2023年6月30日金曜日

徒然: 弟の退職で思い出すこと

いわき市在住の弟がこの6月15日で退職した。小生が北海道に移住した時点ではまだリンレイ秦野工場に勤務しながら独身生活をしていたが、間もなく同じ工場に勤めていた人と結婚して、秦野駅からほど近い所に新居を設け、新婚生活を送っていた。その後、定年まで暮らすいわき市に移るまでの間に、小生にとっては突然なことであったが、リンレイを辞めて長野県・大桑村に引っ越し、そこで林業に従事していた時期がある。

その頃は既に日記をつけていたから書棚から数冊のノートをとりだし、調査官が供述調書を吟味するように順にページをめくっていくと、

1996年8月13日(火)

溽暑。〇〇から来信。△△を退社して信州大桑村に本社をおく太田木材に転職する由。9月3日に転居するとの知らせあり。電話をしても留守。

・・・

数学の入試問題を作成し終わる。

1996年8月15日(木)

台風接近のため午後から強雨。郵便局により丸善から届いたW. Gorman "Separability and Aggregation"の代金を送金する。

明日からIARIW、LIS( Luxembourg Income Study)に出発する。

昨晩、〇〇と連絡がとれ安堵する。転職には賛成、激励する。転居して1、2日して着く頃合いを見計らって麦酒を送ろう。年末か年始に一度木曽路を訪ねるからと言い置く。

こんな記録がある。これを受けてか

1996年12月27日

妻籠の松代屋旅館に投宿。〇〇達は7時頃に合流。酒を飲み鯉料理に舌鼓を打つ。それにしても寒い。

1996年12月28日

須原の〇〇宅を訪れる。元民宿だけあって部屋がいくつもあり広い。

と記してある。寒い信州に転居した弟夫婦がよほど気になったからか、その年末にフェリー経由で車を走らせて行ったことを思い出す。

その後、

1997年2月13日(木)

昨日、信州から届いた蕎麦を、今晩、天麩羅とともに食す。〇〇に電話する。木曽谷は零下9度まで気温が下がるという。寒いという。しかし、こぶしの花が咲くのはこれからであり、林檎の花が咲き並ぶ頃は、文字通り、島崎藤村の世界だと話す。

1997年3月27日(木)

晩食に〇〇から届いた信州蕎麦を調理する。大根おろしを薬味にする。美味。

こんな風に続いている。ところが

1997年8月11日(月)

・・・〇〇が新しく移り住んだ福島も結構蒸し暑いそうである。

と書いてあるので、信州からいわき市に転居したのは、この年の3月末から8月までのことであったはずだ。然るに『ぼく福島へ移ろうと思うんだ』と言った風の連絡のあった事が何も書かれていない。

ちょうどその頃は、3月下旬にJICAの関係で南亮進先生や高山憲之先生と一緒にウズベキスタンを訪れていたので、ひょっとすると小生が不在の内にカミさんに電話があったかもしれず、実際この前後の日記はウ国訪問の準備や資料整理で一杯だ。残念ながら弟家族の福島転居は記録から漏れてしまったようである。この後、間もなくのことになるが

1997年9月12日(金)

昨朝のことだが、◎◎さんからカミさんに電話。暫く話をしていた。木曽から磐城に転居して大分落ち着きを取り戻し大いに安堵している様子との事。二人目の子ができたよし。

弟家族は、最初はいわき市勿来町にある化学メーカーが提供する社宅に入ったはずなのであるが、そこには馴染めずごく短期間のうちに勿来町内の白米林の中という所で売られていた一戸建てに引っ越していった。弟の連れ合いからカミさんに電話があったのは、新しい家に移った後であったかと思う。

その◎◎さんも2016年1月末に大動脈解離で亡くなってしまった。

妻籠にて 宿ともにせる  同朋 はらから の 
    妻にてありし  ひと ぞ懐かし

弟は、まだ同じ家で二人目に生まれた娘と暮らしている。上の息子はすでに結婚して茨城県の公立高校で音楽教師をしている。小生の亡くなった母が最後に暮らしたのは取手市戸頭にある住宅公団の団地であった。顔を見たことのない自分の孫が同じ県内の高校の音楽教師として生計を立てていることを知れば、音楽好きだった母も喜んでいるに違いない。


先日、弟に電話をかけて『今度、親父とお袋の墓に墓誌を新しく建てるから出来たら一緒に墓参りでもするかい?』と聞いてみると、まだそんな気になれない、一回リセットできるまでもう少し待ってくれるかという返事だった。

今は何してるときくと、資格試験をとるために勉強してるんだという。何の資格だときくと、火薬類取扱保安責任者の資格試験を受けたいのだと云う。これは(例えば野球でいえば)ストレートを要求したところ鋭いフォークボールが来たような感覚で当惑する気持ちを抑え難かったのだが、よ~く思い出してみると、小生も現役から非常勤に引退した当時、読みたくとも読めなかった本を心ゆくまで読めるようになったのが最も嬉しかったのだが、その中にモーリス・パンゲ『自死の日本史』があった。その頃、弟から偶々かかってきた電話があったとして『いまナ、自死の日本史って本を読んでてサ』などと語れば、電話の向こうは「これはいかに?」と不審な気持ちを抱いたかもしれない。

普段離れている人間どうしが、たまたま電話で話をする時には、いくら互いに分かりあっていると思われても、定型的で中身が詰まっていないことしか話ができないものである。

 



 




2023年6月28日水曜日

ホンノ一言: あってもいいが、レベル落ちたなあと感じる昨今のテレビ放送

コロナ自粛に賞味期限が来たと思ったら、いいタイミングで始まったロシア=ウクライナ戦争。そして現時点で<時の話題>になっているのは《市川猿之助一家心中事件》である。

何だか、人の死を話題にして《営業》している。セールストークをしている。

こんな理屈になるし、実際みているとそんな感覚を覚えるのだ、な。


好奇心から繰り広げられる《井戸端会議》は、心中という悲劇といっても所詮は他人事なのであるから、まあ興味本位でおしゃべりするとしても、そもそもレベルの低い人間の性、仕方がないではないかとも感じられる。しかしながら、要するに「井戸端会議」でしかないものをビジネスにして営業展開するというのはネエ……、ずっと昔、仮にも人の死が関連する話しであっても、そもそも下世話な話題が好きな人たちは、格好の週刊誌があったからカネを払って読み物を読んだものだ。話し半分、ウソ半分。気楽な読み物で憂さを晴らしたものでした。

ところが、今はチャンネルを合わせると、お上に認可された電波にのって、自然に放送が流れてくる。午前、午後、どの民間放送局のどのワイドショーも同じ話をやっている。

そして、元・芸人のMCが

ここでいったんコマーシャル

などと笑顔で司会をやっている。


そもそもお上に認可された公共の電波をこんな番組放送のために使うしか使い道を思いつかないのか、今のテレビ局は?そもそも、そんな疑問があります。


まあ、小生も<出歯ガメ的煩悩>にまみれている愚人である。だから、食事が不味くなるほどの不愉快を感じることはない。マイナスの評価点をつけようとは思わない。ない方がマシとは言わない。しかし、あった方がいいとも感じない。評価ゼロである。

