2020年8月30日日曜日

ほとんど理解不能な「言論用語」

「言葉が最も大事なのです」と小生は考えているわけではない。言葉よりは行動が遥かに重要であるし、前に投稿したことがあるように『巧言令色鮮いかな仁』という格言は祖父だけではなく小生自身もそのとおりだと思っている。言葉上手は、広報部長あたりが適任であるし、小生の田舎の方言でいえば「キョロマ」である、と。経験的にそう感じているのだ

 だからネットでよく目にする言葉を云々しても、所詮言葉というのはその程度のツールだといえばそうなのだが、一種の流行としてメモっておきたくなった。

「言論用語」とでも言いたくなる言い回しで「メディア用語」というわけではないが、こんなパターンの投稿を見ないだろうか。

▲▲という状況になれば、日本は生き残れるだろうか?

字面を追う限り「これは大変だ」ということになるわけだ。日本ほど戦争も内乱、暴動もなく穏やかな時間を過ごしている国はほとんどないと思うのだが、そんな日本で「これは大変だ」と思わせる書き込みを意外に頻繁にみるのは、パラドックスであろう。

上の文章は「生き残れない」と主張したい反語であるはずだ。しかし、これほど事態が切迫している状況があるなら、「近いうちに亡国の悲劇に至るであろう」と正面から予測する議論をあらゆるメディア媒体で目にしてもおかしくない。が、小生、目にしたことはない。

まあ、『日本沈没』というSFの名作があるくらいだから、「日本は助からない」と書いても、だから無責任だとはいえないし、ウソつきだとも言えない。

とはいえ、フィクションを真面目な意見のように書いて自由に投稿できるネットという世界を、「言論」の場と受けとってしまうと、やっぱり危ないネエと思う。

★ ★ ★

これとは関係性が薄いが、ずっと昔の自民党政治家・金丸信が三人の政治家を評した名言がある。誰でも知っていると思うが

平時の羽田(孜)、乱世の小沢(一郎)、大乱世の梶山(静六)

という言葉だ。この言葉には、続きがあって、『政治の世界に平時はない』、そのあと『大乱世になれば自民党なんて政党はなくなっている』というのが真相であったらしいから、要は「小沢がいい」というのが主旨であったらしい。

『▲▲という状況になれば、日本は生き残れるだろうか?』の▲▲という状況が本当に現実になれば、日本だ、韓国だ、中国だ、などという話でなくなるから、日本は生き残れるかというテーマも吹っ飛んでなくなるのだろう。その意味では、上の三人の政治家評にどこか通じる話でもある。

★ ★ ★

『〇〇という状況になれば、日本は生き残れない』というなら、『そのとき日本人は……となるだろう』という予測も書いてほしい。そして『助かりたいと思う日本人は、いまのうちに……を頼るべきである』と、命綱がどこにあるかも示唆してもらわなければなるまい。浮世のことはカネ次第だから、万が一のとき、助かりたい人は「▲▲万円は準備しないといけない、それも外貨で」、「2千万円じゃあ足りませんぜ」という指摘もしないといかんだろう。難民化した日本人が外国で食っていくには手に技があったほうがいいし職業資格も要る。いや、そもそも1億人か(何割かは助からないとして)何千万人もの日本人を受け入れてくれる国など多くはないだろう。となれば、今のうちに日本を脱出して、安全な海外に移住するべきだ、と・・・。要するに、こういうことを言いたいわけですか、と。このくらいの双方的な質疑応答は覚悟して書くべきなのだが、ネット上の投稿も基本的には一方通行なのだ、な。対面議論しているわけではない。つまり

一方通行の言論は信じる価値がない

これがあらゆる「言論」を読んだり、聴いたりする時の鉄則だろう。

★ ★ ★ 

その昔、ローマクラブという専門家団体があり、『成長の限界』という報告を1970年代初頭に出版したところ、世界中でベストセラーになった。小生の先輩はこの本を評して言ったものだ:

ノストラダムスの予言のような本だなあ

時代は石油危機直前、一次産品価格が暴騰を続け、キナ臭い雰囲気に満ちていた。ゼミで一学年上の先輩がこれをテーマに卒論を書いて発表したところ、恩師は甚だしく腹を立てて(確か)『真面目に検討したいと何故考えたんだい?』という風なことを語っていたような記憶がある。

ま、この本、タイトル『成長の限界』も含めて、中東戦争勃発で第一次石油危機がやってくる市場環境としてはピッタリだった。儲けるための出版としては大成功であったわけだ。「言論」としてはダメだが、「ビジネス」としては上手い。昔からそんな例は多い、というよりその方が多いという事情は今も変わっていないようだ。


あらゆる予言や警告は、予測の前提を列挙して、結論に至るプロセスを述べ、反証可能性のある報告になっていなければならない。「日本滅亡論」もそう願いたいところだ。

論文の審査、出版の際の閲読、校正が重要であるのはそのためだ。最近は審査無用の論文公表の場も、例えば"arXiv.org"のような場も登場しているが、「言論の自由」という価値よりも「真理・真実」、つまり《真・善・美》という普遍的な価値の一つである《真》をより重視してほしいものだ。自由のための自由では言論が劣化する。「表現の自由」とは「嘘をつく自由」と同じではないだろう。「嘘をつく権利」はあるかもしれないが、小生は願い下げだ。そう感じる今日この頃なのである。


2020年8月28日金曜日

ほとんど再投稿: 長期政権の終焉

 以下のリンクボタンだけなら文字通りの再投稿だ。


「移り行く感覚」がいま共有されつつあるのかも


一部を引用すると:

この漠然とした「移り行く」感覚、「盤石であった一つの時代がいま過ぎ去っていく」という感覚。この感覚は、国文学風にいえば多分「無常観」という言葉になるのだろうが、昨日の優勝争いをTV観戦していて、そんなことを想った。

この末尾は『辞任の意向表明があった本日の首相記者会見をTV視聴していて、そんなことを想った』とそのまま書いてもよさそうだ。

現政権については数えきれない回数、その時の感想を投稿してきた。が、2013年5月に投稿した初期の内容に比べると、小生の印象も年がたつごとに随分良くなったようである。やはりアメリカが抜けたあとTPP締結を主導したこと、欧州ともEPAを結んで、自由経済圏を確かなものにした実績が大きい。あとは、消費税率引き上げは民主党政権からの申し送り事項であるし、教育無償化は部分的、集団的自衛権等の法制化も小手先業だ。「アベノミクス」も全体としては、マネー偏重で、創造的な起業、規制緩和、実態的な成長支援となるともう小泉政権の腕力に比べるべくもない。


やはり前の投稿にも書いたように、「新型コロナウイルス」が想定外の「黒船」になって、日本社会も変わっていくのだと想像する。今流にいえば「ブラックスワン」か……。日本を停滞の15年から抜け出させ、色々な意味で変えることが出来たのは、「変人宰相」でしかなかった、というのは単なる語呂合わせではないわけである、な。


上記投稿の末尾にある『多分、世界共通の新型コロナウイルスというパンデミックの中で、何かが終焉を迎え、新しい状態へと移り行く感覚が、グローバル・スケールで共有されることだろう』という箇所だが、この感覚は2010年代の社会から2020年代の新しい社会へと変化していくことで現実に実感されることになるに違いない。


もう元の社会は戻らない、というこの事がいつ本気で了解されることになるのだろうか?


こうして「現世代」は「ひとつ前の世代」になり、新しく誕生してくる世代が「現世代」となって、新しい社会を日常化させていく。


昨日までの社会は、今日の社会に戻ることは二度となく、いずれ「現世代」にとっては過去になるのだ。この変化する形だけは、ずっと昔から、変わらないはずである。


この立場から観ると、多くの人の好きな「歴史」は実は「現世代」が「前世代」を議論する活動だ。つまり、歴史は過去を議論しているのだが、その議論は「現世代」によるいまの現実に他ならない。過去は「前世代」が当事者であった。過去は過去であり戻っては来ない。だから、歴史とは何かといえば、それは今現在における理念、理念でなければ政治である。そう思うのだ、な。政治が重要であるのと同じ度合いで歴史も重要である。


とはいえ、小生の好みは、過去を話題にする人よりは、未来を語る人の方である。

2020年8月26日水曜日

一言メモ: ネットに投稿していることと本当に考えていることは無関係である

 ネットでも今後の「株価見通し」が、何やら「予言」らしきものまで含めて、様々公表されている。

中には、秋から冬にかけての大暴落2幕目を予想するものもある。逆の見方もある。

こうしたネット上の「株価見通し」は信頼に値するのだろうか?


