓を開けるとサッポロビールの恵比寿工場が見えた。夕方になると童謡「カラスの子」のメロディーで時を知らせるサイレンが流れる。そんな場所だった。その頃、就寝前の儀式のようになっていたのは、父から下げ渡され自分の本棚に持ち込んでいた古い「日本百科大事典」(全13巻)からランダムに一冊を取り出して、パラパラと何かを検索するでもなく、面白そうな解説を眠くなるまで読むことであった。百科事典だから五十音順で項目が並んでいるのだが、小生の贔屓は「す〜ち」―だったと記憶しているが― の巻だった。その頃、小生は高校生であり色々なことをしていたはずなのだが、既に病気がちであった父を心配する母の表情とサイレンが奏でる「カラスの子」、そして毎晩手に取った百科事典は、妙に生々しく覚えているのだ。

それにしても上の作品は同年代のドイツ表現派マッケの作品のようでもある。そのマッケは下のカンディンスキーのような作品を遺している。


Macke, Russian Ballet

二人の生身の身体はとっくの昔に消え去り、生前の記憶や交わした会話はたどりようもなく、今後将来の世界の進展にとってそれらはどうでもよいわけであるが、少なくとも生きている間、二人の芸術家にとって頭の中の記憶はとても大切であったに違いない。絵画作品は、自分の命とともに消えるはずの記憶を、時の流れの上に刻んだものである。そんな風に感じることが多い。町で買った古本のあるページにブルーのインクで書かれた文字をみるとき似たような感覚を覚えることがある。

2013年8月24日土曜日

福島第一: 東京五輪開催は辞退しておく方がいいのではないか

23日時点でのロイター電:
[23日 ロイター] - 2020年夏季五輪の東京招致委員会は23日、開催都市が決まる9月7日からの国際オリンピック委員会(IOC)総会に向け、東京都庁で出陣式を行った。
東京は2016年大会に続く2大会連続の立候補で、マドリード(スペイン)、イスタンブール(トルコ)と争う。開催地はブエノスアイレス(アルゼンチン)で開かれるIOC総会で委員の投票で決まる。
安倍晋三首相は出陣式で約800人の出席者を前に、「ブエノスアイレスでは2020年、東京のアナウンスを響かせましょう」と呼びかけ、自身も代表団の一員として現地入りすることを明らかにした。
しかし、東京五輪招致にカネをかけている状況ではなくなりつつあるのじゃあないか?

× × ×

本日のYahooニュースには福島第一原発周辺の汚染水拡散が次のように報じられている。
東京電力は23日、福島第一原発の港湾内で採取した海水の放射性トリチウム(三重水素)の濃度が1週間で8~18倍に高くなったと発表した。1~3号機周辺の地下水汚染の発覚で、監視を強めた6月以降では過去最高。港湾外への放射能汚染の拡大が進んでいるとみられる。(朝日新聞デジタル)
韓国・日本ツアーは旅行キャンセルが相次いでいるという。韓国政府から日本に情報提供が要請されたのは先日のことだ。

既にシンガポールでは

<福島汚染水漏れ問題>「日本政府は問題を直視し、安全対策を取れ」―シンガポール華字紙

というヘッドラインが踊っているし、
レコード・チャイナには

福島第1原発の汚染水流出に「海洋環境を汚染する日本に賠償を請求せよ」―中国版ツイッター
配信日時:2013年8月20日 19時30分

という文字がある。アメリカのBloombergも以下のように解説している。
8月23日(ブルームバーグ):東京電力福島第一原子力発電所の汚染水漏えい問題が深刻化し、原発の再稼働や原発技術の海外輸出など安倍晋三政権の掲げるアベノミクスの柱の一つともなる原子力政策に暗雲がたれ込めてきた。
(中略)
菅義偉官房長官は同日の会見で、「このような漏えいの発生は極めて遺憾」と指摘。「政府全体として早急に汚染水の漏えいを止めることに全力を尽くす」との決意を示した。ただ、東電も漏えい箇所の特定ができず、他のタンク近辺からも高濃度の汚染が確認されるなど、問題の解決にはまったくめどが立っていない。 
日本に50基ある原発のうち、48基は停止中。安倍政権は規制委員会の基準に基づいて安全性が確認されたものについては順次、再稼働させる方針を掲げている。 
一方、原発の再稼働に関しては共同通信が7月13、14日に行った世論調査でも反対が50.6%、賛成は40.0%と反対が半数を超えている。上智大学の中野晃一教授は福島第一の汚染水問題の深刻化は国民の間で原発への反発を強めることになると指摘する。
Original: Bloomberg, 2013,8,23 
もしも日本海流が南から北ではなく、北から南に流れていたら、首都圏の住人はこれほど安閑としてはおるまい。当の福島県人がなお静かである中、首都圏住人が先に霞ヶ関に集結して、デモを繰り広げていただろう。

黒潮が北へ流れているのは不幸中の幸いだが、仮に北海道東沖から放射性物質が検出される事態になれば、国後島、択捉島周辺からも検出されるのは時間の問題であり、仮にそうなればロシア政府は日本政府に対して公式に損害賠償を求めてくるだろうー もちろん生命に直ちに危険を及ぼす程の放射性数値にはならないだろうが、広い海洋全体を原状復帰させる能力が日本にはない以上、先方の賠償要求と此方の北方領土をチャラにするような形で手を打たされる位は十分予想できる。こんな展開もありえないわけではないなあと、今は想像している。

……こんな風に想像したが、ふと気になって確認すると、黒潮は千葉県沖からほぼ東方向へ流れ、北から南に流れる親潮が岸寄りに南下していると分かった。更に、福島沿岸寄りには日本海から津軽海峡を抜けた暖流が南下してもいる。そうか…、福島沖は黒潮が北上しているというより、潮の流れは北から南へ下がっているのか、と。そもそも国後、択捉辺りに黒潮は近づいていない。フ~ム、だとするとあれか、原発汚染水が福島第一港湾内から外へと漏出すれば、まずは南へ拡散していくわけか。危ういなあと感じた次第。

× × ×

原発管理当局は、いま伊方、川内、泊等々、再稼働申請のあった各原発の審査で手一杯だろう。というか、当局が立ち上がってからずっと原発再稼働の方角を向いて仕事をしてきており、重大事故を起こした福島第一原発については事故責任のある東電に任せて、その安全性担保には意識が向いていなかった兆候がある。

汚染水拡散がこれからどう進展するか現時点ではなんとも言えないが、おそらく現状は安倍政権にとっては想定外であろう。進展によっては、物事の優先順位を誤った<失政>となり、内閣支持率が一気に20%程度にまで急落、不支持率が40%超にまで上昇する、そんな事態もありえると予想する。また仮に東京五輪招致に成功するとしても一年後に辞退するという確率がゼロではない、と。小生はそう感じている。とすれば、いまの状況で五輪招致にエネルギーを投入するのは理に適っておらず、戦線を整理するべき状況であると。そう思うのだな。

IOC総会などに出ている場合ではなく、早急に帰国して、事態把握につとめるべきではないか。そう感じている国民は多いのじゃあないだろうか。

× × ×

これも本筋からずれていて、ちょっと違うか……首相官邸にいる極く少数のトップ・マネジメント層がすべて仕切っていくというのは、一日24時間という時間制約を考慮すると到底無理であると思うのだ。メガ企業も同じだろうが、トップがやるべきことは100万の人的リソースを最も効率的に活用することである。『三人寄れば文殊の知恵』という。数人の頭が百万の手足を意志のとおりに制御できるはずはないのだ。党員が各官庁の要所に何万という単位で浸透している国柄でもない。現場に十分な権限を与え、官僚百万人の士気を高めて、おのおの能力と組織力に基づいて現実と戦う、闘う勇気と生きがいを与えるのが日本の政治家の職務だろう。結局、日本の総理は一番奥に座る<床几大将>である。欧米や中国の指導者像とはずいぶん異なるが、天皇を戴いた日本ではずっとそうなのだから、せっかちに変えようとしても結果は出ない。そう割り切るしか良いやり方はないのではないか。

