2024年2月29日木曜日

ホンノ一言: トップにいかなる人物を求めるか、という話しでは?

一週前の投稿のタイトルは「断想: 昔のチカン、いまハラスなのか?」というものであった。そうしたところ、今朝のTVで、岐阜県岐南町の町長が99件の「セクハラ」を理由に辞職するとのこと。

情けないネエ

という地元町民の声が伝えられているが、中には

これがセクハラとは思えないけど、人によってはそう感じるかも

そんな声もあるようだ。

ホームページをみると住民が25,726人。岐阜市の南隣に位置し、町政がさほどに難しいとは思えない。ひょっとすると、もっと上品な紳士が町長であってほしいと願う感性が地元にはあるのかもしれない。

一般に、昔の(という程の昔を知っているわけではないが)職場では、無遠慮に弱みを指摘されたり、強圧的に業務を指示されたり、厳しく叱責されたりする情景が日常茶飯事であったのは事実だ。肩をたたかれたり、机をたたかれたり、拳を突き出されたり、マア、色々な情景が職場にはあった — 現在の若者世代が感じる程に地獄だと思いはしなかったが。小生自身が怒鳴られることはなかったが、ドア越しに『何をやっとるんじゃ』くらいの声が漏れ聞こえてくるのは、さほど珍しい事ではなく、そんな時は

いま叱られているのは誰?

などと、近くの女子職員―なぜだかそんな時は女子職員を相手に話すのだが―とヒソヒソと確かめ合ったりしたものだ。

こんなことも、「今は昔」の語り草となってしまったのかもしれない。

その頃は、

雑草は踏まれるほどに強くなり

あるいは又

艱難汝を玉にす(かんなん なんじを玉にす)

苦労や困難を乗り越えることによって、人は鍛えられ、大成するものだ 

こういうことが、共有されていたモラルで、叱られたくらいでヘコたれるなら、早く辞めて別の仕事を探した方がいい・・・まあ、大体はこんな感覚でした。

要するに

温室育ちは、いざという時、役立たず

こういうモラル観が、概ね日本人で共有されていたように覚えているのだ、な。

となれば、そもそも21世紀になって流行し始めた《△△ハラスメント》という言語表現が、その当時の職場に広がるはずはなかったわけである。大前提となるモラル感覚が別であったのだから ― もちろん、その当時のモラル観も戦前期・日本の感覚と比べれば、別世界のようであったはずだ。

歳月怱々。時代は変わった。まるで、関ヶ原、大坂の陣に参陣した古武士が世を去っていきつつあった1650年前後、四代将軍・徳川家綱の時代もかくやと思わせる変りぶりである。

一つ思い出すのは、その頃の企業のトップは、どこも割と上品な白髪の紳士で、どこに出しても恥ずかしくないような品格のありそうな、穏やかで円満な人物が多かった。おそらく、中を切り回していたのは副社長とか専務といった辺りで、この辺の人物は剛腕と形容される人柄で、部下からは強面のやり手として認識されていた。そして、家老のような専務の下には鬼軍曹のような中間管理職がいて、会社は発展を続けていた。これが極めて昭和的な社内風景、省内風景であった。こんな風な印象が残っているのだ。

実は、上品な白髪の紳士はトップとしては恥ずかしくないのだが、将来予測が困難な乱世にあっては、無能で指導力不足を露呈することが多いのも事実だったと思う ― もちろん全てのケースがそうだとは言わないが。

この事が、ごく最近の日本企業で頻発する《△△ハラスメント事件》の根本的な背景にあるのだと、勝手に解釈している。

要するに、

上品な紳士はしばしば無能であり、人柄でトップを選任するような会社は発展しない。だから、最初からヤリ手に経営を任せたい。ところが・・・

結局、足元の日本社会は、この辺りで理想と現実の歪み。いわば《社会的適応不全》を生じさせているのではないかと、勝手に解釈しているのだ。

弱肉強食の戦国時代が到来するまでは、日本社会には京の都という中心があって、そこには伝統的な朝廷と公家、更に室町幕府という武家の中心が一体となって、存在していた。上に立つ人は、誰もが室町風の礼式を身につけ、最高の品格を醸し出していた。

しかしながら、

品格は統治能力とは比例せず

この厳然たる真実が、応仁の乱のあと、露呈した。国ごとに実力者が台頭し、中央政府の権威は崩壊し、戦国時代へと移っていった。強者となりうる人物が有するべきは、礼式と品格ではなく、統治能力と軍事能力、つまり実力のみになった。アクの強い強者に支配されるのがイヤなら、暇をもらって、別の場所、別の土地に移ればよい、というわけだ。

別に戦国時代に限らず、

あらゆる批判に対してトップは結果(のみ)をもって対抗するのだ

と。この覚悟がトップに座る人物にあればそれで十分だ、こんなモラルが支配的な時代もあったはずである。品格から選ばれた上品な紳士にこの覚悟を求めても難しい(のではないか)。

人物評価基準は、時代背景の変化に伴って変わるし、また変わるべきものである。

クリントン大統領がセクハラ行為に関わらず評価された背景にはアメリカ経済の復活という結果があった。日本の池田勇人首相が『貧乏人は麦飯を食えばよい』という暴言歴があったにもかかわらず日本人に歓迎されたのは所得倍増計画の成功という結果があったからである。


人間関係には《相性》という要素もある。

アップル社創業者のSteve Jobsは、時代を変える新製品を次々に発案する天才であったが、彼に着いて行ける部下も誰でもよいというわけではなかった。着いて行けない部下がいるからと言って、それはトップの責任ではない。日本のホンダ創業者・本田宗一郎、最近ではソフトバンクの孫正義も同様のことが言えるだろう。


いま日本は平時ではなく、乱世にある。この意識があるかないかで、人物評価基準が分かれてくるのは、やむを得ないことである。TVが、特定の一つの人物評価基準を選んで人を批評するのも、小生は嫌いだが、マア、やむを得ない。


なお、くだんの岐南町の町長だが、行政能力はどう評価されていたのか。寡聞にして知らない。念のために追記しておきたい。



2024年2月28日水曜日

ホンノ一言: 「無謀な戦争」という哀しい選択?

同じマスメディアでも新聞社はどちらかと言えば粘着質で、会社ごとのイデオロギーが滲み出ているものだが、テレビ局は(NHKを含めて)身軽で、よく言えばニュートラルなのだが、悪く言えば軽薄で、定見がない。

ロシア=ウクライナ紛争も勃発後まる2年が経過し、昨夏のウクライナ反攻作戦の失敗もあって、ここに来てロシアの優勢がかなり明瞭になってきているとのこと。ウクライナ国内の徴兵もうまく運んでいない様で、くわえてゼレンスキー政権と軍部の不和も伝えられている。

今朝見たワイドショーでは

太平洋戦争という無謀な選択をした日本からみるとデスネ、そもそもウクライナは、ロシアを相手にミンスク合意を必ずしも守らず、ロシアを挑発していたわけです。こういう無謀な戦争に至るべきではなかった。私はそう思いますネ。

などという意見が堂々と出てくるようになったから、世論というのは風のまにまに漂う花びらの様でもある ― ちなみに、この点ばかりは、小生も一票を入れたい。

そんな世論の頼りなさが、ロシアのプーチン大統領の狙いどころでもあるわけで、この発想は戦前期・日本の陸軍も同じであったと伝えられている。もし海軍が「真珠湾奇襲」という奇手を選んでいなければ、その後の展開はまったく違ったものになっていた確率が高いというのが個人的歴史観である。

今回のロシア=ウクライナ紛争は、戦後国際社会の平和維持システムの欠陥が現れたものだ。

その根底には「選挙を心配する」指導者の心理がある。「オーディエンス」、つまり第三者が(この場合、有権者ということだが)モニターしている時、動的ゲームのプレーヤーはより攻撃的になるという研究結果がゲーム論で(記憶が正しければ)得られている。

紛争ぼっ発の直後に投稿した観方は今に至るもまったく変わっていないことに寧ろ驚く:

その結果、本来は仲の悪い2国の地域紛争であるのが、世界的な危機に拡大し、しかも最終的決着までには長い時間を要するという情勢になってきた。

ヤレ、ヤレ・・・これではまるで世界版の「応仁の乱」だネエ。東軍、西軍に分かれた所も同じだ。

結局、この紛争で何が起こったか?

ウクライナの荒廃とロシアと分断されたドイツの相対的沈没。ドイツを巻き込んだロシアの拡大戦略に対する鉄槌。何だかイギリスの思惑がズバリ的中した感じもしますネエ・・・。反ロシア感情のままに突っ走るウクライナは使い勝手のいい道具であったわけか・・・?もちろん最初から計画的にやったことではないのでしょうケド・・・。

でもロシアの拡大戦略を責めるのは、現時点の西側的な視線であって、そもそも緩衝地帯であったはずの東欧諸国をそのままに置いておかず、あらんことかNATOの軍事同盟に加入させる決断をしたクリントン政権こそ、危機を意識したロシアがエネルギーを武器にNATO切り崩し戦略をとる誘因を与えた。

このようにして、因果は巡る。

日本の応仁の乱にも、直接的原因というのはありませなんだ。

そういえば局所的なお家騒動が幾つかございました。それだけであった。小さい事は放っておけばよかったのである。ところが小さな紛争の当事者が大勢力に支援をもとめ、その結果、日頃から仲が悪かった大勢力どうしが対立するに至った。あとは歴史の通り。この乱によって京の都は焼き尽くされ、破壊されつくした、そういう哀しい、悔やんでも悔やみきれない事実があるだけである:

汝(なれ)や知る

都は野辺の 夕雲雀(ひばり)

上がるを見ても 落つる涙は

停戦後にウクライナ国民が感じる心情にかなり近いのではないかと想像する。

いまはそんな風に観ている。 



2024年2月25日日曜日

ホンノ一言: 今年は何かが起こるのだろうか?