***


敢えてネットに自分の見通しを公開するからには公開することの動機があるはずである。

例えば、「大暴落」を予想している人がここにいるとする。本当にそう予測しているなら、既にその人は「空売り」を出しているはずである。ということは、株価は実際に暴落してくれる方がよい。そのためには、大暴落を予言して、その予言を信じて売る人が増え、株価に下向きのモメンタムが生まれることを願うだろう。実際に、大暴落してから買い戻せば大儲けになるのだから。

一方、その人は本当は「上昇トレンド」を密かに予想しているとする。この場合も、大暴落を予言して下向きのモメンタムを与えることができれば、それだけ安値で買うことが出来ると考えるだろう。ネットへの投稿はそうするためのウソである。

故に、大暴落の予測を公表している人がいるからと言って、その人が本当に大暴落を予想しているか、逆に上昇トレンドを本当は予想しているか、口で言っている内容だけからは分からないのだ。

上とは反対に、『今後の株価は上昇トレンドをたどります』とネットで公言している人がいるとする。その場合も、上と同じ理由で、これだけではその人が本当は何を考えているのか分からない。


要するに、多数の人が目にする場で何を書こうが、だからその人は何を考えているかが分かる、というわけではない。

簡単な理屈だが、一応、覚え書にしておこう。



2020年8月24日月曜日

「分布統計」: これも研究と実社会の疎遠な関係を伝える一例か

 本来のアカデミックな「研究」とは、時代に遥かに先立って行われる純粋の知的活動のことをいう。故に、研究の発端は知的興味であり、その意味では「好きな事を研究している」わけであり、したがってその時の役に立つという発想が研究者にはないとしても、それは言葉の定義から当然にそうなることであると思っている。

現に何かの問題が発生してから、問題解決のために知恵を出し合う活動は、これは「研究」ではなく、マネジメント、つまり「管理」である。

ところがマネジメントに必要な知見を得るために、マスメディアは好んでアカデミックな研究畑の人材に問題の解決法を尋ね、意見を求めることが多い。

専門家に意見を聞くと言いながら、現実のマネジメントには素人である人々に意見を聞いている姿は、しばしば滑稽を通り越して、哀れを催させるところがある。専門分野の異なった複数の研究者が異なった意見を述べると、『どちらかが間違っている』などと言い立て、頓珍漢な迷走を始めたりするのも一場の悲哀である。

★ ★ ★

経済統計にはミクロ統計とマクロ統計がある。よくGDP統計と家計や企業に対する標本統計とが乖離していると指摘される。これは実は大きな問題なのだが、すっかり諦めてしまってマクロとミクロと、二つの経済統計は異質なものであると、当然のように思い込んでいる人が多いだろう。

いま「分布統計」と言っても馴染みのある人は少ないと思う。国民経済計算(SNA)体系の一部分に組み込まれた、その意味ではマクロ統計でもありながら、所得分布や資産分布の解析に役立つような統計を開発する努力が、特に1970年代以降、20世紀が終わるまでの期間に、大いに進められていたことを記憶している人はもうほとんどいないかもしれない。

小生が大学に戻る契機になったのは、いわゆる"Macro-Micro Data Discrepancy"というデータ問題(Data Problems)である。更に源を遡ると、大学院生時代のテーマである「集計問題(Aggregation Problem)」という極めて数理色の強い問題に行き着くようでもある。とにかく整合性のとれない異種の経済データに基づいて、ある時はマクロ経済分析を、ある時はミクロ経済分析を、その度に都合の良いデータを取捨選択して計量的に行う、と。そんな作業にどこか気色の悪さを感じる所があったことを覚えている。そもそも日本株式会社という実体があるわけでもないのに、マクロ生産関数を想定して、利潤極大化やマクロ的最適化を論じるのは議論の飛躍だろう、と。コブ・ダグラス型生産関数が成立する条件が当てはまっている点は立証したのか等々、まあ潔癖というか、結構口うるさい院生であったのだ、な。

そんな小生が、経済官庁に入ってアカデミックな研究の道を捨てたのは、単に父が大病に罹ったという家庭環境上の変化ばかりではない。当時の計量経済学が、どこか強引と言うか、"brutal"というか、それよりは純粋理論の存在証明のような、細部にまで意を払う繊細な議論により魅力を覚えた、にも関わらず小生の師は紛れもなく計量経済学者であったという、そんなミスマッチングの感覚も多分に手伝っていたことは間違いない。

アメリカのRichard Ruggles、というより妻のNancy Rugglesが力を注いで展開していた"Macro-Micro Data Integration"は、日本では「分布統計」という名称で長い時間をかけて開発作業が続けられていた。ただラグルズ夫妻は、日本のコモディティフロー法と異なり、家計や企業などのミクロ統計の上にマクロ統計を構築するという発想であり、それだけ原データに忠実であり、例えば所得階層、世帯主の年齢、職業、居住地など家計属性ごとの中間集計もユーザー側の問題意識に沿って柔軟に実行できる、そんな統計体系の構築を目指していた。日本のSNAは、物的接近法の一つであるコモディティフロー法に基づいて基礎的な数値が推計されていたので、ラグルズ流の分布統計を日本のマクロ統計システムの下で数値化するのは至難の業であった(はずだ)。

そんなことを考えると、いま現在でもGoogleで「SNA 分布統計」と入れて検索をかけると当時の成果物が列挙されてくる情景はまるで「経済統計史博物館」を観ているようでもあり、うたた感動を覚えてしまう。

★ ★ ★

もしも「マクロ・マイクロ・インテグレーション」や「分布統計」の構築が、現代という今の時代に提唱されていれば、文字通りに「時代の要請」に応えるものであると、マスメディアは歓呼の声をあげ、世論も肯定的に支持したであろう。ただ、バブル景気の余燼が残る1990年代から2000年代にかけての時代においては、まだまだ「格差拡大」という声は弱く、専門家の中には格差拡大は不平等の拡大ではなく単なる高齢化の進行であるという理解をする向きもあったくらいだ。不平等の進行という問題の輪郭すら的確にとらえきれない情況が何年も続いた。そのうち、トマ・ピケティの『21世紀の資本』が日本でも翻訳出版されベストセラーになった。

日本ではいつでも新しい文化は外国からやって来るのだ。そして、不平等の定着、経済格差が明瞭な事実として意識されるようになったいま、かつて分配問題の解明に有用な経済データ体系を構築しようとしたこともある努力の歴史はアカデミックな研究者の世界でも忘却されてしまったようである。

しかし、アカデミックな研究というのは、こういうものなのだろう。美術や音楽の世界でも似たような状況はあるはずだ。だから『〇〇の再発見』などというニュースが時に目に飛び込んでくる。

前にも投稿したが、太平洋戦争中にシンガポールを攻略した日本軍が英軍司令部を調べたところ一編の論文のコピーが出てきた。どうもレーダー開発に関連する貴重な文献に思われた。読んでみると、"YAGI"という略称が随所に複数回でてくる。これが何を意味しているのかが分からない。そこで英軍捕虜に技術に詳しい者がいたので問いただしてみると、これは「八木アンテナ」を発明した日本の八木英次のことであった、と。

このエピソードもまた「研究」と「マネジメント」、「研究者」と「世間」との間の《溝をおいた疎遠な関係》を伝えているように思われ、何事につけ日本のお国柄は、内容を吟味するより前に「貴重な文物は海の向こうからやって来る」、こんな共有された感覚があるお国なのだねえ、と。徒然にそう思われる今日この頃なのである。