何もかも総理大臣の発言を待つというのでは、せいぜい一人もしくは仲間数人の話しであり、こんな風では権力を実質行使できるはずもなく、お先真っ暗じゃあないかとも、小生、最近思っているのだ、な。


2013年8月22日木曜日

労働価値説 vs 成果主義

日本の経済学界は、長年の間、マルクス経済学に席巻されていた。マルクス経済学は英国・古典派理論の完成者であるデヴィッド・リカードから派生した経済理論であると位置づけられる。即ち、投下労働量によって商品価値は最終的には決定される。現代風に分かりやすくいえば、商品価格はその商品の生産に要されるコストによって決まるものであると、こういう言い方になるか。

モノの価値は、投入されたコスト、つまり汗と時間で決まるのであって、たとえばそれを欲しい人がコストを超える価格を支払おうという状況があるとしても、それは一過性の出来事である。市場における競争が自由なら、ライバル企業が参入してくるので価格を高止まりさせることはできないし、また価格を支配すること自体がアンフェアである。

要するに、まあ、ものの価値は努力によって決まる。そういう見方であって、コストは窮極的には人の手に帰着するので、労働価値説は日本人にとって感覚的にも、倫理的にも実になじみやすい理論であったのだ。

小生が勤務するビジネススクールでは逆である。『一生懸命やったからといって、努力したからと言って、自動的に報われるわけではありませんよね。そんなことは皆さん、お分かりでしょ?』と。何度言うかしれない。『価値を決めるのは顧客です』、ここから顧客志向経営が展開されるわけである。

夏の甲子園大会で優勝旗がついに白河の関を超えて東北勢にもたらされるか。楽しみに準決勝を待ったところ、残念なことに花巻東も日大山形も敗退してしまった。その花巻東の「小さな二番打者」である千葉翔太選手のカット打法が「ルールに反している」、「いや努力の成果だ」と、巷では又々議論が盛り上がっているようだ。

ついにこんな言い方も出てきている。
「甲子園への遺言」など野球に関する著作が多いノンフィクション作家、門田隆将さんは「千葉選手の活躍は全国の体の小さな選手に勇気とやる気を与えたはずだ。自分の創意と工夫でレギュラーを勝ち取り、甲子園の土を踏んだ希望の星」と活躍を称賛。その一方で、大会審判部の対応について「そのプレースタイルは、誰もができるものではなく、一生懸命努力して会得したもの。高野連はその努力が分からないのか。希望の芽を摘もうとしている」と批判した。(出所)産経新聞、8月22日
「この努力が分からないのか!」。努力で価値が決まるのであれば、努力をすれば評価してくれるのであれば、企業経営者、中間管理職の仕事は極楽であろう。そんな思いがしきりとする小生である。

成果主義とは結果主義である。結果で評価が決まる。評価が努力に比例しない。確かに日本人の感性には反している。しかし、現実は運・不運がつきまとい、努力した人間の汗や涙はまったく顧みられることなく不条理な結果となるものだ。だからこそ、古代ギリシア人もローマ人も、中国人も、日本人も、勝敗は時の運と考え、神々の意思が人間社会の結末を決めると考えた。そのほうが現実に合うからだ。と同時に、敗者へのいたわりの気持ちも大切であると考えた― そこが単細胞的な成果原理主義とは違うところだ。

話しが脱線した。小生の亡父の口癖だが
人事をつくして天命をまつ
フェアであるはずの行為が、たまたまその時の見方でアンフェアであると判定されてしまうのも、不運の一例だ。意地悪な人間に意地悪な仕打ちをされたと考えるより、これも天命かと受け入れる方が、真っ直ぐな生き方でないかと、小生はこちらの方が好きである。

2013年8月20日火曜日

東京電力始末はいかが相成るのか?

カミさんとこんな話をよくする。
小生: それにしても東電の原発管理はお粗末だったねえ… 
カミさん: まだ福島では汚染水が出てるんでしょう?ようしないんじゃないの?なぜ国がしないのかしらねえ… 
小生: そりゃ、原発は国策で進めたわけだから、本当なら国が責任をもって事故の後始末はしないといけないところだけどさ。だけど、もし福島第一を国が責任をもってやるなんて言ったら、除染に▲▲兆円、被害者支援に■■兆円いるって話になって、財務省がウンというはずないよ。東電が会社ぐるみ身売りして、それでも足りないという状況を作れば、今度は世論の方が国も責任をもてっていう話になるんだろうけどねえ。 
カミさん: みんな無責任だよね! 
小生: そりゃあ、無責任だよ。絶句するほど無責任さ。東電だって生き延びるのに必死だしさ、まあ、あれだね。東電が、東電がと言いながら、電力業界を政府の思うとおりに作りかえて、最後にはつぶしてお金に換えて、後始末に使う腹だとは思うけどなあ。ま、とにかく、総理も大臣も東京電力には怖くて手を出せないんじゃないのかなあ。ちょっとでも手を出せば、『国だって責任あるだろう!』となるからね。
カミさん: 福島県の人たち、どうして黙っているのかしら? 
小生: これが千葉、茨城だったら大変さ、とっくに暴動が起こっていると思うよ。まあ、福島の人たちが1万人規模で霞が関に集結して、大規模デモを何回もすれば、政府も腰を抜かして、やるべきことをするだろうけどね……。大河ドラマの舞台を会津にしてくれたくらいで喜んでいる場合じゃないな。

先日、久闊を叙した旧友たちとの雑談でも話題になった。
友人A: おれたちの同期で東電に行った奴いたか?
友人B: 知らない。おれの周りにはいない。
小生: いなかったなあ。
友人A: 一人いたよ。さえねえ奴だったけどな。
小生: まだいるの?
友人A: 会ったことないから知らねえよ。
友人B: 電力会社に就職するって、あまり考えないっていうか、最初から目指すところじゃなかったような気がするんだよね。どうだった?
友人A: 給料が良かったんだろ?
小生: メーカーは競争が激しくて安いけど、メーカー類似にしては電力は高給取りだったからな。
どちらにしても、大震災の前後で人生が、文字通り、暗転したわけだ。今日はこんな報道をされている。
8月20日(ブルームバーグ):  東京電力は20日、福島第一原子力発電所で汚染水を貯めていた地上タンクから300トンの汚染水が漏えいしたと発表した。都内で会見した尾野昌之原子力・立地本部長代理によると、タンクからの汚染水漏れは過去4回発生しており、今回の漏えい量が最大になるという。
(中略)
同氏は、漏えいの原因は不明でタンク内で水が漏れた場所も特定もできていないと話した。現在も漏えいは継続しており、東電は堰の内側や漏えいしたタンクから水をポンプで回収し、別なタンクに移している。今後は水が染み込んで汚染された土壌を重機で除去するほか、排水溝への汚染水の侵入を防ぐため、土のうを積み上げることなどを予定している。(出所)Bloomberg.co.jp, 2013, 8, 20
 韓国政府からは汚染水漏れの情報提供を要請されているとのこと。
【ソウル=小倉健太郎】韓国外務省は19日、福島第1原子力発電所の汚染水が海に流出している問題で、流出状況などの資料を日本外務省に要請したと明らかにした。日本からは7月下旬以降、3度にわたり関連情報の提供があったが、追加で確認したい事項があるためという。(出所)日本経済新聞、8月20日朝刊
 2010年のメキシコ湾原油流出事故を起こした英国・ブリティッシュペトローリアム(BP)社は事故処理費用を調達するため、同じ年の2010年に早速300億ドル(=3兆円)を計上したという。ところが、しばらくたって昨年の11月時点に次の記事が出ている。
【ロンドン=松崎雄典】英石油大手BPは15日、2010年4月に発生したメキシコ湾原油流出事故での過失を認め、米司法省および米証券取引委員会(SEC)に合計約45億ドル(約3600億円)を支払うことで合意したと発表した。欧米メディアによると、企業の過失を問う罰金では過去最高額。米史上最悪の原油流出事故の影響の大きさを重くみた。
 ボブ・ダドリー最高経営責任者(CEO)は声明で「事故での過失を謝罪する」と述べ、11人の死亡につながった管理ミスや不作為を認めた。
 課徴金を支払うほか、生態系保護を目指す基金などに資金提供する。期間は3~5年。
 BPはこれまで381億ドルの事故関連費用を決算計上してきた。15日の合意で、さらに38億5千万ドルの追加費用が発生する見通し。今回の費用負担がBPの経営を大きく揺るがす可能性は低いものの、なお中央や地方政府、民間事業者などとの民事訴訟を残す。(出所)日本経済新聞、2012年11月16日
最近になって補償基金も払底したとの報道があった。
 【ロンドン=松崎雄典】英石油大手BPが、2010年4月に発生したメキシコ湾原油流出事故の賠償金の増加に苦しんでいる。賠償を求める個人や事業主が増え、個々の損害額も当初想定より膨らんだ。200億ドル(約2兆円)の補償基金はほぼ払底し、BPは「不合理な支払い」と主張している。企業が不祥事の責任をどこまで負うべきか、米国内で波紋を呼んでいる。
事故で被害を受けた湾岸住民やホテル、漁業などの事業者、州や地元政府といった10万を超える原告がBPを訴え、昨年3月に和解。ところが、和解金がBPが想定した78億ドルから日増しに膨らんでいる。(後略)(出所)日本経済新聞、2013年8月1日
ま、BPは資本金が2011年末時点で111,465 Million USドル(=約11兆円)あるメガ企業なので、原油流出事故だけで倒産するとも思えない。対する東京電力は2013年3月末時点で1兆4千億円程。BPの概ね10分の1である。そもそも、今後、電力市場は競争が激化する見通しである。事故処理費は、理屈からいってサンクコストであり、電力料金値上げで回収するなど、本来は不可能のはずだ。だから事故処理費用はそっくり資本を毀損するものと考えておかないといけないのではないか。到底、1兆円そこそこの資本金しか持たない企業が処理できる事故ではないのだ。増資を計画しても、資本市場から資金を調達できるはずがない。貸す銀行もない。

