2026年7月5日日曜日

覚書き: 天皇の「男系男子継承」は明治政府が始めた非合理な方式なのだろうか?

カミさんに付き合って今朝の「サンデー・モーニング」を視たが、そこでも高市内閣の《男系男子による皇位継承》に疑念が呈されていた。民意ではないというのだ、ナ。

男系にこだわらないなら女系継承も認めることになる。天皇の娘の息子/娘が天皇になれば女系継承になるわけだ。この可能性に保守派が反対している、と。保守派は大半の国民の声に耳を傾けない。怪しからん、と。「男系男子による継承」は明治維新後に政府が押し付けた乱暴な方式にすぎないというのだ、ナ。男女平等をうたった日本国憲法の精神にも反するというわけだ。

「乱暴な方式」というと、鎌倉時代に幕府が朝廷に押しつけた「両統迭立」を思い出したりするのだが、明治以降の「万世一系・男系男子」も政府が強制した非合理な方式であるのだろうか?


マア、正直なところ、天皇や皇位継承など生活にはほとんど何の関係もない。誰が天皇になろうとかまわないのではないか?そう思いもするのだが、どうやら番組制作側は視聴者に受けると思っているらしい。本当にそうなのか、実に疑わしいのであるが、今日もそんな話がテレビ画面で語られているのだから仕方がない。


ただ、出演者の話しを聴いていて疑問に思った点が一つある。

日本は天照大神という女神から始まった国で元々は女帝なのですから・・・

と語る御仁がいたのだが、21世紀の日本の問題を論じるのに、よくまあ神話にまで遡りましたな、と。そう思って面白うございました。

それに天照大神は日本の始まりではなく、その前にイザナギとイザナミの夫婦神がいる。この二神が日本を創ったと『古事記』には書いている。天照大神はこの二神の娘である。神話に遡るなら『古事記』でござんしょう。

とはいえ、三種の神器を授けられて天孫降臨したニニギノミコトは天照大神の孫であるから、皇室の元祖は(神話のとおりなら)そもそも女系である。

つまり、日本人は本質的に女系継承を拒絶しているわけではない  ―   あくまで神話であるが。

それはさておき、《男系継承》を支持する側にも相応の根拠はあると小生は思う。

というのは、(小生は日本史の専門家ではないので雑駁な知識しかないのだが)、史料で確認できる歴史のほぼゝ全体を通して、天皇は男系の直系男子、理想型としては(息子がいれば)父から息子の形で継承されてきた。これは否定できないはずである。女性天皇が複数人いることは事実だが、それは男系皇子がまだ幼いなどの理由で一時的な「つなぎ役」として践祚したとも言える  ―   とはいえ、つなぎ役のはずの持統天皇が強いカリスマ性を発揮したのも事実であったはずだ。この辺り、先日投稿したとおり。

要するに、男系を選ぶ皇位継承は何も明治政府が始めたわけではない。(そうする理由や目的はともかくとして)男系による皇位継承は事実として続けられてきた。こう言っても間違いではない(はずだ)。


次に、直系が絶えたときの皇位継承をどうしたかである。小生は浅学のため、二例しか思いつかない。一つは(先日の投稿でも触れたが)壬申の乱後に100年ほど続いた天武系による継承から天智系に皇統が移った光仁天皇。それに江戸時代後期になるが光格天皇である。


最初の光仁天皇だが、天武天皇以来の女系の男子皇族が何人もいたにもかかわらず、男系男子が途絶えたことを理由に、100年間にわたって傍系であった天智天皇系の白壁王が光仁天皇として即位したのである。光仁天皇。平安京に遷都した桓武天皇の父である。この事は、8世紀末という時点で、男系による皇位継承を続けようとする意識を皇室が有していた証明になるのではないかと思うが違うのだろうか?少なくとも、男系継承は明治政府による勝手な押しつけであるという批判は誤りであろう。

次の光格天皇だが、1780年から1817年まで(あの時代にしては)長期にわたって在位したことから(前後の天皇に比べて)強い発言力を有して幕府を悩ませた天皇である。この光格天皇以後、今上陛下までは直系である。しかし、光格天皇はご先祖の東山天皇が亡くなってから60年程がたった傍系の皇子であり、親王にはなれず、皇族である「師仁王」として処遇されていた人物であった。ところが、直系の男系男子が途絶えたことから、閑院宮の息子である師仁王に白羽の矢が立った。これも男系による継承が選ばれた一例になると思う。

詳しいことは日本史の専門家が研究し尽くしているはずである。

いずれにしても、直系が絶えたとき、血筋の近い女系男子/娘ではなく、敢えて血筋は遠くとも男系男子を選ぶという意識は、(少し?)歴史を遡れば確かに皇室内部にあったと確認できる。なぜ男系を選ぶのか理由や目的は小生の知るところではないが、事実を解釈しようとすれば、そう思わざるを得ない。


少なくとも、男系男子による皇位継承は、明治政府が独断で定めた非合理な方式であり、それは日本の伝統でも何でもないという指摘は、正しくないと思う。むしろ、それがよいという積極的意識で、皇室(及び宮中貴族層も含めて?)が選んできた方法であった⋯⋯

小生の目にはそう見えますがネエ。

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