その意味で

最近のテレビ、レベルが落ちたナア。落下速度、加速してるナア……

と。

ここで昔し話をしても埒もないが、お笑い番組、歌番組、スポーツ番組とドラマ番組。これに報道ニュースを加えて、テレビは戦後日本でなくてはならないメディアであった。テレビを視る人は心が癒された。下を向いた顔がまた前を向いた。それが他のメディアに対する競争優位を失って、その分ヒトが余っているのだろう。犯人捜しや暴露趣味などネガティブな感情を刺激するイエローな番組編集は余ったヒトの居場所である。仕事場である。みていると衰退産業に共通の「マンネリと劣化の感覚」が伝わって来て仕方がないのだ、な。

社会的価値の産出としては(あくまでも主観だが)作っても純利益ゼロ、なくしても純損失ゼロである。その裏面では、ヒトとカネをとられた投入先があって、社会はその分だけ利益機会を失っている。損をしているのである。マア、日本は今もなお超低金利。純利益ゼロ、純損失ゼロの似たようなビジネスは山のようにあるに違いない ― 客観的な社会的価値としてはであって、主観的価値ではない(念のため)。低生産性ビジネスに貴重な労働資源が吸い取られているわけだ。賃金が上がらないのは当然の帰結だ。日本もそろそろ発想を変えた方がイイ……

評価ゼロの番組作りはもう止めて、かつての名作再放送を増やすなどして、規模の縮小に舵を切るべき時だろう。社会全体としては人出不足が大問題なのだから、テレビ業界の低水準の番組作りに余ったヒトとカネを投入するのは非合理的である。長期デフレ下の《失業対策》としてみれば意味はある、が、経済の現状は変わった。こうしたビジネスの継続は望ましくない。まして電波許認可制の下で独占利潤が認められているが故の状態だ。公益への寄与が認められる内容ではないと思う。問題性がある。そう感じるのだ、な。

【加筆】2023-07-28

2023年6月27日火曜日

断想: 「合理性」、「合理的」では多くの人は共感はせず、行動もしない

 月参りをお願いしている住職が来て仏前で毎月恒例の読経をして帰った。

願我身浄如香炉 (がんがしんじょうにょこうろう)

願我心如智慧火 (がんがしんにょちえか)

念念焚焼戒定香 (ねんねんぼんじょうかいじょうこう)

供養十方三世仏 (くようじっぽうさんぜぶ)

住職が唱える「香偈」の声が耳に入り始めると小生は瞼を閉じて、よく言えば瞑想するのだが、凡愚な小生は目をつぶったまま色々な事を考えてしまう。


考えるというのは、西洋で言う「理性」が活動しているわけだが、この理性が納得できるのはおそらく(哲学が専門分野ではないが)「論理」のみである。そして、世間は何か問題があるたびに「合理性」や「合理的であること」を求めるのだが、それは理性が納得できるどうかであるようだ。

しかし、(ぶっちゃけ、というべきところだと思うが)人は理性で結論の良し悪しを判定するのではなく、その人のモラル感覚、道徳観、倫理観、言い方は様々だが、合理性とは別の価値観から判定するものである。

そして、現代日本社会(ばかりではないが)では定まったモラルが共有されていないところに《混乱》の源があるように見える(ことが増えている)。

***

例えば、世間を吃驚させた市川猿之助と彼の両親である段四郎夫妻の心中事件。猿之助一人のみ生き残って入院していたが、先ほど、母親の自殺ほう助罪の容疑で逮捕される方向になったとか。逮捕までしますかネエ……?

これに対して、某ワイドショーでは

「一家心中」という事件は、残念ながら時折起こってしまうのですが、そのとき生き残った人に対して「自殺ほう助罪」という罪を問うというのは、どのような法理によるのでしょうか?

とまあ、こんな趣旨の質問が元検察官であるゲスト・コメンテーターに問われたのだが、どうやらこの質問は元検事であるゲストのツボにハマったらしく、個人的な死生感も混じえながら、結構丁寧な回答を述べていたのが印象に残った。

小生:確かにサ……、生き残ったあとから警察がやってきてサ、あなた方ご家族が一家心中をしたことは状況から明らかですが、あなた一人生き残っていることは事実なんですヨ。あなた、ご家族の自殺をほう助しましたね。これは犯罪なんです。あなたを容疑者として逮捕しますって、これは僕の感覚には合わないナア。屁理屈だよ、これは。生き残った本人も一緒に死のうとしたわけだからネエ。状況を説明できるのは生き残った当人しかいないしネ、捜査不能だな。生き残った以上、そいつには「殺人罪」の可能性があるってか?いや、いや、醜い仕事さね。

カミさん:そもそも家族の自殺を止めるべきだったってことなんでしょ?

小生:家族が自殺しようというのを止めるべきであったのを止めなかった。だからあなた有罪ですという理屈ってあるか?止めるべきところを自分まで一緒に自殺しようとしたのは犯罪だと言うなら、自殺それ自体が「自殺罪」という犯罪になるロジックじゃないか。

カミさん:あたしに言っても仕方ないよ

まあ、こんなヤリトリをしたのだが、「自殺」それ自体が犯罪であれば、確かにそれを止めなかった家族も共犯、つまり同罪である。

ただ、日本には名誉を守るために自死を選ぶ権利を認めてきたという伝統がある。つまり武士の切腹である。

言い換えると、一人の、あるいは高々数人の命を超えてでも守るべき価値があるという哲学が日本にはあった — 高々数人が数十人、数百人に増えていくと、また違った感情が刺激されるのだが。このモラル感覚は、生命こそ最も尊ばれるべき価値であるという戦後日本の理念とは合致しない。この矛盾が色々な所で表れていると思っているし、三島由紀夫もそうであったし、谷崎潤一郎や川端康成が表現した美意識も戦後日本の理念とは相性が悪い。この辺についてはずっと前にも投稿したことがある。

***

もちろん法理と感情との矛盾が時代を超えて普遍的にあり得るものであることは森鴎外の『高瀬舟』を読めば直ちに分かる。だから今回の猿之助事件は戦後日本だから矛盾が表面化しているわけではない。この点は言っておくべきだ。とはいえ、(高瀬舟のように)安楽死にどう向き合うかという問題と、一家心中の核心に犯罪性を認めるという問題とは二つの別の問題だ。

一部の人は

自分の命は自分のものではない。社会に生かされている。だから自分で勝手に自死を選んではいけないのです。

そんな「哲学」を語る「有識者」がいるのだが、小生は100パーセント反対である。『あなたは社会に生かされている存在です』という哲学の一歩先には『あなたの命は社会のもの、故に社会はあなたの命を使うことが出来るのです』という戦前期・軍国主義と同じ思想が待っているのである。だから

自分の命をどうするか?それは天意と自分のみが決めうるものである。

こうでなければならないと考えている。軽々しく「社会」という単語を使うべきではない。

すぐに「社会」という言葉を使いたがる日本人の国民性と、一人の個人が社会とは独立に基本的に有している「人権」を軽視するという傾向とは、正に表裏一体である。小生はそう観ているのだ、な。

***

戦後日本より前の日本社会では、法理を一貫させる「法」に対して、個々の人間、それぞれの家族、親族が守るべき「モラル・道徳・倫理」が存在していると考えられていた。そしてそのモラルは、曖昧なものではなく、文語で書かれた日本の古典、能・狂言・歌舞伎、和歌・俳句などの芸術に反映されている日本人の美意識に、中国発祥の儒学の徳目、インド初の仏教経典による慈悲の心が重なって、全体として意識されていたもので、ある意味、日本人のモラル感覚は文章として継承されたものであった、と。そう思っているのだ、な。ちょうど西洋で育った人が自殺をどう考えるかという原点に、キリスト教の宗教感情があるのと同じ事情である。

法を一貫させた議論をすると、必ず

法律的にはどうなるのでしょう?

