2026年2月6日金曜日

ホンの一言: リベラルから保守反動への世界的潮流?

今週末の衆院選ではどうやら高市首相率いる自民党が圧勝しそうな塩梅だ。中道改革連合が発足した当初は期待をもたせられたが、やはり「お疲れ気味」の老人が二人で語りかけるスタイルでは有権者をひきつけない。

いま巷では高市首相圧勝のあとは自民党単独政権の《爆走》が始まるであろうと予想する向きが増えている。

積極的財政政策推進と円安・インフレ加速、それに高金利到来。対中関係の一層の悪化と対日経済制裁の拡大。皇室典範の改正で男系天皇制死守。憲法改正で自衛隊明記、更には「国防軍への改称」か?まさか徴兵制再開への道を開くなどもありうるか?

公約には含まれなかったが、医療・年金など公的保険のスリム化、労働市場の流動化促進と金銭解雇解禁。農業経営の合理化、等々。ここまでやってくれれば日本経済には勢いが戻るだろう。急に精力がつきすぎて頓死するかもしれないが。

ま、滞っていた日本社会が俄かに走り始めることだけは高い確率で予想できる。とにかく《決断力》のある首相であることが実証されたわけだ。

やはり過激派なのであるナア、と思う。決して全て反対だと思っているわけではない。先日にも投稿したが、経済・外交政策だけは目を覆いたくなるのだ。

振り返ると、イタリアの右翼過激派のメローニ首相、ドイツ政界で勢力を急拡大中のAFD(Alternative für Deutschland:ドイツのための選択肢)を率いる極右政治家アリス・ワイデル博士は二人とも女性である。更に、フランスの「国民戦線」だったか「国民連合」だったかの代表をしているマリーヌ・ルペンもパリ大学卒の弁護士ながら過激派ぶりは筋金が通っているようだ。但し、ルペン女史に関しては、これを脅威とするマクロン大統領の指示かどうか不明だが、検察が公金横領事件容疑で検挙し、一審が有罪となったので2027年の大統領選挙への出馬は禁じられたよし。裁判は控訴審が進行中である。

こうみると、いま世界の民主主義国では極右の女性政治家が急速に支持を集めつつある、というのが潮流であるようで、この根底にはやはり1990年代以降のグローバル化、リベラル思想の支配を否定する保守反動が勢いを増してきた。こう達観するべきなのだろう。

とすれば、今後、イギリスでも再びサッチャー的な女性政治家が出現する可能性はあるし、ドイツもAFD政権がいよいよ現実化するかもしれない。

日本の高市政権(が多分実現するだろうが)、これも世界の中で理解した方がよいのかもしれない。

どちらにしても「LGBT」など少数者への過剰な配慮、「男女性差の過剰な否定」、「選択的夫婦別姓の過剰な主張」、「外国人の一部参政権容認」など、リベラル思想を象徴するようなポリティカル・アジェンダは、当分の間は休眠を余儀なくされそうな気配になってきた。

2026年2月5日木曜日

断想: 政治家など、なぜなりたいと思うのでしょう?

国政(とは限らないが)選挙が近づくと、いつも不思議に感じることがある。それは

議員ってそんなになりたいものなンですか?

実に素朴である。

ずっと以前にこんな投稿をしたことがある。さわりの部分を引用しておこう:

どんな人が「政治家」などという割の合わない仕事につこうとするのだろう?

(中略)

マンション管理組合の理事長をするくらいですら、管理費の使途が適正であったかどうか、常住座臥疑惑の眼差しでみられるというものだ。針のむしろに自発的に座ろうと言う人はなぜそうしようと思ったのだろう。

上の投稿でも書いているが、アメリカはずいぶん事情が違う。

オバマ氏:「8年間のホワイトハウスでの生活を終え、妻と私は皆さんと同じ民間人に戻ります」 大統領を退任したオバマ氏の民間人としての気になる今後についてですが、実は年金生活に入ります。CNNによりますと、1年間の年金額は20万7800ドル、約2400万円になる見通しで、これまでの大統領としての報酬は年間約4600万円ということで、その半分ほどが今後一生涯、支給されていくということです。さらには、シークレットサービスによる身辺警護や事務所の経費、旅費などは「手当」として税金から賄われることになっています。実は、アメリカの大統領というのは、現役時代ではなくて「辞めてから稼ぐ」と言われていて、・・・

