2013年11月8日金曜日

「顧客志向」の落とし穴

天気予報では週末にかけて寒気団が入るというので雪になるかもしれないと思っていたが、果たして夜来風雨の声しきりというか、起きてみると霰混じりの強雨で、夕刻になって大学から帰るときには車の上に雪が積もっていた。初雪である。町の背後にある山の峰は白い薄布をかけたようだ。

まだ11月だからクリスマスまでは降ったりとけたりだろうが、来週半ばには冬タイヤに替えることにしている。

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小生の父は「いいものを作れば必ず評価される。いいものは必ず売れる。作る人間は、いいものを作ることを第一に考えるべきなんだ」と、まあそんな風に考えていたようである。人を評するのにも、純粋か、そうでないか。<動機が純粋かどうか>で、父にとっての人の値打ちが決まっていたような気もする。家で夕食などを家族ととりながら、社内の営業サイドへの不満をボヤいたこともあったが、これも一度や二度ではない。まあ、工学部を出たエンジニアは、概ねこんな見方をするのかもしれない。

小生の現在の勤務先では、作る側の論理はあまり重きをおかない。作る側の主張ではなく、顧客がそれをどう評価するかを重要視する。利益を生むのは顧客評価であり、顧客評価が高ければ製品差別化に成功し、販売価格を高めに維持し、高い利益率を守ることができるからだ。いいかどうかは顧客が決めるという論理がそこにはある。

顧客が、本当に良いものを「これはいい」と、いつかは正しく評価する能力を持っているなら、父の言い分とビジネススクール的発想は、何も矛盾しないはずだ。しかし、問題は顧客の能力だけではない。顧客に商品情報が正しく伝わっているかもカギである。そして、情報はしばしば、怠慢により、あるいは意図的に、隠蔽されたり、歪められたり、捏造されたりするものである。そうなると、顧客が選ぶ商品は、良いものどころか、とんでもないクズであったりする。

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暮らしをとりまく業界が揺れている。

たとえば偽装メニュー問題。
森雅子消費者担当相は8日の閣議後記者会見で、ホテルや百貨店などで相次ぎ発覚している食品の虚偽表示に対応するための関係省庁会議が11日に開催されることを明らかにした。消費者庁によると、首相官邸に農林水産省や国土交通省、経済産業省などと同庁の幹部職員が集まり、連携して対策を協議する。(時事ドットコム、2013/11/08-10:14)
食品の「虚偽表示」とはいうが、その本質は先日も投稿したとおり、メニューには○○と書いてそれに応じた価格を設定しながら、実際には▲▲を食材に使って利益を得ているのであるから、この行為は<詐欺>に該当する。これが物事の本質で、「虚偽表示」などと生ぬるい認識ではいけないと思うのだ、な。

むろん法に違反しているからと言って、直ちに警察が逮捕し、送検され、起訴されて刑罰が課されると限ったわけではない。実際、道交法上は速度違反をしていながら、警察は摘発せず、「流れに乗って走っているんです」と、お上のお目こぼしで得をしているケースは多い。まして違法駐車なども含めれば、山のように数限りのない「違法行為」が身の回りで観察されるわけである。そして、無理な駐車、無理な速度で走るのは、多くの場合、客の注文、顧客の要望に沿うためなのである。

そうかと思えば、冷蔵輸送サービスの「ずさんな管理」もやり玉に挙がっている。
日本郵政グループの日本郵便は六日、冷蔵輸送サービス「チルドゆうパック」で荷物の一部が常温のまま配達されていたことが判明したと発表した。九月末までの半年間で二十二件の苦情があったほか、社内調査でも保冷剤の入れ忘れなど不適切な温度管理の事例が見つかったという。

 ヤマト運輸の「クール宅急便」の温度管理問題を受け、先月二十五日に「チルドゆうパック」の集配を担う全国の郵便局に対し、温度管理のマニュアルを順守するよう指示。不適切な事例が確認された場合、速やかに報告することも求めていた。

 その結果、郵便局間の輸送などの際に保冷コンテナの管理が不十分で常温に近い状態になっていた事例や、配達の際に荷物を冷やすための保冷剤を入れ忘れていた事例があったことが発覚したという。これを受け、日本郵便はさらに詳細な実態調査に着手した。

 日本郵便は「大変遺憾であり、誠に申し訳ない。十二月にかけては歳暮の時期でもあるため、詳細な調査を実施し、万全の体制を整えたい」などとコメントした。(東京新聞、2013年11月6日 夕刊)
これは今朝のモーニング・ワイドでも放送していた。本来、冷蔵状態で依頼主から送り先までずっと輸送しなければ、水産物など生鮮品の食味は落ちるわけである。依頼主は、味を守ってくれると信頼して、そのための追加料金も支払っているのだから、その信頼を裏切って安易な管理をしているとすれば、これまた<詐欺行為>に該当する。

しかし、冷蔵状態で、スピーディに輸送して新鮮な味を全国の人に届けましょうというサービスは、そんなサービスを願う顧客のために始まったことだ。「ずっと冷蔵状態で管理するなど、そんなことは無理だ」と言って、誰も<チルドゆうパック>や<クール宅急便>などを頼まなければ、そもそも今回のような不祥事は起こらなかった。

面倒なサービスを願う消費者が悪いのか、顧客にこたえてあげようという企業が悪いのか?難しいものは難しいんです、もっと高い代価をいただきますと言えばいいのに、値段を下げろと願う消費者も悪かろう。ずっと冷蔵状態でいくとは限りません、その際はご容赦をと一言断ればいいのに、あたかもずっと冷蔵でいくという業者が嘘をついているのだと。やはり業者が悪いのか?

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相手の信頼を逆手にとって契約されたとおりの行動をとらずに安易な行動ですませることで不当な利益を得る。これは確かに<詐欺>に該当するのだが、経済学では、この種の問題は<プリンシパル・エージェント問題>として扱っている。

依頼主から見えない所で安直な管理を行う。これは<情報の非対称性>があるから出来る行為だ。つまり、サービスの提供を客がずっとモニターできないために、情報が共有されないのだ ― 美容院や理髪店なら、おかしなことをすれば直ぐに分かる。メニューもそうである。客が厨房に入っていって、確かに北海道産のホタテが使用されているか、確かにクルマエビが使われているか、見て検分するなどしないものだ。また見たとしても普通の人には分からないだろう。ここにも信頼を逆用して得をしたいというモラル・ハザードへの誘因が作り手側にある。

一般に、顧客の信頼を逆用したモラルハザードへの誘因が企業の側にあるときは、いくらマスメディアがその行為の反モラル性をたたいてみても、それほど意味はないのであって、問題の解決にはつながらない。もちろん、会社側が「現場の担当者はさぼるものである」と想定して、一律に管理を厳しくしてもダメである。管理のためのコストを投入すれば、現場のアウトプットが上がるという思考法は、練習を2倍にすれば勝ち星も2倍になるという思考法とあまり違わない。結果はモラルハザードに落ちることなく誠実に働いている現場スタッフの士気がさがるだけであろう。

今朝のモーニングワイドで準レギュラー出演者が話していたが、現場スタッフのオペレーションは、その社の組織から決まるものだ。その組織は、全社的な経営戦略から決まる。そしてその戦略は、暗黙にせよ、示されているにせよ、その社の経営目的から決まっているものだ。不祥事は「現場」で起こったが、その原因は経営側にあると見なければならない。戦場の勝敗は、戦った部隊に責任があるのではなく、作戦を選んだ司令部にある。上層部は、現場を厳しく締める欲求をもつだろうが、現場をたたいても会社は再生しない。





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