今の法律ではこういう結論にならざるを得ません。

と、こんなタイプの反応が余りに多く社会から出てくる。これは法理や論理というものが、日本人のモラル感覚に合致しないことが多いということを示唆している。

ところが、「モラル感覚」と言っても、現代日本社会にはモラルが有形物として、つまり誰もが知っている古典として継承されているわけではなく、むしろ伝統的な日本的モラル感覚、日本的死生観の継承が、太平洋戦争の敗戦の前後で切断されている。これが現代日本に特有の道徳的な不安定さをもたらしている。

ひょっとすると、韓国併合、朝鮮戦争を潜り抜けてきた韓国、北朝鮮も「負けた側」であることには変わりなく、その点は中国とは根本的に違っていて、日本の道徳的不安定に通じる側面をもっている……

こんな風に観ている。

【加筆修正】2023/10/20


2023年6月25日日曜日

断想: 日本人の国防意識は昔と今とであまり変わらない?

これも話題になった記憶があるのだが 

もう二度と戦争はあってほしくないというのがわれわれすべての願いですが、もし仮にそういう事態になったら、あなたは進んでわが国のために戦いますか

という質問に対する回答を国際比較した記事がある。今は閲覧できるのだが、雑誌記事(?)なのでそのうち削除されるかもしれない。一部を抜粋して引用させて頂こう。

要点は次の図に尽きている。



本文の解説はこんな視点から述べられている。

「はい」の比率が日本の場合、13.2%と、世界79カ国中、最低である。「いいえ」の比率は48.6%と6位である(「いいえ」の1位はマカオの59.0%)。

とりようによっては、<非常に情けない結果>が示されているが、引用元の評者は

 日本の場合は、敗戦国だという事情に加えて、日本国憲法が他国の憲法にない戦争放棄条項を有しており、憲法に対する遵法精神の上からは、この問は答えにくい内容をもっているといえる。日本は、「はい」が一番少ないだけでなく、「わからない」が38.1%と世界で最も大きい値を示していることからもそれがうかがわれよう。

第2次世界大戦の敗戦国、および戦争放棄条項をもつ憲法を有する国ということから、こうした回答結果となっているのであって、日本の若者が軟弱になっているからといった素朴な見方はあてはまらないことが、こうした国際比較から分かる。日本だけの調査結果であったら、「はい」と答えた者の少なさの理由として、日教組の影響、若者の軟弱さ、愛国心の欠如などが挙げられた場合、そうかもしれないと誰もが思ったであろう。

こうも記しており、良い点を突いていると思う。

これを見て思い出したのは、明治以前の武家社会・日本における武士人口の割合である。非常に便利なデータサイト『社会実情データ図録』には明治初年に士族他が占めていた人口割合が紹介されていて、それによると士族が3.64%、卒族2.76%となっている。合計では6.4%である。「卒族」とは士分格から外れる軽輩武士のことでいわゆる「足軽」、「同心」が含まれる。当時の日本には徳川幕府成立を機に武士身分から外れた郷士、農民も多くいたことを考慮すれば、全人口の1割程度が広義の武士、即ち「戦闘員集団」であったと記憶してきた。

明治維新に至るまでに日本全土で燃え盛ったのは尊皇攘夷であったが、「攘夷」というのは武力による外国人排除である。多分、1割程度の日本人は過激尊攘派として、武闘派活動に参加する意志を持っていたという粗々の憶測が成り立つかもしれず、この数値は現時点で「国が危機に陥れば戦う」という明確な意思を示している日本人の割合に近いものがある。この二つの割合が近いのは、偶然ではないかもしれず、日本が歴史的に継承してきた社会がそうなっているのだと受け取ったほうが良いような気もするのだ、な。

現時点で「分からない」と回答する日本人は海外と比較して多いが、言い換えると「その時にならないと分からない」という意味だろう。

極めて大雑把にまとめてしまうと、大体3分の1程度の日本人は、国が危機に陥れば戦うという意志を曲がりなりにも持っている、そう思ってよいのではないだろうか?そして、それで十分な割合ではないかと思う。

現代の戦争技術を考えると、「徴兵」が再開されるなどは極めて可能性が低いと思っているが、万が一再開されるにしても動員率はせいぜいが数パーセント程度で、10%に達する事態は考えられない ― 実際、日清戦争の動員率は6%で、日中戦争が始まる前の1935年まで2割を超えることはなかった。総力戦を展開した第一次大戦時のドイツ、フランスでさえ動員率は6割程度で、世間はこれを「根こそぎ動員」と呼んでいた。

2018年時点の日本には20代から30代の成人男性が概ね1300万人程度いる。1300万人程度を動員対象として動員率を5%とすれば陸海空併せて大体65万人の兵力になる。大陸を侵略できる兵数ではないが、島国日本を守るなら十分な規模ではないだろうか?<動員率5%>であれば、危機が到来した時にも志願制で対応可能であることを上のデータは示している。ちなみに現在の自衛隊の兵数は定員ベースで24.5万人位だが欠員が1割程度だからこの9掛けという規模だ。

つまり、平和時の現在時点において、既に戦う意志を示している階層が10%もあるなら十分ではないか、と。小生にはそう感じられるのだ、な。そして、自らの意志で戦う人間集団が全日本人の1割程度存在するという情況は、「武士の時代」が終わった頃と現代とで、実はあまり変わっていない……そんな気にもなってしまうのだ、な。

日本はもはや武士の国ではない。武断主義を採っているわけでもなく、憲法では戦争を放棄している。しかし、数字を見る限りは<平和ボケ>しているとは思えない数字である、と。安心方々、そう思いますがネエ……

あとは、「いざ」という緊急時において積極的に行動しようとする意志をもつ人々に対して、平常時にどの程度のトレーニング機会を提供するか?この一点だと思われる。それから、「戦う」として戦うカネがあるのか?増税ですか?またまた国債増発ですか?日露戦争のときのように外国からカネを借りて戦うと後が大変ですゼ。結局、戦うために必要な資源は、現代日本においても、ヒトよりはカネである。そう思われてなりませぬ。


逆に、日本で「戦う意志はない」と回答しているのは49%と概ね半数である。これは多すぎるのだろうか?半分程度は「戦いたくない」と応える雰囲気、これは小生が職場や友人たちと過ごしてきた現代日本の世相と大体一致している感じがするのだが、思い返すに決して軽佻浮薄で軟弱な人たちではなかった。ドイツでは「戦わない」と回答したのが41%と日本よりは少ないが、案外多いナアと感じる人もいるだろう。アメリカでも39%の人が「戦わない」と回答しているが、予想よりは多いと感じる人もいるかもしれない。