なにしろアメリカ合衆国の大統領だ。ヒラの国会議員とはわけが違う。実際、アメリカの上院議員であっても、退職後の待遇はそれほど良いとはいえない   ―  AIに聞けばすぐに教えてくれる。 確かに経済的な待遇、つまり「儲かる」のであれば、どんな人でも(一度は?)なりたがるはずだ。

今回は前回の逆風選挙で落選した元・安部派議員が大量に立候補しているらしい。

議員に戻りたくって仕方ないんだろうネエ・・・

そう思います。ということは、落選してから国会議員より面白くて、やりがいのある仕事は一つもなかったんだナア、ということが分かります。「議員」なんて、そんなに面白い仕事ではないはずなンだが・・・

大体、一介の国会議員など給料は確かに省庁の事務次官より厚遇されているが、商社や銀行の取締役の方がずっと高給のはずである。それに経営能力を買われれば、80歳まではどこかの企業の経営陣に入れるだろう。民間の有識者として言いたいことを言う機会も与えられよう。「議員」より「事業」のほうが中身はずっと濃いと思うがナア・・・

だから、よけいに不思議なのだ。

国会議員なんて、なぜなりたいのか?

まして総理大臣になりたい人はどんな感性、思想をおもちなのか?総理大臣とて超高給ではない。せいぜい年収4千万円程である。例えば三井物産や三菱商事に入って、50歳前後に上級管理職になれば年収は4千万円程度にはなるそうだ。もちろん誰もが「上級管理職」になれるわけではない。しかし、総合商社の「上級管理職」と日本の総理大臣と、どちらがなるのが難しいですか?「上級管理職」ではなく経営陣、つまり「取締役」になれれば、年収は2億円から3億円に増える。社長や会長になれば、5億円のオーダーになる。総理大臣の年収など、グローバル企業の「社員」程度の額なのだ。外国の企業で昇進すればもっと巨額の報酬になるだろう。

そればかりではない。個人的に知っているわけではないが、「解散」くらいなら天皇の名を借りることで出来るだろうが、その他の政策は周りの先輩、後輩たちから賛同してもらわなければ何一つできないのだ。

気を使うことおびただしい。あの安倍晋三首相、田中角栄首相ですら、願いがすべてかなったわけではなかった。

人それぞれ、人は色々

ではあるが、いつも不思議に思う。一体、それほどまで

日本国が好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、すべてを犠牲にしてもイイ

そんな人が現実にいるのが不思議でたまらない。もし本当にいるなら文字通り「国の宝」である   ―  「宝」は往々にして床の間に黙って鎮座してもらった方がイイのでありますが。

 

 

 

2026年2月3日火曜日

断想: 善意にあふれながら、思考が停止している様な意見もあるようで

国政選挙があると世間が騒がしくなるので投稿の話題が増える。特に今回は、解散そのものの違憲疑惑も憲法学者からそれなりに指摘されているようで、問題意識を刺激される。2月の投稿は前半に集中、後半はお休みになりそうだ。

こんなネット記事をみかけた:

 給付と負担の公平性の観点から、高齢者医療の財源の一部を高齢者自身に負担してもらう発想だが、現役世代の「高齢者が優遇されている」(既得権益層である)という反感やねたみに拍車を掛けるもので、「今の利益を守ろうとする既得権者」対「未来を担う子ども・若者」という対立構造を暗に呼び込んでいるところがある。いわばシルバー民主主義との闘争である。

 そもそも日本の65歳以上の高齢者の相対的貧困率は約20%(5人に1人)に達しており、OECD諸国の中でも高い水準にある。特に女性単身世帯の貧困率は4割とかなり深刻な状況になっている。このように「反既得権益型」のポピュリズムの困難は、対立構造そのものが推進力となる面があることから、いたずらに分断をあおる可能性がある。国民同士のパイの奪い合いを推し進めかねないのだ。

Source:YAHOO!JAPANニュース

Original:東洋経済ONLINE

Date:2/3(火) 6:16配信

URL:https://news.yahoo.co.jp/articles/7d16a38773e1cdca5d92e0615966d63419a85db0?page=3

消費税よりは社会保険料の引き下げがより重要だと主張する政党もあるが賛成だ。そして、社会保険料引き下げが高齢者の医療費自己負担率引き上げにつながるであろうというのもロジカルで賛成だ。医療費が家計を圧迫して、特に低所得者の暮らしが苦しくなるのであれば、保険の高額療養費制度を拡充することで対応する方がロジックが明快だ。

