近代日本史は、急速な発展と挫折・崩壊のサイクルを繰り返している。時代が変わってもその循環性は驚くほどに単純反復に近いようだ。
確かに、日本に近代という時代を押し付けたのは欧米の乱暴な外交だ。しかし、開国してから後の近代日本の不安定な発展と挫折のサイクルは、大体が対中外交の成功と失敗にシンクロしているところがある(と勝手に理解している)。
近代だけではない。歴史全体を通して対中外交の成否は日本史を理解する肝である。
対欧米外交は対中外交を起点にして派生的、波及的に決まってきた(と勝手に思っている)。
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日本人の中国観は、過剰に尊敬する時代と過剰に蔑視する時代とが交代してきた。
時代が交代するというより、親中国的な人の数と反中国的な人の数とが、何年周期かごとにどちらか一方が優勢になるかと思えば、次は劣勢であった側が逆に優勢になる、そんなサイクルが日本人の社会心理、メンタリティには明瞭にあると思っている。
こんな奇妙なサイクルは、対アメリカに対しては認められない。ヨーロッパに対しても概ねそうである。アメリカに対しては(偏った人たちは確かにいたが)太平洋戦争中の時ですら、多くの日本人は実はホンネの部分では一貫して好意的だったと聞いたし、また戦後も自分の周囲を含め事情は同じだと観ている。ヨーロッパ、特に英・独・仏・伊といった西欧も、西洋文明への根源的な憧れが日本にはあり、やはり一貫してホンネは好意的である。少なくとも侮辱的でも侮蔑的でもない。この辺りが対中国の心理とは全く違う。
詳細な知識はないが、江戸時代中期以降に盛んになり明治維新への駆動力の一つにもなった《国学》が「唐意(からごころ)を排せ」と主張した根っこには、鎖国政策から必然的に生まれ出てきた感性がある、つまり(当時としては)グローバルな価値観といえた儒学(及び仏教?)に敵対するナショナルな反中観、排外志向があったのだろうと、勝手に憶測している。
それは何故生まれたかという深層心理学的な分析が実は日本精神を理解する鍵なのだろうと思う。
今は、明らかに反中国的な側にドライブがかかっている。これは単に習近平政権の戦狼外交のみがもたらしたものとは言えないと思う。
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日本が中国をみるときの不安定な眼差しは、心理的なもので「どうでもよい」かもしれないが、日本の発展と挫折、というか時代の区切りが、対中外交の安定と危機の繰り返しと奇妙にシンクロしているのも、ある程度は事実じゃないだろうか ― 逆サイクルか、順サイクルかは別として。
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対中外交が不安定化することが、なぜ日本全体の成長と発展に影響するのか、色々な理屈付けが可能だ。
しかし、その時代と局面ごとに《世相》という雰囲気が形成されて、それが政治家の手足をしばり、日中外交のリアリティにも自己実現的な影響を及ぼし、最終的には東アジアの「戦争と平和」をも決めていくのだとすれば、日本という国の存在は案外に世界史的な重要性をもっている。そう言えるのかもしれない。
日本人の中国観は、アメリカにもヨーロッパにもロシアにも制御できない。日本社会の雰囲気を望ましい方向に変えることが出来る日本人も実は(政治家、文化人を含めて)いないのじゃないかと思う。
また暗い話になった。