そろそろ夏至、"Midsummer"だ。とはいえ、日本のMidsummer Night's Dream(真夏の夜の夢)はシェークスピアの喜劇とは異なり、阿部慎之助・元巨人監督の家族にとってはロクな物語りではなかった。家族を不意に襲った出来事は
ある人は
これは家庭の悲劇である。
とTV画面で評していた。
ある人はネットで
これはいわゆる『善意のパラドックス』である。
と書いていた。
小生の見立ては
今回の顛末は「悲劇」というより、「喜劇」と呼ぶにふさわしいと思う。・・・
喜劇の本質は、全役者が一生懸命なのだが、どの人も目の前を見て機械的なルーティンに従い、考えることを一切しないので、ドミノ倒しのように意図せざる最悪の結果に向かって猛スピードで進む所にある。
と先日の投稿で書いたとおりだ。
ある人には、こう見える。別の人にはああ見える。人それぞれで受け取る感想はマチマチであるのが現実であるに違いない。
ただ、小生は「これは善意のパラドックス」という理解の仕方は不誠実であり、不作為の罪につながる見方である、と思う。
大体、児童相談所の職員は《善意》で対応していたのだろうか?
現場に臨場した警察官は《善意》で対応していたのだろうか?
おそらく上に引用した文の筆者であれば
「被害者」である上の娘に善意で対応したのは正しい
と言うのだろうが、当の娘ではない他の家族には善意で対応していたのだろうか?
そもそも「親子喧嘩」の通報があったとき、先ずは家族全体への善意を最初に持つべきではなかったか?他人同士が居酒屋で会食していたわけではないのだ。昨日までは仲のよい家族であったかもしれず、いや多分そうであると想像し、今日はなにかで大喧嘩をしているようだ⋯⋯もし通報者ありきでなく、家族全体に寄り添う「善意」を公務員が持っていれば、別のアプローチになったのではないか?ものごとの進展は違っていたのではないか?
なので、小生、極めて残念であります。結果論として、この度の事案処理は失敗である。この自覚だけは当該担当者には持ってほしいものだ。
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一般論になるが
公務員という職業人は、善意ではなく、指示によって職務を遂行するのである。行動マニュアル、規則に沿って行動するのが公務員だ。
こう理解している ― この一点だけは小生が小役人であった時代と今とで変わりはないはずだ。つまり、所属する組織が指示する「行動方針」に沿って児相と警察は対応したはずなのである。
ここから、現代日本社会のもっとも嫌な所が生まれて来る。家族を解体して個人に戻し、それぞれ別々に善意を持ったり、容疑をいだきながら、職務にあたっている。
何度も書くが、国家や政府が家族内部に無遠慮に立ち入る権利などは、最初からないのである。
大体、みんな善意でやったんだよネと言うなら、
太平洋戦争、というか1930年代から1945年の大日本帝国。最後はとんでもない結末になったけど、みんな《愛国の情》から一生懸命にやったんだよね。いわば《愛国のパラドックス》。愛国は当然に善意だからサ。これも「善意のパラドックス」だったんだヨ。本当は誰も責められないンだよね・・・
こんな歴史観にもなるに違いない。極右の「日本会議」が聴けば、涙を流して喜ぶだろう。
結果が悲劇的であったのなら、どこかが間違っていた。歴史に対する誠意というのは、こういう事ではないだろうか?
あの時代、日本社会の主たるプレーヤーである陸海軍、政党、官僚、財閥、マスコミ、民間の活動家は全て「善意」ではなく「自己利益」を求めて行動していた。「自己利益」でなければ「保身」が動機であった。故に「愛国のパラドックス」と理解するのは間違いなのである。
現実に起きた不幸には主たる原因があった。この問題意識を「善意のパラドックス」などと美しく語って隠蔽してはならないと思うがいかに?
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日本のMidsummer Night's Dreamは(見方によっては)悲しい事件であったが、アメリカのトランプ政権。ト大統領が繰り出すツイッターに振り回されるアメリカ人たち。いまどうなのだろう?
最近愛読しているsubstack.comのKrugman、DeLong博士の論調は以下のとおり:
まずDeLong博士から
What was the Trump Administration’s thinking and how did it plan for its war on Iran to end anyway? There was no thinking. There was no plan. There still is no plan. There MAY—repeat: MAY—now be thinking. But probably not. Trump careens among:
- demanding Tehran’s “unconditional surrender”,
- hinting that he might abruptly declare victory—having “mowed the grass” and leave,
- expecting collapse of the Iranian regime,
- expecting the emergence of new leaders who will do a deal on his terms,
- expecting the emergence of new leaders who will concede to fundamental political and strategic demands,
- expecting Iran to pretend it has conceded to Trump’s fundamental political and strategic demands.