この話題については最近も投稿したことがある。

要するに

年齢によらず医療保険の取り扱いは一律とするほうが透明である。

こういうことだと思うのだ、ナ。

齢をとると多病になる。多病になって最後には治らず寿命を終えるのが人生というものだ。寿命の長短は不平等だが、この不平等は人の努力でどうかなるものではない。しかし、人の努力で平等にできるものがあれば、すべての人は不平等より平等を好むはずだ。

高額療養費制度の利用者は高齢者が多く、若年者は少ないはずだ。それでも保険制度の下で形式的平等を実現しておく方が小生の感性にはあう。

今は若くて保険料負担に苦しむが高齢になれば自己負担率が低くなり便益を享受できるので『人生全体を通して平等は実現されている』というのが、既存制度を守る側の理屈だろうが、国の制度は実に「有為転変」、将来は財政が破綻して政府の公約など消失しているかもしれない。国家の破産は1997年の《アジア危機》、2009年の《ギリシア危機》をみた日本人は(潜在意識であっても)よく分かっている。日本が(再び)破産する可能性は日本人はもう肌で感じているのである。何より国の制度に入るかどうかで《選択の自由》がない。多くの日本人は国が決めることを強制されるという非条理への怒りを感じている・・・とも思えるのだ、ナ。

実質的平等は・・・などと言わず、まずは形式的平等をすべての時点において実現しておくべきである。

こんな風に思います。

ただ、上の引用した部分には「変な個所」もある。

日本の65歳以上の高齢者の相対的貧困率は約20%(5人に1人)に達しており、OECD諸国の中でも高い水準にある。特に女性単身世帯の貧困率は4割とかなり深刻な状況になっている。

この部分である。

実はカミさんが定期的にランチしている友人の一人は、数年前に夫君を亡くし、いまは非課税・女性単身者世帯なのである。定義によれば日本社会の中の《相対的貧困者》に該当する。

しかし、その友人のご両親は町の中心部で事業を展開して、いまもご健在であるので、両親の介護をしながら豊かな生活を送っている。

それに、これはよく指摘されることだが、女性単身者の日常生活は(持ち家か賃貸かにもよるが)せいぜい年収150万円(毎月12万5千円)もあれば十分のはずで、月々この程度の収入ならば3000万円の金融資産を毎年5%で回せば入るのである。3000万円なら現役中の貯蓄に退職金を加えればそれほど達成困難な金額ではない。更に、65歳を超えれば基礎年金も入るのだ。

要するに、

「相対的貧困」という尺度は現実の貧困をとらえる基準としては弱すぎる。

こういうことである。

少なくとも

所得ではなく(その人の)消費金額について中央値の1/2未満を相対的貧困とする

など、着目点の改善を望む次第だ。消費には持ち家帰属サービスも加算するべきだ。当該年だけではなく複数年にわたる継続性にも目を向けるべきであろう。

単身女性単身者には貧困世帯が多いので、医療費の自己負担率を引き上げるのは困難であるという指摘は、数学の定期試験で問題をみるなり

この問題、解くのが難しいから、解くのはやめヨっかな

こんな思考の停止、努力の放棄にかなり近い発想ではないかと感じている。

上に引用した記事がそうだというのではないが、ネット記事やコメントを読んでいると、「正気か?」、「勉強したことがあるン?」と思わず口に出そうな異常かつ無知な書き込みが多い、というより異常増殖している感覚がある。以前はこれ程ではなかったと思う(自信はないが)。

最近になって囲碁の「みんなの碁」や「囲碁シル」の愛用者になって技術革新の恩恵を実感しているのだが、囲碁にせよ、将棋にせよ、ネット対局では各人の棋力を知っておくのが必須だ。そのため、どのアプリでも《レーティング(Rate/Rating)対局》がシステム化されていて、勝敗の実績によって昇段・降段される。相手の力量が明示されていなければ対局を受ければいいのかどうかも判断できない  ―  過小に申告して楽しむ実力者も横行しているが、それは予定された状態ではなく、是正しうるノイズである。