冬の間は下の画像ファイルをデスクトップにして季節感を出すようにしている。前は、この風景をみて車に向かい帰宅の途についていた。時には、ドアが凍結して開かず、仕方がないので後ろのハッチバックドアを開け、そこから運転席に移動するという仕儀になったこともある。スキーの楽しみがなければ、冬の雪はただただ厄介者である。



朝起きてゴミを集積所まで持っていくのはカミさんの仕事であったが、数年前にカミさんがぎっくり腰に襲われてからは、小生が担当するようになった。

ゴミを出す朝は

雪しんしん 生ごみを出す 朝六時

ゴミ出しのない日は

しんしんと 雪降りつもる 朝寝かな

山茶花から梅に移り変わる頃の東京の冬が懐かしいが、北国の冬も中々捨てがたい味わいがある。長く雪国で年を過ごすことになったのも、いわゆる前世からの宿縁というものか。

道程の 思いはかくや 一歩ごと 雪は鳴くなり 我は歩めり 

桜花 開く予報を 聞き居れば 母失せし後の 年を数えつ

わが父の わづらひをりし 病をば 我もわづらふ この齢にして

父は、何故だかよく分からないが、オホーツク海に憧れていたと何度か聞いたことがある。富山県で一度暮らしてみたかったとよく話していた。これも縁というものだろう。


日本に暮らしているからこんな呑気な事を書いているが、同じ冬でもロシア、ウクライナの人たちは、生死の狭間にいるわけで、(文字通り)救いのない日々を送っているに違いない。

そんな酷烈な毎日であっても、子供というのは遊びに興じるもので、時に笑い声をあげてもいるだろう。そんな情景は、時代を問わず、国を問わずあったはずで、実際に日本も戦争が終わってからまだ100年もたっていない。亡くなった両親は、戦時の学校での友達付きあいや勤労奉仕を語りながらも、戦争が終わった夏、日本の敗戦を悔しがるよりは、空襲警報がなくなったことが何より嬉しかったと、ホッと安堵したと、そう話すのが常だった。

まあ、戦場に近い地域にいる人は「この戦争を早く停めてほしい」と心から願っているのじゃないかと想像するし、戦場に遠いところで比較的安穏に暮らす人は「領土は譲らない!勝つまで頑張ろう」などと言いたいかもしれないネエ。それに対して、「戦いたい人は、どうぞどうぞ、率先してご自分が戦ってください」というのが、戦場近くで暮らす一般住民の正直な心理ではなかろうか、と想像している。

ネットには下のような記事も出るようになった。

[ロンドン発]国際情勢を専門とする米調査会社ユーラシア・グループは8日、今年の「世界10大リスク」を発表した。

 中でも衝撃的なのは、3番目のリスクとして挙げられた「ウクライナ分割」だ。

「ウクライナは今年、事実上分割される。ウクライナと西側には受け入れがたいが、現実となるだろう。戦争は最前線が変わらないまま互いに防戦となり、ロシアは少なくとも現在占領しているクリミア半島とドネツク、ルハンスク、ザポリージャ、ヘルソンの4州(ウクライナ領土の18%)を維持するだろう」(ユーラシア・グループ)

 物量に勝るロシアは戦場で主導権を握り、今年さらに領土を獲得する可能性がある。

Source:JBpress

Date: 2024.1.10(水)

Author:木村 正人

URL:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78820


ウクライナの領土を欲しがっているのはロシアだけではないようだ。ロシアは特に東部に拘ているが、ウクライナ西部には隣国ルーマニアが(歴史的理由から)関心をもっているという。ハンガリーもそうらしい。ひょっとすると、ポーランドも(歴史的理由から)無関心ではないかも・・・

・・・だろうネエ、と考えてしまいます。

だから、素人を大統領に選ぶのは危なかったんじゃないの?・・っと、小生などは他人事ですが、考えてしまいます。


そういえば、ウクライナのゼ大統領は、先般、軍の最高司令官を解任し、ロシア生まれのシ将軍を後任とした。シ将軍、教育もロシアで受けたという。

何かが起こりそうだネエ・・・と思うのは小生だけだろうか?

秋のアメリカ大統領選挙。こちらもゼ大統領だけでなく世界中がハラハラしている。

世界は危険な話題に満ちている。


2024年2月23日金曜日

断想: 昔のチカン、いまハラスなのか?

今は昔(?)、小生が若手からそろそろ中堅層になりかかっていた時分、《痴漢冤罪》への恐怖が世間に広まりつつあったように記憶している。

少し上の世代であれば、「痴漢経験歴」なる言葉が、男女を混じえた酒席に平気で出てくるようなアラレもない情景を知っているはずだから、その頃のセクハラ意識、モラハラ意識など、あったとしてもタカが知れたものである。そんな通念が支配的であったとき、唐突に「これは犯罪です」と世の論調が変わって来たので、にわかに困惑するような、慌てるような思いがあったのだろう。どこかジャニーズの創業者社長を思い起こさせるところがある。

正に、歳月怱々。桑田変じて滄海となる。世の変遷、驚くべし、である。

いま痴漢冤罪を怖れる心理は昔ほどではないのだと思う。

たとえば100件ある痴漢被害を摘発するとき、冤罪がその内の3、4件を占めるに過ぎない状態であるとする。そんな場合は、痴漢被害を訴える全ての女性を肯定的にとらえ、容疑者とされる男性を逮捕するとしても、ヌレギヌを着せてしまう「第1種の過誤」を犯す確率は5%未満である。反対に、もし厳格な取り締まりをしないならば、実際に行われた痴漢行為を摘発せずに見逃すという「第2種の過誤」となる確率が50%を超えるという可能性も出てくる。その場合、実際に発生する痴漢犯罪の半分以上が「甘い摘発」によって見逃されてしまうわけだ。冤罪を避けるべきは当然であるが、こんな社会状態も無法であろう。

ポイントを整理すると、冤罪の確率が十分に低い識別体制があれば、根絶するべき痴漢を厳しく摘発し検出力を上げることが、より良い社会状態につながる。しかし、粗雑な犯罪認定方法をとることで、仮に示談金を狙った営利目的の痴漢通報が増えて、冤罪が全体の半分以上を占めるという情況に立ち至るようなら、被害通報直後に被害者が指さす男性を逮捕して良いのかどうか、警察当局もおそらく判断に苦しむであろう。こんな議論に理屈としてはなる。

一般に、シロをクロとする冤罪は最も避けるべき行為であるとされる。であれば、犯罪の摘発よりは、冤罪を避けることの方が遥かに重要である、というのは時代を超えた社会的要請であるに違いない。

社会的注目を集める唐突振り、件数の多さに着目すると、昔のチカンが、今は△△ハラスメントであるのかもしれない。

この「△△ハラスメント」も、いつの間にか、多様化の時代にふさわしく、何種類も挙げられるようになった。

例えば、資料をみると、

  1. パワーハラスメント(パワハラ)
  2. セクシュアルハラスメント(セクハラ)
  3. マタニティハラスメント(マタハラ)/パタニティハラスメント(パタハラ)
  4. ケアハラスメント(ケアハラ)
  5. モラルハラスメント(モラハラ)
  6. ジェンダーハラスメント
  7. アルコールハラスメント(アルハラ)
  8. リストラハラスメント(リスハラ)
  9. テクノロジーハラスメント(テクハラ)
ざっと9種類のハラスメントがリストアップされている。

極めて多種類あるハラスメントの中の「パワハラ」については「パワハラ防止法」、正式名称で書くと『労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律』が既に制定済みである。また、セクハラに関しては「男女雇用機会均等法」の中でその防止義務が雇用者側に課されている。

ただ、ずっと以前にも投稿したのだが、ハラスメントとは何か、という根本的定義は(小生の不勉強なのかもしれないが)法的には与えられていないようで、《ハラスメント基本法》はどうしても見つからないのだ、な ― 多分、ないのだと推測している。

基本法がないなら、今後もありとあらゆる△△ハラスメントが世間に登場することだろう。「嫌な思い」をする背景や原因は、文字通り多種多様。おそらく100種に余るハラスメントがあるに違いない。


