2013年9月6日金曜日

日本企業の長期成長性にきざす疑念

小生は、投資家としてのセンスは自分でも感心する程に全くといって、ない。古くはDoCoMo株公開時に買い付けた事があるが、株式分割直前で先行き分からないということで売却した。そうしたら2倍だったか、3倍だったかの急騰を演じて、大儲けをやりそこなった。次は、楽天株。やはり注目していたのだが、何せe-Commerce分野の先行きがまだ不透明であった時期、DoCoMo株の逆パターンで大損をするかもしれぬと感じて買うのをやめた。そうしたら、グングンと急成長して買い付けたのは上がった後だった。最近ではソフトバンク。アメリカ進出にも見事成長した。もう買う状況ではなくなった。

カミさんは「うちは、株で儲けると何か変事が起こるから、儲けない方がいいよ」と話しているが、それでも中々一度つっこんだ足は容易にぬけないものだ。

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旧聞に属するが、こんな記事がある。
「リーマン・ショックから5年を経て、世界の株式市場では米国偏重がかつてなく強まった」。大和証券の成瀬順也チーフストラテジストはこう断言する。米ダウ工業株30種平均は2009年3月を底に上昇を続け、今年8月2日には1万5658ドルと再び史上最高値を更新。世界の株式市場で、米国だけが異質の動きをみせている。
(中略)
株式市場が浮き彫りにする「米国のひとり勝ち」の構図。これを支えた大きな要因が、金融史を塗り替えるほどの大規模な金融緩和だ。危機直後の08年11月、米連邦準備理事会(FRB)は証券の買い入れを柱とする「QE1(量的緩和第1弾)」を導入。マネーの大量供給で「早期にデフレの芽を摘み取った」(セゾン投信の瀬下哲雄ポートフォリオマネージャー)ことが奏功し、ダウ平均は09年3月の6547ドルを底に上昇に転じた。
 「米株高を読み解くには、産業革新という視点も欠かせない」(大和の成瀬氏)。アップル、グーグル、アマゾン・ドット・コムは過去5年間でいずれも時価総額を1000億ドル以上増やしている。危機前に隆盛を誇ったウォール街の投資銀行が勢いを失う一方で、米IT(情報技術)企業はイノベーション(技術革新)を矢継ぎ早に積み重ね、気がつけば世界を席巻していた。
(出所)日本経済新聞、2013年8月13日
マクロ経済政策の政策技術が進歩した事は、アメリカ経済学界の貢献が大きいが、もともと新型の金融政策の実験場は日本であった。その日本では、踏み込みが足らずに、成果が十分でなく、新政策はむしろアメリカで花開いたという話しは、何やら航空戦主体の海軍戦略を試行しながら、組織として採用するにはいたらず、大規模に活用したのは米軍であった故事を連想させる。日本の経済学者も欧米で学んで帰国したはずなのだが、個々人の力量もさることながら、若手が進めている新しい考え方までをオープンに動員して活用しようとする国の姿勢。政策当局のスタイルが、どうもアメリカに比べると、保守的にすぎる面がマイナスにきいているように感じる。

そして次に、新しい産業が生まれていること。産業革新である。金融緩和だけではダメなのであって、金融緩和+産業革新がバブル崩壊克服の王道であるという認識が確立しつつある。その産業革新にアメリカが成功している原因の一つに、本当に売れる商品はBtBではなくBtC、というか所詮は玄人好みのニッチ狙いではなく、消費者相手の草の根にアピールしようとする当たり前の事業戦略にあると思うのだ。大体、草の根にアピールするには草の根にいないとダメだろう。日本の組織風土を顧みると、ともすれば法人営業、それも財閥系メガ企業相手がエリート部隊で、地方相手の商売はローカルな下積み部隊として社内でも強い発言力をもたないのではないか?そう言っては極言だろうか?極言でないなら、Facebook、Amazon、Googleに匹敵するような新興企業が育ってほしいものだ。ま、楽天は確かに成功しているが…。