BP社がいま置かれている境遇をみても、東京電力という企業はもう企業生命を終えていると見るべきだ― 国有化されたいま、緊急治療室にいるわけだが、公的資金を返済してまた復活するのが経営目標であろう。そんな風に活かしておく方が便利だからといって、政府が自らの責任を避けるための<隠れ蓑>にするべきではないと思うのだが、どうだろう?





2013年8月18日日曜日

日曜日の話し(8/18)

お世話になっている寺で本日は施餓鬼会がある。回向が始まる前に着くように家を出たのだが、寺の境内、門前は既に駐車車両で一杯だった。今年は盆に墓参りまでしているので、回向料だけをカミさんに届けてもらって、そのまま買い物をすませ弁当を買ってから帰宅する。

帰宅してから、先日、友人たちと会食をした時に出た話題を思い出した。そういえばネット事情に詳しく、美術にも関心の深い友人は、愛用のmini iPadにモネやクリムトの画集アプリをインストールしていた。その数は10冊を超えていた。書籍の形でそれだけの画集を持ち運べば10キロ超の重量になる。やはり技術進歩は有難いものだと、機械には詳しくない方の友人に大いに吹聴したのだ。それを思い出して、小生のiPadにもクリムトを入れたところだ。まあ、もともとモネとセザンヌは既にインストールしているのだが、姉妹作品がこんなにあるとは知らなんだ。

そういえばフランス人のモネは、海や睡蓮などは何度も絵にしているが、実は当時としては最先端の文明の象徴であった蒸気機関車と駅構内の情景を何枚も写生している。同じ印象派のドガは、写生するにしても劇場の踊り子であったり、競馬場であったりしたのだから、モネは機械好きでもあったのだろう。


モネ、サンラザール駅、1877年
(出所)WebMuseum

パリのサンラザール駅はパリとノルマンディー地方を結ぶ鉄道の終着駅である。モネは同地方にある港町ル・アーブルが郷里だから、この駅を描く気になったのだろう。フランスで鉄道網が整備され始めたのは1830年代、パリとリヨン間が最初であるはずだ。フランス全土の鉄道網があらかた完成したのは1860年代になってからであり、その形が今日に至るまで基本型になっているという。

下は郷里ル・アーブルの港の風景である。


C. Monet, Fishing Boats Leaving the Harbor, Le Havre, 1874
Source: WebMuseum

舟の大半は漁船とはいうもののほとんど全部が帆船である。江戸の人々が蒸気機関の黒船に吃驚したのは、モネが上の作品を描いた年の21年前である。米国・東インド艦隊を率いたペリー提督は、帆船から蒸気船への切り替えを提言した海軍近代化の父であるそうだが、新しい技術が古い技術に完全にとってかわるには、相当長い時間を必要とするようである。

いまはインターネットのない生活は既に考えられなくなっているが、これからも更に一層身の回りの暮らしのあり方はインターネットが変えていくに違いない。20年先のライフ・スタイルなど想像を絶するというもので、いま話しても井戸端会議の域を出まい。インターネットは、情報通信技術だが、ロボットなど自動制御技術も<情報処理>には違いない。ロケット打ち上げ、宇宙ステーションの管理も情報処理、電子書籍の売買管理も同じ情報処理技術の賜物だ。Amazonは、メガネ不要の3次元映像再生端末を開発中であるという。現代の蒸気機関車はコンピューターだろう。

蒸気機関車を描く芸術家の心理は共感可能である。モネがいま生きていたら、おそらくロケットの打ち上げ風景を写生したいと言うに違いない。

不思議に感じるのは、エネルギー産業の最先端技術であったはずの原子力発電所を描いた絵画作品を一枚も知らないことだ。<新しい技術>というのは、色々な外部不経済を指摘されるにしても、その機能性に目を向けると確かに美しい。岡鹿之助が描いた「雪の発電所」- 水路式発電所 ‐は切手にもなっている。



アメリカのゴールデンゲート橋やパリのエッフェル塔、東京のスカイツリーが美しいのと同じ意味合いで、最新の技術には見たことのない<新しい美>が隠れているものであろう。ところが、原発施設に美を認める人がいない。美のモチーフとして原発施設を選んだ人がいない。小生は寡聞にしてみたことがない。これは大変不思議ではないかと思うのだ。

確かに不思議なのだが、小生は幼いころ、ウラン、というか放射性物質の放つ青白い光を美しいと感じたことをよく覚えている。




この時の気持ちは、キュリー夫人が夫ピエールとはじめて分離したラジウムをのぞきこんだ時の感動に似ているのではないかと自負している。
ひっそりと静まった闇の中、二つの顔が、ほのかに青白い光をのぞき込む。その神秘的な光の源を、ラジウムを―自分たちのラジウムを!
(出所)エーブ・キュリー(河野万里子訳)『キュリー夫人伝』(白水社)、255頁
上の写真は、ラジウムではなくコバルト60なのだが、水中で発するこの色は、やはり自然の神秘を蔵していて、とても美しいと感じるのだ。

2013年8月15日木曜日

消費税率引き上げ実現のほうに賭けるか、プラス一話

消費税率引き上げに慎重な代表が浜田宏一参与だろう。一般的な消費者もそうだと思う。まさか消費税率を早く上げてほしいと願っている消費者などはいないはずだ。不思議なことに日本共産党も増税に反対している―大きな政府、つまり大きな負担と大きな福祉を目標とするのが共産主義のはずなのだが。おそらく財政拡大・増税反対→財政破綻→資本課税強化による財政再建という線を狙っているのか……。

これに対して、財務省は増税に積極的であり(これは当たり前)、財界では経団連が
ずっと増税賛成派を演じている。加えて、IMFが日本の消費税率引き上げを断固支持すると公表した。以下は少し前のロイター報道から。
(IMFによる)5月の日本の審査報告書について、日本の当局者との協議を経て詳細を公表した。
報告書では「確かな財政・構造改革がなければ、開始された改革の信認に影響し、その成功を阻害することになる。これは日本だけでなく世界にとっても有害」と指摘。その上で「日本の債務水準は引き続き持続不可能で、金利上昇や資本フローの急変などの世界的なテールリスクの可能性が依然としてある」との見方を示した。
IMFはアベノミクスを支持したが、消費税は最低でも15%に引き上げるべきとし、債務水準の引き下げに向けて確固たる財政再建策を早急に策定すべきとの見解を示した。(出所)ロイター、2013年 08月 6日  
このように10%どころか15%まで上げなければ先行きおぼつかないと結論づけている。更にまた、信頼度の高い英紙"Financial Times"(7月31日付け)も以下のように消費税率引き上げを後押しする記事を日経経由で提供している。