思い出すのだが、小生が高校生だった時分、毎日学校に登校するのが嫌で仕方がなかった。下校する時にはホッと安堵したものだ。

というのは、ちょうどその頃、父が新規事業の立ち上げに心身を疲弊させ、その挙句に会社に通勤することさえ困難になり、家族でとる夕食の場も大変暗くなっていたのだが、決して「強い子」ではなかった小生は、そんな家庭の変調に影響されたのだろう、小生もそれまでの自信を喪失し、通っていた男子校の荒っぽい付き合い方に適応できなくなったのである。何かといえば、狭い教室の中でクラスメートに揶揄われ、自分の殻の中に閉じこもるようになり、成績も一直線に悪化したのがその頃である。いわば《10代の黒歴史》だ。最も貪欲に興味ある事柄にチャレンジしていくべき17、8歳の頃、文字通り「沈没」状態に陥ったことの損失は、その後の人生全体を通しても、結局、取り返せなかったと思う。

「イジメられている」という自覚はなかったが、いま思い出すと、嫌で仕方がなかったということは、一種の《クラス・ハラスメント》の被害者であったのかもしれない。

だからと言って、今さらながらに「被害者意識」を感じるというわけではない。学校は保護された社会の縮図であり、生徒は学校にいる間に心身を鍛え、社会に出て以降待ち受ける荒波に負けない強さを身につけることが、学校の目的(の一つ)であると。その時代は、此方の方が社会通念であったのだ。この感覚は今でも正しく、適切であると思っている。

学校ごとの校風には違いがあった。違いがある学校すべてを包括して
学校たるもの、組織たるもの、かくあるべし
というモラル上の普遍的規定などはなかったのだ。まして国会で法律を制定するなど議論されてもなかったように思う。

「自分に合わない」と感じれば、よそに移る、というのがその当時の通念であった。


その後、職業生活を始めてから何かというと耳にするようになったのは《意識統一》という言葉である。

組織全体が目指す目標、配属されたセクションの年度計画等々、これらを所属する全員が共有し、自発的に目的に向かって努力しようという意識をまず形成することが、管理者の職務(の一つ)である(とされていた)。

こんな組織文化は確かにあったナア、と。時折、懐かしく思い出すことがある。

いまの世相なら、憲法で規定されている「思想・信条の自由」が持ち出され、その組織ごとの精神的同調圧力は不適切であるとして、否定されるのではないだろうか?

しかし、目的意識が共有された人間集団は、その目的を達成するうえで確かに強みを発揮するのである。もし当時のような「意識統一」が必要ではなく、独立した個人の自由な協力で推進可能なプロジェクトであれば、何も「企業」という組織を設立するまでもない。自由市場を通して独立個人事業者間のスポット契約を結ぶことで毎年度の事業計画を推進すればよい。「組織」を設けること自体、非市場的な人材配置を行い、共有された目的を追求することが含意されているのである。この位の基本は、例えばミルグロム=ロバーツの『組織の経済学』の序盤に書かれている。

なので、企業組織内で下位者が上位者の意向を「忖度」しながら業務を進めるのは、組織であれば理の当然であって、直ちにパワハラ行為になるわけではない。ある意味、当然の社内風景である。


組織には組織ごとの企業文化がある。組織がflatであるか、hierarchicalな構成であるかは、会社ごとに自由に設計すればよい。適材適所、つまり人材の最適配置は、国籍、性別を問わず選任される経営者による合理的経営によって、自動的に達成される理屈だ。企業経営にその時々に流行している雑然とした価値判断を持ち込むことには反対だ。価値は破壊されるところに発展の本質があるものだから。

そもそも資本主義社会では《契約自由》が原則である。この時、経済社会は最も活性化され、長期的には国民生活の水準が最も速く向上する理屈だ。


これに対して、最近年に流行を極めているのが《コンプライアンス》である。

刑法や民法、商法といった基本法ならまだ分かる。しかしながら、組織の中の意識形成プロセスにおいても「コンプラ」は、少なくとも日本国内全域に対して、一律に要請される。ある意味で、小生が見知ってきた《意識統一》のための努力を、個別企業から国内全域に拡大して、全国的な意識統一を目指しているようでもある。そして、コンプライアンスが要請することの根底には特定の価値観が隠れている。

もし民間企業が特定の価値観を基礎に社風を形成しようとすれば、不適切な同調圧力であると批判される可能性がある。複数の理念、信条を容認する多様化の時代ならなおさらのことだ。

個別企業における意識統一が不当な同調圧力である(と見られる)一方で、いったん法として制定されると、なぜ法は正しく、コンプライアンス上の強制力を持てるのか?

組織運営のための意識統一は自由を侵害するが、国が立法して強制するのであればコンプライアンスとなる。何だか韓国で言う「ネロナンブル(=他人がやれば不倫、自分がやれば純愛)」を連想してしまう。国家の意志が優越するのだろうか?

どうもこの辺の理屈がいま一つよく分からない。

そのコンプライアンスで達成しようとする経済社会は、独占的支配力のない自由な参加者が公正に競争する結果としてもたらされる(はずの)最適資源配分を約束されているような社会なのだろうか?

コンプライアンスの根本理念がよく分からない。


そもそもコンプライアンスで言う「法」だが、中央政府の独占的優位性が最初から前提されている。

地方分権の必要性が指摘されている中、コンプライアンスでいう「法」も地方地方で独自に規定するほうが理に適っている。個別企業が自由に企業文化を形成するのが、不適切な同調圧力なら、せめて市町村ごと、都道府県ごとの自由を容認したいものだ。

日本国は、中央政府が国民の考え方まで指導するような「国のかたち」ではなかったはずだ。息苦しいような令和の世相はこの辺に由来している。


一般に、何かの社会的目的を追求する時には、法的強制よりはインセンティブに基づく自発的行動を通じるほうが、国民の厚生に生じる犠牲が少なくなるものだ。

当事者の自由意志よりは、法的規定を尊ぶ現代日本社会の感性は、だから、あまり好きではない。21世紀になって以降の、特に福一原発事故以降の日本の停滞は法による自由の侵食が根本的原因だと観ている。

正に『老子』にあるように
大道廃れて、仁義有り。
慧智出でて、大偽有り。
六親和せずして孝子有り、
国家昏乱して忠臣有り。

自然の筋道が廃れたので仁(思いやり)や義(正義)が大事だという

智に働く人間が現れたから嘘・偽りがはびこる

家族が崩壊したので(子育てや介護に尽くす)優しさをほめる

国が乱れているから(数少ない?)良心ある政治家が目立つ

この伝で言えば、『国、停滞して、法ととのう』ということになるか。



本日は、昔のチカンから、話題がどんどん離れていった。話題が話題、内容が内容だ。「表現の自由」より「社会的妥当性」が優先されている昨今の世相だ、中国のような検閲はないにしても、Googleに本稿の削除要請が寄せられるかもしれない。一応、原稿は別に保存しておくか・・・これも偏屈な小生の僻目ということで。


2024年2月22日木曜日

断想: 「誤りなきように」という助言が金言であるケースは確かにある

東証の日経平均株価がバブル期最高値を超えたという日にはそぐわない、暗めの断想をメモしておきたい。

日本人の国民性の特徴はとにかく慎重であることだと言われる。

慎重と臆病とは表と裏の関係にある。過剰な慎重さが臆病に見えてしまうことは確かに多いだろう。しかし、大胆と軽率も表と裏の関係にある。

足元では、積極果敢な投資戦略が求められていると、自らは企業経営をしない専門家たちが日本国内の企業経営者を煽っている。が、

無思慮な大胆さは、ほぼ確実に軽率な行為へつながる

これもまた真実で、何だか戦前期の帝国陸海軍を批評するようだが、慎重ゆえの失敗がある一方で、大胆がもたらす失敗もある。イイところと悪いところがあるのではなく、長所即ち短所なり。そこが分かっていない人は、案外、多いのじゃあないかと思っている。

成功や発展をもたらす要因は、慎重さでも大胆さでもない。マスコミの話題にされやすい人柄や性格、キャラクターといった要素は、(まったく無関係とは言わないが)実際には事業の成否を分ける大事なカギではないと思っている。

が、本投稿の主旨はこういうことではない。

下の愚息で感心したことが一つある。それは現在の職に就く前の最終面接で抱負をきかれたとき、

誤りのないように心がけたいと思います

と、そう短く答えたそうだ。

人気のあった財界の大物の中には

向こう傷を怖れるな

と、まるで野球の応援団のような檄を飛ばし続けた人物もいたそうだ。

まあ、民間企業の営業現場なら、さもありなん、ということだろう。

しかし、人の人生を左右するような仕事に就く場合は、間違いを何よりも怖れなければならない。

間違った意思決定で人の人生が狂ってしまった場合、その人の人生を後になって取り返してあげることは不可能である。故に、向こう傷を怖れないような大胆かつ軽率な人物は、最も忌避されるべきなのである。

人は、文字通り、適材適所。だから多様な人間集団の方が優位に立てるのだ。

こんな考察もあったので、下の愚息の回答には感心した。

それももう随分昔のことになった。

とはいえ、実は上の話しには個別具体論が続くのだ。それは、どれほど努力をしていても、人は必ず誤るときがあるからだ。

その誤りに直ちに気がつくとすれば、それは単なる<ちょんぼ>や<しくじり>である。謝罪をして反省をすることが出来る。ペナルティは時に厳しくもなるが、それは仕方がない。その後、再起をすればよいわけだから、ロジックは単純明快である。