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今年の初め、Amazon株を買い付け、春先には安値に落ちたFacebookを買った。その時点の評価額は日本株が50%を大きく超えていた。その後、日本株は5月下旬にかけて猛烈なスピードで騰がった。なんでアメリカ株などを買ったかと、またまた失敗したか、と思った。しかしながら、9月上旬の現時点、アメリカ株の評価額が日本株を超えようとしている。Facebookは、広告収入の増加があらゆる専門家の予想を超えているので、評価がまったく変わってしまった。Amazonは、長期的な成長軌道に沿って、株価も上昇を続けており、その基調に変化はない。Amazon.comが次々に打ち出している新成長戦略も本筋をついていて、売ってしまうかという気が―蜃気楼のような株価だという専門家もいるのだが―おこらない。

日本株はどうだろう?日立は…、というと確かに昨秋から騰がったが、今以上に日立が世界市場で拡大して、企業として成長するのだろうか?四国電力は…原発再稼働だけが希望だよね。三井物産は…TPPが立ち上がって、うまく貿易拡大に食い込んで行けば、もうちょっと大きな会社になるかな?楽天はどうだ…まあ、日本市場では地位が確立したが、しかしライバルも立ち上がってきているから過当競争になるかもしれぬ。世界では……どうかなあ?

ほんとにもう、上の段落のように日本企業の将来を考えると、… につぐ … なのだ。???と表現してもいいかもしれない。

新興国の経済が低迷気味であるのは、それなりの理由があるが、まだポテンシャルがある。EUの病弊は硬直した制度もそうだが、まずは不良債権、過剰債務を処理すればよいわけで、やることはハッキリしている。日本は90年代の不良債権問題は解決した。過剰債務といっても日本の債務問題は、日本政府が国内の居住者に対してもつ債務問題であって、日本国が世界から借金しているわけではない。つまり浪費体質の変更を求められているわけではない。どうにかなるはずなのだが、「日本企業はこれからも成長するよ」と、そんな風な期待をどうにも持てない。これは確かなのだ。

やはり日本経済は、まるで食い合わせの食材のように<縮小する国内市場+円高懸念>、この二つが未来を暗くしているのだな。何をやっても上の変わらぬ二要因に目が向いてしまうのだ。いっそのことTPP域内では<共通通貨>を採用したらどうなの、と。EUROならぬTAPEA(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)を発足させて、「1タピア」とでも発音すればよいのでは。そんな風に思ってもしまうのだな。

2013年9月5日木曜日

マスコミ報道に一言: 婚外子相続格差違憲判決

昨日、最高裁が婚外子相続格差は違憲であるとの判決を下した。

谷垣法相は違憲判決を受けて、「違憲立法審査権を有する最高裁判所が、憲法違反の判断をしたことは厳粛に受け止める必要がある。判断内容を十分に精査して必要な措置を講じていきたい。相続は日々起きることなので、『法律にはこう書いてあるが、最高裁判所はこう判断している』ということで、いたずらに混乱を生じさせてはいけない。できるだけ速やかに検討して、速やかに対応策を講じていくのは当然だ」と述べているよし。

昨晩の「報道ステーション」でも当然のこと話題になっていて、朝日新聞社から派遣(?)されている記者が、個人的な意見を開陳していた。その概要は、
今回の判決は当然だと思う。ところが、与党保守勢力は家族を非常に重要視する立場をとっていて、夫婦別姓にも反対している。自民党の憲法草案をみても、『家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない』と。憲法第24条に追加することが含まれている。もうホントに時代遅れなんですね。国内で暮らす人たちの多様な価値観を認めることが何より大事ではないでしょうか。
こんな意見を述べていた。憲法草案24条については河野太郎議員が反対していて聞いている人も多かろう。

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色々な生き方を認める。小生、反対はしない、というか大賛成だ。しかし、ちょっと待っておくんなせえ。そう言いたくもなるのだ、な。

倫理をどう考えるのか?善悪の別をどう考えるのか?規範意識を放置すれば、いまでも階層化が進んでいるのに、分裂へ向かう契機になるのではないか?