2020年8月19日水曜日

今日は2回目: これ以上の「ボキャ貧」はないのでは?という一言

 カミさんが視ているTV画面を何気なく見ていると、たまたま天気予報士が今週から来週にかけての気温変化を話していた。

予報士: 週末の雨を境にして、来週は少し暑さもやわらぎそうですね。

メンター: なるほど、来週はフェーズが変わると・・・

予報士: そうですネ。

思わず、小生、笑いで噴き出しそうになった。『秋が近いということですか?』、普通はこう言うんじゃないの? 「新しいフェーズ」ですか……(絶句)。

そのうち「1年には四つのフェーズがあります。昔は第3フェーズのことを秋って呼んでたことがあるんだよ。ただ地域ごとに、フェーズの長さは違っていて、フェーズはもっと小さなウェーブに分かれているんだ」、例えばマア、こんな風な理科の授業になったりするのだろうか。ちょっと科学的な香りもする。

が、春、夏、秋、冬でいいと思うがなあ・・・。"Four Phases"なんて科学用語のような無味乾燥な言葉より、"Four Seasons"のほうが深みがある。やっぱり「四季」でしょ。

それにしても、最近のメディア業界の「ボキャ貧振り」は映像、紙媒体を問わず、甚だしく進行しているようだ。「言葉が最も大事」な業界、というか「言葉以外は何もない」業界であるはずなのだが……。


何事にも終わりはある、ということか?

『結局、長いだけの政権であったなあ……』と、10年も経った後のいつか、総括的にというか、追憶的にというか、安倍政権はこんな風に振り返られるのが、何やら明らかになってきた気配がする。

力は人を圧し

気は人を動かす

時に利あらず、人離る

人の離るる、いかんせん

改憲の議や、いかんせん

皇帝になり損ねた項羽の愁嘆場になぞらえるとすれば、こんな心情かネエ…。

『史記』では、このあと

歌うこと数闋、美人之に和す。項王、泣数行下る

と続くが、 当年30歳であった項羽と虞美人ならともかく、現代日本の国会を職場とする爺さん達が「いかんせん」と嘆いても、これは全く絵にはならない。

それとも秀吉にも似て「改憲の議は 夢のまた夢」といったそんなニヒルな心持ちに沈んでいるのかもしれない。

項羽が秦将・章邯に鉅鹿で大勝し、垓下で漢の名将・韓信に敗れるまでが4年間。秀吉が山崎の合戦に勝って、京都伏見城で死ぬまでが16年。4年といい、16年と言い、人間50年の当時からすれば短い時間とはいえまい。現政権は、項羽の2倍、秀吉の半分である。やはり長かったというのが、今という時代を生きる我々の印象でもあるに違いない。

それが「長かっただけ」と言われてしまうと、何だかこの8年間を生きてきた我々全体が愚者の集団であったようでもあり、そのうち恥ずかしさを感じるようになるのではないか、と。そんな思いがよぎる今日この頃であります。

やはり「政治主導」の体制というのは自ずから限界があるようで……。真に才能も徳もある人が総理大臣になればいいのだろうが、そんな人は稀にしか登場しないし、そんな人が国会議員を志してくれるかどうかも不確かだ。「たとえ首相がバカでも、大臣が無能でも」という前提にたって、万人単位の普通の人が手続きを整えて、政府を動かしていくという「官僚行政」がやはり安定的なのかネエ……。その昔、プロシア(≒ドイツ)は「参謀本部」を作ってナポレオン軍に勝利したという故事もあるし……。歴史の歯車を逆回転するのは「保守反動」に過ぎないが、一度逆向きに歩くのも、避けられんかと。こんな風にも思うのであります。

2020年8月18日火曜日

「経済を止める」という言い方は軽くて薄く、浅い

 いま世の中は《感染を止めるか》、《経済を止めるか》の究極の二択を迫られているという。

これは「究極の二択」などという高尚な問いかけではない。メディア好みの「究極の言葉遊び」である。現実の暮らしを「言葉遊び」にして弄ぶマスメディアの傾向は足元でますます顕著になっている。

これは放っておけず思わずメモを書いておきたくなった。

★ ★ ★

『感染を止める』というのは、まだ分かる。

さしあたって感染者をずっとゼロにするということではないのだろう。そこまでは願ってはいないのだろう。

1年間を通して新型コロナは毎月コンスタントに全国で47人、都道府県平均で毎月1人。年間でその12倍の564人。この位なら大満足なのであろう。いや、倍々ゲームの青天井で感染者が増えていくのが怖いということなら、せめてインフルエンザ並みであればいいか。ならばザっと年間1千万人。1日平均では2万7、8千人・・・いや、これはダメだ。新型コロナはこれよりずっと少ないが、日本人には怖くて仕方がないようだ。せめてその10分の1、1日平均なら2千人から3千人。要するに、ここ最近の状況に近いが、こんな状態がこの先もずっと続いてくれる「見込み(?)」があるのなら、それで満足するのかもしれない。

このように『感染を止める』というのは、漠然としてはいるが何を願っているのかイメージが明確である。

しかし、『経済を止める』という表現はサッパリ分からない。そもそも、文字通り『経済を止める』を実行すれば、GDPの減少は年率で▲27.8パーセントどころではすまない。完全に止めれば▲100パーセント。GDPはゼロになるのに決まっている。

世界で『経済活動を完全に止めた国は一国もない』。これは明白である。

★ ★ ★

正確ではないというだけではなく、「経済を止める」という言い方そのものに問題の本質をまったく理解できていない不見識振りが象徴されていると小生は思う。

正確に言えば、

アフターコロナ時代に過剰となった産業をスリム化し、成長を支援するべき産業を拡大する。要するに、「経済を止める」ではなく、「一部を廃棄し、一部を伸ばす」、大事なことは「経済を調整する」である。「止める」ではない。

元の状態を「守る」ことに(火事場のバカ力で)成功してしまうと、日本はアフターコロナの新たな環境の下では経済的負け組に転落することは必至である。

いま首都圏の貸しビルでは飲食業の閉店・廃業が激増し、それと入れ替わるようにテレワークをするビジネスマンが落ち着けるスペース提供店舗が「雨後の竹の子」のように増えてきているという。文字通りの「雨後の竹の子」だ。

★ ★ ★

育ちそうな「雨後の竹の子」の中には、もう既に幾つも有望株が見つかっている。これらは、新型コロナウイルスの感染が一段落してもなくなるものではない。そもそも「テレワーク時代」、「働き方改革」、「経済のデジタル化」は、この10年間、ずっと将来を先取りして、トップダウン式で進めようと努力してきた政策目標に外ならない。

政府が旗を振ってきた「働き方改革」を、現実に成し遂げた最大の功労者は「新型コロナウイルス」になるだろう。コロナには勲章をあげたいと考える人がそのうち出てくるだろう。

★ ★ ★

経済の構造調整が進むとき、必ず敗退する産業がある。これらは、新型コロナウイルスの被害者ではない。もともと調整されることが企図されていた産業分野である。調整されるべき産業を死守することを「持続化」などと呼ぶのは、不良債権化したゾンビ企業に「追い貸し」をした1990年代の大失敗と同じ類型に属する。というか、個々の金融機関の経営ミスではなく、社会の世論が旧い業態を守ろうと声をあげ、政府がそれに影響されるのであるから、これは悪しきポピュリズム、衆愚政治の好例となるに違いない。

「経済を止める」のは半分は正しい。止めるなら観光関連産業、ズバリ言うなら「オ・モ・テ・ナ・シ産業」である。これは現政権が戦略的に何年にもわたって育成してきた産業部門である。が、残念ながら実を結ぶことなくコロナの嵐に沈むしかないのが現状だ。このようなリスクがあろうとは「想定外」であったのだ。近年の観光ツーリズムで、観光関連産業は明らかな「過剰投資」に陥っていた。残念ながら、その投資は実を結ばない。来年の東京五輪の正常開催が絶望視されつつあるいま、もはや五輪関連投資のかなりの部分はサンク・コスト(=回収不能化した資本支出)である。日本文化を継承するコアな分野を残して産業レベルのスリム化を目指すのが正しい選択であろう。その意味で経済を止めるのは半分は正しい。