Chaos-monkey foreign policy:
そもそも考えなどなかった。計画もなかった。今も計画はない。もしかしたら――繰り返すが、もしかしたら――今になって考えているかもしれない。だが、おそらくそうではないだろう。トランプは次のようなことを繰り返している。
- テヘランの「無条件降伏」を要求し、
- 彼は突然勝利宣言をするかもしれないと示唆し、「草を刈り終えた」ので、
- イラン政権の崩壊を予想し、
- 彼の条件で取引を行う新たな指導者の出現を期待して、
- 根本的な政治的および戦略的要求に譲歩する新しい指導者の出現を期待して、
- イランがトランプの根本的な政治的・戦略的要求に屈したふりをするだろうと予想している。
混乱した猿どもの外交政策・・・
URL: https://braddelong.substack.com/p/crosspost-dan-drezner-the-trump-administrations
相変わらず、トランプ政権は《猿山の猿ども》と理解しているようだ。
次にKrugman博士。
Donald Trump’s chief economist said something interesting the other day. Yes, the remarks by Kevin Hassett, director of the National Economic Council, were stupid, but that goes without saying. The point is that they were stupid in an interesting way.
On Fox News, Hassett was, as usual, boasting about how great the economy is, when he was asked why Americans aren’t feeling it — why the long-running Michigan index of consumer sentiment has hit its lowest level ever. He responded by claiming that the index “is being driven by Democrats who have Trump derangement syndrome.”
Well, yes indeed … someone is deranged here.
ドナルド・トランプの首席経済顧問が先日、興味深い発言をした。確かに、国家経済会議議長のケビン・ハセットの発言は愚かだったが、それは言うまでもない。重要なのは、その愚かさが興味深い意味を持っていたということだ。
ハセット氏はフォックスニュースで、いつものように経済の好調ぶりを自慢していたところ、なぜアメリカ国民はそれを実感していないのか、なぜ長年続いているミシガン消費者信頼感指数が過去最低水準にまで落ち込んでいるのかと問われた。彼は、その指数は「トランプ錯乱症候群にかかった民主党員によって操作されている」と主張して答えた。
ええ、確かに…ここには正気を失った人がいるようですね。
URL: https://paulkrugman.substack.com/p/whos-deranged-exactly
こちらは「猿」でなく「正気を失った人(たち)」と見ている。
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統計的仮設検定を思い出した。検定とはいまの「前提(=帰無仮説)」を棄却できるか、採択するかの判断を、データに基づいて行う手法である。
どう判断するかによらず、判断には必ず2種類の誤りが混じる可能性がある。それは
- いまの前提が正しいにもかかわらず、間違いだと捨ててしまう誤り
- いまの前提が間違っているにもかかわらず、間違いに気がつかないという誤り
上を「第1種の誤り」といい、下を「第2種の誤り」というのは、学部の統計学の授業で必ず採り上げるテーマだ。 そして、データが与えられたとすれば、第1種の誤りを犯す確率と第2種の誤りを犯す確率を同時に小さくすることは不可能であることも。
小生はこの2種の判断ミスを事件の容疑者を問い詰める捜査官の心理になぞらえて説明することが多かった。帰無仮説は当たり前だが《無罪の前提》だ。これを前提に、得られた物的証拠から容疑者を黒とするか、白とするかを判断しなければならない。
黒の物証を評価して黒だと判断すれば、本当は前提どおり白だったとき、冤罪となってしまう。
かといって、
証拠が不十分だとして白だと判断すれば、容疑者が本当は黒だったとき、犯人を見逃してしまう。
世間は『絶対に犯人を捕まえろ』とプレッシャをかける。それは同時に「冤罪のリスクをおそれるな」ということでもある。反対に『冤罪だけは犯すな』と圧力をかければ「真犯人逮捕にはこだわるな」という風にもなる。
とかくこの世は難しい
トランプ政権は
政策は正しい。どんなデータが出ても、この信念は揺るがない。
こういう政策姿勢をとっているのである。確かに「頑迷」であるし、「バカ」にも「猿」にも見える。しかし、「信念」であると言えば、
信念をもつことは大事だよね
という人も出て来るだろう。
「あの時代」、チャーチル・元英首相が
ヒトラーのドイツには「絶対」に屈しない
という「信念」を持っていなければ、客観状況に応じて適切に対応するという哲学をもっていたならば、ヨーロッパは今日のヨーロッパとは違っていたはずだ。
「言葉」と言うのは、人間が誤りを犯す最も大きな原因になるのである。
今日のメインテーマはトランプ政権の人々が、「バカ」であるか「信念の人」であるのか。これをテーマに書きたかったのだが、「善意のパラドックス」なる言葉を見つけたので、ダブル・イシューになってちゃんこ鍋のような投稿になった。
桜は終わり、ライラックも盛りを過ぎた。これからはアカシア(北海道のアカシアはニセアカシアであるのだが)の白い花が咲く季節だ。それが終わると道路わきにハマナスの花が開く。しばらくは雪とは無縁の時間だ。