前近代においては宗教が規範意識の土台であった。近代に至って、理性が神に置き換わり、カントは実践理性の存在を認めた上で、普遍的な倫理規則をすべての人間が共有できるはずであるという結論に至った。そこには「個人別々の倫理を認め合う」という思想はない。

「多様な価値観」という言語表現のうちに、何が善であり、何が悪であるかについても、個人個人で色々な考え方、別々の倫理観があるという見方が含まれているなら、是れ既に「倫理の否定」であって、悪を羞じる心がなくともよいという立場に陥るのではないか。その人にとって、その行動は「悪」ではないのだから。

人として何が大事か、まあ色々考え方もありますから……と、こんな風に言い出せば、反政府勢力に化学兵器を使っても、この国にはこの国の倫理があるのです。アサド政権はこう反論するであろう。大河ドラマの八重ではないが『ならぬことはならぬのです』と、そこから生きる事を始めるのが「倫理」であろう。多様である余地は、「倫理」にはないのであって、意見が異なるのは「色々な倫理」があるからではなく、個々人の理解が不十分だからだ。こうも言えないか。

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だから、単に自民党保守勢力が主張していることだから、古臭いに決まっている、時代遅れに決まっている、時代遅れのことは間違っているに決まっていると考えるとすれば、とんでもなく傲慢な姿勢である。

とはいえ、「国民共通の規範」という概念自体、時の権力の統治ツールであった面も見逃し難い。なぜ国民の規範意識を統一する必要があるのか?窮極的には、均質・良質の兵士を徴兵して強力な国軍を編成するため、労働者という経済戦争の兵士を調達するためであった。つまりは、「国民国家」の誕生と「神から理性」、「信仰から倫理」への置き換わりは表裏一体のものであり、歴史においてほぼ同時に進んだことである。そうしてどの文明国家も富国強兵、その果てに侵略と拡大を目指して競争する近現代400年が形成されるに至った。そう見ることも出来るような気がするのだ、な。

もし21世紀がカビの生えた国民国家が崩壊して行く時代であり、世界共通の自然観、人間観、生命観、社会観が浸透し、受容されていく時代であるなら、日本もまた日本独特の家族観に執着する必要はない。まして成文憲法に記載する必要はなにもない。有害かもしれない。そう言うべきだろう。

2013年9月2日月曜日

麓郷から ― 黒板五郎に最後にあったときの話し

ドラマ「北の国から」は1981年から放送されたのだが、小生がカミさんと一緒になったのは1984年である。子供が大きくなる過程が黒板家と重なっていて、まあ簡単に言うと北の国から世代に属している。昨日、富良野の麓郷の森に行った帰り、連れが用を足してくると言うので、所在なげにそこに立っていた掲示板に目をやると、黒板五郎の近況が紹介されていた。まだドラマ化もされておらず、あまり見る事もない文章だったが、撮影しておくのを忘れてしまった。


帰宅して、色々と検索して、大体が復元できたので記録しておきたい。
この冬。しばれる日の夕方でした。
プライバシーの都合上、場所を云うことは避けますが、思いもかけぬ富良野のある場所で、黒板五郎さんとばったり遭遇しました。僕も相当驚きましたが、向こうも相当 驚いたようでした。最初、彼は反射的に知らんぷりしようと僕を無視しました。それでも 僕が近寄ったので逃げられないと観念したのか、その晩 逢うことにやっと応じました。応じてすぐに仕事に戻りました。そうです、彼は働いていたんです。マイナス10度の夕暮れの町の片隅で、彼はまだ体を使っていました。