過剰設備の状態にある産業では転業・廃業を促進し(=経済を止め)、需要超過(=供給能力が不足に陥っている分野)になっている分野に資金を投下していくという目線が、現時点のテーマにならなければ、真っ当な議論はできない。そのための障害になる制度的要因があれば、洗い出し、粛々と法改正を進めていくのが王道だ。

まあ、テレビはいつも一方通行で話したいことを話しているから、「真っ当な議論」などをする意志はないのかもしれないが、しかし、不見識が露呈するワイドショーはいずれスリム化され淘汰されていくであろう。これまたマスメディア業界の構造調整で、ほぼ確実に予想される進展である。


今日は、別の話題を書くつもりだったが、あまりに「感染を止めるか、経済を止めるか」という言葉の遊びで世間は騒然としているようなので、一言メモを記しておくことにした。


2020年8月17日月曜日

一言メモ: 日本人の「合理的な怖がり方」を治す治療法は合理的でなければならない

 少し以前にこんな投稿をしている:

インフルエンザを怖れることがない、予防接種すらも怠って平気な日本人がなぜ新型コロナウイルスをこれほど怖れるのか?

一見非合理的なこの日本人の集団的反応を《合理的に》解釈する理論をみつけるのが、社会科学者、とりわけ経済学者に与えられた課題だろう。医療専門家の「過渡の懸念」を言挙げして、同じ土俵に参入して、ニワカ論争を吹っ掛けることに学者の良心があるとは、小生にはどうしても思えないのだ、な。

非合理的な現象は要するに「不思議な現象」なのである。不思議な現象が実はなにも不思議ではなく、当たり前の反応なのだということを解明することこそ、科学的思考の本質であり、科学的成果だけが新型コロナウイルスを怖れる日本社会を正常化させる第一歩であるに違いない。

大多数の日本人にいま共有されている心理は、間違いなく『できればコロナには罹りたくない』というところだろう。 

一部の経済学者は(当然でもあるのだが)《経済活動重視》の観点に立っている。それはロジックとしては分かる。小生もそれは同感だ。

しかし、『この当たり前の理屈が理解できない社会が間違っている。故に、チャンとした専門家が啓蒙しなければならない』という発想をとる限り、問題解決には貢献できないと思われる。というのは、日本人の大多数がコロナ感染を怖れている現象には一定の《合理性》があると小生には思われるからだ。現に合理的な行動をしている日本人全般に対して、経済専門家たちが自ら「合理的」だと考える状況判断をいくら繰り返し連呼しても、多くの国民は聞く耳をもつまい。人は、非合理な間違いにはいつか気がつくが、合理的に行動している限り、自分の誤りを認めるときはやってこない。なぜなら間違っているわけではないからだ。


***


メモを書いておくのは、簡単な点に過ぎない。新型コロナに対する日本人の恐怖を緩和するには、政府が(いまでも信頼されていると前提する限りだが)正確で十分な量の《情報》を普通の人が閲覧できる方法で、提供するのが最も有効のはずである。

行動は情報に基づいて決定される。

新型コロナウイルスに関する情報環境を整えるだけで、多数の国民の《合理的な誤認識と誤判断》は正しい方向へと修正されていくであろう。国民の要望を記述するコーナーも設け、AI(人工知能)を駆使して、結果のレポーティングをさせれば、これも有用な結果になるだろう。更に、その結果に対して政府の何らかのレスポンスが義務化されれば、社会を覆っている不透明感はかなり解消されるであろう。

このくらいは誰もが思いつくような簡単なエグザンプルである。つまり、出来ることは幾らでもあるということだ。


***


PCR検査を飛躍的に拡大するべきだという意見が一部のTV局のワイドショーで力説されるかと思えば、他局は対抗的に異論を述べたいのかどうか分からないが、『ほとんど陰性が出るのが分かっているのに、全員検査をするなんてナンセンスだ』という論者に話をさせる。そもそも民間テレビ局は、興味を刺激して視聴率をとるのが目的であって、最も必要とされる的確な情報を提供しようなどとは思っていない。それは政府の役割である。

ところが、政府のオープンデータの窓口である

Data.Go.Jp (データカタログサイト)

e-Stat (統計でみる日本)

いずれにあっても、コロナ関係のデータは一切提供されてはおらず、(前にも書いたが)いまだに「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会」という名のリンクボタンが、ボロボロになったノボリよろしく、残されている。現時点の政権の問題意識がこんなところにも象徴されている気がするのは、小生だけだろうか?

マスメディアは「怖い、怖い」といつまでも国民を煽るものなのだ。それはマスメディアという民間企業の特性から仕方のないことである。戦争でも、暴動でも、そうであったのだ。

正確で、使いやすい情報提供の場を整備することが、国民心理の鎮静化には有効だろう。記者会見でクラブ記者相手に、大臣が口先で何を語っても、効果はほとんどない。具体的な効果を得るには、やはり汗をかき、作業をするという現実の努力が必要である。医療現場と等しい分量の汗を政府部内でもかいて、求められている課題に対応するしかない。

以上は、政府にできて政府が行うべき施策だが、経済学界側にも出来ることはある。それは、国民が選択する行動類型と、それがもたらすマクロ的帰結について、シミュレーション計算をして分かりやすく伝える。たとえば、こんな作業をするだけでも、医療専門家による感染シミュレーションの弱点を補う効果があるというものだろう。

政府にも専門家・学界いずれの側にも、汗をかく分量がまだまだ足りていないのではないか、と。そんな印象がするのだ、な。文字通りの「戦争」ではないが、マクロン仏大統領の表現を借りれば、これも「戦争」である。技術を磨くには専門家にとって格好の舞台とテーマが眼前にあると思うのだが……、若い現役世代が羨ましくもある今日この頃である。


2020年8月16日日曜日

断想: 今年のお盆は「特別」かも

 こんな会話をした。


小生: 「直観」と「論理」とのバランスだな。どちらが弱くてもうまく行かないよ。特に、仕事はそうだね。直観だけで論理がないと人を説得できないし、あいつは頭が悪いと思われてしまって笑われるだけだ。かといって、論理だけがあって直観に反していると、人は反対できない分、気持ちは納得できなくって、あいつはイヤな奴だってことになるかもな。


愚息: ・・・・・・


小生: だけどネ、直観と論理の基盤にあるもっと大事なものがある。それは何だと思う?


愚息: ・・・・・・


小生: 意志だよ。意志から発していなければ、一片の理屈なんて意味ないし、直観も単なる山勘だ。しかし、意志よりもっと深いところで全体を支えている本源的要素がある。それは何かな?


愚息: ・・・・・・


小生: 愛サ。分かると思うけどね。


愚息: 愛かあ・・・そうだね。


但し、夢の中の話しだ。この夏は名古屋から北海道に帰らない下の愚息が夢になぜだか出てきたのが面白い。


***


イエス・キリストはキリスト教の創始者であるが、それよりはユダヤ教の改革者というのが主観的には当てはまっていたという人がいる。つまり、ユダヤ教の「律法」ではなく、「愛」をもって人間の生の基本とした。


「律」といい「法」というのは、料簡が狭いものなのだ。狭い範囲のローカルな人間集団で通用する掟が「律法」である。「掟」と書けば古い村のシキタリくらいに思うが、「律法」なり「法律」と書けば何だか学問的な感じがして高尚だ。宗教に人間の血を通わせて、キリスト教という生きた世界宗教が生まれ出た所以である。


戒律と理論に終始した奈良仏教から平安仏教を経由して罪業を犯す悪人こそが救済されるのだと考える法然・親鸞の他力本願が登場してくる経緯とどこか似ているところもある。

2020年8月13日木曜日

修正と補足: 荷風のスペイン風邪

 先日の投稿ではちょうど100年前にあたる1920年の1月に永井荷風が罹患したスペイン風邪について記しておいた。

こんな風だ:

翌大正9年(1920年)の正月3日から空白が続き22日になって次の下りがある。

『悪熱次第に去る。目下流行の風邪に罹るもの多く死する由。予は不思議にもありてかひなき命を取り留めたり。』

スペイン風邪によるパンデミックは1918年1月から1920年12月までの丸3年間、3度にわたって大きな波が世界を襲ったと言われている。荷風は3度目の大波でスペイン風邪に罹患したと思われる。

先日参照していたのは岩波文庫『摘録・断腸亭日乗』だったが、あくまでも「摘録」であることに気がつき、念のため『荷風全集第19巻』の「断腸亭日乗」(大正6年~大正14年)で確認してみた。そうすると、文庫版では落とされていた記載が幾つかあったので以下で修正補足しておこう — 網羅的にではないが。

正月12日

曇天。午後野圃子来訪。夕餉の後忽然悪寒を覚え寝につく。目下流行の感冒に染みしなるべし。

どうやら発症は正月早々ではなかったようだ。潜伏期間を考えると、年始客の誰かからうつされたのかもしれない。実際、元日から鷲津牧師(次弟・鷲津貞二郎であろう)、春陽堂主人と会ったり、旧友・井上唖々と「宮川」で呑んだりしている。家具店にも寄っている。

その後、病勢はなかなか快方に向かわず、正月16日にも

熱去らず。昏々として眠を貪る。

20日になっても

病況依然たり。

と変わらない。正月19日には

病床万一の事を慮りて遺書をしたたむ。

と記してあるから、「ただの風邪」ではないと気づいたのだろう。

正月22日になって漸く

悪熱次第に去る。目下流行の風邪に罹るもの多く死する由。予は不思議にもありてかひなき命を取り留めたり。

先日投稿のこの日に至ったというわけだ。とはいえ、正月25日には

母上余の病軽からざるを知り見舞に来らる。

とある。2月2日にも『病臥』、3日には『大石君来診』と何度目かの往診を受け、2月15日になってもなお『雪降りしきりてやまず。路地裏昼の中より物静にて病臥するによし』という容態。やっと2月17日になって

風なく暖なり。始めて寝床より起き出で表通の銭湯に入る。

とある。

発症から数えて本復まで大体1か月。新型インフルエンザであったスペイン風邪に罹ると完治するまでにやはり1か月位を要したわけである。当時と今とでは医療水準に違いがある。が、医療が進歩した今も新型コロナウイルスには苦しんでいる。治るまでの相場としては今も昔もあまり変わらないネエと感じてしまうのは小生だけだろうか。「スペイン風邪」に対する当時の人の恐怖も何となく分かる気がする。いま世界中で猛威をふるっている新型コロナではエクモ装着まで悪化しやっと5カ月もたってから一般病棟に戻ることができた人もいる。治った後の後遺症も意外にあるようだ。多くが軽症・無症状とはいえ「罹らないにこしたことはない」と世間が怖れてやまないのも十分な合理性があるようだ。

当時の日本では(世界でも)「全面外出自粛」などは実行されてはいなかった。というより、外出自粛が必要なら「自粛」といわず政府はいつでも「外出禁止令」を発出できたはずだ。しかし、もしそうしていれば、それでなくとも同じ年の3月15日から株価暴落が始まっていたのであるから、第一次大戦後の経済恐慌はより激烈に日本を襲っていたに違いない。不満をもった労働者による暴動が全国都市部で多発していたに違いない。2年前の1918年には米価暴騰から全国に「米騒動」が広がっていた。外出禁止・失業増加という選択肢は政府にとっては《選択可能・実行不能》であったと思われる。

この年の荷風は、それでも春到来後は元気になり、築地路地裏の陋屋から麻布市兵衛町(現在の六本木界隈)の「偏奇館」に転居するのだから、結構、多事多端な過ごし方をしたと言える。

2020年8月11日火曜日

ホンノ一言:ブランディング戦略に無知な中国政府

 中国政府は自国が丸ごと「コモディティ化」しつつあるという心配とは全く無縁に見える。要するに、鈍感なのだろう。


"Made in China"を買うのは「安い」からであった。もっと安い競合品があればそちらを買う。世界中で中国産製品が買われてきたが、それが「良い」から買われてきたかといえば、それほど多くはないだろう。故に、中国が国家戦略をとるとすれば、自国の魅力を高め、自国の商品の訴求力を高め、人を集め、ファンを増やし、高くとも買ってもらえる商品を開発するという選択肢をとるべきであった。そんなステージに中国は達している。そう観てもいいのではないか。もちろん「べき」というのは「そうしてはいない」ということなのだが。いずれにしても、経済発展のステージごとに、その国には解決するべき新しい問題が課されるのは、どの国も辿ってきた道だ。日本は明治維新と近代化には成功したが、模倣をした「帝国主義国家」としては知恵と工夫が足らず見事に失敗した。


中国は《差別化》には成功していない。もし成功していれば、中国発の音楽、美術、芸能、文学、映像等々、多分野の文化的産物がソフトパワーとして世界中に浸透しているはずだ。誰もが中国の暮らしに憧れの気持ちを感じ始めていなければならないわけである。ところが、差別化に成功するどころか、意図的に"Image Branding"とは真逆の"Image Dis-branding"に努力しているのが中国の現政権だろう。文字通り"China's Self-Disbranding Policy"である。これでは、中国国内で中産階級をより一層抑圧して、もっと強力なコストカットと攻撃的安値戦略をしかけていくしか、進む道がない。


こんな風では、近世以降、現代中国に至るまで、中国文化に親しみたい、古典作品を再び鑑賞し直したいと思う人は出ては来ないだろう。いるとすれば、ただ「警戒心」から研究しておこうと考える人ばかりであろう。必ずしも産業全般のコスト競争力が盤石だとはいえないイタリアやフランスが、それでも世界市場で独特のポジションを占めている戦略とは真逆の方向である。いまの中国がこの方向を進み続けて人々は堪えられるのだろうか?


中国はこれまでキャッチアップ・モデルがあった。これからは「海図なき航海」である。日本は1980年代末に一度「経済大国」として成功したが、海図なき航海を始めた途端にバブルが崩壊し、モデルを失った政府は右往左往し、時間を空費した。「失われた15年」のトンネルを守り一辺倒で進んでいるうちに高齢化の高波がやってきた。中国も新しい海域にいる。もう海図はない。共産党一党独裁制の下で資本主義的経済を成熟化させるという史上空前の難問に直面しつつある。


この40年間に中国が達成した経済的躍進は実を結ばないとここで予想しておく。経済成長は、支配‐被支配という関係の下では、持続しない。中国のヴァルネラビリティ(Vulnerability)はこのままでは高まるだけであろう。こんな簡単な理に現政権が鈍感であるのは残念なことだ。

2020年8月8日土曜日

100年前の「多事多端」の歴史は繰り返すか?

