分析的・実証的な研究なく、ただ一つの価値観をただ主張する姿勢は、まず賞味期限3年ないし4年で、その後は世間からは忘れられて行くものだ。少なくとも真っ当な考察を引き受ける一流の人材は現れないものだ。
日本でも《男女雇用均等法》が成立して以来、男女雇用均等がジェンダー平等論に結びつき、ひいては現時点の「愛子天皇熱望論」にもつながっているようなのだが、前にも投稿したように、日本の男女雇用均等政策というのは、多分に男性労働力人口の先細りに何とか国内人口だけで対応したいがため、誰もが賛同するはずの大義名分として唱えられたもので、そこには本気でジェンダー平等を目指す社会思想、あるいは哲学的・理念的な思想の裏打ちというのは、乏しかったと思っている。少なくとも、ジェンダー平等を実現しようという真剣な覚悟が先にあったとは言えない、そう思っているのだ、ナ。
日本でも女性首相が登場し、女性天皇も世間(の一部?)からは熱望されているのが最近の状況だ。手続き上の正当性に疑問が付されているものの、東京大学にも初の女性総長がお目見えするかもしれないご時勢なのである ― これまでは通用した「女性だから」という決定理由は次第に通らなくなりつつあるのが現時点の世相ではあるが。
しかし、日本社会の全般を虚心坦懐に俯瞰する限り、反・家父長制、反・夫唱婦随、等々、時系列的には古いと言われる《伝統的価値観》は、この日本でもそうそう簡単にはなくならないのじゃあないか、そんな感覚が小生にはある。
高市的政治家は、これからも出現しうるし、《保守反動》も定着してメインストリームになってしまえば、もはや「反動」とはいえず、「新しい時代」と呼ぶべきかもしれない。「戦後日本」という一つの時代は、日本だけではなく、世界をみても、いまようやく終わりつつある。そんな感覚を持つ人は小生だけなのだろうか?
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一体、《ジェンダー平等》というのは、どのような内容を含むのだろうか?
というより、男女の性別格差というのは、歴史を通して何故、どのように形成されてきたのだろうか?
ジェンダー平等というのは、小生の不勉強でなければ、近代ヨーロッパで芽生えた「平等なる個人」、「個人の尊厳」という啓蒙思想が発展して辿り着いた倫理的価値観で、いまでは政治的価値観でもある。小生はそう理解しているのだが、この近代ヨーロッパが生み出した市民社会なるもの、それを支える平等なる個人という理念は、どのような根拠に基づいて「正しい」と認識されているのだろうか?
思うに、少なくとも
市民社会が正しい社会で、市民社会は平等なる個人によって支えられるというのは、実証的・科学的に証明された結論ではない。
ずっと以前からそう考えてきたわけで、何度も本ブログにも投稿してきた(旧い投稿例はこれか)。何も反・民主主義者ではないが、かといって親・民主主義者という自覚もないと、ここでは書いておこう。
人類の(文字で記録された)歴史の中で古代史は始まりから崩壊までが完結した唯一のサンプルとして非常に有用である、というのは多分トインビーの言だと記憶している。そんな観点からみると、古代ローマは、長い歴史の中で王政、共和政、帝政をこの順序で全て経験したが、同じ変化は古代ギリシアの都市国家・アテネにも言えることで、古代アテネは王政から貴族政、僭主政を経てから、紀元前6世紀末にやっと民主政へと移行した。その後は、反アテネ陣営とペロポネソス戦争を戦った末に敗北し、最終的にはマケドニアのアレクサンドロス大王に征服されて、独立した国家としての歴史を終えた。
非民主国家から民主国家へ「進化した」というのは、ヨーロッパ近代史の描写であって、決して歴史を通した普遍的な命題ではないわけだ。
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こんな問題意識が、実は日ごろ愛読しているデロング先生の投稿にも取り上げられるのを見るのは、非常に興味深い。最後の結論部分を抜粋させてもらうと、
We live in an era of rapid technological advances, and yet women’s lives, safety and status still vary enormously across world regions. To tackle actually-existing patriarchy, we need to recognize this heterogeneity, and develop tools which help us understand its persistence. Going forwards, I suggest that qualitative insights into different societies can help ground our inquiries, so we can build innovative datasets that capture what really matters. Further, we could scrutinize LLMs to ensure that they do not pink-wash the patriarchy.
私たちは急速な技術進歩の時代に生きていますが、世界各地における女性の生活、安全、そして地位には、依然として極めて大きな隔たりが存在します。現実に根を張る家父長制に対処するには、こうした多様性を認識し、なぜ家父長制が存続し続けているのかを理解するためのツールを開発する必要があります。今後は、さまざまな社会に関する質的な知見を研究の基盤に据えることで、真に重要な側面を捉えた革新的なデータセットを構築できるはずです。さらに、大規模言語モデル(LLM)が家父長制を実態以上に好意的に見せかけるような「ピンクウォッシング」を行っていないか、精査していくことも求められます。
Source: substack.com
Author: Brad DeLong
URL: https://braddelong.substack.com/p/crosspost-alice-evans-stop-pink-washing
いわゆる《家父長制社会》という社会自体は、なぜ形成されたのだろうか?
この問いに対する信頼できる解答は多分まだ得られていないはずだ。しかし、家父長制社会が一度形成されて、その社会システムが理に適った社会として定着し、維持されれば、その中で、社会の現実のあり様は正しく、善であり、故に誰もが善なる規範を尊重して行動するべきだ、と。そんな議論が正当性を獲得するはずである。
この点では、下部構造が上部構造を決めるマルクス的社会観を依然として信じている自分がいる。
とすれば、なぜそもそも男性優位の家父長的社会が世界で広く形成されるに至ったのか?
確かに、ごく最近はポスト家父長制社会への胎動であるかもしれない。とすれば、なぜ最近になって家父長制を超える社会システムが求められるようになったのか?それはどんな意味で解体を超える創造でありうるのか?
今後の問題としては、非常に面白い課題だと思う。