【加筆】2023-06-25


2023年6月21日水曜日

前稿の敷衍: 言葉の違いは何の違いか?年齢による違いは良い社会の現れかも

前稿では「日本語の乱れ」から「若者言葉」、「現代日本語?」へと、思いつくことを書いた。

今日はその敷衍、というか補足ということで。


現代日本では世代ごとの言葉の違いが際立っていて、おっさんとZ世代ではまともな会話すら困難だと言われたりしている。

つまり、年齢による《クラス境界》が日本では非常に目立っているということだ。


一般に、社会は幾つかの部分社会、クラスやサブクラスで部分集団が形成され、異集団との交際を避けたり、集団内での婚姻率が相対的に高かったり、あるいは集団内でのみ使われるローカルなスラングなり、慣用的な言葉の違いが発生したりするものだ。現代のフランス語やイタリア語、スペイン語も元々は古代ローマ帝国の公用語であったラテン語から生まれてきた方言である。現代イギリスのロンドン下町で使われる英語をネット上の動画で時に聴くことが出来る時代になったが、BBCの英語に慣れた耳にはサッパリ入ってこない(はずだ)。

同じ母語でも言葉の違いは世界のどこにでもある。その違いは、人々が属するクラスの違い、つまり《クラス境界》の存在から生まれていることが多い。


クラス境界として最も典型的なものは地理的な境界である。特に、封建制度下で分国ごと、領国ごとに、ほぼ完全に閉鎖的な空間に分かれて人々が暮らしていれば、地方ごとの方言に大きな違いが生まれるのは当たり前である。明治初期において、日本語の違いは世代ごとではなく、出身地ごとの違いが最も大きかったのは極めて自然な結果だ。

江戸時代に使われていた日本語の違いは、地域に加えてもう一つの要素があった。それは身分による言葉の違いだ。福沢諭吉の『旧藩情』を読んでいると、こんな下りもある。フリガナもあるのでそのままコピー・ペーストしよう:

これをがいするに、上士の風は正雅せいがにして迂闊うかつ、下士の風は俚賤りせんにして活溌かっぱつなる者というべし。その風俗をことにするの証は、言語のなまりまでも相同じからざるものあり。今、旧中津藩地士農商の言語なまりの一、二を示すこと左のごとし。

        上士     下士      商       農
見て呉れよと みちくれい  みちくりい  みてくりい   みちぇくりい
いうことを
行けよという いきなさい  いきなはい  下士に同じ   下士に同じ
ことを           又いきない          又いきなはりい
如何いかがせんかと どをしよをか どをしゆうか どげいしゆうか 商に同じ
いうことを                又どをしゆうか

 このほか、筆にもしるしがたき語風の異同は枚挙まいきょいとまあらず。故に隔壁かくへきにても人の対話を聞けば、その上士たり、下士たり、商たり、農たるの区別はあきらかに知るべし。(風俗を異にす)

このように江戸・旧幕時代には、地域と身分がクロスした2次元で多種多様な日本語があったわけだ。勿論、例えば大ヒットした滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』や十返舎一九の『東海道中膝栗毛』を何歳のときに読んだかで、記憶の違いはあるわけで、年齢による話題の違い、言葉の違いはそれなりにあったろうと思われる。が、現代日本社会のようにシニア層とジュニア層で言葉が違うという感覚はそれほどは意識されていなかったのではないだろうか?世代の違いより、出身地の違い、身分による言葉の違いが遥かに大きかったに違いない。

なお、違いというのは「口語」の違いで、文章を書く時の文語は日本共通であった(と言えるはずだ)。能・狂言の台本は原本が一つだけ。上にいう戯作本、滑稽本も日本全国同じだ。「言文一致」というのは共通の言葉である文語を解体する作業でもあったわけで、この辺の話題はまた別の時に何か覚え書きするかもしれない。


現代日本社会には、もはや家柄・血統に基づく身分の違いはない。格差と言えば「経済格差」を指すときがほとんどだ。またTVの発達したいま、日本のどこに行っても「よそ者」、「お客さん」と話すときには標準語で会話するようになった。小生とカミさんは育った愛媛・松山の言葉で話しているが外に出れば標準語だ。だから、現代日本人に残る固いクラス境界は年齢層、つまり「世代」くらいしかない。そしてその原因は、これまた明らかで、年齢による学年進行型の学校制度が主因だろうと思っている。

戦前日本にも年齢進行的な要素はあった。学齢と云うものが既にあった。が、戦後日本になってからは、学校にあっては学年進行、会社・役所にあっては新卒採用・年功序列による年齢区分が非常に厳格に守られるようになった。『同じ年齢層=同じ釜の飯を食う』という感覚だ。同じ年齢層=同じ社会的ポジション、年齢差があれば生活空間も違う、そんな社会システムだ。つまり、「▲▲世代」などという表現があるのは「年齢輪切りシステム」の為せる結果である。地域と身分でクラス分けされていた江戸時代の日本人には「〇〇世代」という言葉は生まれようもなかった(はずだ)。「〇〇世代」が社会的なクラスとしてあるなら、その世代特有のスラングが発生するのは自然な事だ。

もしも年齢輪切り型ではなく、(例えば)全国民に配布する「教育クーポン」によって一定年数だけ無償で学校教育を受ける権利が与えられる方式であれば、学校の1クラスには様々の年齢の生徒が混在するであろう。なので、今のように年齢によるクラス境界が生まれる素地は弱まる理屈だ ― これは別の話題なので深入りはしないが、この「教育クーポン」(無料かもしれず、あるいは教育段階によっては有料でもよい)と「卒業検定テスト」(学制で設ける学校段階ごとの)の組み合わせは、今の時代状況には相性が最もよいと信じている。が、これは別の機会で。


マ、何にせよ、会話を聞いているだけで隣室にどんな客がいるのかが大体わかるような社会は、多くの日本人にとってあまり暮らしやすい社会とは言えないような気がする……とはいえ、年齢でなければ、所得階層、職業、出自、人種など様々な要因から人は他と違ったローカルな言葉使いをしたがるものである。その原点にあるのは、当然ながら、男女間の言葉の違いである。なので、言葉の違いが100パーセント解消するという情況は来ないだろうし、また望むべきでもないと感じる ― 人は色々ではあろうが。

【加筆】2023-06-22

2023年6月19日月曜日

ホンノ一言: 言葉も「食材」と同じ。好まれるか、拒否されるか。他の意味はない。

ネットを視ていると、色々な日本語に出くわす。

良識ある「識者」は「言葉の乱れ」を嘆くようなのだが、日本語の文章はそもそも明治時代に一新されてしまったし、言文一致の度合いも加速しているのが現状だ。

学生のレポートなら、思わずプッと噴き出すところかナアと思ったのは、出所は敢えて示さなくともよいと思うのだが、Yahooにあった次のヘッドラインだ。

大河『家康』2代将軍・秀忠の母、お愛の方の実像 美貌が家康の目にとまった!? 20代後半で死亡

Yahoo!Japanは、昔でいえば「スポーツ紙」か「芸能誌」の役割を果たしているメディアだが、ヘッドラインもその昔の電車・吊り広告と大体同じであるのが、面白い。世代は変われど日本人は日本語を使っているのがアリアリと分かる。

ただ、「死亡」ってのはないでしょう、と。そう感じました。「感じた」ということであって、「ダメ出し」というわけではない。言葉は移り変わるものである。小生の世代なら、必ず「死去」か「他界」と書くはずだ。交通事故の被害者じゃあるまいし「死亡」とは言わんでしょう、と。