 永井荷風の日記『断腸亭日乗』はもはや日本の日記文学の古典になっている。

大正年間から昭和戦後に至るまでの長い年月、継続的に書かれた日記というのは他には得難い価値がある。


一部を抜粋してみたい:


第一次世界大戦が終わった大正7年(1918年)の11月16日には

欧州休戦の祝日なり。門前何とはなく人の往来繁し。なほ病床にあり。…

と記されている。翌大正8年の5月25日には

新聞紙連日志那人排日運動の事を報ず。

これは日本が大戦中にドイツから奪取した山東半島利権の中国返還が認められなかったベルサイユ条約に憤激した中国知識人層が激しい排日運動を展開したことを言っているのだろう。いわゆる「五四運動」である。以後、中国の反帝国主義のターゲットに日本も入ることになり、アメリカによる対日警戒が高まることにもなった。その意味で歴史の分岐点となった年である。

同年7月1日には

独逸降伏平和条約調印紀年の祭日なりとやら(※紀年であって記念ではない)。

とある。 

翌大正9年(1920年)の正月3日から空白が続き22日になって次の下りがある。

悪熱次第に去る。目下流行の風邪に罹るもの多く死する由。予は不思議にもありてかひなき命を取り留めたり。

スペイン風邪によるパンデミックは1918年1月から1920年12月までの丸3年間、3度にわたって大きな波が世界を襲ったと言われている。荷風は3度目の大波でスペイン風邪に罹患したと思われる。

翌大正10年(1921年)11月5日にはこんな記述がある。

百合子来る。風月堂にて晩餐をなし、有楽座に立ち寄り相携えて家に帰らむとする時、街上号外売りの奔走するを見る。道路の談話を聞くに、原首相(=原敬)東京駅にて刺客のために害せられしといふ。

戦前期の日本では現職首相が襲われる事件が多発しているが、特に原敬首相暗殺は日本の国益にとっては致命的な損失であったかもしれない。

翌大正11年7月7日から9日にかけて文学上の師であった森鴎外死去を記している。

7月7日 

夜半与謝野君電話にて森夫子急病危篤の由を告ぐ。

7月8日

早朝団子坂森先生の邸に至る。表玄関には既に受付の設あり。見舞の客陸続たり。

7月9日

早朝より団子坂の邸に往く。森先生は午前7時頃遂に こう を属せらる。悲しい哉。

翌8月には

8月9日

曇りて風涼し。森夫子の逝かれし日なれば香華を手向けむとて向島弘福寺に赴く。

とある。明治・東京にまだ残されていた濃密な人間関係が窺い知れて懐かしい。

翌年の大正12年(1923年)は関東大震災があった年である。

9月1日 

空折々搔曇りて細雨烟の来るが如し。日まさに午ならむとする時天地忽鳴動す。…書秩頭上に落来るに驚き、立って窓を開く。門外塵烟濛々殆咫尺を弁せず。…予もまた徐に逃走の準備をなす。

このようにちょうど100年前の今頃は、世界大戦の終結、スペイン風邪大流行、総理暗殺と毎年毎年こうもあるかと思う程に多事多端であり、永井荷風個人にとっても師を失うという悲劇が重なった。

そして最後に関東大震災があった。

ちなみに荷風は、スペイン風邪・パンデミックの真っ最中であった1920年3月15日から始まった株価大暴落は全く記していない。第一次大戦中のバブル崩壊であり、1920年代中の日本経済の足取りを占う変動でもあったが、経済観念が意外に発達していた流石の荷風も「築地路地裏の家」から麻布の「偏奇館」への引っ越しで頭が一杯だったのであろうと推測される。

***

 今回の新型コロナウイルスとスペイン風邪は怖さという度合いにおいては比較にならない。スペイン風邪は世界人口の4分の1が罹患し、死者は2000万人とも5000万人ともいわれている。日本でも1918年夏から翌夏までに25万人余、19年夏から翌夏まで12万人余、20年夏から翌夏まで3500人程度がスペイン風邪で死亡しているようである(Wiki)。当時の世界情勢も不穏だったが、いまも米中対立激化、香港問題、北朝鮮問題と何かとゴタゴタしている感じだ。アメリカの政治不安が高まるおそれもある。政治空白があるかもしれない。中国がより攻撃性、独善性を高めるかもしれない、等々。どこか100年前と今とで似ているところもある。

日本国内で40万人に迫る死亡者を出した「スペイン風邪大流行」という災禍が今日の日本人の記憶にそれほど強く残っていないのは、その直後の「関東大震災」によって上書きされたからだと思われる。関東大震災による死者はおよそ10万人である。それでも歴史を画するほどの大災害として記憶されたのは、それが江戸から連綿として続く東京の街を壊滅させたことと、何よりも東京の人が大正12年9月1日という1日を忘れなかったからであろう。

ともかく、度合いは全く違うものの、100年前と今とでどこか世相が似ていることを知ると、世間っていうのはいつまでたっても変わらないネエと、そう思ったりもする。

***

ちなみにオリンピックは、第一次世界大戦中の1916年ベルリン五輪は流石に中止のやむなきになったが、戦後のスペイン風邪大流行時の1920年4月から9月(!?)にかけてアントワープ大会が開催されている。

近代オリンピックが中止されたのは、上にあげた1916年のベルリン大会中止、日中戦争激化による1940年東京五輪の返上・ヘルシンキ代替五輪の中止、そして1944年のロンドン大会中止。この3回しかない。戦争以外の理由でオリンピックを中止したことはないというのは本当である。総合スポーツ大会というより国際平和を希求する祭典として始まった近代オリンピック運動はいま「曲がり角」にさしかかったという認識の方が延期や中止という東京の一例よりはずっと意味深い、もっと大きな論点であるに違いない。


2020年8月7日金曜日

「お盆の帰省は是か非か」は愚論か否か?

標題にしている疑問だが、敢えて回答するとすれば「愚論ではない」になると小生は思う。

「愚論だ」と即断する人も多かろう。が、現実にこの2、3日のTVでは『帰省をどう思うか』という話題でもちきりである。現実にこのような現象が生じている以上、それには合理的な原因があるのであって、目の前の世間の動きが「愚かだ」と言う人物がいるなら、その人物の方が物事の因果関係を理解できない愚か者である……、というのが小生の観方であることは最近何度か投稿してきた。

ただ、昨日も本日もこのブログ、どこか言葉の遊びになっている気がする。これも、政治タレントともいえる某自治体首長が行政を言葉の遊びにして弄んでいる今の世であれば、マアマア許されるのではないだろうか。

***

いくら「△△は控えてください」と首長が連呼しても、帰省する人は帰省する。

似た例として気象庁の「避難指示」がある。

いくら100年に一度の集中豪雨で気象庁が「大雨特別警報」を発令して、「命を守ってください」と連呼したとしても、現実に「避難指示」に応ずる人は極めて少ない。
 今回のアンケートを集計すると、避難指示が出された地域の住民、計約177万3千人のうち、実際に避難所に逃げた割合は2・6%。自宅の2階や屋上に逃げる「垂直避難」を選んだ人もいるが、住民が避難を見送ったり、避難のタイミングを逸したケースが多いとみられる。(朝日新聞、2018年8月27日 11時14分配信)
 こんな報道があるくらいである。「お上の指示」を守る人は驚くほどに少ないのが現実である。引用記事は2018年の西日本豪雨被害に関連するものだが、九州を襲った先日の水害でも状況はそれほど違ってはいなかったようだ。

『お盆の帰省は自粛してください』と、限定的な範囲にせよ政府が緊急事態を宣言して「自粛指示」を出したとしても、その場合はその場合で『あくまでも要請ということですよね』という「解説」がTV画面からは流れるはずだ。「帰省しよう」と思っている人が「自粛指示」を守って予定を変更することはマズないと、小生には想像されるのだ。
政府の指示は、それ自体としては、ほとんど実効性はない。国民に望ましい行動をとらせるなら、そんな行動を自らとろうとする誘因を与える、そんな行動をすすんでとるのが合理的であるような状況を政府がつくっておくことが大前提である。「指示」どころか、「命令」であったとしても、国民は無条件にその命令に従うものではない。

一言で言えば、下手な命令には従わないのである。指示も同じだ。  

こういうことだと思われる。 

ドイツと日本は軍の精鋭振り、エリート振りで似たところがあると言われていたそうだが、ドイツでは『将校は上手に命令を出し、兵は命令をきくのが上手である』と。それに対して、日本については『日本兵は世界で最も勇敢である』、こんな言われ方をされていたそうな。日本の将校は命令を出すのが下手であったということでもあるのだろう。

命令を出すのが下手なら、指示を出すのも下手だろう。上が当てにならないから、下は「自分たちが頑張るしかない」と覚悟を決めて、自分の持ち場を死守したのかもしれない。だとすれば、上は下に支えられる存在であったわけで、だからこそ上は下をコマのようには扱わない、下もまたコマのようには扱われたくはない。一蓮托生。打って一丸。そんな気風が定着したのかもしれないネエ。こんな風にも思われるのだ。

