人口学者兼歴史家というべきかフランスのエマニュエル・トッド氏は、政府関係者が好んで使う《日米同盟》について、本当に「同盟」なのか?実態は「占領国&被占領国」の関係性が続いているだけではないか?こんな根本的な(?)疑問を投げかけているのが最近の言論界であります。
ただ厳しい問いかけをしても日本社会の空気を変える実効性はないのだろうナアとは思っている。
日本の若手現役世代には、
一身独立して一国独立す
こんな『文明論の概略』で主張された福沢諭吉的な独立精神はもう刺さらないような気がする。
これには時代背景があるわけで、そもそも高齢層とプレ高齢層を含めて、独立精神などは皆無ではないかと指摘する人も多かろう。実際は
独立どころか国家依存性がますます強まっている。
これが事実じゃあないか、と。社会保障という人工呼吸器で老後の生活を送っているのが、現代日本の高齢層の現実だ、と。我が道を行くどころか、巨大組織の歯車になる方を選ぶ性向はますます強まっているような社会観を小生はもつようになった。
国家、社会と言っても所詮は他人の集団である。その他人に《弱者に寄り添う優しさ》を自ら求めて恥じないエートス(=気風)が最初から肯定されるようになった。独立精神を求める要請はいつの頃からか冷酷であると退けて、《独立の尊厳性》を語る気風も否定されるようになった。高齢者が何の恥らいもなく他者依存精神を発揮しているのに、若い人たちにのみ独立精神を求めても説得力はないわけである。
日本社会が他者依存精神でまとまるに伴い、外交もまたアメリカ依存、アメリカ追従の一択で恥じないわけであります。
日本国が国際化すれば、「先祖代々の絆」には共感しようもない外国人在住者や二世たちが増える。すると個々人の独立志向が再評価されるであろう。だからこそ、これ以上の外国人増加は困る。他者によりかかる日本人集団が移民政策を本能的に嫌う根っこはここにある。そんな風にも思うわけであります。
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依存すること自体に恥を感じなければ、対米従属は心地よい安心感を醸し出す仕掛けとなる。たとえ実態が「同盟」ではなく「占領」に近いものであっても
背に腹はかえられぬ
と合理化が出来る。経済学でいう《習慣形成効果》が国民行動にも作用するわけだ。
ところが、ロシア=ウクライナ戦争を煽っておきながらウ国のゼレンスキー大統領を公衆の面前で『あなたの国にカードはないンだ』と侮辱する、イラン攻撃に否定的なヨーロッパを口汚く罵るといったトランプ大統領の登場を契機にして
本当に「日米同盟」なる関係性が日本とアメリカにあると日本人は思っているのか?
こんな事までが話題になってきたというのが、正に今日的な状況であるわけだ。
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現在の混乱はトランプ氏の個人的属性に由来すると観るのも可能であるし、日本やヨーロッパのNATO加盟国はそんな「次に期待する」待ちの姿勢かもしれない。
もともとト大統領を"The Worst"(=最悪)と判断していたクルーグマン博士は
Trump Can't Even Surrender Right
Source: substack.com
Date: Apr 19, 2026
URL: https://paulkrugman.substack.com/p/trump-cant-even-surrender-right?
こんなタイトルをつけてネットで語り、
But, my God, like I said, we are led by people who not only can’t plan a war right, they can’t even successfully execute a surrender. And that’s a really bad omen, not just for the Iran conflict, but for everything else.
