まだ改正してから何か月も経っていないにもかかわらず高市内閣の強引な皇室典範改正は非常に評判が悪いようである。
まあ、確かに数百年の間、傍流であり続けた旧宮家が、いかに「世襲親王家」という特別の血筋であったとはいえ、その辺の事情は現世代の日本人には知識がほとんどないわけである。
今回の皇室典範が、要するに何を含意しているかが明らかになってくるにつれて、社会的な反発が広がるのは無理もないような気がする。
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ただ小生は、この辺には割と冷めていて、何度も投稿するが
誰が天皇であろうと、あっしには関りはござんせん
ホンネはこんな所である。
確かに、皇統と縁もゆかりもない御仁が、いつの間にか天皇になるというのは、日本史を汚すものである、とは感じる。これは正直にそう感じる。
とはいえ、皇位継承にこだわりがあるかと言えば、「何か深いご関係でもおありで?」と、そう問いたくなるのだ。
今から14年前にこんな投稿をしているのも事実だ。少し引用しておこう:
いま皇位継承をめぐって女性宮家を創設する方向で話が進み、内親王の称号を与えられるのは今上天皇の直系女子に限定される方向だと憶測されている。上の戦争責任との関連で議論する向きはほとんどないと伝えられている ― 仮に議論されているとしても一般報道には絶対に出てはこないだろう。思うのだが、歴史的にも採用したことが一度もない「女性宮家」までを創設し、そこまでして明治・大正・昭和と続いてきた直系を正統として守らなければならないのだろうか?守らなくとも天皇制は維持できる。
こんな発想をするのは古いと言われれば古いのだが、男子に恵まれず、ついに今の系統が(万が一)絶えることになれば、それはそれで歴史の流れの中で下された<天意>というものではないだろうか?その時には、敗戦後に廃止された伏見宮系統の皇統が皇族に復帰して、新たに正統として皇位を継いでいけば、よいのではないだろうか?明治・大正・昭和と続く、現在の皇統が聖なるものとして、採用したことがない方策をとってまで直系に執着するには、「永遠に刻むに値するような歴史的歩みだったのだろうか?」というか、国民が心からそう願うための倫理的な根拠が薄弱ではないのか。小生、そう思うのだな。ずばり<国を誤ったではないですか>、実際、それが戦後日本の基本的姿勢だと思うのだが。なのに・・・という意味である。
一口に言えば、
何も無理をしてまで、いまの皇統の直系を守る必要などないのではないかという立場になる。
そう思う根拠は、正に上に引用したとおりであって、結局のところ《戦争責任》というキーワードにたどり着く話しなのだと思うのだ。
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確かに現在世代の日本人は、日中戦争にも、太平洋戦争にも何の責任もないし、満州事変の歴史的評価とか、上海事件への対応の適否とか、知らなくとも、考えなくともよいことである。
しかし、仮に祖父か曾祖父の親類に世を震わす凄惨な事件をひき起こした人物がいて、世間はそれを今では忘れているとしても、事件の当時に被害者遺族にどんな謝罪をしたのか、その後どんな償いをしたのかについて、全く何の関心も持たず、聞いたこともないという生活態度で生きているとすれば、何かの拍子でそれが話題になった時に、その歴史的無知を非難されても仕方がないと思うし、それは現在の子孫が引き継ぐべき《業》であると思うのだ、な。
世界史においては《忘却の権利》も《忘却の義務》もないし、「赦しはするが忘れず」というのは人類共通のモラルなのだろうと思う。
だから上に引用した投稿の最後は
日本の文化遺産の多くは、天皇と朝廷を舞台にした王朝文化である面が大きいのだが、天皇は国家と一体化してきたが故に、政治の荒波から無縁ではありえない。1945年以後10年ほどの間に ― なるほど日本人の多くは食べていくにも大変であったとは思うが ― 道義の観点からとるべき行動で、何か日本人がし忘れた行動が、あるいは幾つかあったのかもしれない。それは後世代である私たちがもう一度真剣に考えてもいいのかもしれない。ま、これが小生の個人的な意見だ。
こんな風に『何か日本人がし忘れた行動が、あるいは幾つかあったのかもしれない』と書いたのは、
もう一度よく思い出して、どんな風に過ごしてきたかを調べなおしてみてもいいンじゃない?
ま、こんなことを考えていたことが分かる。
特に「天皇家」になると、日本の歴史に責任を持たざるを得ない立場でもあろうから、あまり「直系、直系」とこだわるのも何だかネエ……と ― もちろん、今上陛下も現宮家の方々も、こんな風にはお考えになっておられないはずですが。
そういうことであります。
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