真の誤りはその時には気がつかないものだ。

自らは正しいと確信しているときに真の誤りを犯すものである。

正しいと信じていた自分の意思決定が、間違っていたと気がつくまでに10年程度の時を要するなら、それは真の誤りである。また、自分の誤りに気がつき、なぜ誤ったかを理解できるまでに、20年ないし30年の時が必要なことがある。客観的な事実が事後的に判明したり、自分自身の心の中で当時の経緯を回顧することによって、その誤りに気がつくのだ。自分自身が成長することで理解できるようにもなる。そして何故誤ったかという理由や背景も自らが理解する。しかし、それほど深刻な誤りに気がつくとき、過ぎ去った時間を取り戻すことはもうできないのである。

真の誤りには謝罪や補償の余地がない。ただ誤りを認めることしかできないものだ。時が過ぎ去ったあとの謝罪は口先の行為でしかない。ただ、自分自身の良心の痛みが人生が終わるまで続く。寝ても、醒めても、一日の休みもなく、間断なく続く。厳しい永遠の痛みであるに違いない。死は良心の痛みからの解放である。

故に、何よりも

意思決定において決して誤りをおかさない

それが何よりも大事な目標になる立場は確かにある。

失敗を恐れるな

という助言は、時と場合によっては、無責任な扇動になる。

助言をする際は、助言者の方も、状況の細部を入念に調べ、眼光紙背に徹する程の考察を行い、誤りのないように言葉を選ばなければならない。

誤りとは、その本来の形においては、被害を被った相手に謝罪のしようがない。ただ、自分が犯した誤りの罪悪感に苦しみ続けることが贖罪になるしかない。

人間が犯しうる最大の罪は《浅慮》から始まる。つまり思慮の足りない浅はかさが最大の罪となる。そう思うのだ、な。そして、浅はかであることと、知識の欠如、つまる《不勉強》や《無知》であることとは、たいていの場合、同時に見られるものだ。



2024年2月20日火曜日

ホンノ一言: ウクライナ復興経済協力にカミさんは釈然としないようで

 TVでも報道されていた ―ワイドショーでやっていた記憶は定かでないが ―以下の話題だ。

政府は19日、ウクライナの復旧・復興に向けた「日ウクライナ経済復興推進会議」を東京都内で初めて開いた。地雷除去などの「緊急復旧」から同国の主要産業である農業の支援、デジタル化を通じた産業の高度化まで、各段階において官民一体で支援する方針を打ち出した。両国は、個別の協力分野を記した計56本の覚書にも署名し、日本の長期的な支援を盛り込んだ共同声明を採択した。

Source:読売新聞オンライン

Date:2024-2-19 

URL:https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240219-OYT1T50140/

日本=ウクライナ復興経済協力である。 


カミさんはこれは変だと言っている。

カミさん:能登地震で復旧が大変な時に、ウクライナにお金を割く余裕なんてあるのかなあ?

小生:日本に出来ることは軍事じゃなくて、もっぱら復興するための経済協力だからね。

カミさん:復興しなくちゃいけないのは能登半島もそうでしょ。ウクライナは外国だよ。何かしてもらったことあるの?

小生:情けは人のためならず・・なんだよネ。日本だって、敗戦後に敵国だったアメリカの温情に援けられて復興できたんだよ。何も日本の敵国を助けるわけじゃない。西側が軍事支援している国を日本も仲間として出来ることをしようってことさ。

カミさん:日本でいま困っている人がいるのに・・・賛成できないナア。

小生:大阪万博、どうするのかなあ?

カミさん:そっちは興味ないし・・・

情報番組を視ながらこんな話をした。

実は、こんなことも言おうかと思ったのだが、止めておいたのだ。

雪が降った。だけど、いま腹がシクシクとして痛い、下痢してるから、雪かきしないでおくかなあってサ、そんな日もあるよね。気持ちは分かるし、同情もするけどサ、雪が降ったら雪かきしないわけにはいかないよね。みんなが、いま疲れてるとか、忙しいからとか、しんどいとか、その位の理由でするべき作業をしないことにしたら、どうなる?その界隈は雪に埋もれて、自分達が困るんだよ。公共機関は道路や学校、市立病院前の除雪で手一杯なんだからね。原則、援けちゃくれない。外交も同じだよ。自分がいま実行した方がいい事は、取り込み中でバタバタしていても、出来るだけやった方がいい。努力している所を見せなくちゃ。やらないとゼロだからね。エッやらないの?それでいいの?・・・ってことだわね。


ベストの戦略、たとえ最適の選択であっても、その選択にはメリット、デメリットがある。デメリットを最小化する政策を選びたいところだが、それは《メリット-デメリット》、つまり純利益を最大化する政策ではないかもしれない。

もっぱらメリットを最大化する政策を選ぶのは、いわゆる《オポチュニスト》つまり機会主義者であって、外からみると信用できない。まるで戦前期・日本の帝国陸軍を思い出させる愚行である。

しかし、昔の失敗に懲りて、もっぱらデメリットを最小化する選択を繰り返すのは、政治的には安楽で落選の心配はないが、決めるべき人が決めるべき事をやっていない点は同じである。

メリット-デメリットを冷静に評価して、最適選択を特定し、それが実行できるよう社会的理解を形成しようと努力する本当の政治家は、戦後日本においては極めて少数(あるいは皆無?)であったような気がする。

安倍元首相も生涯の目標であった憲法改正をついに果たせなかったが、余りに多くの寄り道をしたからだと思っている。

2024年2月18日日曜日

断想: 歴史を通して対立してきた二つの社会観

深遠で、その証明は複雑極まる命題であっても、最も基礎となる部分には単純かつ疑いえない公理が真であると前提されている。

自然科学の言葉である数学はそんな構成をとっているが、実は「社会観」や「社会哲学」なども同じではないかと思う。

要するに

  1. 私たちが生きるこの社会の現実は、間違っているから、正しい状態にしなければならない。
  2. 私たちが生きるこの社会の現実は、神の意志を反映しているから、というか「なるべくしてなったもの」であるから、自然に委ねておかなければならない。

結局は、この二つの社会観の対立が、人間社会の成立からずっと続いている。

古代ギリシアで発生した大規模な戦争であった「トロイア戦争」だが、ホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』を読むと、登場する戦士達の生死は、オリンポスの神々の争いや対立を反映したものであるとして、主要人物がたどった劇的な生涯が描かれている。つまり、人間社会の紛争や理不尽な運命は、全て神々の争いによって定まったものである、ということだ。

これに対して、プラトンの『国家』で構想されている国家は、哲学者による理路整然とした共産主義国家と同じである。国家の本質を正しく理解した人間の知性によって、理想的な国家の運営が可能であることが、そこでは述べられている。正に、現代にも生きるコミュニストと同じだ。

中国では、儒教的社会観と老荘的社会観が対立していた。儒学者は、現実社会は間違っており、理想的な古代に戻れと言い続けた。故に、儒教を基礎とする中国社会は極めて保守的であった。中国共産党も実は本質を同じくしている。共産党が言っているのは、現実の社会は間違っており、社会は未来に向かって前進しなければならないと唱えている。過去から継承した価値観は、宗教、哲学を含めて、すべて廃棄するべきであるとする姿勢は、ここから発生する。理想を過去に求めれば儒教的であるし、未来にあると考えれば共産主義となる。どちらにしても、今の社会は変わるべきだと主張する所は共通している。

このような現実否定論に対して、老子、荘子をはじめとする老荘思想は、人間の浅慮を排して、全て自然に委ねよと説く。

経済学も、アダム・スミス以来の『見えざる手』を信頼する市場重視主義が主流である。これに対して、市場の失敗に着目するケインジアンがいる ― マルクス派など異端はおいて置くとして。前者のネオ・クラシックとケインジアンとの対立は、概ね20年ないし30年のサイクルで、交代しているのが経済学史から分かるはずだ。

キリスト教では

カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい

と『新約聖書』の「マタイによる福音書」22章15節~22節に書かれている。現実社会の政治と神の信仰とは別のことだとされている。仏教では前世からの宿業で人間の運命は定まっている。故に、社会もそうなる。宿縁に支配される現実社会において、阿弥陀如来が目指すのは、善悪を超えて、というか寧ろ悲しい宿業を負った悪人の魂をこそ優先的に救済することである。ここには、善を称賛し、悪を懲罰するという思想はない。善悪という概念は、極めて人間的で、俗っぽいのである。

現代日本人は、この辺について、本当はどう思っているのだろう?いま(個人的に)一番知りたいのはここである。

印象としては、社会の上層部、例えばメディアに頻繁に登場する人物達 ― 彼らをエリートとか、上層部と呼んでいいか甚だ疑問であるが ―、あるいは官僚や政治家、学者たちは、今の社会の問題を解決することこそ、自らの仕事であると自認しているようだ。ということは、自分たちで社会をより良い社会に変えることができる。良くできないのは職務怠慢だと、そう自認しているということだ。

