2018年11月15日木曜日

一言メモ: 北方領土のこと

安倍‐プーチン会談では1856年の日ソ共同宣言の主旨を踏まえながら領土問題解決について議論を「加速」させようという話になったようだ。これは結構ビッグニュースであるから、TVでも「専門家」を呼んで突つき始めている。

そこで『北方領土をめぐるこれまでの歴史を簡単に振り返っておきましょう』ということになる。大変若い、まだ20代だろうか、都会風の好青年のアナウンサーが太平洋戦争後の経緯を要約したりする。

ただ、おそらく北海道とは縁がなさそうだネエ・・・親戚もほとんど首都圏か、関西圏か、まあ内地の大都市圏に暮らしている、そんな人なのじゃないかなあ。そもそも「北方領土問題」ってどんな問題だったか知ってた?・・・そんな風に感じながら画面を観ていたりする。

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聴いていると
太平洋戦争後(=昭和20年8月15日以後)の混乱に乗じて、ソ連が<不当にも>占領したまま、今日に至っています。国後島、択捉島、歯舞・色丹群島はいずれも日本固有の領土なんですね(投稿者追加:ポツダム宣言においては「本州、北海道、九州及び四国、ならびに我々(=連合軍)の決定する諸小島」の主権(=領有権)は担保されていた)。なので、まず領土返還のあと平和条約を結ぶというのがこれまでの日本の方針でした・・・
そんな解説である。

ここではソ連軍参戦後の千島列島侵攻作戦については詳細を省く(Wikipediaに詳しい)。

当然のことながら、ロシア側からみた北方領土問題、更にはロシアにとっての第2次世界大戦の「歴史的」位置づけなどは、日本国内のTV報道ではまったく考慮の外におかれている ― 日本国内で放送用周波数帯域を割り当てられている以上、日本政府が採用している公式の見解と矛盾する放送をするには極めてハイレベルの見識が要る。

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思うのだが、韓国、中国においても戦後日本と全く相似した国情というのがあるに違いないのだな。
19世紀末から20世紀初めの混乱した東アジア情勢を己が好機として日本は<不当にも>朝鮮半島を併合した。太平洋戦争後にその領有権は国際的に否定され、アジアは解放されたが、今日に至るまで日本はまだなお併合自体は合法的なものであったと主張している・・・
国際的なリーガリティの観点からいくら問題がないとしても、併合された朝鮮半島側は納得はしていないのだろう。不当だと思えばそう思った側にとってはいつでも不当である。いくら連合軍側の密約があり、降伏調印日より以前の既成事実であったとしても、国後島や択捉島の領有権は日本にあると日本人は思うはずだ。その領有権は幕府がロシアと結んだ日露和親条約にまで遡ることを知れば、北方領土は日本固有の領土だと日本人は考える。しかし、日本人ならそう主張したいと同じように、ロシア人の方もまた主張したいこともあるわけである。「外交交渉」では相手の話すことも聴いて理解する必要がある。外交は内政の延長だが、相手にとっても外交は内政の延長である。

上の北方領土もそうだが、これがすべての「歴史問題」の核である。特に戦争や占領は現状変更の最たる行為だが、変えられた現状を当事国がどう理解するかで未解決のまま残る事は多い。特に戦争は、当事国が互いに相手国を「不当」だと考える怒りや脅威、恐怖から始まる。故に、勝った側が負けた側に新たな現状を押し付けても根本的原因が消えてなくなるわけではない。

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亡くなった父も話していたが『戦争に負けて日本は領土を獲られた、戦争とはそういうもの』なのだ。小生も同感だ。日本が他国から領土を獲って喜んだ時代があった以上、とられて諦める時代もある。歴史はそんな風に歴史になるものだろう。国が丸ごとなくなっていないのは敗れた側にしては幸運だったのだ ― この点こそ旧世代の英知だったのかもしれないが。

外交交渉や法的関係においては複雑極まりない議論の積み重ねがある場合でも、認めるべき事実そのものは実に単純明解であることは世の中に多い。「戦いに負けて土地を獲られた」という現実がある。その他の現実はない。

つまり「現状」をどう理解するかに帰着するのであって、この点で「合意」に至れば「平和」が戻る。

今日は、まあ、この辺でいいか。


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