くるみ割りという古い喫茶店で、その晩彼と二人で逢いました。彼は自転車でやって来ました。

彼は最初 なかなか口を開きませんでした。

ポツポツと口を開き始めたのは、30分以上経ってからでした。まぁ昔から彼はこういう男でした。「北の国から」の取材に関しては いつもこのかん黙に苦労させられたものです。別段 彼は元々の無口と云うわけではなく、むしろ口の軽い方なのですが、その昔僕が彼を 高倉健さんに逢わしてしまったことがあり、それ以来 自分を恥じきってしまって、必要以上に自分のことを口の重い男に 見せたがるようになってしまった というわけです。

で、彼のその可愛い人生哲学を傷つけぬように気を使いながら、しばらく聞き出したのが以下の彼の消息です。

彼は今年、喜寿を迎えたそうです。しかし年金を払ったことがない為に、国から年金は貰ってないそうです。税金も払ったおぼえがなく、生活保護なんて制度もしらないそうです。国に果たすべき義務を果たしていないから、国から何かしていただく筋もないそうです。何で喰っているのかと問いましたら、「智恵と筋肉」と短く答えました。只その筋肉が近頃だいぶガタがきて、「パーツの衰えを感じとる」と云いました。よくよく困ると中畑の和夫さんに頼み肉体労働をさせてもらって、金でなく物で和夫さんからもらっているらしいです。純や螢や正吉から時々仕送りがあるらしいのですが、それも一切手をつけず和夫さんに渡しているらしいです。
僕が最も感銘を受けたのは、別れ際に云った彼の一言です。
誰の世話にもならず、人の知らん森で、ひっそり死にたい。
オイラの体をキツネが喰い、残された骨とか土壌菌とか小さい命が長い時間掛けて食いつくし、
そういう小さい命のお役に立って全部きれいにオラが消えた時、オラの一生は終わったと言えるんだ。 
と黒板五郎さんは最後に言った。
聞き手は倉本聰と推察される。最後の一言の前後にまだ少し文章があったような気もするが、大体、上のようだった。 文意、非常に気に入っている。

そういえば、正吉夫妻は福島・いわき市で暮らしていたらしいが、大震災当日、正吉は子供を助けようとする中、津波に飲み込まれてしまったということだ。蛍は子供の快を五郎に預けて、福島市で看護師として働いているらしい。ドラマ化を切望する。

2013年9月1日日曜日

日曜日の話し(9/1)

週末、美瑛郊外の白金温泉まで小旅行をした。カミさんと同行し、旭川で修習中の愚息もピックアップして、三人で湯元温泉ホテルに宿泊した。広くはないが露天風呂は渓流の音が聞こえてきて中々結構だ。愚息の旭川修習期間は今月で終わり、次は東京に行き、来年早々から実際の業務に就く予定である。となると、親子で同宿するような旅行は今回が最後かもしれない。