いっそのこと、完全なる言文一致体で書けば良かったかもしれない。『20くらいで死んだ』とか……。

* 

ずっと以前、某私立大学で現代経済理論を非常勤で担当していたことがある。公務員試験準備で人気のあった分厚い本を教科書にしたのだが、定期試験は記述式で回答する問題にしていた。ある年、

消費者の最適化行動について述べよ

という問題を出したことがある。数百名の答案を読んでいると、中には

消費者は、いろんな財貨サービスの値段をみながらお金の使い方を決めてるけど、消費支出の最適化はその商品の限界効用と価格が比例していることがいちばん大事な点です……

今でも覚えている。実に「達意の文章」になっていた。いや、いや、面白かったナア……。上の答案はロジックが正しいので「優」の評価をしたはずだ。

この感覚で、最初に引用したヘッドラインを書き直すとすれば、どうなるだろう?ネットで「現代日本語」を参照したのだが、例えば

2代将軍・秀忠のお母様「お愛の方」のキャラクター? あの家康が一目ぼれしたぐうかわでし、まだ20代でおなくなり  °(°`ω´ °)°

若い人なら正に現役、もっといい文案が浮かぶはずだ。

マイケル・クライトンの『ジュラシックパーク』を読んでからシェークスピアを読むと、同じ英語でも「これが同じ英語か」という程の違いを感じる。

日本語も同じだ。いま『源氏物語』を原文で読んで分かる日本人はほとんどいない(はずだ)。谷崎潤一郎の現代語訳ですら難しい。現代文に近い森鴎外の名作『渋江抽斎』も脚注抜きで読める人は少ないだろう。

何年かたった暁には、いまネットを埋め尽くしている言文一致体の日本語の文章も『分かることは分かるけど、こんな言い方しないよね』と、古めかしさが話題になるに違いない。

言葉の表現で新しさを求めたりする趣味は、その価値判断も含めて、その時限りの一過性、文字通り「一期一会」の意味合いしかないものだ。未来とは切り離された今限りの事だ。

反対に、何語で書いてもピタゴラスの定理はピタゴラスの定理だ。文語で読んでも、口語で読んでも、『新約聖書』は同じことを書いている。

2023年6月17日土曜日

ホンノ一言:発砲事件、乱射事件、いじめ事件の根底に「幼稚化」がある?

世間では自衛官候補生の実射訓練中に起きた傷ましい殺傷事件で持ちきりだ。国防を担う組織の教育現場で起きたこの事件をどう受け止めればよいのか、正体の知れない漠然とした不安を感じる日本人は案外多いのかもしれない。『味方が信じられない、いきなり発砲してくるかもしれない、どんな逆恨みをされているかもしれない、敵よりは味方が怖い……』と、こんな心理を抱きながら軍務を全うできるはずがない。

自衛隊も軍隊である ― この当たり前の事実ですら正直に認めるジャーナリストが何と少ない事だろう。であれば、個々人の主体性は認められるはずはないのであって、武装した自衛官は例外なく命令に従わなければならない。というより、自衛隊に勤務する自衛官が<主体的に>行動できる自由をもっているなどと考えれば、それはもう「文民統制」ではない。

しかし、この「命令には絶対服従」という組織原理と、現代日本社会で行われている教育一般の場の基本方針とは、いま根本的に矛盾しつつある。そう感じるのだ、な。

ただ、一般社会と軍を隔てるこの溝の深さは、先進的な民主主義国ではどこも同じような状況ではないだろうか?そんな憶測もできるのであって、韓国辺りは兵役の義務を果たすために入隊してくる若者世代にどう接するかで軍当局は結構苦心していると伝えられている。

韓国は、膨大な人数の若者世代ほぼ全員に対して、とにかく曲がりなりにも「軍事教練」を施すわけだから、逆の意味で現代社会の若者にどう向き合えばよいのかが上層部にも分かっているのかもしれない。

戦前期の日本でも同じような悩みがあったかもしれない。即ち、明治時代に日清戦争、日露戦争と二度の戦争を行った後、1900年代から1920年代まで日本は(小規模の軍事行動はあったにせよ)相対的に平和な安定期を謳歌した。いわゆる「大正デモクラシー」と「都市文明」の発展で、究極の肉体労働者である軍人の肩身は狭くなり、洗練されたビジネスにつく都会人の羽振りがよくなった。

こうした「風潮」に軍当局は危機感を募らせたのであろう。大正14年(1925年)、普通選挙が導入され、同時に治安維持法が施行されたのと同じ年に、全国の官立(=国立)、公立中学校以上の学校で「軍事教練(学校教練)」が授業となり、現役の陸軍将校が全国の学校に配属されることになった。亡くなった父はこの軍事教練を受けた世代である。年の離れた叔父の中には戦後教育を受けこの軍事教練の事を知らない人もいた。そんな若い叔父は小生と似たような感性をもっていたものだ。

今の日本でこんな授業が開設されるはずもないが、約20年間という長い期間、軍事教練という授業のために日本全国で投入された時間と経験は、善いにせよ、悪いにせよ、無視しえない効果や影響を日本人全体にもたらしていたはずである。

もちろん、こんな議論は現代日本においては、何の意味もない。

少し前の投稿ではブログ内検索をかける面白さについて書き記した。今度は<幼稚化>をキーワードにして検索してみると、これまた「こんなに投稿していたのか」と驚くほどの量がかかってくる。結果のURLをここに残しておこう。

たとえば

茨木市消防署で起きた消防士同士の「いじめ」事件がまたワイドショーをにぎわせている。この種の話題はテレビ局の大好物である。これからどんな展開を見せるか分からないが、加害者である上司3名は既に懲戒解雇されたようである。被害者の20代の消防士がこれからどんな職業生活を送ることになるかはまったく想像がつかない。

30代から40台にかけての中堅が若手を「鍛える」と称して、実質的には「いじめ」を繰り返していたとなると、先日神戸市内の某小学校内で起きた教師同士の「いじめ」事件を思い出す。こちらもまた加害者が「じゃれあった」と語っているそうだから、今回の消防士同士の「いじめ」事件と共通した側面をもっているようである。

「ああ、こんな事件もありましたネエ」というところか。この後にはこんな文章を書いている:

前にも書いたのだが、小生が大学に戻った平成初めの時代に比べると、この20余年間で大学生の幼稚化はものすごい程のスピードで進んだ。その幼稚化の進行が逆転したとか、進行が緩やかになったということは聞いていないので、今もなお大学生の幼稚化は進行中なのだと憶測する ― もちろん急増しつつある留学生は除いた話である。キャンパス全体の雰囲気とは別であることを付言しておく。

どう「幼稚化」しているのかと聞かれると困る。実地に体験するのが一番だが、多分、ほとんどの人はビジネスマンとして若手同僚とコミュニケーションをとったり、あるいはアルバイトに採用した若者と話し合ったりしているに違いない。同様の感想をもっている人は、40代、50代のかなりの割合を占めるのではないかと、小生、想像しているのである。

やはり現在の20台は20年まえの10代、現在の30代は昔の20代である。いまの大学生は昔の高校生か中学生、そろそろ中堅のはずの30代は昔の20代ルーキーに近い雰囲気を漂わしている。マ、あくまで小生の主観ではあるが……。

 実は、小生のカミさんも30年来のママ友たちと

今の30代ってサア、何だか私たちの20代と同じ感覚だよネエ

と、まったく同じ話をしているというから、結構、共通の認識なのだと思われる。もちろん、上の世代からそう思われていることが下の世代に分かっているかと言えば、それは分かっているとは思えない。というより、心の中身なんて見せてあげられる道理がないわけだ。

