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2025年4月3日木曜日

断想: 自動車と人間と……物質と精神に関する私観?

3月末から4月初にかけて東京まで往復した。

船橋にある両親の墓に参ったあと、母が療養で入院するまで暮らしていた取手市の戸頭団地に回り、まだ七分咲きの桜を観た。それから守谷乗り換え・つくばエクスプレスで新御徒町まで戻って、ついでに上野の山の桜風景でも撮ってスマホの待ち受け画面にするかと考えていたのだが、とにかく寒く(後できくと41年ぶりの低温であったとか)、花見はせずコンビニでサンドイッチを買って、ホテルに帰ることにしたのは、つくづく根性がなくってきたナアと感じた次第。


墓参の帰り、近くのバス停まで歩く途中、自動車の解体工場がある。バラバラに切断されたボンネットの破片が山積みされている。


それを横目にみて、歩きながら、考えた:

自動車は、燃料を消費して熱エネルギーを生成し、熱エネルギーを運動エネルギーに変換して走る。人間の身体も同じである。そう言えば、《人間機械論》という唯物思想があって、西欧の啓蒙時代にかけて、一時流行したそうな。その意味では、人間と自動車は同じことをやっている物理的存在である。

しかし、根本的に違う所がある。自動車が走るのは、自ら走るのではなく、人間の意志が自動車の外側にまずあって、その意志のとおりに自動車が動かされているわけだ。人間の身体もこの点では同じだ。無意識活動も生存への意志と広く解釈すれば、その人の意志がまずあって、意志の通りに身体の各部分が動かされている。ところが、その意志は人間の身体の内部にあるのが、自動車とは違う。

意志は物質である身体とは区別された非物質の精神の働きである。仮にそう考えず、人間の身体に精神は宿るのだと考えると、物質が精神をもつというロジックになる。物質が意志をもつという理屈にもなる。 

しかし、物質が意志を持つと考えるのは流石に可笑しい(と感じます)。自動運転もママならないのに、自動車が意志をもちうるか?自動車が精神をもちうるか?持つとすれば、それは自動車本体とは区別された《AI》である。今のところ、自動車は精神をもたず、意志を持たない。だから外側から人間の意志によって動いている。物理的存在である自動車が意志をもつことは将来もないだろう。

 

物質である身体と非物質の精神とは、正に《不二》にして《一如》、一体のものであると考えることも可能だ。これも一つの世界観である。金剛界と胎蔵界は本来一つであるとみた空海の「両部不二」もこれに近いかもしれない。 

この立場にたつとすると、動物も植物も、生命あるものはすべて、意志(=生存への意志)をもつと考えるべきだ。「生存本能」と呼ぶが、「生存」と「世代継承」という特定の目的を実現するために物質を動かせるのであれば、それは「意志」の働きである、と言ってイイだろう。

老衰と死は、物質的身体の衰えから、精神が意志の通りに身体を動かせなくなる生理学的現象である。つまり、死の時点で精神は身体を失う。

身体を失った後、精神が存在するとしても、物理的実体ではないため、実空間においては観察不能である。 

 

もしも物理的な存在である身体の死が、同時に精神の死であるのであれば、物質の内部に精神があったことになる。言い換えると、物質が意志を持ちえるというロジックになる。

 

ひょっとすると、こう考えてもよいのかもしれない。しかし、こう考えると、生命体を超えてあらゆる存在は内部に精神をもち、意志をもつ、と考えてもよいことになりそうだ。意志があれば目的がある。故に、宇宙全体はある目的に向かって合理的に動いているという宇宙観になる。が、(というより、とすれば)、その目的を与えた存在は何か?この問いかけから逃げられない。目的の背後には意志が存在するからだ。

やはり物質と精神には本質的な違いがある。こう考える方が(今の)小生には納得できる。とすれば、物質的存在である身体の死は、精神の死を意味しない。では、身体的な死の時点で、精神はどんな状態に移行するのか?