しかしながら、たとえ完全な独裁権を把握した為政者が現れたとしても、日本社会をより良い状態に変えることは、小生は不可能だと思っている。その独裁的為政者が有能なら「社会の改善」のために様々な施策を迷うことなく実行するだろう。しかし、そんな社会は御免だ。そこには、もっと大きな新たな問題が発生するだけである。その者が「名君」なら君主を嫌えばよい。革命も起こせる。しかし、民主的に選ばれた為政者なら、純粋な災難だ。そう思うのだ、な。

実は、普通の日本人のどの位の人がそう思うかどうかは分からないが、社会問題を解決できるような政治家や学者など、期待してはいない。国家戦略など、まともなものであるはずがない。むしろ公的権力は何もせず、税も最小限に、あれこれと指図しない。自由に任せてほしい。そうすれば、多くの人は結果に納得するはずである。

Let it be. あるがまま。それが一番だ。

そんな風に思っている人は、極々少数であるとは思えないのだ、な。

極めて老荘的だ。

とはいえ、中国の王朝の中でも最も繁栄した「漢」や「唐」の時代、確かに儒学は発展したが、その当時の政治傾向は「自然に任せる」、「皇帝は介入しない」という側面が強く、老荘思想の影響を強く受けていた。政治が経済に介入し始めたのは、王朝が衰退への道を辿り始めた時期にあたる。ずっと以前、宮崎市定か誰かの本で読んだことを記憶している。

日本の生産力―主に農業生産力だが―が大きく発展したのは、室町幕府の地方グリップが決定的に衰えた16世紀である。それは、地方ゝが中央政府の権威に遠慮することなく、競争優位を目指して積極的に新田開発を進めたからである。人口も増加した。その流れは、幕藩体制が完全に定着した17世紀末まで継続した。

なので、国に期待する発言を聴いていると「また性懲りもなく」と感じてしまうのだ、な。

【加筆修正2024-02-19】投稿の主旨が曖昧になるため、この間を削除。



《科学》は例外である。その時々の支配的な社会観によらず、科学だけは発展を続けるに違いない。結果として、不安を解消できるかどうかは分からないが、《生活水準》だけは上がる可能性が高い。

この位で満足しましょうヨ。

つまり、どちらかと言えば、"Let it be"が小生は好きである。


2024年2月16日金曜日

ホンノ一言: 2023年第4四半期の実質GDP速報をみて

昨年第4四半期のGDP速報が公表された。それによると、実質GDP季調済前期比で、第4四半期は▲0.1%、年率換算値では▲0.4%となった。第3四半期の季調済前期比は▲0.8%であったので、2期連続でマイナス成長となったわけで、日本は景気後退に入っていると判断してもよい状況でもある。

ちなみに、経済成長の駆動力を伝える内需の成長に目を移すと、実質GDP成長率への寄与度で測って、昨年第2四半期以降、▲0.7%、▲0.8%、▲0.3%になっている。年率に直すと、日本国内の消費、投資、政府支出といった内需項目は、コンスタントに▲1%から▲2%程度の大幅なマイナス成長要因であり続けていることになる。

頼みは、円安に支えられた海外への輸出だけであるというのは、

現在の日本経済はかなり悪い

と。多くの経済専門家がそう解釈しているのは決しておかしくはない。

ただ、何度も投稿しているように、GDP統計、特に四半期系列については推計技術上の問題があることから、小生はあまり実質季調済前期比という数値を信用していない。季節調整計算から生じたフィクシャスな結果であるとも思っている。

そこで、例によって昨年の景気動向指数から先行系列(le)と一致系列(co)を図に描くと、下図のようになる。最終月は昨年12月である。ちなみに、毎月半ば頃に景気動向指数を確認しておくのは、個人的には欠かせぬルーティンになっている。



URL: https://shigeru-nishiyama.shinyapps.io/getdrawci/


景気の現況は一致系列が示している。これは2022年夏までは順調に回復していたが、それ以降は一度下降して、その後の上昇も一服気味である。昨年夏以降は、ほぼ横ばいである。実質GDPの季調済前期比のように《マイナス成長》になっているかと言えば、そこまで言うのは眉唾ものだと感じるが、やはり昨年後半の国内経済は決して楽観できるものではない。この位の判断はしてもよい。

とはいえ、
足元でマイナス成長に陥っている・・・
これは流石に、全体としてそれほど暗いわけではないと観ている。

というのは、先行系列の方をみると、2023年1月以降、昨年を通して、ほぼ横ばい基調が続いている。先行系列が下降して景気後退を示唆したのは、寧ろ2022年初から後のことである。先行系列は2022年の間ずっと悪化を続け、景気の悪化を示唆し続けていた。通常、先行系列は半年から1年程度のラグをもって、生産、販売など一致系列の不調につながることが多い。即ち、2023年に入ってからの景気の停滞は、それ以前の先行系列の悪化によって示唆されていたものであった。こう観るのが定石というものだろう。

では、足元の先行系列の動きはどうか?

先行系列の悪化の動きは止まっている。横ばい基調が1年間続いている。

先行系列の横ばい基調は昨年12月まで変わっていない。ということは、この先の一層の景気悪化は考えにくい。そう予測するべきだろう。


景気判断としては、こんな感じかなあ、と考えているのだが、OECDのLeading Economic Indicator(LEI)も見ておこう。

日本とアメリカの2国についてLEIを図にすると下図のようになる。最終月は上図と同じ2023年12月である。


URL: https://shigeru-nishiyama.shinyapps.io/get_draw_oecd_lei/

これをみると、日本のLEIは2023年を通して概ね横ばい基調を続けており、日本政府が公表している景気動向指数・先行系列と整合的である。
景気に対して先行性をもつデータは、昨年1年間ずっと横ばいを続けている
これは複数のデータに基づくかなり固い結論だ。

故に、日本の国内景気の今後を予想する時、景気が一層悪化していくという予測は成り立ちがたい。

面白いのは、アメリカのLEIが明瞭に回復している点だ。これを見ると、インフレ率の前年比がなお3%程度の高さにあるものの、金融当局(FRB)がこの点にそれほど執着せず、バランスよく賢明に行動するとすれば、コロナ後のインフレをほぼ解決し、景気のソフト・ランディングという目標を達成しつつある。そんな明るい予測もあり得る状況だ。

Wall Street Journalなどによると、パウエル議長の成績評価はこれまで「良くもなく、それほど悪くもなし」程度であると以前に読んだことがあるが、足元のアメリカ経済をみると、パウエル議長の評価も<上振れ>する可能性がある。


もちろんFRBの金融政策の他にもリスクはあるわけで、
  1. 中国の金融経済当局の政策運用能力
  2. ロシア=ウクライナ戦争、イスラエル=ハマス紛争に対するアメリカの外交能力
この二つは数あるリスクの中でも相当大きなリスク要因として世界の誰もが知っているものだろう。


それにしても、今日あたりのモーニングショー。珍しく経済ネタをとりあげていた。が、話しは足元の株価上昇に中国経済の不振を関連付けるという「物語り」で、株価が上がったからと言って日本経済が好調なんて実感はまったくありません、と。中国なんです、と。オヤオヤ、TVに出演しているお歴々は、ご自身のポートフォリオに株式は含まれていないので?・・・と。嬉しくないはずはないんだがナア・・・と。

面白いストーリーであったが、何だか成績が良と可の学生がディスカッションしている感じでもあり、正直、参りました。参ったと同時に、怒りを感じたりも致しました。

そのうち、新NISAの普及と退職金支払合計額の推移、米株投資と円安の関係も話題になるでしょう。最近、投資と言えば投資信託だとTVで盛んに宣伝しているが、日本の投資信託の利回りと(日本では買えなくなった)アメリカのBDC(Business Development Company)の利回りを比べるような話がそのうち登場するのかどうか、興味ある点で御座いましょう。


民主主義社会における最適政策の選択を考えるとき、その時々における劣悪なマスメディアの活動は、国会のTV中継、バイアスの酷い「世論調査」とも相まって、確かにリスクの一つに数えるべきかもしれない。


剣呑、剣呑・・・


2024年2月14日水曜日

断想: 「源氏物語」には日本社会の変わらぬ特質が描写されている

今年の大河ドラマの影響もあって『源氏物語』が(改めて?)注目されているようだ。実は、小生も現代語訳ではあるが、昨年夏から秋にかけて初めて全体を通読した。その時の感想は既に投稿している。

千年も前の作品でありながら、現代日本社会にも当てはまりそうな描写を読むのは、一つの驚きであったが、前半の山場(の一つ)が『須磨』、『明石』であるのは、多数が認めているところだろう。源氏の君が不用意にも犯したちょっとしたスキャンダルが、その時たまたま政権の座についた敵対勢力によって利用され、それが帝への叛意へとフレームアップされ、ついには厳しい流刑に処せられる可能性まで高まってきたことから、自発的に官職を辞して、都を離れ、摂津の国・須磨へ、そこから更に播磨の国・明石へと落ちのび、孤独な隠遁生活へ入る話しである。明石でおくる隠遁の暗闇の中で新しい生命を授かるのは、"Such is life"、人生の一面を伝えるエピソードである。紫式部の文章が生き生きと活気を帯びるのは、源氏物語の中で何か所かがあるが、須磨、明石の帖はその一つである。「須磨」の中に次のような一節がある。