[FT]安倍首相は消費増税を臆せず断行せよ(社説) 

 安倍晋三首相は昨年の衆院選に勝利した後、積極的な財政出動と大胆な金融緩和を打ち出し、市場に旋風を巻き起こした。しかし今月の参院選で2度目の勝利を収めた首相は気持ちが揺らいでいる。
(中略)
日本は国家財政を安全な水準まで戻す必要がある。長年続いたデフレと大量の国債発行で、公的債務は国民所得の250%に迫る異例の高水準にある。付加価値税から手を付けるのは当然のことだ。日本の付加価値税収は、経済協力開発機構(OECD)の他の加盟国の半分に満たないからだ。
 さらに、消費増税は他の多くの選択肢より利点が多い。付加価値税が上がれば、国内製品のみならず輸入品も対象となる。また、所得増税では捕捉しにくい、現金を蓄えた年金生活者も、付加価値税なら支払うことになる。
 首相は増税を決断する前に景気回復に十分な弾みがついたと確認したいだろう。今週発表された6月の鉱工業生産指数は前月比3.3%減という不本意な数字だった。しかし、工場の生産データの変動が大きいことはよく知られている。1~3月期の経済成長率は年率換算で4.1%と堅調な伸びだった。

 もちろん日本経済が苦境を脱したとはまだ言い切れない。だからこそ景気後退への対応策を用意しておくのは賢明だ。ただそれには、成長を促す財政政策を伴うべきだ。また低所得層向け所得減税を行えば、消費増税による所得配分への負の影響を緩和できるだろう。

5月23日の東証急落のあと、株価は中々上放れできずにいるが、その主要因として「安倍総理の迷い」が挙げられている。足下の議論の流れをみると、消費増税先送りを決める場合、景気腰折れ懸念が遠のくが故の株価上昇・景気拡大よりは、むしろ反対に日本の財政破綻リスクが近づくが故の国債売却、長期金利上昇、株価暴落、景気後退。こちらの可能性のほうが強まってきている。どうもそんな雰囲気なのだな。

東京市場で取引している参加者の大半は外国人だ。日本人が日本をどう考えるかでなく、世界が日本をどう見ているかで、日本の金融経済は決まる。カネの論理を無視していては国家の経済は成り立たない。ちょうど幕末の時代、薩摩藩が琉球との密輸、奄美大島などの砂糖専売を臆面もなくやり始め、その利益で軍事力を強化し、それで倒幕運動を展開できたようなものだ。長州藩も同じ。倒幕派にはカネがあり、佐幕派にはカネがなかったことが、明治維新の主要因と言って過言ではない。小生別に重商主義者ではないが、国家とマネーは切り離すことはできない。世界が日本に期待していることは、日本としてやったほうが、日本にとっても良いと思うのだ、な。

消費税率引上げは、本来、経済の理屈にかなっている。やれるならやったほうが良いに決まっている。ヨシッ、小生も「消費税率引き上げ→株価上昇」に賭けよう。しかしながら、そのためには財政破綻リスクを低下させることへの見返り、つまり投資の増加、海外マネーの日本流入を加速させるような政策をとらないといけない。これは多くの日本人が嫌う規制緩和、競争メカニズムの活用だ。企業優遇だ。反発があるだろう。人気は下がるだろう。まるで山本五十六の「男の修行」だ。
苦しいこともあるだろう。
云い度いこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣き度いこともあるだろう。
これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。
単に増税するだけであれば、浜田参与が心配するように日本経済は「心不全」で突然死してもおかしくはない。そんなバカなことをして平気な風が見えてくれば、海外マネーが流入するどころか、ジャパン・マネーが一斉に日本国外に流出するであろう。それで困るのは、日本国内の仕事で暮らしている普通の日本人であって、資産を海外に移転できる富裕階層はなにも困らない。分かっているだろうなあ、この理屈……、そんな風にみている。

★〜☆〜★

まったく違う話しだが、本日は終戦記念日。東京・日本武道館では例年のように「全国戦没者追悼式」があり、天皇皇后両陛下もご臨席されて以下のお言葉を述べられたよし。
本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来既に68年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。
 ここに歴史を顧み、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。(出所)読売新聞、8月15日
安倍総理、伊吹衆議院議長による式辞も報道されている。

このような追悼式を日本国家として開催しているにもかかわらず、更に閣僚として靖国神社に参拝する必要は、国家公務員の職責としては全くない理屈だ。参拝するとすれば、純粋に100%、個人として宗教的動機に基づいて参拝しているわけだ。なるほど個人としての信仰の自由は憲法が保障している所でもあるが、<国家神道の信者>が、閣僚という公職に就くことは、戦後日本において適切なのだろうか。疑念の余地はあるような気がする。

戦没者の霊魂の慰謝は、国家神道によるしかないわけではない。浄土宗でも、曹洞宗でも慰霊は行えるし、また戦死者の実家では盆供養をしているはずである。無論、戦死者がクリスチャンであれば、キリスト教によって魂を慰めることもできるのだ。そのほうが日本人としてははるかに適切な姿勢であろう。

戦前期日本は、神道を一種の「国教」として位置づけ内務省には神社局が設置されていた。その内務省は、戦後、GHQによって解体され、神社局を継承する形で政府と切り離したうえで神社本庁が開設された。そして神社本庁総裁には皇族が就くことになっており、その習慣は現在も変わらない。靖国神社は、神社本庁の統制下にはないとのことだが、祭事は帝国陸海軍が主宰していた。神社本庁は、いわゆるA級戦犯を「昭和殉難者」と見ており、その靖国神社への合祀を支持し、分祀の可能性は否定している。ともに国家神道のよりどころになっており、日本の保守層、というより極右(Far Right)勢力を支援する精神的拠点にもなっている、そう言えるのではないだろうか。

公平にみて、日本政府を代表する閣僚、国家公務員が、いかに自分自身の信仰に基づくとはいえ国家神道の象徴でもある靖国神社に参拝すれば、対外的拡大を基本戦略とした明治国家の大黒柱でもあっただけに、そりゃあ中国や韓国は憤激するだろう。毎年繰り返される靖国神社参拝騒動をどう治めるかは、日本の対中、対韓外交政策の問題であると同時に、日本国内の宗教政策でもある。『外国からとやかく言われる筋合いではない』と、国内事情と切り離せるかのように言える問題ではない。ここを認識することも大事だ。小生はそう思うのだ、な。

2013年8月14日水曜日

<善意→偽善→抑圧>という失敗の方程式こそ永遠の罠である

宮崎駿監督の「風立ちぬ」は、作品として余りに成功しつつあるが故に、世間の逆風も時にひどいようである。日本の右翼、韓国の反日の標的になったかと思うと、今度は日本禁煙学会のターゲットにもなってしまったようだ。

全文はここにあるが、初めの部分を下に引用しておきたい。
NPO法人「日本禁煙学会」が公開中の映画「風立ちぬ」(監督宮崎駿)の中のタバコの描写について苦言を呈している。
 製作担当者に送付した要望書を公式サイトにアップ。「教室での喫煙場面、職場で上司を含め職員の多くが喫煙している場面、高級リゾートホテルのレストラン内での喫煙場面など、数え上げれば枚挙にいとまがありません」と問題視した。
教室で喫煙しているというのは、たとえばそれが<大学>だとすれば旧制は小学校から6年、5年、3年、3年となっていたから、旧制大学は現大学の3年次、4年次プラス1年に相当する。現在の中高が旧制中学にほぼ相当し、旧制高校と大学を併せた6年が現在の大学4年に対応していると言ってよい。要するに、戦前期の教育システムのほうが高等教育により長い期間をかけていたわけである。ちょっと話が脱線した …… 煙草のことである。だから、旧制大学生は大学入学時に成人していたはずであり、喫煙自体は認められていたと思われる。そして旧制大学生は現在とは全く異なり、ごく少数の者だけが進学できる文字通りのエリートであって、学生とはいえ紳士として自由と責任を与えられていた。そんな風に遇されていた点も忘れるべきでない。もちろん教室で喫煙できたのかどうか、大学の教室で喫煙することは日常的に見られていたのか、まあ色々とそれが適切であるのかどうかというポイントはある。大学ではなく、旧制高校以下の学校であれば、喫煙禁止であったと思うが、残念ながら、小生まだこの作品をまだ見てはいないので、これ以上のことは言えない。