話しのポイントは「民主的な戦後日本ではなく、中央集権体制であった戦前期の日本ですら、上のような冗句があった」ということだ。中央集権体制であった時代ですら、日本では組織間の意思統一に手間取り、部下は上司の命令にしばしば違反し、陸軍大臣、参謀総長の指示に前線指揮官が服するということはなかったのだ。

では何故そうなってしまったのか。それは小生にも分からない。

別に「GoToトラベルキャンペーン」で税金を投入せずとも旅行をしたいと思えば国民は旅行をする。ずっと我慢をしてきたからだ。別に「帰省自粛」を指示しなくとも、毎日の情報から「いまは怖い」と感じれば、自粛をするものだ。それでも帰省をする人は「自粛指示」があっても帰省するのである。

こんな簡単なことは、徴兵制の下で誰もが軍役を意識していた時代には当たり前の事実であったろうが、最近の世相をみていると「言葉が何より大事なのです」という一種の宗教に支配されているせいか、とにかく言葉のやりとりを求めてやまない。問題の解決とはほぼ無関係なのにそうしてやまない。そんな印象もあるので覚え書きにしておく次第。

***

マスメディアは「お盆の帰省」についても「自粛指示」を出すべきだとさかんに強調しているが、指示を出せば出せばで、今度は『政府の指示は基本的人権である移動の自由を制限するものではありません』という議論を始めるのは必至である。こう考えると、たとえ「帰省自粛指示」が全国に出されたとしても、多くの人はやはり自由に帰省するであろう。小生はそう思っている。

要するに『ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う』というのが世間である。

行動の自由が保障された社会で国民全体の行動を変えたいなら、それは「法」によるのが王道である。「自粛」に任せ、違反する者は「無責任な愚か者」だと非難して家族もろとも世間で叩くというやり方は、閉塞的な社会を醸成してヒトの心を暗くするばかりであって、方法論としても愚策に分類されるのではないか。

法が私権を(時限的にであれ)制限するとしても、その立法が民主的手続きによるならそれもまた民主主義社会の一つの選択である。実際、民主的な先進各国はそうやっている。日本で同じことをやっていないのは、「運よくやらずにすんでいる」からである。「日本モデル」という程のものではない。単なる「結果オーライ」である。

***

ずいぶん以前に『日本には日本の戦い方があります。同調する日本人には命令がなくとも出来るのです。日本人には自分たちの戦い方があるのです』と、そんな「自慢話」をTVのメインキャスターは盛んに流していた。しかし、冷静に考えれば
外国にできることが日本にできないとすれば、それは日本にやる意志がないということである。逆に、日本人に出来ることがあれば、外国人にできないはずはない。できないとすれば外国人は同じことをする意志がないのだ。
こんなことは簡単に分かることだと思う。 

都市を封鎖するのは効果的である。あるいはPCR検査を徹底して陽性者を割り出し、個人別の移動履歴を公開して接触回避に役立てるのも効果的だ。IT技術を活用してもよい。個人番号を活用してもよい。他の方法もあるだろう。

しかし、有効だと分かっている方法はどれも人権を制限したうえで政府が国民に命令しなければならないようなのである。

しかし、日本政府は日本国民に命令することを嫌がっている。これは明らかだ。それは命令する以上、命令者は命と身体を張らなければならないからだ。命令が下手である理由は、一つには状況を理解できないという能力の問題もあるだろうが、命令で損害が発生した時の覚悟や振舞い方、ケジメのつけ方が分からないということもあるのではないか。

『日本人には日本人の戦い方があるのです』というのは半分は当たっている。しかし、日本人は命令を下すのも、命令に従うのも下手なのだろう。故に、戦うにしても組織的には戦わないのだ。「集団主義」と言っても、それは所詮は「仲間主義」である。本当は、誰も総理大臣の指示を待っているわけではない。知事の指示を待っているわけでもない。市町村長の指示を待っているわけでもないのだ。なので、「私たち日本人は戦っている」という言葉の表現に小生は反対である。

いまの日本社会には「戦い方」以前の問題があると感じる。

山を登るのも、山を下るのも、歩いている人の意志である。上らなければならないのに、下る方が楽だから下るとすれば、それは汗を流して上る意志がないからだ。「上り方」云々の議論にしてはならない。

同じ理屈で、現在の日本とコロナ禍との関係性においては、なるほど戦いは繰り広げられているが、「戦い方」を議論する状態ではないと思う。要するに、「目的」が日本人で共有されていないのである。目的を共有できないという日本社会の通弊は歴史を通して相当一貫している現象であると小生は考えている。その理由は分からない。

今日は書き過ぎて、混とんとしてきた。また改めて。

2020年8月6日木曜日

覚え書き:徴用工訴訟に関する言葉の遊び

韓国徴用工訴訟で裁判所による資産現金化の手続きが進む見通し。

この件は、当の韓国側の政府も何とかしたいと考えてはいる気配もある。裁判所の意思決定に介入するのは、大統領権限の強い韓国・行政府にとって可能であることは可能であると(小生は)推測するが、実際には「不可能」なのだろう。

ポリティカリー・コレクト、いわゆる「ポリコレ」がいまの世相を象徴しているように、日本政府が韓国政府に求めていることは、韓国政府にとっては「ポリティカリー・インポッシブル」(Politically Impossible)であるに違いない。

しかし、正確に言えば「ポリティカリー・インポッシブル・フォア・ミー」。つまり「私には出来ない」ということなのだ。いかに権限が強くとも韓国側の政治家に「ミッション・インポッシブル」を要求しても此方の意は通るまい。わが身を犠牲にして他国の政府の意に沿う人など誰もいない。日本にもいない。日本は日本で「私には出来ない」ということなのだろう。

当事者双方が、ただ同じ意味合いの言葉を発言しているという状態は、《政治的不作為》である。

ひょっとすると、両国とも近年流行りの言葉を用いれば《戦略的不作為》(Strategic Omission)と言いたいのかもしれない。それも非常にレベルの低い……

やれやれ、言葉の遊びだ。これまた最近のような「言葉が重要なのです」という時代に合った遊びということで……まったく、「言葉が重要なのです」とオオッピラに言われる時代に、本気で汗をかいて黙々と努力する人など、現れるはずもないわけである、な。

2020年8月4日火曜日

小手先の「損失補償」などで時間を浪費している状態ではないのでは?

訪日外国人観光客数は2018年に伸びが鈍化し、2019年には日韓対立激化に影響され前年比2.5%増と一層鈍化した。とはいうものの、それまでの数年間の動きには明らかに「観光バブル」の兆候があり、本年の東京五輪開催を見据えたとき、日本国内では宿泊施設、受け入れ能力の拡充が追い付かず、多くの観光地は「オーバー・ツーリズム」の状態に陥ると予想されていた。そんな需要超過への対応を急いでいたのが最近の観光関連産業である。

観光関連産業は「過剰投資」にあった。

いま新型コロナウイルスの感染拡大で「夜の店」、「飲食業」、「Go To トラベル・キャンペーン」等々、営業自粛や損失補償、経営支援などが為されているが、傷を手当てするような臨床的対応で乗り切れる環境変化ではないのではないか。

たとえ東京五輪が簡素化のうえ無事開催できるにしても、もしも中止ならば猶更のことだが、今年度から来年度にかけて観光関連産業の過剰投資が表面化することは間違いないだろう。

小手先の手当てについて激論を繰り返しているうちに、早ければ今秋、おそらくは今年末から今年度末にかけて「エッ、あの企業が!」という倒産劇が発生するのではないだろうか?