で、思うのはネット記事やコメントを投稿する人にもレーティングを適用してほしいのだ、ナ。個人データとして何か有用な情報を登録してもよいし、オンラインで多数者から付与される「信頼ポイント」であっても可(かもしれない)。何も全員に義務付ける必要はない。"No Rating"という格付けがあってもよいのは当然だ。入試センターの共通試験で15科目平均97点をとれるAIなら、その人の既往投稿やコメントの内容を5段階評価する作業など簡単にできるだろう。

形は何でもイイが、書いている人がどのレベルの人か、それが分かればコメントに対するコメントも書きやすいし、コメントを書かれた側にとっても有益な情報になると思うがいかに。

2026年2月2日月曜日

ホンの一言: 帯に短し、たすきに長し。理想の政治家などいませんヨ

 TVでも、(一部の例外を除き)新聞でも、はたまたネットを見ても、《高市政策》は日本を破滅に導くという見方であふれている。そうかと思うと、閣僚経験もあり元・東大教授でもある某氏は、仮にこのまま《高市解散》が成功に終わるとすれば『この民にして、この総理大臣あり』と、マア、有権者を突き放すような投稿をしている。

小生は、これまで複数の関連投稿をしてきたが、対皇室スタンスだけは《高市理念》を共有している自分がいる。しかし、《高市経済》と《高市外交》は世間の識者が言うとおりだと思っている。更に《高市軍拡》が現実のものになるとすれば「狂気の沙汰」だと思われる一方、

徴兵制は憲法の禁ずる苦役には該当せず

という首相発言がいつあってもおかしくないと想像しているし、小生も同意見だ   ―  米・最高裁判例でもこれ自体は肯定されている。また原発の積極的活用を強調しても理解できるし、核武装への道を探ろうという見解を(どこか外国で)述べたとしても、それも一つの選択肢であると思うのが、小生の立ち位置だ。

右翼は嫌いだ。とはいえ、一部の政治哲学には共感する。否定しているのは経済政策である、というより経済音痴ぶりに唖然としている。昭和前期を連想させるような国家主義的言動には嫌悪を感じる。そんな要約になるのだろう。


一方、中道連合の親中外交には賛成である。現代中国には見るべき文化はないとしても、歴史的に多くの文化を創造してきた漢民族には尊敬の気持ちをもっている。漢文も漢詩も陶芸も好きであるし、最近は書道の美もよく分かるようになった。現時点の経済的相互依存関係をみても日中対立には何のメリットもない。

現に共同利益を受けておきながら、何のメリットもないのに空疎な敵愾心を煽り関係を壊すような言動は、ただ阿呆にのみ出来ることである。

現代中国に見るべき創造や文化が何一つ(?)ないのは、ひとえに共産党が信奉するマルクス的唯物史観がもたらす弊害であると観ている。

その他のリベラル派の政策には賛成できない。高市経済は日本経済を破綻させるだろう。が、規制や再エネ支援を偏愛し自由経済を忌避するリベラル派の経済政策も日本をずっと停滞させ続けるであろう。

何もかも兼ね備えた理想的政治家など30年に1人でも出現すれば御の字である。

結局、こういう事かもしれない。


それにしても不思議なのは、(一部を例外に)多くのマスコミ、ネット記事でこれほど評価されない高市首相が、なぜか週末の選挙では大勝しそうだという(今の)予想である。

評価されず、けなされてばかりの政治家が、なぜ選挙で勝ちそうなのか?

七不思議であります。

2026年2月1日日曜日

断想: 政治の浄化には「司法改革」が特効薬だろう

あと1週間で投票日を迎える今回の衆議院選挙は、予算審議もしないまま解散してから異常なほどの短期決戦であり、加えて真冬かつ受験シーズンの投票日でもあることから、もう「見たことがない」という様相を呈している。結果予想も人や機関によってマチマチ、バラバラで、誰も分からないということだけが分かる。

今になって高市首相のマイナス材料を相次いで週刊文春が報道している。世評では「高市首相の逃げ切り濃厚」という見方が強いようだが、仮に選挙に勝っても、あとが泥沼だろう。それでもやりたいっていうのは、よっぽど政治が好きなんだネエ、と感嘆します。

それはともかく、高市さんや萩生田さんも常連だったという旧統一教会とのつきあい。政治献金やら裏金やら、世間の関心は薄れてきたという報道なのだが、「裏金問題にはもう関心がない。それより消費税を減税してくれ」と。もしそんな有権者が大半を占めているようなら、戦後日本の民主主義も終末期に入ったという言うべきでありましょう。