宗教、哲学(ひょっとすると更に科学も?)とが重複する領域がここにある。

・・・

こんな事を思案しながらバス停で待っていたから、待ち時間で退屈することはなかった。

2025年3月29日土曜日

断想: 大乗仏教思想とギリシア思想との関係を調べよということか

本ブログでも何度か投稿しているが、毎月23日は母の祥月命日で近くの寺から住職が、最近は若住職が来ることの方が多いが、拙宅に来て読経をして帰る。

『仏説阿弥陀経』がメインとなるが、時間の制約からその抜粋を読んで終わることが多い。

それで、月末は父の祥月命日になるので、今度は小生が毎日の読経に加えて『仏説阿弥陀経』の全体を読誦することにした、というのが最近になって始めた新しい習慣である。

明日から東京に行くので、今日、それをした。時間的には30分かかるから、日常勤行式よりは余程長くなる。確かにこれでは、毎月の月参りの中で住職が阿弥陀経全文を読むわけにはいかない。

『仏説阿弥陀経』という経典は、いわゆる「浄土三部経」の一つであり、比較的短い。大体、15分強で読み終わるが、木魚ではなく切割笏きりかいしゃくをカチカチと鳴らしながら10分未満で読んでしまう時もあるようで、実際、Youtubeにはその様子がアップされている。とにかく速読みで、最後には僧侶の声がそろわず、混然とした音声になる。1951年のバイロイト祝祭でフルトヴェングラーがベルリン・フィルを指揮してベートーベンの第九を演奏したときの生録がレコードになっているが、フィナーレに向かって怒涛のようなアップテンポが進むなか、崩れたアンサンブルの混然とした音響で一瞬に終わる終わり方は、演奏会場の興奮がそのまま伝わってくる思いがしたものだ。阿弥陀経の速読みもそれに近い所がある。

『仏説阿弥陀経』でマーカーを引くとすれば、人によって考えの違いはあるだろうが、小生なら

不可以少善根ふかいしょうぜんごん 福徳因縁ふくとくいんねん 得生彼国とくしょうひこく

この部分1か所である。この意味は

少々の善行を重ねて良い徳を積むとしても(それだけでは)極楽浄土に生まれることはできない。

というものだ。

要するに、煩悩に支配され、濁世に生きている普通の人(=凡夫)がこの世で行い得る善なる行為は、タカがしれたものであり、そういうこと(のみ)では浄土へ往くことはできないということを言っている。

自力思想と他力思想の違いは、正にこの点にある。

いま関心があるのは、ギリシア哲学と(特に)紀元1世紀前後に体系化された大乗仏教思想との関係である。北インドのヘレニズム世界でギリシア人とインド人は、かなりの長期にわたって混住しながら、また商取引、貿易取引を通して、相互に影響を与えながら高度に発展した文明社会を築いていたことが分かっている。

関係しているかもしれないし、関係がないのかもしれないが、

知識とはそもそも何であるか?智恵とは何であるか?

について考察した『テアイテトス」の中で、プラトンはこんなことを述べている。偶々アンダーラインを引いたのが英訳であったので、そのまま引用してメモしておきたい:

The elimination of evil is impossible. ... But it is equally impossible for evil to be stationed in heaven; its territory is necessarily mortal nature - it patrols this earthly realm. That is why one should try to escape as quickly as possible from here to there. The escape-route is assimilation to God, in so far as this is possible, and this assimilation is the combination of wisdom with moral respect for God and man.

和文として少々不満はあるが、Google翻訳の結果を下に残しておこう:

悪の根絶は不可能です。...しかし、悪が天国に留まることも同様に不可能です。悪の領域は必然的に死すべき自然であり、この地上の領域を巡回しています。だからこそ、ここからあちらへできるだけ早く逃げるように努めるべきなのです。逃げ道は、可能な限り神に同化することであり、この同化は知恵と神と人間に対する道徳的尊敬の結合です。

プラトンの思想の要点は

人は自ら神の似像であらんと努力するとき自ずから善である 

というもので、そのとき人は真理と美にも近づける。こうした骨格が色々な作品の中にうかがえる。上の引用文の最後にも「神との同化」を目指すべしという根本が表れている。しかし、この世界には悪があり、悪から逃れることは不可能である。その悪は、神の世界には存在しない。悪の非存在は阿弥陀仏国と同じである。人は善であるために、(また真理を知るために、美を得るために)神の国になるべく早く逃げるべきなのだ。こういうことを『テアイテトス』の中でも言っている。 

こう考えると、上の英文の中の

 That is why one should try to escape as quickly as possible from here to there. 