実は愚息の名は「弘之」という。いままで話さなかったが、名前をつけた由来というか、その訳を昨晩話しておいた。
小生:お前、知ってるか?名前を決めた理由。
愚息:知らない。聞いたような気もするけど。
小生:それは弘法大師の弘の字をとったという奴だろう?実際は違うんだよ。話さなかったけどな。これ、読んでみろ。
愚息:士は以て弘毅ならざるべからず……
小生:兄弟二人に弘と毅の字を一字ずつ分けたわけだな。次に、「任重くして、道遠し」ってあるだろ。弘って字は「広やかな心」という意味なんだな。毅の方は「どんな人も受け入れる広い心をもつ一方で、決める時には断固として決断して、揺るがない。毅然としてるって意味だ。なんでこの両方がいるかっていうと、重い任務を課せられて、歩いて行かなければならないから。これが任重くして、道遠し、だ。
愚息: 次の「仁、もって任となす」は?
小生:重い課題は具体的に何かっていうことだよ。儒学流の人間理解は、古代ギリシアのソクラテスやプラトンあたりとは違っているんだが、ま、大雑把にいって四つ大事なことがあるというんだな。その第一が仁だと言っている。それだよ。次に、「また重からずや」とあるだろ。「仁が任務というのは、これは大変だ。重い課題だ」と、そういうことだね。それから「死して後已む」、つまりいつまで頑張って任務に堪えないといけないのか?死ぬまでだ。一生だ。そこで「遠からずや」と来る。全体としてはそんな意味だ。要するに、言葉で「仁」とはいっても、超一流の人間にとってさえ、そうそう簡単に実行できない、身に付くはずはないということさ。兄ちゃんは、ああいう感じだから、毅然といっても荷が重すぎるからな。これまで話さなかったが、お前は公に就くだろ?利害得失より大事な事柄がある。それで話したんだよ。
この後、「じゃあ、具体的に仁ってどんなこと」というので「惻隠の情は仁のはじめなり」を出して、仁・義・礼・知という、まるで里見八犬伝のような語りをしたのだが、これはまあ省略してもいいだろう。ま、臆面もなく名前の由来など、親が子に対して絶対的優位にたてる話題ではある。それにしても、改めて上のやりとりを読むと、エエカッコをしたものだ。

なるほど確かに、<国益>と大上段に振りかぶってみても、所詮は<利害得失>に関する話しであり、人間社会にとって最も大事な論点ではない。国を考える時も同じだ。是非の違いを認識する智慧があれば、それだけ利益追求が巧みになる。が、それでいいというわけではないというのは、2500年も昔から当然のことだったわけだ。利益など「確かに上手いやり方だね」という以上の意味は人間にとってない。そう割り切っても社会の真相からかけ離れる事はないのだろう。正解を探そうとする是非の心は、相手を思いやる仁、悪をはじる義の心、譲ることを知る礼、これよりも下位にある。そう思うのが、伝統的な儒教的な発想だ。西郷隆盛も「進む道に迷ったときは何が利益であるかではなく、どうするのが悪であり、どうするのが善であるかで決めよ」と語っているよし。同じ文脈だな。利害得失に重きをおかないのは、古代ギリシアの哲学者も同様であり、人間が求めるべきことは<幸福>であって、<利益>ではない。<国益>が大事であると断言する考え方は、すこし単細胞的であって、バカに近いと言われても仕方のない側面は確かにある。

とはいえ、この話題は厄介だ。また別の機会に。


美瑛の樹には名前がついているのが多い。ケンとメリーもそうだ。この後、マイルドセブンの丘の側を過ぎた所にあるドイツ風"Land Cafe"で休憩をとる。


台風が接近して雨がひどく、「青い池」はBlueというよりGreenに近い色調だった。それでも周囲の自然は隔絶してよい。宿への途中に立ち寄ったのだが、更に近くにある陶芸ギャラリー「皆空窯」でぐい飲みと珈琲カップを買う。

今日はパノラマラインから十勝岳温泉を経由して富良野に行く予定だったが、霧が濃く、再度美瑛の街に戻り、国道を南下して富良野まで走る。新富良野プリンスホテル近くの「森の時計」で昼食をとり、そのあと「北の国から」の舞台・麓郷を回った。愚息が同ドラマを一度も観たことがないと言ったのには驚いた。免許とりたての愚息がずっと運転をしたが、いい練習になったようだ。こう書いてみると、今回は倉本聰ドラマツアーであったかもしれない。風のガーデンに寄る時間がなかったのは残念だ。


2013年8月30日金曜日

この10年の制度改革は何だったのか?