それより上に引用した記事をみて、これはもう善意の社会運動ではなく、ありのままの昔の習慣をも正しい状態に作り直そうとする偽善ではないかと感じたのだがどうだろう。

確かに現在は禁煙が社会に浸透してきている。それには科学的正当性もある。しかし、小生の幼少期には父は家内で大体煙草を口にくわえていたし、小生を時々呼んでは口からドーナツ型の紫煙をはきだし、小生はそれに興じて何度もやってとせがんだものである。祖父の家に遊びに行けば、そこにはやはり紫煙がたゆたっており、父のとは違ったその香りに私は祖父の存在を感覚的に記憶したとも言えるのだ。そんな父や祖父から、あるいはまた叔父たちから小生は「もらいタバコ」による被害を被ったかもしれないが、それが<被害>であるとは主観的に考えてはいないのだ、な。主観的にそうは思っていないのであれば、それが<タバコ被害>であると客観的に指摘してみても、必ずしも幸福の増進には結びつかず、科学的に正当なことをしているだけの自己満足であるとも、小生、言いたいところなのだな。そうした言動は、社会的善意の名を借りた僭越であり、またそれは<偽善>でもあるのではないか。

人は、可能な限り、周りの人たちがしていることを認めあい、社会的に絶対に容認できない明確な理由がない限り、その人たちの幸福を壊すべきではない。自由と責任が幸福の基礎であり、他者の善意、まして善意の指導は、多数による抑圧と識別できないものなのである。このことを忘れるべきではないと思う。<悪意>は、悪意の衣をまとっている限り、いつか世の中から排除される。しかし、善意による抑圧は時に社会の中で罠となって永続し、人々を苦しめるのである。歴史上、注意するべきは、むしろこちらの方ではないだろうか。

2013年8月12日月曜日

月曜日の話し(8/12)

昨晩、東京で両親の墓参りをすませ、その帰りに上野でおりて蓮玉庵で天セイロを食してから、上野の森美術館で自然展を見て帰った。

蓮玉庵に入って正面の壁に戦前期を思わせる旧店屋と店主一同がそろった家族写真が飾ってある。「いつ頃の写真ですか」と勘定をしながら聞くと「昭和2年です」という。そうか……、写っている人達は皆もうこの世にはおるまい―幼い娘は90余歳でまだ健在かもしれないが。すべて人というのは、ある限られた時間、身体という形を与えられて、この世の中に存在するだけである、自分がいない時間の方が遥かに永いのだと改めて意識する。

今度久しぶりに再会したポン友達と快食した横浜・中華街を描いた作品も展示されていた。その場で撮ってきたので、下に画像を残しておきたいと思う。


描いた人は神奈川県在住の只野さんという人だから、おそらく地元・横浜市の人ではあるまいか。制作した絵だけから、これを描いた人の年齢や顔だちを想像することは困難である。とはいえ、街の風景にたくさんの人物が自然ととけこんでいる。それも結構上品な雑踏風景である。都会生活になれ、幸せに暮らしている人じゃあないかと小生には思われる。

小生も昔は横浜に住み毎日の通勤列車では満員の乗客の一人となるのを当たり前に感じていた。その頃暮らしていた独身寮が昔と同じ佇まいでまだあったのは嬉しいことだった。


横浜・山手町4番地・独身寮

それにしても東京の猛暑は予想以上だ。いまではもう北海道の冷涼さに慣れてしまったのであちらには戻れまいと思う。


2013年8月10日土曜日

山手通りの喫茶店「エレーナ」再訪

東京に来ている。目的は両親の墓参と拙作が上野の森美術館の「自然を描く展」に入選したのでどんな感じになっているか確かめるためだ。アマチュアの出品先としては、サロン・ド・ボザール、一枚の絵が主催している日曜画家展、それと自然を描く展の三つが主であり、これまではボザール展に出していた。ところが主催団体が、このご時世もあって倒産してしまったのだな。で、今回初めて自然展に応募してみた。でもまあ、あれである、毎年の出品総数と入選数を比べると、2作出品した人は、よほどのことがない限りどちらかは入選するのじゃあないかとは思っている。

それで今年はお盆の時期に上京し、昨晩は学生時代からのポン友と横浜・中華街で食事をした。一度行った店であったが、8人兄弟が手分けをして3店舗を運営しているそうだ。親御さんは先年亡くなったそうだが、羨ましいものだ。

早めに品川からJRに乗って石川町で降り、待ち合わせの時刻が来るまで周辺を歩き回った。小生が、ずっと昔、しがない小役人をやり始めたとき、駅から歩いて10分の所にある独身寮に入っていた。駅裏の急坂を登ると、次第に海が見えてきて道の曲り口に漫画家・柳原良平氏宅が見えてくる。そこからもう一息で山手本通りに出る。左に少し歩いて、道を渡り、狭い下り道を下って、少し右に行くと独身寮がある。そんな記憶があるので坂を上って行ったのだが、すぐに息が切れてきた。昔は一気に5分以内で走るようにして上っていたのだが。それで独身寮はまだあるかと確かめるように歩いていくと、敷地内に草花や灌木が生い茂ってまるで違う佇まいになっていたが、往時とおなじ建物がそのままたっていた。何しろ一等地である。公務員の宿舎はずいぶん売却されたと聞いていたが、そうかあ、まだあったのか、結構住人はいるようだな、と。うたた感慨を覚えて元の山手通りに戻って行った次第。

山手通りに戻ると、道の向こう側に喫茶店「エレーナ」がある。店の窓から横浜港が一望できるので日曜には―当時は土曜日も半ドンであったが仕事があった―よく入って、窓際に座って一時間も二時間もいたところだ。とても懐かしい。待ち合わせの時間までそれほど余裕があるわけではないが、坂を上ったり下ったりして大汗をかいたので店に入る。年配のマスターがいる。アールグレイのアイスティーを頼む。はて、女の人が店をやっていたはずなんだが…、店内は昔とそれほどは違わないようだ。何しろ35年も前である。うん?店内にトールペイント風の作品がかかっており、"38th Anniversary"と書いてある。となると出来たばかりの頃に店を愛用していたことになるか…。海は昔はよく見えていたのだが、今は高層マンションが建ちならんで視界を遮っている。残念な景色だねえ…無粋だねえ、と。しかしまあ店内の雰囲気は昔のままじゃないか。視線をさらに送ると、壁際に品のよい女性の写真が飾ってあった。誰だろうか、マスターより少し齢が下かな?ずっと昔、小生に珈琲を出してくれていた人は、その女性であったような気もする。


写真の女性は誰なのか、マスターには聞きそびれてしまった。聞くのをためらっているうちにこんなことがあったのを思い出した。

父の胃癌が再発した秋のことである。小生は小役人になってまだ一年生であった。晩秋のある日、外は落葉を打ちしだくような時雨が降っていた。と、母から電話だと寮の管理人がいう―昔は携帯という利器はなかった。出ると『いま目黒にいるのよ、出てこれる?』と母がいう。『いいよ、すぐ出るから』そんな風にいって、多分、飛んで行ったのだろう。その日の更に以前、まだ父が元気であった時分、目黒駅から歩いて15分程の所に、家族そろって暮らしていたことがある。母は目黒の街を好んでいた。石川町から目黒駅まで何分かかったろうか、小一時間はかかったのではないか。多分、蒲田から目蒲線に乗り換えて行ったのだろうと思う。目黒のステーションビルの最上階にはレストラン街があった。上がって母を探すと、背中を『おにいちゃん』とたたくので振り向くと、母がニコニコと笑いながら立っていた。当時は、そのレストラン街にロシア料理店―「白樺」という名前ではなかったかと思うが定かではない―があった。母と私はその店に入ってボルシチを食べた。しばらく父のことや弟妹のことなどあれこれと話をしてから、母は『じゃあもう帰るわね』とでも言ったのだろう、私と別れて名古屋に帰って行った。目黒駅で別れたのか、それとも東京駅まで送って行ったのだろうか、それも忘れてしまった。私は独身寮に戻って行った。