若いうちには分からないことが齢を経るとともに分かって来るのが人生というものサネ

そういうことだ。

小生の経験を振り返ってみても、一般に、大都市圏で育った友人は田舎出身の友人よりは、対人関係が上手で、社交的かつ円満である。より多数の、色々なタイプの他人と触れ合う日常の中で、世間を生きていくのに不可欠の感覚が磨かれるのだと思っている。どんな不器用な田舎の少年であっても、社会に出て、仕事をして生きていくうちに、ほぼ全員が「円く」なっていくのは、他人と触れ合う中で鍛えられるからに他ならない。

もちろん他人と触れ合う中で円くなっていくプロセスが、自分自身の志を失うプロセスであってはならないわけで、この辺のバランスを修得することが、即ち《人間的な成長》という言葉で表されることである。

ま、こんなことは書き記すまでもなく、ある時代までの日本人なら当たり前の事だった(はずだ)。

福沢諭吉は、社会の中の障壁が取り除かれ、人間同士の交易が広がることによって、社交が生じ、そうすると自然に知性が磨かれ、人格も鍛えられ、個々人が啓蒙される。それが《文明》なのだと『文明論の概略』の中で書いている。

東南アジアやアフリカの密林の奥で、部族の中の生活のみを経験して成長しても、広い世界で生きる様々の人間たちとコミュニケーションをしながら、社交を行い、その中で他人の協力を得て自らの志を実現するという、そんな文明的な人生を送るのには困難を覚えるだろう。

教育とは<人づくり>である。尊皇攘夷に燃える青年にいくら開国を説いても相手は殺意を高めるばかりである。何かを理解してほしい時には適切な方法論が要る。

あるコメンテーターがTV画面の中で

弾倉を<勝手に>装填したことで<叱責>されたのに対して、理不尽だという怒りがこみ上げたのかもしれない。あるいは、何か理不尽や非条理を訓練中に感じた瞬間があったのかもしれず、それに対する怒りが鬱積していたのかもしれない。

おそらく何の根拠もなく、勝手に想像で話していたのだろうが、想像にしては何だか分かるところがある。

若者は自分が感じる怒りは正当なものだと信じる傾向がある。要するに《純粋》なのだ。打算のない純粋の感情は若者特有で美しいものである。

残念なことは、純粋であることが往々にして未成熟と裏腹になっていることだ。「成熟する」というのは、自分の怒りが、多くの場合、自らの理解力が不足していることから生まれるものだと知ることである。

成熟は、即ち老成である。一般に、老人は自らの怒りに任せて行動することは減る。別に自信を失っているのではない。自分自身の知識や考察の正当さを疑うのである。自己の成長は自己への懐疑によって得られる。懐疑は自省と同じだ。自己に対する肯定と否定の間で迷うことが必要なのだ。こんな当たり前の常識は、例えば吉川英治の大衆小説『宮本武蔵』を読んだ人なら誰でもピンと来るはずだ。

疑いを持たない自己は自省なきが故に必ず幼稚なのである

だからこそ、他人によって自分がいじられるという経験は、幼少期に済ませておくのが成長にとって大事だ。優しい大人たちが見守っているだけではダメである。

よく思うのは、令和の18歳は昭和の12歳(小学6年生~中学1年生)とほぼ同じ成熟度ではないかということだ。知識や学力、スキルではない。人格の形成という次元である。またこれはトップ対トップの比較ではない。マス対マスの比較だ。この点はもう多くの人が近年痛いほど感じていて、もう社会としても認めるしかないのではないかと思うのだ。そう前提して、法制、教育、指導などの問題に取り組むべきではないだろうか。

少年であった日々、中学1年で『風と共に去りぬ』や『嵐が丘』に読み耽っていた一歳年上の女子が持っていた感性は、たとえ同じ作品を読む少年少女がいまいて、外見的にはどこか昔を思い出させる印象を覚えるとしても、今の子にはどこか(小生にとっては不可思議な)幼さが残っている(と言うべきか)。

ともかくもずっと昔は『人間50年』、15歳で元服し戦場で命のやりとりをして、30を過ぎれば一族の家督を譲られて当たり前。女性は15歳にもなれば結婚相手を探して最初の子は20歳前に産む。こんな時代であったのだ。人間一人が全人生を通して到達可能な人格的レベルは今と昔でそれほど変わらないとすれば人間的成熟の速度がスローペースになっても当然だろう。


自衛官を志す動機が純粋であったにもかかわらず、当事者の理解力の水準を的確に察することなく、怒りの感情を醸し鬱積させ暴発するに任せたとすれば(いま日本国内の組織内には共通する悩みになりつつあるが)、撃った側、撃たれた側、双方の側において「人材の浪費」というには余りに惜しい事件だ。ただそれだけである。

今日はこの辺で一つ話しがまとまったということで。

2023年6月15日木曜日

ホンノ一言: シャワーが熱すぎると言って騒ぎたてる愚をしていないなら幸いだ

米連邦公開市場委員会(FOMC)は13、14日に開催した定例会合で、主要政策金利を据え置くことを決定。過去1年余り続けてきた利上げをいったん停止することになった……経済面ではこんな報道で持ちきりだ。

と同時に、昨日のNY市場株価が下落した要因として、今朝の日経では

米連邦準備理事会(FRB)は同日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で2023年中に残り2回と市場予想を上回る追加利上げを示唆した。金融引き締めに積極的な「タカ派」姿勢を強めたと受け止められ、金利上昇と景気悪化懸念を誘った。

こんな説明もされているから、FRBはどちらを向いているのかよく分からないという印象もある。

『何を考えているのかを適度にボヤかしておく』というのは、《マエストロ》として一世を風靡したアラン・グリーンスパンが行った市場とのコミュニケーションを思い起こさせるところがあるが、データを虚心に見る限り、いま足元の実勢からこの先の金利引き上げがあると匂わせるのは、適切なのかどうか疑問である。寧ろ、データを虚心に見ているのかどうか、頑固な信念にとらわれていないかどうか、不安になってくる。

まず消費者物価指数 ― 米FRBが愛用しているコア・インフレ率ではなく、コア・コア・インフレ率でもない ― をどう見るかだが、当局のように前年比でみるか、Krugmanご愛用の最近半年間のインフレ率(年率)でみるか、あるいは瞬間風速として前月比(年率)でみるかで、足元のインフレ率の見方は変わって来る。

最新データを受けてこんなグラフを描いてみた:



このところの投稿でよく使っている図で、対前月インフレ率の年率値である。太線は原系列をSTLによって成分分解して得られる基調値(=Trend+Cyclical成分)だ。図で明らかなように直近の5月時点で基調値は2パーセントを僅かだが下回っている。数値を示すと

date    val    season_adjust    trend
<mth>    <dbl>    <dbl>    <dbl>
2023 1    6.38    6.29    3.32
2023 2    4.53    4.36    2.96
2023 3    0.64    0.38    2.59
2023 4    4.50    3.41    2.23
2023 5    1.50    1.55    1.87

こうなっている。コラム"val"が原系列。"season_adjust"は季節調整値、"trend"が基調値である。5月の物価上昇は年率でみて、既に原系列でも、季節調整値でも、基調値でも2パーセントを下回っている。