職業資格と専門家教育は確かに重要だ。しかし、新興国ならいざ知らず、日本は戦前期を含め永い期間に渡る経験の蓄積があった。

にもかかわらず、この10年間で学校教育の在り方、法律専門家、会計専門家、医師、看護師、薬剤師などの高度職業教育の在り方をめぐって、色々な改革が講じられてきた。

ところが……
(1)
法科大学院は出たものの、法曹への道は断念-。そんな法科大学院修了者の就職活動を支援する動きが広がっている。新司法試験で不合格となった修了者が一般企業に職を求めても、年齢の高さに対して社会人経験が乏しいため、企業側に敬遠されるケースも多かった。こうした中、修了者の法的知識に着目し、企業への紹介を行う会社が登場。法科大学院側も「就職支援をアピール材料に」と同社と提携を始めた。(滝口亜希)
 ■ 気がつけば30歳
 「学んだことを強みにできるのではないかと法務の仕事を希望したが、面接にさえ進めなかった」と就職活動の厳しさを振り返るのは関西学院大学法科大学院を修了した花(はな)畑(はた)雄(ゆう)さん(31)だ。
 新司法試験では法科大学院修了後5年以内に3回の受験が認められているが、花畑さんは平成24年試験までに3度不合格に。いわゆる“三振”となり就職活動を始めた。このときすでに30歳。資格は普通乗用車の運転免許しかなく、就職サイトから応募した5社は全て書類選考で落ちた。
 文部科学省によると、17~19年度の修了者約1万1500人のうち5年以内に合格したのは約5900人。ほぼ半分が受験資格を失った計算だ。企業への就職に切り替えても、さらに苦労する例は少なくない。 
(出所)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/619369/

本ブログで何度も話題にしているが、法曹専門家養成の制度改革は一体なんであったのか、と。導入を急いだにせよ、あまりにも多くの見落とし、未検討の問題が残っていたのではないか。身近なことでもあるし、言い募りたいところだ。

(2)
公認会計士試験(国家試験)の受験者が減っている。平成18年度から試験制度が改革され、合格者が大幅に増加したものの、その“受け皿”となる就職先が見つからなかったためだ。25年度の受験者はピークだった22年度の6割程度まで減少。現在、試験合格者の「就職浪人」は少なくなったとはいえ、受験を躊躇(ちゅうちょ)する人は多く、関係者は合格者の質の低下を招きかねないと気をもんでいる。
(中略)
■ 発端は金融庁の“失政”
 会計士業界で「2009年(平成21年)問題」と呼ばれた試験合格者の就職難。監査法人だけでなく一般企業で働く会計士を増やすため、金融庁が18年度から合格者を増やし始めたのが発端だった。20年度までは、上場企業を対象にガバナンス(企業統治)体制をチェックする内部統制制度への対応で監査法人が会計士の採用を増やしたため、就職は合格者側の「売り手市場」だった。
 日本公認会計士協会によると、会員(会計士と会計士補、試験合格者)の数は、12年に約1万6000人だったが、22年に約2万7000人、24年末時点で約3万2000人と順調に増えた。
 しかし、内部統制への対応が一巡した21年から状況は一変。20年秋のリーマン・ショックが会計士の需要減少に拍車をかけ、大手監査法人は採用数を前年から3~5割も減らした。不景気で企業の新規上場が激減したうえ、企業の業績悪化により監査報酬の値下がり圧力が強まったためだ。
(出所)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130826-00000503-san-bus_all
見込み違いは、裁判所・法務省だけではないということだが、いずれも官庁の裁量によって決定された事である。それが混乱を招いている。

(3)
高学歴プア 東大院卒就職率56%、京大院卒はゴミ収集バイト
 学歴は武器、どころか足かせとなった。名だたる大学院を出ても非正規雇用、あるいは無職となってしまう者たちが続々と生まれている。そんな高学歴ワーキングプアの実態を『高学歴ワーキングプア』(光文社新書)の著者である評論家の水月昭道氏がレポートする。
 京都大学大学院で博士号を取得したAさん。30代前半で他の大学の授業を週に2科目担当する非常勤講師だが、同時に毎朝の「ゴミ収集アルバイト」も続けている。生活を維持できないからだ。
 大学の非常勤講師は1科目を担当すると月4コマ(1コマ90分)の講義を行なう。報酬の相場は1科目3万円だから、Aさんは月収6万円。生活費に加え、資料代や研究費などの経費まで自己負担するため、アルバイトせざるを得ない。「超高学歴ワーキングプア」といったところだろうか。
(出所)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/620856/
大間違いをおかしたのは、法務省・裁判所、金融庁だけではない。文部科学省の大学院拡充路線も日本国内の現実とかけはなれた空想的な制度改革であって、悪名高い失敗例として確定しつつある。