不思議なものである。母から電話をもらって雨の中を目黒まで行こうと石川町駅まで一散に歩いて下って行ったことはよく覚えているのだが、母と別れてからの帰途、また寮へと上がって行った時のことは記憶に残っていないのだ。それと、母はなぜ名古屋から東京に来て、私と話をしたくなったのだろう。母にはそれを聞いたはずなのだがどんな内容だったか忘れてしまった。父は、癌になってからずっと丸山ワクチンを投与してもらっていたが、間に立っていた叔父からそれを受け取るのは私の役割だった。母が直接とりに出てくるはずはない。平日ならそれもあるだろうが、もし平日なら私の方が真夜中まで仕事をしていたはずである。土曜や日曜なら私が叔父からワクチンを受け取っていたはずである。そうすれば私から母に連絡をしたはずで、突然、母から電話があるとは思えないのだ。あるいはまた父が長い間投薬してもらっていた順天堂病院の神経内科に、その日、母はまた行ったのだろうか。しかし、その頃になると父はもう順天堂大学から投薬してもらってはいなかったように思う。

だから、母がなぜ東京に来て、私に電話をかけて呼び出したのか、その事情は分からないのである。いまはもう永久に分からなくなったが、その日の雨が時雨にしてはえらく土砂降りで、ザアザアと雨が降る中を暗い―暗かったように思うのだ、不思議だが、夕刻であったのだろうか―坂道を曲がりくねりながら、一散に歩いていったことだけは、よく覚えているのだ。

2013年8月7日水曜日

覚え書―従軍慰安婦問題をどう考えているか

宮崎駿監督の新作『風立ちぬ』が爆発的興行成績を達成しそうとの報道だ。

一方、宮崎監督はいま日韓双方からネット・バッシングをうけているという。韓国側は、零戦という日本の主力戦闘機をテーマにしたという点が軍国主義であると非難している。日本側– 日本の右翼勢力 –は、同監督が記者会見で「日本は韓国に従軍慰安婦問題について謝罪する必要あり」という趣旨の発言をしたと非難している。それで前と後ろの両方から弾が飛んでくるという状況になっている。ホント、野暮でありんすなあと、小生は思っているが、従軍慰安婦について自分としてはこんな風に考えていたというのは、後になって確かめたくなるだろうし、愚息やその子供達も関心をもつかもしれない。で、覚え書きにしておこうと思った。

× × ×

従軍慰安婦問題については、小生、重要な事実関係を熟知してはいない、というか文献を詳しく調べたことはない。戦後ずっと論議されてきたわけではなく、1991年になって初めて戦時慰安婦であった人たちが声をあげ、それが契機になったのだろうか、それ以降続々と元慰安婦であった人たちが身に受けた悲惨な経験を語り始めたと理解している。その最初の証言が出てきた背景であるが、そもそも従軍慰安婦なる問題を指摘したのは、日本の元陸軍軍人であり、戦後は共産党から選挙に立候補したこともある吉田清治氏が著した著作『朝鮮人慰安婦と日本人 元下関労報動員部長の手記』(昭和52年)や『私の戦争犯罪』(昭和58年)である。ところが、吉田氏の著書に書かれていた内容は、かなりの部分が創作、というか事実ではありえないことが判明してきた。それで多数の人が、事実関係を調査してきたところ、韓国出身・従軍慰安婦がいたことは事実であることには間違いないようだが、それが日本政府あるいは軍の強制を伴ったものであったのかどうか、いまなお日韓双方の解釈には開きがあり、決着がついていない。まあ、この辺までは承知しているという程度である。

× × ×

従軍慰安婦として軍に同行した女性達が、戦争の犠牲者であったことは、議論の余地がない。これはハッキリしている。戦争の犠牲者は戦後になってから補償されるべきである。これも当然の論理であると思う。

ただ小生にはよく分からない、というか専門外なので不明の点もある。
  1. 韓国出身・従軍慰安婦の人たちに補償義務があるとすれば、それ以外の出身地の従軍慰安婦であった人たちにも、日本出身の従軍慰安婦であった人たちにも、補償するべきではないのか?
  2. そもそも「戦争の犠牲者」はいかなる人たちを含むのか?軍人として敵と戦い戦死をとげた人たちは「戦争の犠牲者」であるには違いないが、戦死者― というか、その遺族 ーへの補償は行うべきなのか?
  3. ま、軍人は死ぬことも仕事のうちだ。では非戦闘員はどうなのか?戦後になって戦時の補償を求める権利はあるのか、ないのか?あるとすれば、自国政府に対してか、旧敵国政府に対してか?
  4. 非戦闘員が戦争によって犠牲・被害を被ることは現実に頻繁に発生する。従軍慰安婦に徴用されるのもその一例であるし、強制労働もそうだ。小生の亡くなった母は、下関の高等女学校在学中、授業はほとんどなく、毎日のように「勤労奉仕」に出かけたそうだ。奉仕である以上は強制であろう。勉強をする権利を奪われたわけであるが、これは補償されなくてよいのか?空襲によって家財を失った人も犠牲者であるし、広島と長崎に使われた原爆の犠牲者・被爆者達も敵国と戦っていたわけではない。「戦争の犠牲者」である点に違いはあるまい。
  5. 韓国は韓国の立場から従軍慰安婦という韓国内・戦争被害者への補償を日本国に請求しているが、もしこの論理に従うなら、戦後、沖縄が独立していれば、沖縄戦で犠牲を被った人たちは日本に対して補償を求めることができる。四国が独立していれば、四国の人は東京の政府に犠牲の補償を求めることができる。北海道が独立していれば北海道の人が補償を求めるだろう。どこかが奇妙ではないだろうか?そもそも開戦時から戦争終結時に至るまで、朝鮮半島は(その経緯には多くの問題があると指摘されているにせよ)国際社会において日本法の支配下にあり、四国や北海道と同じ「日本」の「国民」として戦ったのだから。

× × ×

元従軍慰安婦に対して謝罪をし、補償義務を負うのは道理にかなっていると小生も思う。しかし、韓国出身者であるが故に、▲▲国の犠牲者であるが故に、謝罪をし補償をするというのでは、平等に反するだろう。名画『サンダカン八番娼館 望郷』で描かれている世界は、韓国とは何の関係もないが、そこにも悲惨な戦争経験をした女性達が描かれている。貧困のために身売りをされ、生きるためには半ば強制的に、つまり他の選択肢はない状況で海外に移り、戦後はそのまま国から打ち捨てられ、彼地で死に墓も分からなくなった日本人女性は多数いたはずであるーもちろん現地で餓死した日本人戦死者も悲惨な戦争犠牲者であろう。あの人たちにも国家が謝罪なり、補償なりをする必要があるのではないかと思う。

「戦争犠牲者」、「戦争被害者」という言葉には広範囲かつ膨大な人たちが含まれる。そして、彼らのほとんどは、戦後において、ほとんど補償をうけてはいないという現実がある。つまるところ、近代以降の戦争、国民国家が引き起こす戦争は、君主が宣戦し傭兵が戦う戦争ではなく、「国民」が決め国民が銃前・銃後で戦う総力戦であって、戦勝の果実には国民があずかり、敗戦の報いも「国民」が引き受けてきたと思っている。

その「国民」、つまり法律で定める「日本人」の中に、1910年に併合された朝鮮半島居住者が含まれていたと考えるかどうか―やはり、そう考えるしかないのではないか。とすれば、その後の様々な犠牲・被害の大半は、日本国内の犠牲者と同じように共同で負担することが最初から運命づけられていた。これもまた一つのロジックではないだろうか―内地の外、つまり外地である朝鮮半島居住者は参政権をもたず、意思を表明する機会が与えられていなかった点は確かに重大ではあるが、この点は別の機会に。ちょうど、13世紀の元寇のとき、日本に来襲した正面軍は高麗軍であったのだが、だからといって高麗が日本を侵略したとは解釈できないし、してはいない。とはいえ、高麗人が元軍に参加していたこと自体は事実である。朝鮮半島が置かれる立場は反対になったが状況としては類似していたと思う。

× × ×

ただこうも言える。ロジックがこうこうだから、こういう結論にするべきだ、と。そんな議論で万事すんでしまうのであれば物事はすべて簡単だ。今回の場合は論理をこえた共感、理解、つまり心の表出がなければ問題解決には至るまい。問題の本質はここにある。そのように、小生、考えているのだ。

2013年8月6日火曜日

これも「確実ナノガ好キ症候群」の症状か?