しかし、まったく、先ほども言ったように、我々を率いているのは、戦争の計画すらまともに立てられないだけでなく、降伏すらまともに実行できない連中だ。これはイラン紛争だけでなく、あらゆることにとって、実に悪い兆候だ。
と結んでいる。
経済学史に詳しく比較的冷静な論評を書くJames Bradford DeLong博士は、同じくsubstack.comで
Well, I suppose that that this “Ezekiel 25:17” from Trump acolyte cabinet member Peter Hegseth is both worse and better than “Straits of Vermouth” from Trump acolyte cabinet member Scott Bessent. But it is worth noting that we have gone far beyond chaos-monkey-land now: this is Marx Brothers quality governance:
まあ、トランプ支持派の閣僚ピーター・ヘグセスによるこの「エゼキエル書25章17節」は、同じくトランプ支持派の閣僚スコット・ベセントによる「ベルモット海峡」よりも悪くもあり、良くもあると言えるでしょう。しかし、もはや混沌とした猿の国をはるかに超えたところにまで来てしまったことは注目に値します。これはマルクス兄弟並みの統治レベルです。
Source: substack.com
Date: Apr 19, 2026
URL: https://braddelong.substack.com/p/how-will-future-historians-describe
こんな風に、トランプ政権を《猿山レベル》と述べ、はっきり「問題外」としている。戦前のコメディアン・グループ「マルクス兄弟」に似た存在を日本で求めるとすれば1970年代の日本で笑いを提供した「ドリフターズ」辺りが有力候補かもしれない。
アメリカ人もこう言っているのだから、客観的にものが言えるはずの日本人はもっと無遠慮に「猿!」と罵倒してもよい理屈だ。ト政権を指してDeLongは「猿」と言っているし、Krugmanはト大統領を「嘘つき」と言っている。
同じことを言う人が日本にいてもよいはずだ。ところが、政府関係者はもちろんとして、有識者、専門家を探しても、そんな人は日本に一人もいない。我慢しているのかもしれない。遠慮しているのかもしれない。まるで「裸の王様」の前で声を上げない大人たちのようである。それとも日本もまた同じ種類の《猿》を推しカツしているので、「猿」が「猿」であることが、ほとんどの人には認識できないのかもしれない。だとすれば怖いナアと思うのであります。
小生の高校、大学時代は学生運動華やかなりし時代で、先輩たちは《アメリカ帝国主義反対》、《打倒米帝》などというプラカードをもって大規模デモを繰り広げ、キャンパス内の学内設備を破壊して回ったものである。幼稚ではあったが、独立精神の表れだと自惚れた団塊の世代も、いまは他者依存の気風に染まってしまったのだから、変われば変わるものである。
背に腹は代えられない
日本社会はひたすら《合理性》を追求している(つもり?)かもしれない。しかし、合理性という点だけでいえば、猿も合理的に行動するし、アリやハチは十分に集団合理的である。他者依存から発していても行動が合理的でありうるのは可能だ。
いずれにせよ、現代日本人が共有する国民心理は、この30~40年で一変してしまった。実に歳月怱々。
明治維新前後に40歳以上であった人物は世の役には立たず、明治を支えたのは討幕・維新の時点で10代の少年たちであった世代だと言われる。
世代交代の加速が日本再生への早道かもしれない。
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率直に言って、いま現在、トランプ大統領がアメリカ合衆国の大統領として現に仕事をしているという事実そのものが、アメリカン・デモクラシーの本質的危うさを証拠立てるものである。
こう考える人は世界に多いはずである。かつて『アメリカの民主主義』を書いたトクヴィルもこんな問題意識をもっていた。
中国が仮に普通選挙を基盤とする民主主義国になるとして、多くの日本人はそれを歓迎するのだろうか?
小生は不安だ。
本当に14億の中国人が民主主義の手続きによって外交、国防政策まで決めていくのか?大丈夫なのか?共産主義だろうが何だろうが、むしろ有能なエリートが指導する現在の中国的統治の方が世界にとって安心できるのではないか?
小生は、こんな風に思うし、案外多くの日本人も民主主義国・中国に不安の念を共有するのではないかと想像している。
バカが偶々権力の座に就くことは専制君主制の下では世界史に無数の前例がある。が、普通選挙で指導者を選ぶ民主主義国でもバカが権力を得る事態は十分にありうるわけだ。バカが決して権力の座に就くことはないというシステムが必要な理由がここにある。いくら限界があっても(万国共通の尺度である)頭脳優秀なものを選抜する制度の方が、理性をバカにする本当のバカが権力を握るよりは余程安全であろう ― それも相対的に、ではあるが。