☆ ☆ ☆

この10年の制度改革の失敗例は、もっと挙げられるがキリがないので止めておく。

確かに明治期においては明らかに、大正・戦前期昭和においてもまだなお、中央官僚の専門的知識と職業能力は一般国民に比べて比較を絶するほどに高かった。そもそも旧制高校から大学を併せて計6年間の高等教育が戦前では通則となっており、当時の進学率を考慮すると、文字通りの選りすぐり(=選良・エリート)が中央官僚を目指していた。前半の高校3年間は人間形成を目的とした教養教育が徹底されていた。寮生活を軸とした友人との切磋琢磨が人格形成、学力形成の土台であったことは、経済学者・森嶋通夫が何より力説していたところだ。

大事な事は、それにもかかわらず、というかそれでもなお戦前期日本の指導層は愚かな開戦を選んでしまったという事実である。組織と規律が崩壊すれば、個々人がいくら優秀であっても、全体としてはバカ同然になってしまう好例であろう。しかし、専門家養成の基本路線は正当なものだったと感じている。それは亡くなった祖父や父から聞いた話しからも憶測できるのである。

現在はどうだろうか。中央官僚の専門的知識水準は、平均的にみて、戦前期とは比較を絶するほどに劣悪である。この点については、わざわざ述べる必要はないと思う。

現在の中央官僚、特にキャリア層は、口では政策の企画立案を担当するといいながら、実は十分な専門的知識を有していないために自らを<事務方>と称し、各種審議会や有識者会議を経ることによって政策立案を行ってきた。しかし、実はそれらの会議は<事務方>が誘導したいと願っている結論を得るための<隠れ蓑>であることが多い。その事務方による考察はと見ると、専門的知見に基づいた高度な提案などではないのだ― 反対に、学者に転出したいとホンネでは思っている役人が、欧米から直輸入された分析ツールを使って、演習のような結論を出す事もあるかと推測する。そもそも審議会とはいえ、最近の「御用学者」は知見では劣り、知見に優れた一流の有識者は自らの仕事に多忙であって、審議に入るにしても一過的である。

……どちらにしても地に足がついた結論が出てくる道理はない。制度改革が失敗するのは当然である。上に三つ上げた制度改革の犠牲者は、日本の中央官僚の学力低下によるものだと思う。

☆ ☆ ☆

大体、「消費増税の集中点検会合・有識者60人」は、何の意義があるのだろう。なぜ60人なのだろう?なぜ100人ではないのだろう?なぜ500人ではないのだろうか?多ければ多い程、偏りが小さくなるのではないか。そもそも60人もの有識者に意見を求めなくとも財務省、経産省などの官僚が議論し、合理的な結論は出せないのか?責任を負うのが嫌だから、みんなの意見を聴いているだけではないのか?データを踏まえて学問的な議論を省庁内部で詰めて行くだけの知識、学力がないからじゃあないのか?法学、経済学、都市工学などなど、メシを食う分野においては、学者としても一流でありうる知見が、本来官僚には求められているのではないだろうか?専門外のことも本筋を理解する知力と地頭がいるはずだ。