原文でもよいが、ここでは読みやすい瀬戸内寂聴訳を引用しておく。

昔の人は実際に罪を犯した場合でさえ、こんな厳しい罰は受けなかったものでした。やはり前世からの宿業で、よその国でもこうした冤罪の例が少なくはありませんでした。しかしそれは、そんなふうに言い立てるだけの仔細があってこそ、そうした冤罪事件も起こったものです。この度のあなたさまのお身の上に起こったことは、どう考えても、納得のゆかぬことでございます。・・・

配流の地に、愛する人を連れてゆくのは前例のないことだし、世の中がただもう一途に狂ったようになり、道理の通らぬこの頃の在り様では、そんなことをすれば今よりもっとひどい災厄が、ふりかかってくるかもしれないのですよ。

千年という時の流れを間にはさんで、なお平安時代の日本社会と現代日本社会と、なぜこんなに似ているのか、と。これ自体が、時代を超えて日本社会の特質をなす本質を示唆している面白い問題ではないだろうか?そう考えた次第。


優れた文学作品は、たとえフィクションであれ、その国の社会の本質をそこに描写しているが故に、長い期間にわたって共感をよび、読み継がれるものであろう。頭で理屈を構築した「社会科学的分析」よりは、優れた文学作品の方にこそ、その社会の真実がより多く含まれているのかもしれない。優れた文化的遺作は生き残り、凡庸なものは消え去って忘れられる。忘れられるのは記憶に値しないからである。残るのは残そうとする人々の努力があったから、残らないのは残す必要がないと人々が思うからである。文化的伝統にもやはり適者生存の原理が働いているのは明らかだ。

歴史を振り返ると、大化の改新から奈良・天平時代を経て、平安京遷都、空海、最澄が活躍した桓武・嵯峨天皇の時代までの約200年間、日本社会は隋唐の中国文化の影響を強く受けていた。その時代にあっては、命をかけて文字通り「生きるか死ぬか」の権力闘争が日本で幾回も発生した。邪魔な政敵に自害を強要して排除するかと思えば、暗殺、合戦も何度か発生した。それが、菅原道真による遣唐使廃止提議を受けた以後、中国風の思考から次第に日本人古来の国風の考え方へと変容していったのだろう、(遠い地方で起きた反乱の首謀者はべつとして)刑罰から死刑が消え、権力闘争のあり方も陽性の武力行使から陰性の讒言、陰謀へと移っていった ― 上役への讒言は今でいう週刊誌へのタレコミに相当するのだろう。そうなって行った時の日本社会の在り方を考えるとき、平安期の国風文化と武断主義を捨てたあとの戦後日本社会の風潮と、何かが共通して観られるとしても不思議ではない。こういうことかもしれない。

2024年2月11日日曜日

ホンノ一言: アメリカが「世界の警察官」をやめたとしても・・・

 今秋のアメリカ大統領選挙で共和党候補がトランプ・前大統領になるという見通しになって《もしトラ》、《ほぼトラ》が流行語になってきた。それに対して、安倍・元首相を失った日本がどう国益を守れるかというので、これまた何とはなくの不安が醸し出されている模様。

確かに、もし1921年(大正10年)に原敬首相が暗殺されていなければ、加藤高明首相がもう少し長生きしてくれていれば、桂太郎も長寿ではなかった、山本権兵衛内閣をあそこまで露骨に潰すことはなかったろうとか、有能な政治家を失ったことが、戦前期・日本のその後の迷走、陸軍主導政治への変容の背景になってしまったことは事実だろう。しかし、これらも全て、その当時の大正日本社会が未成熟であったことの表れである。そう理解するしかない。そして同じロジックは現代日本社会にも当てはまるわけである。


たとえば、MAGA(=Make America Great Again)を唱えるト氏が米大統領に返り咲いたとして、こんな不安を伝えるヤフコメがあったりする:

今まで以上にアメリカは世界の警察官ではなくなる。日本も自国防衛をアメリカ任せにせずに考える必要がでてくる。

日本人はト氏のMAGAを嫌がっているが、そもそも足元の日本でもドル換算のGDPがドイツに抜かれて第4位に後退したというので

よみがえれ日本 

などと叫んでいる。これは昔の"Japan As Number One"を懐かしむ、日本版の"Make Japan Great Again"と言えるようなメンタリティである。つまりは、日本もMJGAをやっている。 実はト氏を理解できるのは今の日本人である。そう言ってもよい理屈だ。

再び「そもそも」と書くが、日米安保を締結して、アメリカが日本を防衛しているのは、アメリカが世界の警察官だからではない。アメリカの国益のためである。故に、アメリカの国益に反することは、同盟国日本の希望であっても自由には選択させてもらっていないのは、細々と具体例をここで書かなくとも、もはや多くの人は知っているはずである。

アメリカが悪いわけではない。アメリカがアメリカの国益を追求するのは当たり前のことだ。そのアメリカの国益追求と、日本の国益追求が両立するところに、現時点の同盟関係がある。そして、それを大半の日本人は、心の中では理解し、受け入れているわけだ。

何も理解が難しい事ではない。


フィリピンは、米軍に出て行ってくれと言い、本当にアメリカが出て行ったこともある。1990年代のことである。しかし、足元ではアメリカ・フィリピン間で「防衛協力強化協定」が発効している。

フィリピンからは一時撤退したアメリカだが、それは日本に基地があるからである。

日本列島をアメリカの「属領」であるかのように位置付けている状態に、中国、ロシア、その他主要国が異議を表立ってとなえないのは、アメリカが単独で太平洋戦争に勝利したからで、米国民の血で獲得した権益をアメリカが手放すことは、まず考えられないのだ、な。ちょうど、満州の特殊権益に国運をかける程に執着した戦前期・日本と同じ理屈である。

であるので、有事の時に、たとえ日本人と日本政府が「敗者の平和」を望むとしても、アメリカはその時の日本政府を傀儡政権にとりかえてでも、敵対勢力との戦いを選ぶはずである。その努力を、イギリス、EU、豪州なども支持するはずである。

そんな風に観ているのだ、な。


だから、「アメリカは守ってくれるか?」と心配する必要はないとみる。むしろ、「日本人は自ら戦う覚悟があるのだろうか」と、そちらの方をアメリカが心配している。そうなんじゃないの?、・・・と。実はそう思っているわけだ。

もし日本人が自ら戦わないなら、もう仕方がない。「米自治領」という位置づけにするしかないか、と。アメリカはそんな考えに飛躍することさえありうる。仮にそんな流れになったとして、「自治」ならいいか、天皇制も守れるし。憲法は基本法とでも名前を変えて大半は残せそうだ。そもそも憲法、アメリカ製だしネ。これでアメリカは本当に守ってくれそうだ・・・と。安心だ、と。日本国民は案外そんな展開を受け入れてもいい、ヒョッとするとそう思うんじゃないの?・・・と。国の独立のため非命に斃れた数多のご先祖の方々、誠に申し訳ござらぬ、私どもは何よりも平和の下で穏やかな暮らしをしたい、それだけで御座る、家庭をもち子を育て子々孫々まで続いてほしい、それだけでござる。衆議を重ね、これぞ合理的選択と一決した次第、他に委細はござりませぬ。ここに国を亡くしたこと、衷心よりお詫び申し上げる、国を保つことは私たちには重荷でござった、不肖のだん何卒ご勘弁下されい、・・・と。領土を丸ごと差し出せば我らを守ってもくれようぞ、と。「有事の場合」への危機感なら寧ろこちらの方になる可能性を心配するべきだと、小生には思えます。

ただこの点については、以前にこんな投稿をしている。

極めて大雑把にまとめてしまうと、大体3分の1程度の日本人は、国が危機に陥れば戦うという意志を曲がりなりにも持っている、そう思ってよいのではないだろうか?そして、それで十分な割合ではないかと思う。

「お武家」が日本社会を支配していた時代から、実はあまり日本社会は本質的に変わっていないのじゃないか、と。

そんな風にも感じているのだ。 

2024年2月8日木曜日

断想: 性犯罪の暴露と混乱を防ぐ特効薬。あることはある。

最近の世相の一断面を特徴づける言葉として《不同意わいせつ罪、不同意性交罪》を挙げることに反対する人は少ないと思う。

こうした《性犯罪》の疑いで週刊誌が(何年も前の)女性の証言を暴露したり、女性側から刑事告発されるというケースが相次いでいる。

何らかの理想的な社会状態を実現するための「産みの苦しみ」ということなのだろうか?どんな社会状態を実現したいと日本人は考えているのだろうか?

足元で訴訟沙汰になっている不祥事だが、女性の人権が尊重されていない日本社会特有の性犯罪が行われた、そういう理解をするべきなのだろうか?