という箇所だが、"from here to there"、つまり「此土から彼土へ」という意味であるから、『仏説阿弥陀経』の

応当発願おうとうほつがん 願生彼国がんしょうひこく

と、思想としては同じである、と。そう小生には思われるのだ、な。

ちなみに紀元前1世紀前後に編纂されたと言われる『ミリンダ王の問い』の中で、仏僧・ナーガセーナは、また別のことを語っているようだから、ギリシア文化到来前に発祥・発展した原始仏教(及び小乗仏教)とヘレニズム文化の浸透後に体系化された大乗仏教とは、思想を支えている哲理に違いが生じている。どうもそう思われるのだ、な。

それで、いまはこの辺の思想発展史にちょっとした関心があるわけだ。

2025年3月28日金曜日

断想: 東京が失った国宝級文化遺産は多い

最近は、メシの種としてきた統計分析より、このところの投稿にも反映しているが「形而上学的話題」に何だか関心が移って来たので、このブログも《統計》、《経済》でなく、《趣味》に偏ってきた感じがする — 「趣味」というより意識としては「余業」だが。

とはいえ、観察不能な抽象的な対象について何かを考えながら書いていくのは、結構疲れる作業である。考えなくとも、感覚的に鮮やかなものに触れたい。

理屈につかれるというか、そんな気分の時は、「エッセー」に限ると思う。司馬遼太郎の『街道をゆく』などは、抽象的な話題は全く含まれておらず、その点では最適だ。

これが通俗的に感じる時は、小生は永井荷風の文章を読むのが好きである。

目の前の情景を文章で表現したり、その時々に変化する心持ちを、心のままに淡々と表現していくには、日本語は実に「使える言語」だと思う。鴨長明の『方丈記』を英訳すると、単なる災害レポートのようになるような気がするし、清少納言の『枕草子』を英語(と限ったわけではないが印欧系言語)に翻訳すると、面白さが半減するような気がする  —  ウェイリーの"The Pillow Book of Sei Shonagon"は残念ながらまだ読んだことはないが。


今日は、岩波文庫『荷風随筆集(上)』所収の「霊廟」のページをパラパラとめくってみた。この霊廟というのは、東京芝の増上寺にある徳川家霊廟の事である。今は、戦災と戦後の困窮で境内もずいぶん狭小になって、「霊廟」も「徳川将軍家墓所」という情けない名称になってしまったが、荷風が生きた時代は、倒幕後の明治・大正であっても、それでもまだ「霊廟」という名前で通用していたのである。


翌日、自分は昨夜降りた三門前で再び電車を乗りすて、先ず順次に一番はずれなる七代将軍の霊廟から、中央にある六代将軍、最後に増上寺を隔てて東照宮に隣りする二代将軍の霊廟を参拝したのである。この事はすでに『冷笑』と題する小説中紅雨こううという人物を借りて自分はつぶさにこれを記述したことがある。

自分はおごそかなる唐獅子の壁画に添うて、幾個いくことなく並べられた古い経机を見ると共に、金襴きんらん袈裟けさをかがやかす僧侶の列をありありと目に浮かべる。拝殿の畳の上に据え置かれた太鼓と鐘と鼓とからは宗教的音楽の重々しく響き出るのを聞き得るようにも思う。また振り返って階段の下なる敷石を隔てて網目のように透彫すきぼりしてある朱塗りの玉垣と整列した柱の形を望めば、ここに居並んだ諸国の大名の威儀ある服装と、秀麗なる貴族的容貌とを想像する。そして自分は比較する気もなく、不体裁なる洋服を着た貴族院議員が日比谷の議場に集合する光景に思い至らねばならぬ。


上に引用した文中、「日比谷の議場」というのは「国会議事堂」のことである。永井荷風がこの作品を執筆したのは明治44年で、一方現在、永田町にある国会議事堂の竣工式が行われたのは昭和11年(1936年)11月7日で時の広田弘毅内閣の時である。議事堂建設予定地は既に明治20年に伊藤博文内閣の閣議で現在地に決定されていたのだが、戦争や関東大震災など色々な事情で工事が遅れ、この間はいま経済産業省が建っている敷地に仮議事堂が建てられ、そこで毎年の帝国議会は開かれていた。だから、いわゆる「大正政変」でデモに繰り出した群衆が国会を取り囲み、時の桂太郎内閣が総辞職するに至ったのは、日比谷(というより今の霞ヶ関1丁目になるが)にあった(小ぶりの)仮議事堂で起きた事件である。荷風が上の「霊廟」を執筆したのは、大正デモクラシーが現前するよりももっと前の時代にあたる。