但し、政治とカネ問題を解決する特効薬はある。それは厳格な経理、規制をかけるのではない。規制には必ず抜け道があるもので実効性には期待できないのだ。

それよりは《刑事司法》を民主化するだけで贈収賄、汚職はもちろん冤罪もまた大幅に改善される。小生はそう予想する。

日本の法体系は英米法ではなく大陸法の系統で刑事事件捜査とその後の法廷事務は検察官が主導するというやり方だ。それでも、ドイツやフランスの成熟した司法に比べると日本の後進性は明白である。

試みに、何かと日本がお手本にしてきたドイツの刑事捜査、刑事司法をChatGPTに聞いてみたので要点の部分を抜粋しておこう(全体はここ):

ドイツ手続の特徴を一言でまとめると

  1. 検察主導
  2. 裁判官による捜査段階からの強い人権統制
  3. 公判中心主義・口頭主義
  4. 有罪前提ではなく「客観的真実発見」重視

ドイツは前稿でも触れたが《起訴法定主義》で検察官の裁量は混じらない。原則として、すべての刑事事案が起訴され裁判になる。

ドイツの起訴法定主義とは、

検察は、犯罪の嫌疑が十分に認められる場合、原則として起訴しなければならない

という原則です。

明文根拠:ドイツ刑事訴訟法(StPO)§152(2)

補強規定:StPO §170(1)


この原則は、

「起訴してもしなくても検察の裁量」

という制度(=起訴便宜主義)を原則として否定します。

日本の刑事事件の有罪率が99.9%であることは世界でも有名だ。これは警察が検察に送検する事案のうち実際に起訴されるのは3割から4割であるためだ。強烈な事前スクリーニングを裁判とは別に検察官の独自裁量でかけているわけだ。

本当は、無罪が見込まれる場合でも検察は容疑者を公判にかけて「無罪判決」を得させるべきなのである。それが容疑者の人権を守ることにもつながる。

そうしない一つの理由は、無罪判決が担当検察官の敗北として評価されるからであろう。

予審制の下では内閣と議会から独立する予審判事が本審(=公判)を開くかどうかを判断する。ドイツもフランスも予審制である。日本にも昔は予審があったが、今は廃止され、検察官が実質的には予審判事の役割を(司法府ではないにもかかわらず)代行している。検察官は「準司法」と称しているが「法相指揮権」があるように内閣の統制下にある。

 

日本では検察庁が不起訴の詳細な理由を公表することはない。不起訴は「無罪」と実質的には同じ結果となるが、裁判による「無罪判決」とは全く異なる。かつ取り調べに弁護士が同席することはない。裁判とは違うのである。「一事不再理」の大原則も適用されず、不起訴であっても、検察の裁量で再び取り調べの対象となりうる。逆に、検察の裁量で起訴しないと決めれば、裁判の被告人になることはない   ―  「検察審査会」は最近になってようやく実現した司法の民主化の成果である。

検察官の裁量が排除され、無罪の可能性を含んだうえで事件はすべて公判に回されるのであれば、政治家が不正を行うハードルは極めて高くなるはずだ。また、公判裁判をとおして有権者が民主主義社会を運営できるだけの「常識」をもつことにもつながると思う。

日本の政界の浄化は《司法の浄化》が特効薬になると考える次第。覚書まで。

2026年1月29日木曜日

断想: 中国の刑事司法は怖い ≒ 日本の刑事司法は怖いという一面

再審法改正に向けて作業が続けられているが中々収束しない様子だ。そもそも「改正」の名に値する刑訴法改正になりうるのか、検察側の抵抗もあって予断を許さないとも伝えられている。


思うのだが、欧米先進国(?)と肩を並べて民主主義国に恥じない司法であるというには、四つの選択肢しかないと小生は思っている。順にあげよう。

  1. ドイツ風の起訴法定主義
  2. フランス的な予審制
  3. イギリス的な法曹一元と私人訴追制
  4. アメリカ流の検事公選制

思うのだが、いったん犯罪容疑者になった場合、身の潔白を晴らすには《裁判》によって無罪判決を勝ち取るのが最良かつ最終的である。


古代ギリシアでは市民が訴追し、市民が弁護し、市民が判決を下した。いわば「みんなで弁論をして、みんなで判決する」という民主的司法が制度として実現されていたわけで、このあたり、文明の出発時点でそもそも東洋と西洋は気風が大いに異なっていた。