どこかがおかしい、というか何だか不器用な法制度をつくった、と。遠くから眺めていると、そう感じます。

もちろん、「強姦」などの「婦女暴行罪」はずっと昔からあるにはあったが、ここ最近のように女性側から「不同意〇〇」の証言が週刊誌に出てくるというのは、これが世相であるのか、新種の武器を与えられた弱者側の反撃であるのか、結果として人権が尊重される社会に進化していくならいいのだが、そんな保障はないようにも思っているのだ、な。

思うに、不同意〇〇罪の容疑から身を守りながら男女を交えた遊びをしたいと願うなら、その筋の玄人と遊ぶのが定石だ。ところが、そんな世界でもいわゆる《職業倫理》というか、《業界の掟》が社会で共有されるべき価値観と両立しないというので、いざという時には訴訟沙汰になって、マア、その種の遊びをしたい人たちには極めてリスキーな社会になりつつある、というのが足元の社会状況だと思って観ているところだ。

遊び方も、遊ぶための費用の相場も、小生の世代とは変わってしまったのだろう。何だか、道路標識がすべて形だけの存在になって無視されている道路で自動車を運転するときの感覚に近いのかもしれない。

特効薬がある。

それは、売春禁止法を改正して《公娼》制度を復活させることだ。結果として《遊郭》(の現代版)が復活するだろう。

大半の問題は解決可能だと小生には思える。

最も古い職業は「売春」だという。そして、いま最も強固な職業規制も「売春禁止」である。

一般に「職業規制」、「開業規制」、「価格規制」など政府による「規制」には必ず副作用が伴う。それは「規制の穴」をくぐる「闇営業」を根絶できないことである。実際、売春を禁止している一方で、例えば新宿や渋谷では「立ちんぼ」が目立って増えている。売春禁止以前の言葉で言えば、「私娼」である。つまり取り締まるべき違法行為で、これは昔と今で違いはない。

売春を禁止する以前の日本においては、「公娼」と「私娼」を区別していた。衛生管理上、適切な環境にある場合のみ「売春」という行為を公認していたのである。それが江戸・旧幕時代以来の伝統的な管理体制であった。私娼は違法だったが、それでも東京近郊なら玉ノ井といった「私娼窟」があったのは、永井荷風の『濹東綺譚』にも描かれている通りだ。それはそれで当時の人々にとっては、極々当たり前の日常であり、それ自体が問題であるとは考えなかったわけである。

「私娼窟」なる区域が存在することは法的には認められなかったはずだ。その気になれば、当局が当該地域を一斉摘発して、売買春を行っていた現行犯には留置場に入ってもらう。そして然るべき刑罰を課す。そんな判断もありえたろうが、そうはしなかったようだ。その理由は明らかで、生活保護、社会福祉に十分な予算を充てられないのであれば、自助努力による生計維持を政府も認めざるを得なかったからだ。自立自助が原則の国民生活を国家が保護するよりは、国防のための軍事予算により高い公共の価値を置くというのが戦前期日本の価値観であった。

であるので、公認された「公娼」にせよ、本来は違法である「私娼」にせよ、そうした場で遊びに興じる人たちは市場性サービス(の一つ)を売買しているに過ぎず、正当な経済行為で、男女のいずれか、あるいは双方が「〇〇罪」で起訴されるリスクはない、という理屈になる。どんな種類のサービスであれ、売る側と買う側の相対取引は、一般的な法律よりは、ビジネスの論理と規律に双方の側が自発的に服する方が良い、という観方を小生は支持する。

このように法ではなくビジネスに内部化して解決していくとすれば、公認ないし容認されているリスクゼロの遊びの場がある以上、あえて健全な普通の男女が交際して、やむにやまれず「不純異性交遊」(何と古い言語表現だろう)へと走り、挙句の果てに別れ話が拗れて、女性が男性を(あるいは男性が女性を)刑事告発するといった事態は、こうなってしまうリスクを考えればハナから選択しないであろう。そう思われるのだ、な。故に、最近のような性行為トラブルは随分減るはずである。

社会的に売春行為を管理することは、法の建て前では「無い」と前提し、あれば「違法」とするが現実には「闇で」行われている行為を、衛生的な適格性を担保したうえで公認するだけであるから、女性の側の行動の自由、取引の自由を基本的に抑圧するものではない。買い手の側の男性にとっても、売る側の衛生が担保されているから、それだけ感染症リスクが減る。法的リスクがゼロとなるのは既述のとおりだ。あとは、現代日本社会が容認すれば済む。

確かに、前時代に戻ってしまうような倫理的な挫折感が一定程度あるかもしれない。しかし、そもそも「行為の犯罪性」について考えて見たまえ。公設カジノでは、賭博を営業し、巨額のカネを賭けさせて、その一部を営業利益として吸い上げ、更にその何パーセントかを政府は税収入として収めているのだ。日本でも競馬や競輪、競艇が公認されている。フェアに考察すれば、賭博と売春と、モラル上の違いがそれ程にあるわけではないと思うが、いかに。

現時点の日本のテレビ画面や新聞紙上でこんな意見を語るコメンテーターは一人もいないはずだ。が、全ての制約をないものとして、自由に考えれば、現実に売春行為を行う女性がいる以上、公衆衛生上の観点からも「公娼」制度を復活して、社会的に管理することの効果は高いと、そう言わざるを得ないのではないだろうか。

イギリスでも、新型コロナの感染拡大期に強力なロックダウンを政府が実行したため、最も生活が困窮したのは「売春婦」たちであったという。彼女らは違法な行為で生計を立てていたこともあって、その絶望を表立って社会に訴えることが出来なかったと、どこかで読んだことがある。さもありなん・・・である。

社会を改善するためには現実的に対応することが不可欠だ。理念を先行させた建前論では解決困難な問題がある、ということでもある。

理念を絶対化すると宗教的な信仰と識別不能になる。現在の「民主主義陣営」が、政治の現実とは裏腹に、イデオロギー統一に力こぶを入れる様子は、何だか「祭政一致政治」をいまやっているようにも観える。ジェンダーフリーやLGBTQの人権擁護も「主義」として語られると、何だか「先験的価値観」ではなく「経験的根拠」を問いたくなる。理念は、「神」とは異なり、人間が(その時の社会の中で)定義した価値として認識される。故に歴史性をもち、従って誕生から発展、変質を経て消滅するまでの寿命をもつと考えておくのが本筋だ。つまりは、理念も主義、価値観も本来は「無常」であろう、と観るのが小生の立場だ。

大事なことは、"Let it be"であって、"Let it should be"ではない。「あるがまま」から出発すれば、自然で負担の軽い統治が可能だが、「あるべきように」と上層部が考える途端に、社会は不自然で、人々には負担を負わせる状態になってしまうものだ。

【加筆2024-02-09】

当たり前だが、売買における男女を反対にしても本稿のロジックは変わらない。

2024年2月7日水曜日

断想: 永井路子『望みしは何ぞ』に想う摂関政治と戦後・自民党政治

ここ1年、マスコミにとっては格好のニュースネタが次々に登場してきたものだから、情報番組のプロデューサーはさぞや仕事が楽だったと想像している。世間的には、幸・不幸の両方が混ざった塩梅ではあるが、メディアにとって有難いのは世の中がずっと多事多端であり続けるということだ。

しかし思うのだが、毎日のテレビ画面、新聞紙上を賑わせているニュースは、今から30年も経ってみると、実はどれもこれも重要な事ではなかった。些細なことだった。多分、そうなるだろうネエと思っているのだ。


今年の大河ドラマに刺激されたのか永井路子『望みしは何ぞ』を読んでみた。平安もの三部作の三番目である。主人公の藤原能信は、藤原道長の息子ではあったが、源倫子を母として陽の当たる道を歩めた鷹司系ではなく、源明子所生の高松系で、同じ道長の子息とはいえ傍流と言える存在である。ただ、能信のやった仕事は、春宮大夫を永年勤め後三条天皇を即位させ、その息である白河天皇が上皇となって院政を始め、摂関政治を終焉へと導いて行ったのだから、歴史的には大したキーパーソンとも言える人なのである。

読んでいると、道長が死去した後、それに触発されたわけではないと思うが、東国で平忠常の乱が勃発した。乱は源頼信が指揮する官軍によって制圧されるのであるが、作中ではこんな風に述べられている:

小さな生命(=天皇の后である中宮や皇后が生む子)が生まれるのか生まれないのか、それがどちらの性徴(=皇位に就きうる男であるか、そうではない女であるか)を身につけてくるのか。

― そんなことでふり廻されて生きているなんて。考えてみれば阿呆な話よ。

その間に関東で起こった平忠常の乱は終わっている。忠常を追討した源頼信がこれを機に関東に地盤を植えつけ、後の武士の勃興の基礎を作った歴史的事件だったにもかかわらず、都の貴族には、それだけの認識はなかった。能信にかぎらず、彼らが関心のあるのは目前の些事 ― 出世と王者の交代だ。この二者は緊密に繋がり、公家社会の求心力となっている。

藤原氏の摂関政治は、娘を入内させ、天皇の男児を産ませ、自らは母方の祖父として政治的実権を握ろうとする政治手法であるから、武力、領地、家臣団など実質的な政治的勢力とは別に決まる、いわば「偶然による成り行き」によって権力の所在が確定するという点に、最初から弱さがあったわけだ。たまたま藤原道長は、多くの娘に恵まれ、その娘たちが入内し、天皇の后となるために他の競合する家門を排除するという、この点において手腕を発揮したのであるが、政治基盤としては持続可能な手法ではなく、甚だ不安定な構造でしかなかった。