ただ、近代日本を嫌悪した永井荷風であったが、旧・増上寺を見ることが出来たのは、いまの増上寺の惨状と比べればまだしも幸いであった。荷風は、 


すでに半世紀近き以前一種の政治的革命が東叡山とうえいざん大伽藍だいがらんを灰燼となしてしまった。それ以来、新しくこの都に建設せられた新しい文明は、汽車と電車と製造場を造った代わり、建築と称する大なる国民的芸術を全く滅してしまった。そして、一刻一刻、時間の進むごとにわれらの祖国をしてアングロサキソン人種の殖民地であるような外観を呈せしめる。


と結んでいる。軍部も右翼も左翼も大嫌いな文化人・永井荷風ですら、こんな感情をもっていた。これは戦後・日本でなく戦前・日本に生きた日本人が全体として共有していた感情であったのだろう  ―  そうでなければ負けると分かっているアメリカと戦争する勇気など出なかったに違いない。

上の「東叡山とうえいざん大伽藍だいがらんを灰燼に」というのは、上野・寛永寺のことであり、明治維新後に長州人・大村益次郎が作戦指揮して、寛永寺に立てこもる彰義隊を砲撃をもって討滅した「上野戦争」をさしている。寛永寺にあった徳川家霊廟もまた豪壮華麗な建築芸術であった(はずだ)―もとより写真などが残っているとは思えぬが。


昭和の事を語るなら昭和の風景を体感として共有しなければ何を語ってもそれは現代人の空想だ。明治44年の世間を語りたいなら、永田町に国会議事堂はなく、芝には増上寺が(ほぼ)元の形のままで建ち、首都高速道路も高層ビルなどもない風景を眼前に思い浮かべながら喋る必要がある。

実は、永井荷風がみた増上寺も江戸・旧幕の増上寺と同じではなかった(はずだ)。明治政府が強行した神道国教化が廃仏毀釈運動を招き、増上寺の大殿も放火の被害に遭った。それでも、嵐が過ぎ去った明治44年当時のままで残っていれば、文字通りの国宝群であったろう。更に、寛永寺が明治政府軍の砲撃を免れ、幕末の混乱のさなかに火災で相次いで焼亡した江戸城・本丸御殿、二の丸御殿もまた現存していれば、どうであったろう。東京が伝える日本文化の価値はいまとは比較を絶して不朽のものであったに違いない。
産業はその気になれば興せる。実際、戦後日本の高度成長はその好例である。豊かさも再現可能である。しかし、一度失った文化遺産は二度と造りなおせない。コピーはコピーでしかない。取り戻すことはできない。と同時に、自らのアイデンティティもまた文化遺産と共に消えるのだ。

勝海舟による「江戸城無血開城」は、結局のところ、

やった甲斐がなかった

こんな結果で終わったのが、近代から現代に至る日本の歴史になった。

戦後日本に生きている日本人は、多くの遺産が失われた日本に生きている。

荷風が言いたいのは、多分、こんな事だろう。 


この週末、芝と上野の桜を見に行く予定だ。


2025年3月24日月曜日

ホンノ一言: 首都圏マンション価格急騰をTVでもとりあげ始めたようで

石破首相の10万円商品券は、世論を盛り上げるには話が小さすぎる。大体、この位の金額なら民間企業の社内でも似た事例があるかもしれない。TV局でやっていたとすればブーメランだ。それが怖い。かと言って、ノロ・ウイルスは話題として地味。国民民主党や立憲民主党、維新の会といった「野党」も、何だかイマヒトツ世間受けが悪い、「全野党連合」なんてものが出て来れば政権交代にもなるわけで、これは一択で決まりだが……。どうやら、それもなさそうだ。兵庫県知事の斎藤知事。これも下手にとり上げると、火傷をするリスクがありそうだ。トランプ大統領の関税引き上げも、どう説明するかで、スポンサーの怒りを買ったり、そうかと思えばアメリカ大使館から怒られるかもしれぬで、何だか怖い。愛媛と岡山の山火事も(今のところ)どうなるか分からない・・・

だから「ニュース情報番組など止めればイイのに」と思うのだが・・・そんな訳なのであろうか、ようやく首都圏内マンション価格の暴騰が今朝のモーニングショーでとりあげられていた。


視ていると

現在のマンション価格急騰ですが、需要があるから上がるわけです。思うに、これは投機ではなく投資だと思うンです。税をかけて価格を抑える検討に入っているらしいンですが、ナンセンスですヨ。持っていてダメなら、貸せばイイだけですから。つまり物件として優良なんです。だから買う。それで上がる。合理的ですね。投機ではなく投資です。