こんな計算は、実に簡単な統計分析であるから、FRB内の検討の場で当然のこと、資料として提供されているに違いない。

参考資料ということなら、


上図は、前年比インフレ率(infl_1)、前月比インフレ率(年率)(infl_2)、対6か月前インフレ率(年率)(infl_3)、対四半期前インフレ率(年率)(infl_4)という風に、時間軸に沿って複数のインフレ指標を比較したものだ。

図をみると、足元のインフレ率を前年比で見ると過大評価につながることが示唆される。インフレ動向を判断するなら、当然、複数のインフレ指標の中にこの種のグラフも提供されている(はずである)。作業的には実に簡単に作成できるのだから。


以上のグラフ、数値をみて、『インフレの動向にはなお警戒するべきです』と<現状判断>をするのは、風速が次第に落ち着いてきて毎秒2メートルにまで低下したにもかかわらず、『この24時間の平均風速は10メートルに達していましたから、まだ警戒が必要です』と、拍子外れの警報を出す無能な予報官と同じに見えてしまう。いま専門家がやるべき作業は、足元のデータに基づいて、今後3か月ないし半年の将来予測値を計算することである。

財貨サービスの価格、労働市場で決まる賃金、市場金利等々は、全て相互依存しながら決まるものである。この決定メカニズムは多変量のダイナミック・モデルになる。が、同時決定モデルが信頼できるなら、個別の一変量が示す変動パターンは一変量の時系列モデルで記述可能である、というのは計量経済学畑では常識になっている(はずだ)。

将来予測の計算は現在利用可能なソフトウェアを前提すれば極めて簡単に済む。が、わざわざ本投稿に含める必要もない。原系列の動きをみれば、予測値の動きの概略は明らかである。この将来予測値も、FRB内部の検討の場には提供されているはずだ。

にも拘わらず、今後将来のインフレを警戒して、なお2回の利上げを予定していることを示唆するというのは、いったい何を根拠としているのだろう?

その根拠は、消費者物価の動き自体ではなく、別の外生的な側面に理由があるという理屈になる。
シャワーが熱すぎると言ってレバーを回して温度を下げ、まだ熱すぎると言って、レバーを回して温度を下げ、次第に湯の温度が下がり、今度は水になったと言って、レバーを逆に回して温度を上げ、まだ冷たいと言ってレバーを回して温度を上げると、湯が出てくる。ところが今度はまた熱すぎると言って……
こんな愚かさを演じつつあるのでなければ幸いだ。

既に住宅価格の指標であるCase-Shiller指数はデフレ寸前の前年比になっている。


インフレ警戒もイイが、結構、瀬戸際である。



2023年6月12日月曜日

断想: <DV>という問題に関する考察ログ?

時々、思いつく語句をキーワードにしてブログ内検索をかけるのは楽しい。ブログとは"Web Log”、つまり「ウェブログ」の事で、これを省略して「ブログ」という新語を造ったわけだ。だからブログとは、航海日誌であるし、人生航路でもあり、思考の記録である。ブログを読み返すのは、何年か前に訪れた海浜や山村の風景を思い出すことにも似ていて、あらゆる思い出がそうであるように懐かしいものである。

今日、<DV>で検索をかけてみた。結果のリンクを残しておこう。

多数の投稿が出てくるが、一つ一つはほとんど脈絡なく投稿していたはずである。ところが、検索結果から引用、列挙してみると、一連の感想が浮かび上がってくるのは自分でも意外に感じるものだ。

女性を家庭に閉じ込めようとも、社会で活躍してもらおうとも、一定の頻度と割合でセクシャル・ハラスメントは発生する。与えられた国の社会的リアリティの結果としてハラスメントやイジメは理解するべきなのだ。もしもそうならそのような社会的メカニズムは何から生じるのか? 家族構造、家族道徳に由来するものか、生活水準によるものか、道徳の欠如によるものか、日本人のそんな意識構造の分析的研究が何よりも必要とされている。そう思うのだ、な(仮説にたった議論ではあるけれど)。

そんな研究の一連の成果の中から、「セクシャル・ハラスメント」ばかりではなく、学校という場のイジメ、職場におけるイジメについても、もっと軽微な程度の嫌がらせについても、全体的な解消、というよりは減少への方向が見えてくるに違いない。

DVとは(勿論)"Domestic Violence"のことだ。一般に、Offence vs Defence、つまり他者を攻撃する"Violent"である側に対して相手が対抗して防御の行動に出た所で、状態は対立状態となるが、そんな出来事は泡沫のように毎日発生するものだ。低気圧が発達して台風になるように、その対立状態が拡大、成長すると

Conflict(対立) → Struggle(小競り合い) → Fight(喧嘩) → Battle(戦) → War(戦争) → World War(世界大戦)

何かの専門書をみたわけではないが、マア、こんな段階を辿って「戦争」に至ることもあるわけだ。 もちろん低気圧が台風にまで発達するためには、海水温や水蒸気のようなエネルギー源が不可欠なように、日常的小競り合いが世界大戦にまで発達するには、戦争にまで発達させる大きなエネルギーが不可欠だ。

防止のための法制化、処罰などはまず基本的かつ科学的知識の蓄積があってこそ効果を期待できるものだ。それまでは、むしろ嫌がらせや喧嘩の類は当事者の面々の和解(あるいは敵対関係の持続)に任せて周囲(=社会)としては放っておくのがベストであるという、そんな伝統的解決法にもまた耳を傾ける余地はあるというものだ。

夫婦喧嘩は犬も食わない・・・イヤ、イヤ、これまたハラスメントを増殖させる傍観者的態度というものか。まあ、現代社会の頭に血がのぼった面々はそう言うかもしれないが、何百年も継承された格言というのは経験的知見のかたまりでもあるのだ。

こんな風に結論づけているが、これは2018年4月の時点で考えていたことである。前に投稿したことがあるが、日本古来の理由の如何を問わない《喧嘩両成敗》は、粗雑ではあるが、広域的な平和を維持するうえでは、有効なルールであったに違いない。この「喧嘩両成敗」で検索をかけると、意外やロシア=ウクライナ戦争とは別の投稿もかかってくるから面白い。

 そうかと思うと、「DV」でこんな事も書いている。

小生は、ズバリ、親族が親族を扶養する。それを最優先で考える。この考え方には心から大賛成である。なぜなら、親族が団結し、経済的な問題はまず家族で、それから親族間で、相互協力すれば、まず最初に雇用保険は不必要になろう。なくしてもよい。国家直営の公的年金制度も要らない。なくしてもよい。医療保険も、国は自賠責ならず最低保障医療保険を制度化しておけばよいであろう。あとは自分たちでやるほうが余程賢い金の使い方ができるというものだ。故に、現行の保険制度はなくしてもよい。そうすれば現在の財政赤字もあっという間に解決されてしまうだろう。これのどこが悪いのか?政府は、親族中心・親族優先の社会を再構築してほしいものだ。そして負担の少ない、自由の多い社会を作ってほしいものだ。そのとき、各自に責任が生じ、責任を感じるとき、人は自然に成長するものだと思う。生まれてきた以上は、そんな人生をおくりたいものだなあ。

