2016年7月11日月曜日

民主主義と「私の民主主義」

参院選はほぼ事前の予想通りの結果になった。世論調査は信頼できないという指摘がある一方で、選挙結果はこれまで概ね事前の世論調査どおりになることが確認できている。

英国の国民投票では予想が様々分かれていて、まったくどうなるかわからなかった。たとえ僅差であっても、繰り返しサンプル調査を反復すると、まあ大体は推測がついてくるものなのであるが・・・奇妙だったネエ。

それで与党の勝利という結果になったのであるが、マスメディアの論評が面白い。

本日の道新のコラム記事では元首相・田中角栄が話題になっている。『政治家が自分の選挙区民と会うことは民主主義なんだ。国民の声を聞き、政治に取り入れるんだ』。いいじゃないですか。「数の力を誇示した足跡からは意外だが、謙虚さは見習いたい」とも述べている。

ちょっと矛盾した思考法ではないか。国民の多数の声を聞き、多数の願望を実現したいと政治をするなら、たとえ少数の知識階級の理念・哲学とそぐわないとしても、できる限り現実にある多数の声を通していく。とすれば、理想主義にはしるエリート層の立場からみれば、数の力を誇示するような政治姿勢にうつるだろう。

謙虚さが必要であるのは、まず第一に知識階層であることを忘れるべきではない。エリート層が唱える民主主義とは、自分が勉強した民主主義、いわゆる「私の民主主義」である。

それにしても東北・北海道では野党が勝利、西日本では自民党が勝利。これほど地域間で支持率に差が現れたのは、あまり記憶がない。二大政党への社会基盤が整いつつあるのではないか。そう見ることもできるかもしれない。

それと年齢別の与野党別支持率。意外なことに若年であればあるほど自民党の支持率が高い。最も若い10代・20代では民進党に対して自民党がダブルスコアである。ちょっと吃驚である。

社会保障、介護重視の民進党には(中低層の)高齢者が集まる一方で、意外や現役世代には「うざったい」と思われているのだろうか。若者は決して社会の「弱者」ではないし、女性もまた社会の「弱者」とは決めつけられない。「弱者」は、案外、いまの日本社会で多数派を占めてはいない。保護より仕事を。とられる話より稼げる話しを。これまた今の現実であるかもしれない。

とはいえ、福祉・再分配重視/経済活動・成長重視。ここにも二大政党制への隠れた(というより、戦後日本でずっと見られていた伝統的な)道筋をみるべきであると。こうも言えるのか。

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