経済畑には素人のレギュラー・コメンテーターがこんな風な事を(正確に覚えてはいないが)語っていた。

イヤイヤ、何とも言えない「デジャブ感」がありました。

1985年の『プラザ合意』で急速な円高が進行した。それに危機感を感じた日本政府は、超低金利政策で景気下支えに打って出た。円高と超低金利の日本社会で盛り上がるのは、当然、製造業ではなく、不動産開発。特にリゾート開発であった。全国の土地・建物の価格は1980年代後半に急騰した。「バブル景気」である。カネ余りの中、金融市場も盛況を極め、後に「不良債権」となる「投資プロジェクト」にどんどん融資されていたのもこの時代だ。

日銀としては、資産価格の暴騰を抑えるため金融引き締めに転じるべきであったが、ちょうどその当時、《経済大国・日本》のユーフォリア(=陶酔感)に浸っていたのだろうか、

不動産価格の上昇は、国際金融センターとしての東京の地位向上から不動産投資が増えているためであり、買いは実需であって投資である。投機ではない。故に、現在の不動産価格上昇は合理的に説明できる。政策的に抑えるべきではない。

こんな見解を述べる経済学者、エコノミストがいかに多かったか。記憶している人は、次第に少なくなりつつあるかもしれない。

バブルがバブルでないと錯覚する背景には、何らかの理由、根拠が常にある。40年前のバブル景気では、《経済大国・日本》の酩酊感が価格上昇を当然と思わせた。いまは、《円安日本の割安感》が合理的説明を可能にしている。

チューリップの球根がバブルを起こしたこともある。(ほとんど)架空の企業の株券がバブル投機の対象になったことも歴史にはある。

バブルは時として合理的である。

上がると期待できるから買う。結果として、上がるのが資産価格バブルである。

首都圏のマンション価格上昇は、既にバブルである可能性は高い。賃貸運用した場合の投資利回りから(ある程度は)見当がつくはずだ。国内大都市圏のマンション価格を比較分析すればイイだけだ。既にミクロデータからバブルを検知する方法も研究開発されている。

しかし、1980年代後半の「バブル景気」の最中でも同じであったが、

これは合理的な価格上昇で、投機ではありません。

こんな意見がメディア、世間で多数派を占めている限り、バブルは続く。これがバブルのロジックである。そもそも近代社会で、《バブル》という経済現象と《マスメディア》という情報産業の勃興とは、シンクロしているのである。

バブルは中央銀行による金利引き上げが特効薬であり、天敵とも言える。しかし、

中央銀行は、いまは金利を引き上げにくいのではないか?

と。そんな憶測を生むような政治経済的・国際関係上の情況があれば、その分だけバブルは強勢になる。バブルは「山火事」に似ているのだ。

バブルは、「これはバブルではないか」というリスクを世間が感じた瞬間に(=1、2か月以内に)、急激に崩壊に転じる。

バブル崩壊は、ある時点で、(懸念は広がっているにせよ)予想困難なタイミングで始まる。


今回の首都圏マンション価格も、そんな風に下落へと転じて、上昇局面は終わる。結果として、バブルであったか否かは、むしろ事後的に判明するものであると、小生は思っている。

少なくとも、

政策的にマンション価格上昇を押さえ込む

と。本気で価格押さえ込みを断行する程の大胆な(というより無知な?)政治家・専門家は今の日本にはいない(と思う)。いわゆる

あつものに懲りてなますを吹く(の正負逆バージョン?)

そう、観ているところです。


故に、既にバブルなのであれば、行くところまで行く。早めに手を打てる人はいない。最後まで行って40年の昔と同じく、再び崩壊する。後処理も遅れる。迅速な後始末を実行できる政治家が日本にはいない。こう予想したりしています。

歴史は繰り返す。それは以前の経験を忘却するのが人間であるからだ。こう考える次第。


あとは、瀬戸内の山火事の広がりと備蓄米放出後の米価、大阪万博の客の入りくらいかネエ・・・。予算案の年度内成立は地味だからナア・・・。

リスク回避を是とする現代日本のメディア業界。安全に「放送可能」なイシューを探すのに苦労しているTV報道局現場の(涙ぐましい?)苦労が伝わってくる今日この頃であります。

【加筆修正:2025-03-25】


2025年3月21日金曜日

断想: 海外文化が日本にやって来ると、何でも日本化されるというが・・・

 前々稿の最後にこんなことを書いた:

だから社会を救済する道を歩むのに「学問は不要」というのは、日本仏教のとても面白い所だと思う。マ、まだまだ、一知半解の域は出ませんが……、覚え書きという事で。

いま色々と突いているのは、小生の単なる知的好奇心からである。 

仏教思想だけではない。何でも日本が海外文化を輸入すると《日本化》される。 オリジナルの海外文化を本物とする視線からみると、日本に来て歪みが生じたことになるのだろうが、必ずしもそうではないと、最近になって思うようになった。

毎日の読経では『日常勤行式』の折本を使っているのだが、表側のメインは『無量寿経』の「四誓偈」あるいは『仏説阿弥陀経』を読誦する。そこでは、前々稿でも話題にしたように智恵と学理の修得が大前提になっている。ところが、折本の裏側に入ると法然の『一枚起請文』が柱となって、「一文不知の愚鈍の身」となることが求められる。しかし、最後になって和文から漢文に戻ると、再び「四弘誓」で学理の追求が求められるわけだ。

単純にいって、これは矛盾ではないかと、(現時点では)感じる。ベクトルが違うのだ。

日本に来ると、精緻な仏理を理解するべきところで、逆に一文不知の愚鈍さが要請される。禅には禅の哲理があるのだが、日本に来るととにかく「不立文字」が強調される。カントやヘーゲルが一大体系を構築して、人間理性の限界や無限の成長を精緻に考察した一方で、日本で誕生した本格的な哲学である西田哲学(及び京都学派)では、

モーツァルトは楽譜を作る場合に、長き譜にても、画や立像のように、その全体を直視することができたという、単に数量的に拡大せられるのでなく、性質的に深遠となるのである、たとえば我々の愛に由りて彼我合一の直覚を得ることができる宗教家の直覚の如きはその極致に達したものであろう。

という一文が『善の研究』にあったりする。

そして

実在とはただ我々の意識現象即ち直接経験の事実あるのみである

このように極めて、主観的で、直観的、正に客観と主観が一体化するような心境こそ「最高の境地」であると。《道》というべきか、《悟達》というか、こんなレベルに憧れる日本人は(今でも)結構多いのではないだろうか?

概括的な印象論でしかないが、日本では面倒で、学問的な議論は、嫌がられることが多い。いわゆる「神学論争」はヨソでやってくれ、というわけだ。

《真理》は、ソクラテスやプラトンが行った「対話」や「論争」ではなく、ただ心の直視によって、認識しうるものである。そして、真理は一つである。

こんな《真理観》(?)に共感する日本人が多いのではないだろうか?

もしこんな印象が的をついているなら、この傾向が原・日本語の言語としての貧困さから生じたものであるか、大半の日本人の感性に由来するものなのか、これこそ日本的精神であるのか、小生には明らかでない。

海外で生まれた思想や哲学が、日本に来ると極端に振れて、よく言えばシンプル、悪く言えば原始的になるのは、真理は一つ、真理は清らかで、誰にとっても明らかで、疑いの余地がないものである、と。どうもそうであるらしいのだ、な。

だからこそ、本来は煩悩を断ち、(物理ではなく)仏理を徹底的に理解し、仏国土の存在を深く信じ、そこへ往くことを願うことが求められているにも関わらず、善人・悪人を問わず誰でも「信じて」、「願えば」、それでイイのだ、と。オリジナルの浄土信仰ではありえない程にラディカルな救済思想が日本では誕生した。

それは、

これが真理である以上、他の考え方は排するべきである。正しい行動はシンプルでなければならない。

と。

何だか、日本人の割り切り方の特徴が、宗教面にも反映しているのじゃあないか。そんな風にも考える今日この頃です。



2025年3月19日水曜日

ホンノ一言: 石破首相による10万円商品券贈与をどう見るかという話し

石破首相が新人議員に一律で10万円の商品券を贈ったというので、結構な騒動になっております。

ごくごく内輪の事情がなぜマスメディアに出てくるのか?