日本国内のマスコミは、何かというと警察による「逮捕」を有罪の証明とみなし、検事による「不起訴」を無罪の証明のように語る。が、これほど大きな間違いは反社会的であるとすら思っていて、人権侵害の最たる報道姿勢である。

検察の不起訴は、実質的には無罪と等しいのだが、裁判によらずして無罪とするのは筋が違う。無罪が確定したわけではないので、いつまでも同じ容疑で世間からバッシングされる温床になる。日本の法務省にはお飾りのように人権擁護局があるので、こうした酷い状況が発生しないようコミットする義務があると思うがいかに。


検察による不起訴は無罪の証明ではない。そもそも検察庁は司法ではない。行政官庁の下にある行政庁である。なので、検察官は行政官として刑事事件の捜査で警察を指揮し、公訴事務を担当し、(原則として)すべての事案について司法の法廷の場で決着させる。これがドイツ流の起訴法定主義で実にドイツ的な首尾一貫さを感じる。

フランスでは予審判事が置かれていて強力な捜査権限をもっている。起訴された刑事犯を予審判事が中立的な立場で吟味し、裁判の厳密性を保証しようとするフランス的なやり方だ。ドイツも予審制はあるので「大陸法系」とまとめてもよいのだが、フランスは起訴法定ではなく起訴便宜主義をとっているので分けた。

小生が最も共感を感じるのはイギリスの司法である。ネットにはこう書いてある:

イギリスの法曹一元制は、熟練した法廷弁護士(バリスタ)が裁判官に任命される制度であり、14世紀からの伝統を持つ。事務弁護士(ソリシタ)と法廷弁護士の二層制(職務分担)を基礎とし、10〜15年以上の経験を持つ者が上級裁判所裁判官に選ばれる。これにより実務経験に基づく多様性と専門性が確保されている。 

またイギリスの検察官は事務職である:

イギリス(特にイングランドおよびウェールズ)の検察官は、主にCPS(刑事訴追局:Crown Prosecution Service)に所属し、警察が捜査した事件の公判を担う。日本の検察官と異なり、原則として捜査権を持たず、起訴後の訴追打ち切り権限や起訴状作成を行う。実務上、法廷弁護士(バリスタ)が訴追代理を務める。 

職業裁判官、職業検察官を任用せず、法曹資格のある専門家が判事役、検事役、弁護士役を務めるのは、フレキシブルでアングロサクソン的な行き方だ。

最後のアメリカ風の検事公選制は、大半の刑事事件を担当する地方検事のことで、連邦検事は任用制で公務員である。選挙によるのでアメリカの検事は、広い裁量権を与えられていて、必然的に起訴便宜主義をとっている。


検察官がキャリア公務員(=官僚)であるかどうかと、起訴を法定とするか裁量とするかは、ハッキリとした相関はないようだ。


検察官が警察の捜査に対して一般的指示権をもつのは、大陸法の系統で法を構成している国に多いのだが、ドイツでは起訴法定主義をとっていて、起訴・不起訴に検事の裁量は混じらない。フランスは検察から独立した予審判事が検察・警察と独立して捜査・証拠収集を行い、公判へ送るかどうかを判断する。司法は行政から独立している。


今回の刑事訴訟法改正で、日本の刑事司法が恥ずかしくないものになる可能性はほとんどない。

数年前にカルロス・ゴーン日産社長が微罪(?)で拘束され、その後レバノンに逃亡するという事件が起こったが、同氏は『日本には民主的な司法が存在しない』と話していたという。何もゴーン氏の味方をするつもりはないが、

日本には民主的な司法がない

と怖れた心理は、中国で拘束された日本人が

中国には民主的な司法がない

と恐怖する心理とどことなく大同小異に見えて仕方がない。

何事によらず落ち目で、本卦還りの三つ子のような感がする日本国であるが、せめて司法の民主化だけは粛々と進めなければなるまい。そうでなければ、優秀な外国人が働く場所としては怖くて、怖くて、検討対象にはとうてい入れてもらえないであろう。