観光関連産業は、コロナ禍がなくとも東京五輪後には「宴のあと」、というか"Hangover Deterioration"で業績悪化が予想されていた。今回はカウンターパンチを食った状態で、一層苛烈な影響を蒙っている。そして、観光関連産業の悪化は不良債権として顕在化し金融セクターに伝播していく可能性が高い。

観光関連産業は、単に航空会社やJR、バス会社、ホテル・旅館等だけではなく、インバウンド消費に支えられてきたあらゆる業者・業界が含まれるのである。

小手先の「損失補償」などにエネルギーを浪費せず、根本的な産業政策を練っておくべきステージだろう。コロナ後の「グロース・センター」を国内に誘導するため着手を急ぐべきだろう。相当のカネが要るはずだ。総需要と総供給のバランスは「スリム化」と「新規成長支援」とを並行させなければ実現不能である。

現時点においてさえ、日本社会が取り組まなければならない社会インフラ上の課題は、既に顕在化している。これまたコロナ禍が教えてくれたわけで、いうなれば「不幸中の幸」である。

政策立案は(短くても)次の5年間をみて考えるべきだが、マスコミ報道は(せいぜい)これから1カ月を考えるだけだ。メディアに左右される世論に配慮するあまり、対応が近視眼的になれば、結果としての損失は巨額である。

今回のコロナ禍は、これまでの経験を踏まえれば、本年1月から数えて『ザっと1年、おそらく2年、長けりゃ3年、あるいはもっと』というのが、客観的かつフェアな見通しであろう。WHOも『特効薬はできないかもしれない』、『過剰な期待を抱くべきではない』と言い始めている。根拠のある発言であると小生には思われる。希望的観測には何の利益もなく、後日の失望から体力を奪われるだけだ。

「長けりゃ3年、あるいはもっと」を作業上の前提として、今後の政策を練り上げるべき状況だ。

新型コロナウイルスは高々インフルエンザなみの脅威であり、怖れることはなにもないと数字を示して力説してみても、現実がこうなっている以上は無意味である。『私が正しいのであって、間違っているのはあなた達だ』という社会科学者が往々にして陥る誤認識であり、これでは問題解決につながらない。崖から落ちようとするとき『これは何かの間違いだ』と叫んでも仕方がないのだ。問題解決は問題認識から始まる。

ずっと以前なら政治家が何も言わなくとも、というより政治家は何も指示などはしないので、各種「△△審議会」という舞台を回す官僚組織のほうで政策立案を進めていた。いまはどうなのだろう?『ご指示があるのを待っているところでございます』という惨状なら、また再び「政治主導」から「官僚主導」へとレジームがスイッチされるのは、時間の問題であるとみる。

2020年8月3日月曜日

一言メモ: 「移り行く感覚」がいま共有されつつあるのかも

たった一つのスポーツから社会全体の事を連想するのは無茶かもしれない。

が、覚え書きまでに書こう。昨日が千秋楽であった大相撲7月場所(本来は名古屋場所であるが国技館で開催された)である。

照ノ富士が「奇跡の復活劇」を演じたのだが、昨日の登場人物をみていて多くの人が漠然と意識したのは、横綱・白鵬や鶴竜がもう「過去の人」になったという思いではないだろうか?

この漠然とした「移り行く」感覚、「盤石であった一つの時代がいま過ぎ去っていく」という感覚。この感覚は、国文学風にいえば多分「無常観」という言葉になるのだろうが、昨日の優勝争いをTV観戦していて、そんなことを想った。

★ ★ ★

人間社会には、こんな「移り行く感覚」というのがずっと継承されてきていて、だからこそ250年、というより600年以上も続いてきた日本の武家社会も、短期間のうちに消滅し、まったく新しい明治日本に再生することができたのだろうと思っている。

このような感覚は、フランスでも、ソ連でも、はたまた中国でも、どこでもあったに違いない。「もうそんなことを言える時代じゃない」という漠然とした意識は急速な社会的変化の背後で共有されていた感覚であったに違いない。

むしろこんな感覚を持つことができなければ、人類は生き延びることができなかったのかもしれない。

多分、世界共通の新型コロナウイルスというパンデミックの中で、何かが終焉を迎え、新しい状態へと移り行く感覚が、グローバル・スケールで共有されることだろう。

2020年8月1日土曜日

「景気の山」の認定は簡単至極なエクササイズだ

内閣府から直近の「景気の山」が2018年10月にあったことが認定された。

「戦後最長の景気拡大」とずっと言われてきたが、景気判断の基礎データとなる「景気動向指数」、特に累積DIをフォローしていれば、遅くとも2018年末にはピークアウトしていたことは実に単純明快であって、マクロ・エコノミストにとっては半ば周知の事実であった。

このシンプルな事実が「明らかなこと」として、周知されてこなかったのは、多分、マス・メディア業界だけ(?)である。その原因は、数字よりも政府がどう発言するかにより高い関心をもっていたからだと推測される。

そもそも景気判断は、何を観るかで違う。このところの新型コロナ感染拡大で何が問題か、人によって、見る指標によって違っているのと同じである。経営者が10人いれば、10人の景気判断があるものだ。政府のつくるデータは集計された平均的な数字である。当たり前である。

ところが当たり前の事実を示すデータがあるのに『政府は総合的な観点に立って経済の先行きをみています』と。そんな公式見解をそのまま伝えるばかりだった。「景気動向指数は総合的な観点から作成されている指標ではないんですか?」と、突っ込みをいれる記者がなぜ一人もいなかったのだろう。言葉が大事だと強調する割には、言葉を駆使して取材をしてこなかった。

真の問題は客観的データよりも言葉のやり取りが重要であると考えて報道してきた点にある。『言葉が大事なのです』というのは著述業の人間の作業目的なのであって、当事者向けのスローガンである。この点がまだ分かっていないのだろう。

***

しかし、まあ、ジャーナリズムというのはこんなものなのだろう。

いま天動説と地動説とが論争したとして、天動説を唱える学者が何百年ぶりかで現れたとする。

記者: 科学的には地動説が確立されているわけですが、敢えていま天動説が正しいと主張されるのは何故ですか?
学者: 月面に人間が着陸する時代になりましたが、地球は動いて見えましたか? 地球は一定不変の位置に止まっていて、月が動いているように見えませんでしたか?
記者: やはり地球は止まっていると、動いているのは太陽や月の方だと・・・
学者: 明らかな事実だと考えています。
記者: 中世ヨーロッパで激論になった天動説と地動説の対立ですが、どうやらまだ決着はついていないようです。どんな結論になるのでしょうか!?歴史的論争の行方が気になります。

こんな「報道」のあとに
政府高官は「地動説が唯一の真理であるとは言えない」、本日の記者会見でそう発言しました。
こんな話題をワイドショーで放送すれば、事の詳細を知らない世間では『理科の教科書に書いてあったことは間違いだったんだ』などと言って、大騒ぎをすることだろう。科学オンチからイデオロギー主導社会へはほんの一歩である。これが歴史上何度もあった文明の退化である。怖い、怖い……。

***

言い過ぎかもしれないが、小生が仕事の関係で同僚と話した内容など覚えていない。その8割くらいは不正確で下らない、責任などはとても負えないような「発言」だったと思う。それもお互い様のことだ。であっても、話し合いが役立つのは、それが頭脳を刺激し、アイデアにつながるからである。会議もそうだ。「…ではないか」、「…という側面もあると思う」といった意見の大半は、審議のメインストリームの中ではノイズのようなものであり、一々責任など負わされたらたまらないというものだ。一々責任などは負えないが、それでも遠慮せず言った方が役に立つ。だから喋るのだ。誰でも現実を思い起こせば、このくらいは当たり前のことだと思うだろう。

言葉のやり取りは、所詮そんな程度の重要性をもつのであって、圧倒的に重要なのは行動である。「言葉」より「行動」、「言葉」より「事実」、「言葉」より「実績」…こんな簡単なことは子供でもわかる当たり前のことだと思うが……

つまり、真の問題は、データの動きよりも言葉のやりとりに過剰な関心を寄せることだ。エビデンスを重視するビッグデータ時代とは逆行するような最近年の世相を象徴している。政府が公表してきた景気動向指数と「景気拡大が続いている」という公式発言とがずっと矛盾していた点を、とことん掘り下げて取材・考察しなかったことに、最近年のジャーナリズムの底浅さが表れている。幾らでも面白い事実が出てくる鉱脈だったろうにネエ、と。別に編集局のデスクではないが、他人のことながら勿体なかったと思う。

イヤハヤ、またまた、「ジャーナリズム批判」、というより「当世メディア批判」を書いてしまった。これまた「キラー・トピック」ということで。