この辺で色々と揣摩臆測しまおくそく(?) ― これも大変古い用語である ― が飛び交っているようで、そのうち週刊誌か何か「その辺の」記事になるかもしれないし、下らないのでならないかもしれない。

民放TVは(例によって)電波を使った井戸端会議を繰り広げているようで・・・



ただ正直、思うのだが、ずっと以前、甥が国家試験に合格したとき、小生は10数万円の腕時計を贈ったし、別の甥には大学合格祝いにMacbook Proを買ってあげたことがある。人生一度の目出たい達成を親戚の一人としてお祝いしてあげたかったというそれだけの事であるが、税制上は贈与という事になるわけだ。これが特に問題にならないのは、贈与税基礎控除内であることと、社会的慣例内でもある(と思われる)、さらに親族内のやりとりだから問題はないのではないか、マアマア、こんなところが理由になるのであろう。

しかし、何が社会的慣例かという意識には個人差がある。叔父から10数万円のパソコンを買ってもらったという事実がそもそも腹立たしいと感じる人が世の中にはいるかもしれない。たとえ親類であっても、それは優遇・不遇を分けるソーシャル・コネクション(の一つ)であるから理念的には排するべきなのだ。故に、合格祝いだからといって甥にこれほど高額な物品を買い与えるのは不公正である。余裕があれば慈善的な寄付に充てるべきである ― 本当に「べき」ならもはや「寄付」とは言えない理屈だが、これはまた別の話し。こんな主張が目に入ったとしても、(いまの世相なら)想像の範囲内でもある。

商品券ならダメで、新人議員個々人に(仕事で使う)PCを進呈していれば良かったのか?そんな話でもあるまい。

血縁関係はなく、党総裁と党所属の新人議員だから問題なのか?……、これも違うと思います。

与野党問わず、時の議長・副議長連名で、一律に10万円の商品券をお祝いに進呈するというなら許されたのか?

・・・よく分かりません。

初当選という事実は新人議員にとって《人生一度の慶事》と言えよう。大先輩からお祝いしてもらって『これもらったらダメなんじゃないの?』と怪しみ、不安に感じる議員が本当にいたのだろうか?誰かに言われて、はじめて心配になったのじゃあないか?違うかな?

ある民間企業が、新入社員に一律でオーダースーツのお仕立券10万円を贈ったとしたら、世間はその会社と社長を非難するのだろうか?周りの経営陣が株主代表訴訟を心配するだろうか?・・・分かりませぬ、何しろ令和時代というのは、こんな世相ですから。


ある「法律専門家」は、政治資金規正法に違反する行為となる可能性があります、と。そんなコメントを公衆に向けて発信しているが、小生は法律の条文は現に機能している社会的慣行を壊すこと自体を目的としてはいけないと考える立場にいる。なので、この種のコメントをする人は「法匪」にしか見えない。

プラトンは『国家』の中で、こんな攻撃的タイプの御仁を、毒針をもった《オス蜂》に例えている。実に秀逸な比喩ではないか。安定した国制が危機に陥るとき、常に《オス蜂》が飛び回る様を表現力豊かに描写している。


・・・まったく(メディア関係者のギャラと企業利益以外は?)ロクに付加価値を生み出しておらず、極めて生産性の低い経済活動としか、小生には見えない。多分、マイナスの副作用がある。合計すれば、この間、生まれた社会的価値は概ねゼロであろう。不要にして無駄である。悲しいかな、悲しいかな。空なる人生の虚しさよ、と言いたいところです。


・・・実際のところ、小生は今回の騒動は誰かが意図をもって仕掛けている騒ぎにしか見えません。前々稿でも書いたが、マア、最近目立って増えてきた「言論テロ」の一例ではないか、と。こんな印象であります。

【加筆修正:2025-03-29】

2025年3月18日火曜日

断想: 社会的な善を求める自己の信念というのは評価していいのか、という話し

先日の投稿でも

浄土に往くことを願うこと(=願生彼国)は、ギリシア哲学でいう「善のイデア」を見る(=知る)ことへの憧れと変わらない

と、そんなことを書いた。つまり、最高の(=状況や関係性に依存しない絶対的な)善をこの世界で実行したいなら、まずは最初に願うべき事がある、と。そんな「命題?」である。

ところで「善」というと西田幾多郎の『善の研究』の(遅まきながらの)読後感を本ブログに投稿したことがある。

その時は英米流の「功利主義的価値観」は(断固として)廃するという西田哲学の立場に触れていた記憶がある。

それと関連するのだが、

一は或行為が事実としては善であるがその動機は善でないというのと、一は動機は善であるが事実としては善でないというのである。

こういう問題があるということは西田も意識していた。言い換えると

動機が善だからと言って、結果が善いとは言えないだろう。

動機は善だとは言えないとしても、結果が善になることもあるだろう。

こんな問いかけは、当然意識するでしょう、ということだ。

先日の投稿で書いたのは、上の二番目の問いかけに関する西田の回答だった。実は、一番目の問いかけも結構重要だ。

善かれと思ってしたことが・・・

という後悔は世間には多いだろう。

これについては西田はこんな風に回答している:

個人の至誠と人類一般の最上の善とは衝突することがあるとはよく人のいう所である。しかしかくいう人は至誠という語を正当に解しておらぬと思う。もし至誠という語を真に精神全体の最深なる要求という意味に用いたならば、これらの人のいう所は殆ど事実でないと考える。我々の真摯なる要求は我々の作為したものではない、自然の事実である。

真に心の中で願う社会的欲求というのは、社会の中に事実として存在する欲求なのであるから、それを欲求として意識するのは自分という一個人であっても、その願いは社会の欲求であると信じて、(断固として)行動を起こすべきである、と………

戦後になって《西田哲学》あるいは西田がリードした《京都学派》の戦争責任が(一部で?)問われる事態になったのも「ムベなるかな」と小生は思う。

これについては、Kindleのメモでこんな風なコメントを書いておいた:

このような社会観は、エリートの暴走を肯定することにもなろう。《至誠》という言葉は、煩悩を具足した一般公衆には使ってはならないとも思われる。「善」なる行動には深い知識の裏付けが必要である。だからこそ、仏教の四弘誓には『法門無尽誓願知 無上菩提誓願証』という一句がある。

いま読み直すと、

煩悩具足の凡夫に「至誠」が本当に可能なのか?凡夫の善意志に基づけば「善行為」になりうるのか?というか、「凡夫」は本当に真の「善意志」をもちうるのか? もてるなら、既に「凡夫」ではないだろう。

むしろ、善意志であろうが、利己的行為だろうが、結果が善いかどうかで善悪を判断する功利主義的価値観の方が、実用上は有効ではないか?

こう付け加えたいところでもある。

上でいう《四弘誓》というのは、浄土系宗派の日常勤行式に含まれるだけではなく、大乗仏教全体の目的として広く了解されている次のような四句である:

衆生無辺誓願度

煩悩無辺誓願断

法門無尽誓願知

無上菩提誓願証

但し、上の四句は小生が属する宗派の文言で、主旨は同じでも宗派ごとに異なった字句が使われている。

仏教でいう最高の善とは、上の最終句にある「菩提」、即ち「覚り」を指す。それには無限の学識を学び尽くす必要があるというのが第三句である。もちろん自分自身の「煩悩」は断つことが前提だ(第二句)、それでこそ社会(=衆生)を救済するという「善」を為すことが出来る、と。

西田幾多郎には悪いが、現実の社会をみる見方としては、仏教的社会観のほうが真実ではなかろうかと思う次第。

ただ、面白いのは、仏教オリジナルとしては上のような人間観、学問観、社会観を採っているはずなのだが、法然はその『一枚起請文』の中で

唐土もろこし我朝わがちょうにもろもろの智者達の沙汰し申さるる観念の念にもあらず。

又学問をして念のこころを悟りて申す念仏にもあらず。

ただ往生極楽のためには、南無阿弥陀仏と申して、うたがいなく往生するぞと思い取りて申す外には別の仔細しさいそうらわず。

と、まず最初に確言していて、学問と浄土往生とは関係がないとしている。念仏を声に出して称える事だけが必要だとしている。ここが日本仏教の最もラディカルなところで、神秘的な箇所でもある。悪意に見ると呪文を唱える魔術のようだと感じる人もいるかもしれない。実際、他力宗派にも「一念」で十分と考える一念義と何回も称えなければダメだとする「多念義」の対立があったが、一念だけ称えればよいとする一念義は念仏を呪文のように使う秘術に似ているという批判があったそうである。絶対他力の親鸞もこの系譜にある。

確かに、個人が浄土に往生することは個人にとっての善であって、社会とは関係がない事なのだが、浄土系仏教では浄土に往生した後、次は娑婆(=この世界)に戻り衆生(=社会)を救うというのが、基本的筋道である。これを「往相」、「還相」と呼んでいる。なので、個人的善ではあるのだが、「還相」までを考えると、社会的善を希求してもいるのが仏教思想である。

だから社会を救済する道を歩むのに「学問は不要」というのは、日本仏教のとても面白い所だと思う。マ、まだまだ、一知半解の域は出ませんが……、覚え書きという事で。

いま色々と突いているのは、小生の単なる知的好奇心からである。 

【加筆修正:2025-03-19】