今日のようなトピックはあまりとり上げたことがない。本日は頭出しということにしよう。何回か話題にするかもしれない。


2026年1月26日月曜日

ホンの一言: 「オールドメディア」というより「ゾンビメディア」だネエと感じること

つねづね不思議に感じているのは、これほど「専門家のご意見」を好む(オールド)メディアで、生身の専門家には意見を問うが、急速に発展中のAIを利用する場面はまったく目にしないことだ。

いま「大手政党?」のほぼ全てが「食料品に対する消費税ゼロ」を公約にかかげている現状に経済専門家はほゞほゞ例外なく反対を表明している。だけではなく、日本の財政破綻の懸念から国債相場と円の対ドルレートが暴落している。


ちなみに「長期金利急騰」と表現して「国債相場暴落」の語句を避けているのは、幼稚なイメージ操作であって、政権に対する忖度だろうと小生は観ている・・・マ、これは細かい話だ。


先週末になって、日米政府の協調介入がまとまったか詳細は不明だが、急速な円安修正が進んだが、今日の月曜になると円高進行が国内景気に冷水を浴びせるのではないかという心配から日本の株価が暴落した。

何だか、あちらを立てるとこちらが立たずで、「高市路線」は最初から方向違いであることを示唆しているのは明白なのだが、当のご本人が国民の審判を求めるなどと堂々と語っているので、状況は何も変わっていない。


大体、日本国民が思う方向で日本社会が変われるなら、バブル崩壊も失われた30年もなかったはずである。停滞の理由は、合理的な政策を一部国民の強硬な反対から進められなかった点にある。

この辺を淡々と事実のままに報道すればいいのに、取材力が落ちたか、そんな話題には故意に触れないつもりなのか分からないが、「オールドメディア」が触れない重要な話題は最近になって特に増えていると感じる。


消費税ゼロについても突っ込みが不足している。こんな時、これまでの行動パターンならすぐに国際比較をするはずである。

消費税≒欧州型付加価値税(VAT)である。そこでChatGPTに

欧州諸国の多くは食料品に対する付加価値税率を低くしていませんか?

と聞いてみた。その回答をポイントだけだが以下に示す。

多くの欧州(特にEU加盟国)では、「食料品に対する軽減税率」を導入しており、標準VATより低い税率で課税している国が多い。

そもそもEUでは付加価値税率は最低でも(=標準税率)15%以上と決められている。その中で食料品に対する税率はフランスでは5.5%、ドイツでは半分の7%である。EU域外になったイギリスでは食料品はゼロ税率。

イギリスではトラス政権の大盤振る舞いとポンド崩壊が記憶に新しいが、それでも食料品に対するVAT税率は(基本的に)ゼロとしている。それでもって経済は、マアマア、安定している。

こんな事実は、ギャラを払って経済専門家にご意見を求めなくとも、安い課金で一発でPCが教えてくれる。

食料品に対する消費税率ゼロは(小生はゼロ税率は反対だが)決して突飛な政策ではなく、むしろ望ましい政策である。・・・コメをはじめとする輸入食料品に対する関税率を(一定期間だけ?)下げることも検討するべきであるが。どうすれば可能かだって?初めてのことならいざ知らず、実際やっている「欧米先進国」があるのだから、お手本はあるだろうにネエ・・・分からんか!と言いたいところだ。


なぜ真っ当な議論をメディアは進めようとしないのか?

いま問われているのは

大砲を増やすか、バターを増やすか

選ばなければならないのは、伝説的な経済学テキストであるPaul Samuelsonの"Economics"で有名になった経済学の最重要課題であるこの問題なのである。

要するに、軍事拡大を進めれば生活支援まではカネがない。生活支援を手厚くすれば軍事費にはカネがない。両方は不可能だ。この選択なのである。

政治家には選択の権利がないから選挙で問うのである。

この基本認識を語っている「経済専門家」は一人もいない。直面している《選択のフレーム》に落とし込む作業くらいはしてあげれば良いのではないか?ChatGPTなら政治家の発言記録を情報にして直ぐにやってくれますゼ。出演している「経済専門家?」、おそらく大方は「無免許運転」なのであろうと推察している。


ドラマもダメ。スポーツ中継もNetflixなどの配信にとられる、映画も復活気味。報道もこんな惨状。残るのはお笑い芸人が集まるワイドショーだけとあっては、もう《オールドメディア》という呼称さえ非現実的だ。《ゾンビメディア》の方が似つかわしく思う。