担当している統計分析の授業のサンプルデータに食器乾燥機の販売データを使った。上田太一郎編著『データマイニングの極意』に掲載されているデータだ。発売前アンケート結果と各機種・食器乾燥機の初月販売数を表にまとめている。

調査項目の中に「価格が安いかどうか」がある。価格設定は戦略の基本であり、ビジネス・エコノミクスでは攻撃的安値戦略をとるときに留意するべきこと、相手に安値戦略をとられたときの対抗策が主な話題の一つになっている。

価格が安ければ、相手から顧客を奪取できる。だから、もしもY変量に販売数量をとり、X変量の一つに価格を含めれば、価格の回帰係数は負値になるのが当然である。価格を上げれば販売数量は減るのがロジックだから。

ところが一番上に紹介したサンプルデータでは、そうはならない。「これはおかしい!」と、多くの人は「理解できない」、「データがおかしいのじゃないか」等々、得られた分析結果に対して様々のネガティブな態度を示す。ここが、小生、すごく楽しいというか、興味深いというか、ああ、ビジネス現場でデータをどう活用しているか、活用できているか、その一面を見る思いがするのだ。一口に言えば、予想通りのデータが集まってきて安心する、それだけの目的で数字を見ている人が多いのじゃないか?データが予想とは違ったときには、途方に暮れる、一体これをどう解釈すればいいのかと。

一番取り扱いが難しいのは「予想通りのデータ」、即ち「有意でないデータ」であることは、少し統計学を学んだ人なら何度も聞いているはずだ。予想とは違うデータが得られれば、正にその時こそ常識の誤り、見逃していた落とし穴を確認できる。おかしいデータこそが、ウェルカムなのだ。これがあらゆる統計分析における鉄則である。

本来は、安値は販売を拡大する方向で働くはずだ。ところが、食器乾燥期のサンプルデータでは「安い」ことが売れ行きに直結しない。これはなぜか?販売現場の経験を積んでいる人なら、こんな理屈に合わない結果を得たとき、「なるほど」と。背後に隠れている物事の真相に目線が届くはずなのだ、な。「安い」ということでは売れない。そんな消費者の行動がむしろ理にかなっている。こんな考察のきっかけになる。理論は誰かがつくった「語り」だが、データは「現実」である。理論が否定されることは頻繁にあるが、現実はそれを認めるしか道はない。真に合理的であるのは、常に「現実」の方なのだ。「理論」が正しい保証はない。

幸いにして小生のクラスでは下のようなやりとりはなかった― ほかではこんな会話があるかも。
「価格」の回帰係数がマイナスになっていない所が面白いですね。
これはデータがおかしいのじゃないですか?
データを疑いだしたら、<理屈ありき>で物事をみてしまいますよ。
では価格を下げることは販売を増やすのですか、減らすのですか、どちらですか?
販売現場に応じてケース・バイ・ケースなんじゃないですか?
エッ???
理論やロジックには必ず暗黙の想定がおかれているものです。こうすればこうなると、無条件には言えないものです。データ分析は、実際はどうなのか、そこを検証するのですね。予想や常識と違うデータは、事故を予知してくれる警報のようなものです。
価格を下げさえすれば販売は増える。これは<確か>なんだが最後の手段だ、と……確実に言い切ってしまいたいことは、沢山ある。会議の席上で『おそらく今後はこうなる可能性が高いので…』と言うと、おそらくじゃダメだよ。可能性なんて言っているようじゃ検討が足りん。そんな風に言われることは多い。『こういう方策をとれば、どんな結果になるとされているのか?』、正解を知っておきたい、そういうことではないか。しかし、価格を下げても販売が増えるとは限るまい。<確か>ではないのだ、<正解>ではないのだ。

これまで<確実な議論をしましょうよ症候群>と呼んできた行動特性は、ひょっとすると<正解を知っておきたい症候群>でもあり、この二つの根本原因は同じであるような気がする。それは即ち<失敗をする余裕はない>という守りの意識である。実は、しかし、失敗をする余裕はないと思い始める時こそ、失敗への始まりなのだと小生は思うのだな。

2013年8月4日日曜日

日曜日の話し(8/4)

本ブログでは江戸・旧幕時代を話題にとり上げることが結構ある。とり上げるときには、概ね元禄から正徳・享保・天明あたりまでを肯定的に評価する一方で、元禄以前は歴史小説の世界というか、ほとんど話すことがなく、また松平定信以降については保守化し、無能化した時代だと分類している傾向がある。ま、それは仕方がない、そんな風に思っていることは確かだ。

バランスをとるために記しておきたいのだが、政治という次元で物事をみれば18世紀末以降の幕府政治はイデオロギーばかりが目立つのだが、経済や自然科学、人文社会科学など文化という次元をみると、日本全国で<プレ・モダン>なる時代が花開いた時代であったと思うのだ、な。そのきっかけとして、やはり享保以来の蘭学振興、実証主義精神の芽生えを挙げるべきだろうし、理念ではなく現実に目を向ける知識文化の気風は、商工業の発展と裏腹の関係をなしている点は、ヨーロッパ産業革命からも窺えることだ。

ヨーロッパは、伝統的な教会支配とキリスト教が科学的現実理解と対決したのであるし、東洋では儒学的宇宙観と実証主義精神が戦ったわけである。日本においては、仏教受入れも儒教受け入れも、中国や朝鮮に比べると不徹底だったのが、かえって幸いしたのだろうというのが、その後の19世紀、20世紀の歴史と結構関係している。そんな風に、小生、思っているのだな。

となると、日本では墨という筆記用具も所詮中国からの輸入文化であったのかもしれず、中国の模倣をして水墨画、南画を描いては見たものの、やはり<倭臭>は抜けず、超一流の作品を生み出すには至らず、それがひいてはジャポニズム的な独創性につながったのかもしれない。<ガラパゴス化>も悪いことだけではない。絶対的にマイナスであると評価されるべきものはないのだと。そんな風に考えることが割りと多いのだ。

前回は、新井白石を話題にしたが、元禄・正徳時代の日本画と言うと、まだ浮世絵らしい浮世絵は登場していない。そもそも江戸初期には版画技術も未発達で、文化らしい文化は江戸ではなく、上方で生まれていた。小生の限られた知識では、絵画分野であげるとすると、琳派と江戸狩野派、それと英一蝶くらいしか思い出せない。


尾形光琳、紅白梅図、18世紀光琳晩年
(参考)MOA美術館(熱海)

琳派の色彩世界は世紀末ウィーンを代表するグスタフ・クリムトに相通じるものがあるが、光琳にはクリムトのむせ返るような死の香りはない。もしも光琳が19世紀の江戸に生きていれば、退廃の中で暮らし、やはり永遠の青春と避けられない死をテーマとした作品を遺していたに違いない。上の作品は、あまりにも有名だが、作家晩年の作品であるという割には、活発な生命が底からにじみ出ているようであり、<底映え>というものを感じる。


英一蝶、十二か月の内正月

英一蝶は、4代将軍徳川家綱が将軍に就いて間もない承応元年(1652年)に生まれ、元禄・正徳に活動し、8代将軍徳川吉宗が改革政治を始めた享保9年(1724年)に世を去っている。彼が残した作品群を、いまならデジタルデータでどこにいてもネット経由で確認できるのだから、この30年間の通信技術の進歩はすさまじいものがある。