だからこそ、ゴシップや人の噂によって政情はどうにでも変わる。そんな時代が、平安中期という時代であったと想像している。

こんな風に、構造的には不安定でありながら、鎌倉幕府創設までの平安400年、藤原氏一門が日本国内のヘゲモニーを把握し続け(られ)たのは、後からみると不思議なことである。

(ほぼ)同じことのように思えるのは、これほど不祥事を次々にひき起こしながら、それでもごく短期間の例外的時期を除いて、戦後ほとんどの期間、ずっと自民党が与党であり続け、日本の政治を運営し続けているという、この事だ。これもまた藤原氏一門が権力の座を占め続けた事例と同じように不思議なことである。

マア、小生は専門家ではないが、戦後日本体制なるものが《アメリカ-天皇-保守勢力(≒自民党・公明党?)》という三本柱で支えられているのに似て、平安中期の日本は《天皇(≒朝廷と官職)-藤原氏-荘園制》という基盤に支えられていたのかもしれない。

いずれにせよ、上にも書いたように、毎日人々が話したり、噂している事は、後になってみれば日々のノイズのような話であるはずだ。おそらくいま足元で毎日メディアから提供されているニュースも、その大半は歴史的意味は何ももっていない語るに値しないような些事である。というより、普通の日本人なら本気とは程遠い、ウスウス座興のような感覚でマスコミが提供するニュースを視聴しているはずだ。


それでも、直近時点で利用可能な情報から、非常に正確に本筋をついている将来予測もあるには違いない。ただ、ほぼ確実なことは、非常に正確な予測なり意見というモノは、世間において極々少数の人々が語っているに違いない。この辺りの事情は以前にも投稿したことがある。

故に、真に知っておくに値する意見は、多数を占めている意見ではなく、評判になっている意見でもない、誰も気が付かない、無視を決め込んでいるような少数意見であるはずだ。そして、その少数意見が実は深い洞察に裏付けられた意見であると理解できる人も、やはり少数であるに違いない。

いわゆる「目利き」は世間において少ないのだ。

その意味では、いま一番大事だと言われる《情報収集》というのは、平安時代の陸奥で行われていた《砂金採り》と非常によく似た努力である、と。そう言えるような気がする。


2024年2月3日土曜日

断想: 次叔父が亡くなった後に想う

父の次弟であった叔父が亡くなったので愛媛・松山であった通夜、告別式に出てきた。92歳であった。父は53歳で他界したので、父よりは随分長い寿命に恵まれた。亡くなった叔父の顔をみると、何だか長い道を歩き終わったあとの安堵感が窺われて、澄み切った平穏を感じた。

北海道に戻ってカミさんとこんな話をした。

小生: すごく穏やかな顔をしてたよ。最後はそういう心境に達したってことかなあ・・・

カミさん: いろいろ思い悩むことも多かったんじゃない?

小生: そうさナア、まあ、男子二人と女子一人に恵まれた長男がいて、かたや子供に恵まれない次男がいる、と。それで本宅を継いだのは次男夫婦の方だった。これだけ聞くと、長男とその父上とは余程折り合いが悪かったんだろうネエってさ、そう思うだろうな。

カミさん: お母さんのおなかに赤ちゃんがいるのに、長男のお父さん夫婦が同居していた家を出て独立するなんて、やっぱりスッタモンダしたと思うよ。

小生: 独立するまでは親父も電車で通勤していたんだし、それが大変だから勤務先に近い狭い家を借りて引っ越すのも、どことなく不自然な話だからな。でも、その前後の事情はほとんど聞いたことがないんだよね。

カミさん: そんなこと、話さないよ。でも、そのとき出て行かれた方は、やっぱり「兄さんたちは出て行ったんだ」って、そう感じたかもしれないね。

小生: 女性には、母としての役割、妻としての役割、嫁としての役割があるって、昔から言われてるけど、母としてお袋を思い出すとき、何の不満も不平も感じないんだよ。母としては百点満点だったと思っている。でも、妻としてはどうだったんだろう?これは親父に聞いてみるしかないけど、うちって結構、夫婦喧嘩が多かったほうかもしれないんだ。

カミさん: そうなの?お母さん、思ったことを言う方だったの?

小生: うん・・・大きな声で言いあってたな。それで、嫁として観るとね、お袋は大家族の中で、テキパキと切り回すなんてこと、苦手だったに決まってるよ。それをするなら、やっぱり◎◎叔母さんの方がずっと上手だったね。マア、独立した経緯は知らないけど、嫁として観るとお袋は合格じゃあなかったのかもしれないなあ・・・

カミさん: 何となく他人のように冷淡にされたのはそれでなの?

小生: 全部憶測で、実際にはどうだったか分からないけどね。

カミさん: それですぐ下の叔父さんがお父さんの代わりに家を守ったとすると、叔父さんたちにとっても迷惑な話だったろうね。

小生: 長い道を歩き終わった後の穏やかさを感じたのは、そんなことかなあ・・・

いざこうして覚え書きにすると、実に昭和的、というより前時代的である。とはいえ、伝統的な日本社会はこんな風であった、ついこの間まで日本社会のリアリティそのものであったのだ、ということも事実なのだ。事実の前では謙虚であるべきだというのが個人的価値観である。マ、「謙虚」と「ビナイン・ネグレクト(=優雅な無視)」が混在している所が現代日本の世相ではあるが。


亡くなった叔父は、戦前の生まれで陸軍幼年学校を卒業している。年齢的には、今の中学校2年生から中3、高1にあたる3年間で、少年の人間形成において最も基礎となる価値観ないし理念を吸収する頃である。老齢の叔母と共に喪主になった養女の△△さんが最後の挨拶で

自分に厳しく、人にも厳しい人でしたけれど、ユーモアがあり、お洒落で、趣味を楽しむお父様が私は大好きでした・・・

小生も、世話になった感謝と母には冷淡な姿勢を貫いた叔父への反感とが混ざりあった感情を持ち続けてきたが、公平に顧みると、上のような表現がトータルとしての叔父の本質を言い当てているように思われた。要するに、軍人気質を色濃くもち親族全体に対する責任観の強すぎる人物であったのだ。であるが故に、しばしば圧伏的な態度、物言いをして、悪感情を持たれること数多に及んだのは、必ずしも叔父が歩もうと予期した人生ではなかったような気もする。長い道と書いたのは、そうした道のことであった。

南無阿弥陀仏。以て瞑すべし。

昨晩、叔母から電話があった。

遠い所から帰ってくれて有難う。これほど嬉しい事は叔父さんにはなかったと思うよ。

電話の向こうで話していた。

何もアメリカら帰ったわけじゃあないよ。当たり前だよ。

小生は人から有難うと言われると、ずっと昔から何だかコソバユイような感じがして堪らない。偏屈なへそ曲がりである証拠である。

実をいうと、いま奇妙なほどに非常に晴々とした気分なのだ。


【加筆2024-02-04】

上で「女性の役割」と表現した部分で「女性の社会的役割」、具体的には「仕事」がない点について疑問が出るかもしれない。本ブログは、あとで愚息やその家族が読めばよいというのがレゾンデートゥルなのだが、「社会的役割は?」と。ゼミならそう質問されそうだ。

もちろん男性も同じである。その頃の男性には、「父」としての役割、「夫」としての役割、「一家の主人」としての役割があった。

だから「社会的役割は?」という質問だが、これは男性に対するにせよ、女性に対するにせよ、非常に愚かな質問である。

そもそも現に生きて生活をしている以上、生産活動に従事している理屈である。故に、生きているということが社会の中で役割を分担していることを含意している。

金銭による報酬を受け取らないからと言って、家事に専業する女性が生産に参加していないことにはならない。家族は助け合いである。当然、全ての人は社会の中で何かの役割を自動的に果たしている。それをイチイチ問わないだけである。現行のGDPに(例えば)主婦労働が計上されていないのは、GDP概念が不備だからであって、かつて日本の内閣府も主婦労働を帰属評価の上、追加計上した「拡大GDP」を推計公表している。非常に重要な数字だ。

金銭を伴う仕事に就くかどうかは、あくまで《余暇と所得(=自由と労働)の消費者選択》という問題で、更にいえば《職業選択》に属する事柄である。つまりは自由意志によることだ。

なので、男女を問わず、その人の「社会的役割」を問うなど、小生は一切しない。というより、その人の社会的役割を問うという意識は、個人や家族の以前に社会を設定する「社会主義思想」そのものではないか。

社会主義は、(時に)平等を実現するかもしれないが、しばしば自由は抑圧され、人権が侵害される結果に終わることは歴史が証明している。更に、社会主義が前提する「社会」は、自国民という正規成員から構成され、排他性を有しがちである。国際化が進み国境が緩やかになりつつある現代において、社会主義は社会の正規成員ではない外国人労働者を不当に処遇する確率が高い。つまり意図せざる差別が社会の中で発生しがちであると思うのだ。