2013年11月24日日曜日

日曜日の話し-リアリティと夢の違い

NHKで放送中の「日曜美術館」は、小生の趣味と合致しているので、楽しみにしている番組の一つだ。

毎回必ず観ているわけではないが、本日のテーマは英国の画家・ターナーだったので、これは見逃せないというので、休日にもかかわらず(小生にとっては比較的に)早めに起きてみた。録画しておこうと思ったが、レコーダー側のチャンネルを合わせるのを忘れたのでしくじったのが残念だ。



Turner, Rain, Steam and Speed The Great Western Railway, 1844

本日の「日曜美術館」の最後に登場した作品は、上の有名な「雨・蒸気・速度」だった。フランス印象派の興隆は、確かに普仏戦争におけるフランスの敗北後のことだから、ターナーは30年ほどは先行して、風景画の革新をイギリスという世界でやってしまった。そんな風にも感じる絵だ。

もう昔のことになるが、役所の依頼でフランスのINSEE(国立統計経済研究所)とイギリスのCSO(中央統計局)を訪問したことがある。何の調査だったか大分忘れたが、GDP速報推計方式の改善に関連していたような記憶がある。とすれば、2000年前後のことになるだろうか。

行きの飛行機の中で、ところが、猛烈な風邪をひいてしまい、先に入ったロンドンでどんどん悪化してしまった。泊まったFlemingホテルの部屋が寒くて仕方がなかったのも一因かもしれない。仕事が終わった後、小生はTate Galleryには行ったのだが、National Galleryには疲れていけなかったし、Baker St.のSherlock Holmes Museumも行くのを断念したのを、いまだに取り返せずにいるのだな。それでもテート・ギャラリーにターナーのコレクションが展示されていたような記憶がある。とにかく風邪で頭がボオッとしていた。そのあとパリに回ったのだが、ルーブルでは古代ギリシアで観るのを諦めて、外に出て、薬局で薬を買ってホテルに戻って寝ていたことを覚えている。何とモナリザもドラクロワもみてないのだな。

いやあ全く散々な海外出張であったわけである。今日の日曜美術館をみながら、思わず恥ずかしい仕事ぶりを思い出して、今でもなお汗が出てくるような思いがした。

いま思い出しても恥ずかしいが、過去のことは既に過ぎ去ったことであり、いまの現実ではない。リアリティは、現実の中に存在するので、過去の思い出は追憶にすぎず、それは早朝にみる短い夢と本質は同じであろう。今日も夢の中に亡くなった母がいて、「もう一人になったから、何かやるといっても、やろうとは思わないよね・・・」と、父が亡くなった後だろう、小生はそんな風なことを語りかけていた。母はただ小生に微笑むだけであった。実際には、こんな会話を母としたことはなく、単に夢の中で小生の頭がつくり出した映像である。しかし、そんな夢を作り出す小生は確かにいま存在し、生きている。一体、夢の中の映像と過ぎ去った記憶の間に、どんな本質的な違いがあるのだろうか。

自分という人間存在を作っているという点では、過ぎ去った過去の記憶といまみる夢の世界と、いずれも同じ、何の違いもないのである。


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