観ると、浮世絵のようでもあり、風俗画のようでもあり、平安以来の大和絵のようでもあって、蕪村を連想させる南画のようでもある。上の作品は初期浮世絵とでも言えるのかもしれない。これまた一蝶晩年の作品のようだが、延び行く若さがあふれているような、元気をもらえる一作ではないか。








2013年8月3日土曜日

世界景気は既に底入れしている-OECD Leading Indicator

新興国景気が沈む一方で、日米は回復し、ヨーロッパは周回遅れで回復への兆しを見せ始めた。そんな大づかみの景気観測が取りざたされるようになっている。

久しぶりにOECDのComposite Leading Indicatorを確認した。7月公表分が直近である。


OECDエリア全体では景気回復の兆しと言えるか言えないかの動きである。ただ、アメリカの拡大基調は明らかであり、産油国に近いエジプトの政情不安はあるものの、シェール革命によるエネルギー事情の激変、住宅市場の底入れなどを考慮すると、アメリカ経済は新たな成長軌道に戻りつつある。そう言えるのじゃないか。ヨーロッパは、なるほど「回復の兆し」というところだ。反対に、中国経済の下降トレンドも明瞭である。既に8月だ。『7月にも中国の金融バブルが崩壊する』と、不安げに囁かれ、上海市場の株価も一時どうなることかと危ぶまれたが、何とか乗り越えた - ま、お国柄ゆえ、いざとなれば強権発動、資産課税による公的資金投入など、あっさりとやってのけるとは思う。寧ろ、中国では経済不安よりも、政治不安が心配のタネであろう。



日本は回復というよりも、最近になって覚醒したのか、刺激を与えられて頭をもたげたのか、本当に日本経済は昏睡状態から意識回復に至ったのか、まだ断言はできない状態だろう。

インド、ブラジル、ロシアは下降トレンドにある。もはや"BRICS"ではないと言われているが、上の図をみると、繁栄も停滞もともに歩む共存共栄、一蓮托生、いまもって"BRICS"であることに変わりはないようだ。

先進国と新興国とのカップリング論、デカップリング論がかつて議論されたが、これからは上下ところを変えた<逆デカップリング論>の正否が試されるだろう。

中国からアメリカに乗る船をかえたいと願っているだろう安倍内閣は、案外、巡り合わせから言うとドンピシャリになるかもしれない。

どうもハッキリしないのは韓国だろう。反日政策強化シフトが目立つが、歴史問題などと大層哲学的な議論をしかけてはいるが、カネにもならない理由で、こうした原理主義的・外交コミットメントに打って出るはずがない。やはり国益追求ゲームの中の最適戦略として見るべきであり、つまりは韓国伝統の親中政策、対北朝鮮政策であろうと憶測されるわけで、それは確かに韓国の国益に寄与するロジカルな根拠を有している、そうも思われたりするのだが、いま現時点の中国と融和的関係を形成するのが、本当に韓国の利益になるのか、時機の選択として正しいのか、素人目には決して分かりやすいとは言えない。


2013年8月1日木曜日

年明け後に民主党はもうないかもしれない

今日は試験監督を二コマやる。午前に一つ、打ち合わせをしてから午後にもう一つだ。この位は以前ならまったく何ともなかった。かえって体が温まって、後の仕事が捗ったくらいだ。それがどうだろう。北海道とは思えないほどの湿度と暑気にまいったのだろうか、終わって部屋に戻ると、ぐったりとなって一時間ほど居眠りをむさぼる。全く、情けなや…、亡くなった祖父が『麒麟も老いては駑馬に劣る』とよく言っていたが、天をかける麒麟も齢をとったら、農作業で使われるような駄目ウマと競争しても負けてしまうという意味だ。

惨状…と言えば、いまの民主党を上回る惨状を呈している元花形はあるまい。昨年まで政権与党であったのだ。いまの安倍首相の前任者は民主党の野田首相なのである。アンビリーバブルだ。

ブログに傑作を見つけた。最近はリンク集を書かなくなったが、小生が思っていたのと寸分違わぬ内容であったので、覚書に記しておきたい ― なくならないとは思うが、ブログは時に消えてしまうこともあるので、要点だけ記しておく。元の文章はここ、ブログ『ニュースの社会科学的な裏側』にある。

民主党没落の第一の原因は「誰のための政党なのか」を自覚しなかった点だろう。これは2009年の政権交代を前に新時代を迎えるかのようにテンパっていた友人に投げた質問である。「一体、どんな人たちの利益を代弁するのか?」と。
民主党の支持母体は、端的に言えば労組、日本労働組合総連合会だ。このことから自らが企業の従業員の利益を代弁すべきだと認識すれば、実の所は個別の政策で右往左往したり、支持を落としたりする事は無かった。 
TPP交渉参加の是非などは、投資環境の改善は雇用機会の増加につながるので、即断できるわけだ。兼業農家が犠牲になる気もするが、彼らは資本家だと割り切ればいい。原発問題も工場などの稼働率を考えれば、自ずから稼動する方向で結論が出る。原発稼動は不人気政策に思えるが、反原発派は首長選で総じて負けている。 
厳しい労働環境とされるワタミの創設者である渡邉美樹氏を都知事選で推薦することもなかった。7月の参院選で自民党を攻撃する最もキャッチーな材料であったはずだが、推薦履歴により上手く生かすことが出来なかった。そもそも敵味方の識別さえついていなかったわけだ。 
独自に推し進めるべき政策も明らかになる。女性も労働者なので、就業者への出産・育児サポートなども主要な主張になりえる。雇用規制の緩和やブラック企業問題に関しては、もっと積極的に関与する必要がある。
労働者にとっては企業の利益は、本来、どうでもよいのだ。労働者は経営状況などは二の次にして賃上げを求めるべきなのだ。それによって利益が低迷して、株価が低迷して、企業が買収されても、現場を支える人間は常に必要とされるのだ。没落するのは経営陣である。もちろん経営者はこれでは困るから、安い移民労働力の自由化を望むだろう。海外投資のリスクを避けて、国内で利益を出そうとすれば、それが最善なのだから。経営者は規制による保護を求めることもあるが、利益機会があれば自由を求める。それが本来の姿だ。そこで国論が二分される。だから活力がいや増すのだ。

つい先日も書いたが、経営陣と従業員は同じ船には乗っていない。労働者=生産現場の人達の利益が増えるように、それだけに徹底して政策を提案するなら、労働者のほうが経営者より多いのだから、有権者の半分以上は、本来、とれるはずである。それでも、駄目なら、日本の有権者は自分たちの暮らしではなく、暮らしを犠牲にしても実現したい夢が先にあるのだろう。ならば、その夢とやらを民主党が把握して、実現の方法を提案すればよい。

反原発や反オスプレイは労働者利益に結びつかない。そんな事を主張するのにエネルギーを使っているから、労働者から見て労組は不要物に見える。冷戦構造下でソ連など共産圏の影響を受けた“左派”が労組を組織して、ひたすら反自民や反米を主張して来た伝統なのであろうが、労働者利益など眼中に無いようにさえ思える。
いやあ、ここまでズバズバ言えば、さぞや痛快であろう。まったく上のブログの著者が羨ましい。

 そういえば「生活の党」というのがあったなあ。民主党を<陶片追放>された小沢一郎が創設した、というか簒奪した政党である。生活が第一という割には、労働者の生活向上とは真逆の政策を提案していた記憶がある。案の定、昨年末と今夏の選挙では壊滅的大敗を被ったが、もはや政策がもたらす結果を科学的に予測する能力すらもなくしている実情がよく伝わってくるではないか。

政党の命はやはり政策である。その政策の提案を行うときには、誰の利益を代弁しているのか。ここの所が政党の存在理由を構成していると思うのだ、な。まさか<国民の皆さん>の利益などと、そんな寝呆けたことは、もう言わないよなあ……、それとも国会議員も公務員であって、公務員は一部の国民ではなく、すべての国民に奉仕しなければならない…民主党には弁護士や官僚出身者が多いから、政治家として落第しそうな人が多いのも、案外、その理由は大事なことを思い違いしているせいかもしれない。