要りもしないのに、社会保障は必要だからと戦前期の政府が言い募って、その実は<財源拡大>が主目的であった。これほどの長寿社会になると分かっていれば、昭和48年の「福祉元年」も絶対になかったであろう。だから、報道されたように「親族が親族の面倒をみてほしい」と国自らが言い出したのは「国も肝心なところが分かってきたではないか」と、この点だけは心から大賛成なのである。

ただ、一方で親族の扶養責任を問いながら、同じ政府が社会保障の維持運営に必要ですからと<消費税率の大幅引き上げ>を提案しているのは、これ以上に無遠慮・無作法・無責任なやり方はないかもしれない。まあ、<三無主義>政党政権であれば、不思議ではないが。

これを見ると、小生は相当のへそ曲がりでありながら、正真正銘の自由主義者であることだけは一貫しているようで、だからコロンビアの航空機事故で遭難した4人の子供達がジャングルで自活して生き延び、今回、40余日ぶりで救出されたという報道を聞くと、『これが人間本来の姿なんだよ』と激しく感動したりするわけだ。

「社会」や「国」は限りなくフィクシャスな存在だ。単なる約束ごとで、「今はこのアリ塚の周りで多くのアリが動いているようだ」というレベルの実態的現象に憲法や法律という文章の衣を被せた擬制的存在に過ぎない。「社会」は日常を延長させればリアルな実態に見えるが本質的には錯覚である。それは近年の世界情勢をみていれば直ちに分かる事だ ― そもそも小生は唯物論、唯物史観を基本的には信じているのである。だから、日本社会で何かの問題が起こるたびに、政府や警察、司法その他の公的機関の責任を追及して、natural reality(自然の実態)よりlegal discussion(法的議論)を求める世論やマスコミ報道は、決して賢い頭の使い方とは思えないのだ、な。 

マア、キリがない。全部読んでいると時間の無駄かもしれない。それでも面白い。

本来は、成文法を遵守するという法治主義と信仰する神(唯一神からもしれないし、阿弥陀如来かもしれず、あるいは八幡神かもしれないが)という次元の違うこの二つの観点は、方向が重なり合わないX軸とY軸のように交差して、現実社会を規律づけていたはずだ。

ある面では法により統治し、別の時は宗教的感情から裁定する。そのバランスに苦心してきたのが現実の歴史である。どちらか片方に偏ると、この世は非常に生きづらくなる。 そう思っているのだな。

だから、暴力を旨とする反社会的悪人がもしも魂の救済を求めて六字の名号を唱えたいと寺を訪れれば、社会の法に反して生きているかどうかにかかわらず、阿弥陀如来による救済を願う権利はある、というよりその種の人間こそ真っ先に救われるべきなのであるから、寺は迎え入れるべきである。宗教はその種の人を受け入れることをこそ任務としている。それが憲法の定める信仰の自由でもある、と。そう思っているのだな。

これは天台宗総本山・延暦寺に関する報道を受けて投稿した一部分だ。「反社会的組織」の排除を宗教までが追随するような時代になったかネエという思いから書いたのだろう。 


結構、何年も前に書いた投稿が検索にかかって出てくる。「ああ、こんな事を書いていたのか」と改めて再発見したり、「考え方、まだ変わっちゃいないんだナア」と妙に納得したりで、かえって自信というか、確信につながったりすることが多い。

 



2023年6月7日水曜日

断想: 国立西洋美術館はやはり常設展が素晴らしい、という感想

週初めに東京に行って野暮用を済ませてきた。昨日は時間があったのでコロナ禍でご無沙汰していた西洋美術館に行ってみた。そうすると、『ブルターニュ展』が企画されていたので入ってみた。

ブルターニュというとポン・タヴァン村に隠棲して若手芸術家たちと芸術村のような活動をしたポール・ゴーギャンを思い出す。「ブルターニュ展」と来れば、やはりゴーギャンや同じ時代に活動をしたモネ、シニャックなど印象派画家の作品が中心だった。

ま、かなりのレベルではあったが、実は西洋美術館に何度も行くのは「常設展」のほうが好きだからである。企画展というのはリピートがきかない。

下にあるモネ『セーヌ河の朝』は、ずっと昔、まだ高校生の頃だったか結構高額であったはずだから母に助けてもらったのかハッキリとは覚えていないのだが、渋谷で買ってきたモネの画集の中でも特にお気に入りで、自分でも模写したのがまだ拙宅に残っている。


常設展だから、これまでにも何度も上の現物を観ていたはずだが、昨日は一仕事してきたし、それも亡くなった母に関係した事だったので、いつもより強く懐かしみを感じた。そういえば、何年か前にもこのモネのことで投稿したことがあるのを思い出してブログ内検索をかけてみたが、どうも覚えていたのは別の作品で、上にある作品を描き写したことはまだここでは記していなかったようだ。スマホで撮影したが、どうも発色が悪いのでフィルターをかけてオリジナルに近いイメージにしたのだが、その分だけ色合いが違っているかもしれない。

ところが、高校生の頃は非常に心を動かされた作品だが、その頃の感興の高ぶりがどうにも再現できない自分がいる。むしろデュフィが描いた"Mozart"の


力感がありながら、静寂を底に秘めている色合いに魅力を感じたし、ピカソの『小さな丸帽子を被って座る女性』(という画題だったと思うが)


此方の方が今の感性にはマッチしているのだから、美的感覚というのは不思議なものである。成長したのか、鈍麻したのかは明らかではないが、若い時分と今とでは好むものが違う。単なる変化かもしれないし、進化かもしれない。

分かるものが増えるのは有難いが、母と一緒に「いいよネエ」と語り合ったものが案外それ程ではないと感じるようになった自分にはどこか淋しみを感じるものである。



2023年6月3日土曜日

ホンノ一言: 同じインフレ問題でも日米には違いがある

アメリカのインフレが中々収まらないという議論が日本の世間では様々指摘されているが、既に投稿したように、アメリカでみられる足元の物価動向は落ち着いてきている。つまり前月比インフレ率の年率換算値なのだが、既に2パーセント目標に戻ってきている ― 雇用動向が予想より強すぎるとか贅沢な悩みがあるようだが、経済にはリーズ&ラグズがあるので、労働市場の反応が遅れがちなのは極めて自然である。

実際、先日投稿したとおり、4月までのCPI前月比年率値は下図のようになっていて、対マスコミでよく使用される前年比とはかなり違っている。

物価の前月比には、月々のノイズと(寄与率は実は暗に相違して大した高さではないが)季節成分が混在する。なので、STL(Seasonal Decomposition Of Time Series By Loess)を施してトレンド成分(=TC成分)を太線で加筆している。

同じグラフを日本のCPI総合の月次系列で描くと下のようになる。


まだ前月比インフレ率は低いが、それでも5%程度には上がってきており、このままのペースで毎月物価があがれば前年比インフレ率もそのうちに5%に達する理屈だ。

図の中の青い水平線は目安としてアメリカでは2パーセント、日本では0パーセントに引いている。

日本のインフレはアメリカほど短期的に顕著な度合いではないが、ジワジワと上がってきており、今後本当にコントロールできるのだろうか、と。そんな疑念を感じてしまうような形をしている。

ともかく、アメリカのFRBのような<攻撃的金利引き上げ>はとてもじゃないが日本の日銀には実行できないだろう。

マ、何にせよインフレ問題は、アメリカでは既に解決されてきている段階。日本はこれから深刻になるかもしれない段階だ。同じインフレとはいえ、そんなフェーズのズレが認められる。