経済統計でいう《エンゲル係数》は、消費合計に占める食費の比率で、これが直ちにその世帯の生活水準を伝える指標とは言えないまでも、
毎日の食費が多ければ、やりくりがそれだけ厳しくなり、他の目的に充てる余裕がなくなる
この事実に変わりはない。
なので、国内の世帯を平均したエンゲル係数が傾向的に上昇していれば、あまり良い兆候とは言えない。生活が苦しい世帯が増えているのだろうと推測する根拠にはなるのだ。
エンゲル係数は色々な要因で上がることがありますから・・・
という割り切り方は、経済専門家としては不誠実である。
そのエンゲル係数については、つい先だっても日本経済新聞(2025年2月7日付け)が
食料価格の高騰が個人消費の重荷になっている。総務省の家計調査によると、2024年の消費支出は実質で前年比1.1%減少した。消費支出に占める食費の割合を示す「エンゲル係数」は28.3%と1981年以来43年ぶりの高水準となった。
このように伝えている。足元の米価急騰の世情もあって、「エンゲル係数の歴史的高さ」がちょっとした話題になった。
確かに良いニュースではない。
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改めて、年間収入で層別化されたデータを(e-Statを利用して)家計調査からとり、第3階層、即ち「中位層」を対象にエンゲル係数を求めてみると、2024年平均で29.1%になるから、日経報道とは概ね整合的な数値になる。
ちなみに外食と酒類を除いて食費に占める割合を求めると、上の数値は23.5%になるので、この違いはかなり大きいことに留意しなければならない。
年間収入階層別のエンゲル係数については、以前にも投稿したことがあった。足元では本年1月までの月次データが家計調査で得られているので、再計算した結果を下に示そう。
薄いグレーの折れ線は、生のエンゲル係数を3カ月移動平均した値。色分けして重ね書きしているのは、局所回帰(LOESS)で成分分解して得られた傾向成分である。年間収入階層は、"01"から"05"にかけて収入が高くなっている。各階層は5分位階級になっているので、5分の1ずつの世帯が含まれている。但し、外食・酒類を除くエンゲル係数である。
トレンドを見ると、最もエンゲル係数の高い第1階層は、本年1月時点で大体28%。中位に当たる第3階層では22~23%程度である。最も豊かな第5階層は18%というところだ。確かに、同時点で(=物価水準が与えられたとすれば)、年間収入が増えれば、エンゲル係数は低くなる。これは歴然としている。故に、エンゲル係数の高低は、(ある程度にせよ)生活水準の指標として使えるわけである。
このエンゲル係数は、どの世帯も2015年前後を境にして、それまでの横ばい傾向から上昇傾向へと動きが変わり、この10年程の間に5~6%ほど高くなった。これが2014年4月、2019年10月の二度に渡る消費税率引き上げとどれほど関係しているのか、多くの人が経済専門家から解説を聴くことはほとんどないのではないだろうか?というか、そもそも因果関係について研究が満足になされていないのかもしれない。
この辺も、普通の日本人にとって、経済学が(ずっと以前に比べて)縁遠く感じられる一因になっているかもしれない。
上図で視ておくべき点として、低収入世帯ではエンゲル係数がずっと(傾向として)上がり続けているが、高収入世帯では最高水準の高さにまで上がっているわけではない点だ。
食品価格の上昇の痛みをより強く感じているのは、やはり低収入世帯であるという認識はどうやら的をついていると言える。
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家計調査は、家計に対するミクロベースの統計データである。これとは別に、マクロ統計でエンゲル係数を見ることもできる。GDP統計はマクロ統計の代表だが、GDPは国民経済計算(SNA)の一環として公表されているデータだ。SNAの付表12は「家計の目的別最終消費支出の構成」を教えてくれる。
この付表12からマクロのエンゲル係数を求めると下のようになる。
確かに、マクロのエンゲル係数も上昇トレンドを示している。ただその「上昇トレンド」は、リーマン危機が出来した2008年前後を底にしたアップ・スウィングになっていて、家計調査では目立っていた2015年以降の上昇はそれほど大きいものではない。せいぜいが2~3%程度上がっているに過ぎない。そもそもマクロのエンゲル係数は、たしかに歴史的高みに上がってきているとは言え、その高さは確報公表値のある2023暦年で19%程度である。
但し、このエンゲル係数は、目的分類の中の「食料・非アルコール」を帰属家賃を除く家計最終消費支出で割った値になっている。外食は別の目的として「外食・宿泊サービス」に含まれているので、家計調査ベースのエンゲル係数と比べる時には、概念を揃える必要がある ― そのほかにも、マクロの消費概念とミクロの消費概念には微小な差異があるが、大勢には影響しない。
上のグラフに描画した家計調査ベース・エンゲル係数は外食と酒類を除いている。概念的には上で求めたマクロのエンゲル係数に近くなっている。
家計調査ベースのエンゲル係数の2023年平均を求めると、第3階層で23.2%である。マクロのエンゲル係数は同じ2023年に20%未満である。
この違いは、調整しきれない概念差だけからもたらされているにしては大きすぎるような気がする。つまり、
全体として、マクロのエンゲル係数は世帯を対象にした標本調査結果より低くなっている。
こう言ってよいのではないだろうか。
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この違いをみて、思うのだが・・・
マクロのエンゲル係数がミクロのエンゲル係数より低い理由は、低収入世帯が高収入世帯より相対的に増えていることだろう。具体的には、高齢化が進む中で、「年金のみで生活する高齢者世帯」が数において増加している。だから、世帯を単位として平均すると、エンゲル係数の平均値が上がる。基本的なロジックはこういうことだろうと推察している。
高齢化によって家計のやりくりが厳しくなるのは、ザックリと言えば、避けようがない(と小生は個人的に思っている)。マクロ的にみると、日本のエンゲル係数は20%未満で、「海外先進国」に比して、それほど突出して高いとはいえない。これまた「経済的な真実」なのではないかと思われる。
家計調査が示すミクロの平均値だけをみて騒ぎ立てるのは、(無意味ではないが)「偏っている」とは言えそうだ。
身の回りの報道で、マクロで見た時のエンゲル係数が(一度も?)参照されないのは、(小生の目には)不可思議である ― 簡単な作業なんですが…