英首相だったチャーチルは『第二次大戦回顧録』を執筆し、ノーベル文学賞を受賞しているのだ。古典『戦争論(Vom Kriege)』を書いたのはドイツの職業軍人クラウゼヴィッツだ。江戸期の老中・土井利位は雪の結晶を研究して「雪華図説」を著したし、その家老であった鷹見泉石は一流の蘭学者でもあった。鷹見泉石と親交のあった三河・田原藩家老の渡辺華山は画家としても歴史に残り、泉石の肖像画はいまは国宝となって国立博物館に保存されている。近く戦後では元大蔵次官・長沼弘毅氏の翻訳したシャーロック・ホームズを、ずっと昔に愛読していたが、氏は国際的なホームズ愛好者団体である"Sherlockians Club"の会員でもあった― だからといって仕事の方でも超一流であったかどうかまでは熟知してはいないが。そもそも法律専門家として、経済専門家として著名な人物は官僚内部で育ってきているのだろうか。いつの間にか身も心も100%「事務方」になってしまったか。

一体、中央のキャリア官僚はいま何をして、何を目指して、何のために俸給をもらっているのだろうか?


2013年8月28日水曜日

当然の法則-結局は実力相応の人生をおくるものだ

幸運に恵まれれば富裕になるし、運が悪ければ貧困になる。そうした面はなるほど大いにあるが、先輩や同輩、友人、教え子等々、色々な人たちを概観してみると、大体は実力相応の仕事をして、実力相応の実績をつんで、実力相応の暮らしをしている。そんな風に思うようになった。人生の浮沈、様々であるものの、納得できないという思いは案外してはいない。納得できるのだから、「世間」というのは意外と合理的なのだろう。

東京圏に戻って仕事をすれば収入は上がろうが、いま楽しんでいるユッタリとした時間はなくなる。ま、この辺で手を打つかと思うようになった。どこで何をしようと、その人の人生は、満足度という次元において、幸福という面において基本的に様変わりはしないものだ。無論、貧困の相続という現象はある。不幸の再生産という社会問題が発生している。それは確かだが、やはり落ち着く所に落ち着いているのが世間だと思うようになった。

人間にはそれぞれ<器>がある。器をこえて生きようとするのは、その人と家族にとって不幸の原因になると、今は考えている。

× × ×

最近、校長公募が流行している。公募する側にも、応募してくる側にも、一定の理由があってのことだ。ところが、あにはからんや、着任して1年にもならないのに退職する人がいるという。
退職したのは大阪市立南港緑小学校(住之江区)の校長に今年4月に就任していた千葉貴樹氏で、6月25日付で大阪市教育委員会議で退職を承認された。その日の記者会見の場で千葉氏は、「経験を生かし、英語教育に力を入れたいとアピールしたが、今の学校の課題は基礎学力の向上だった。英語教育に力を注げる環境ではなかった」と退職の理由を述べたという。
自分が期待した能力のない子どもたちだった、とも受け取れる弁だ。自分がおもっているレベルの学力のない子どもたちばかりだから捨てる、と言わんばかりだ。
10年以上も複数の外資系証券会社で勤めてきたという千葉氏は、成果主義のなかで生き抜いてきたのだろう。その経験から、短期で成果があがらなければ切り捨てる、という選択をしたのかもしれない。
(出所)前屋毅「公募校長辞任でおもう、この国はだいじょうぶか」
「損切り」は、事業においては非常に重要である。バブル景気崩壊後に民間金融機関は、淘汰するべき不良債権に望みをかけて、また復活させようと無駄な努力を払った。日本の「失われた10年」はそのために起こったことだ。「見捨てずに行こう」というその努力が真に愚かなことであったと心から理解しているのだろうか?「いま見捨てると過去の判断が間違っていたことになる」という問題先送りと識別できない点こそ重要だったのだ。成果があがらなければ切り捨てるという判断が、それ自体、間違っているということはない。

とはいえ、自分のプランが結実しそうかどうかの判断を3か月でするというのは、教育活動は愚か、起業支援においても、正当な判断ができる段階であるとは思えない。出来ないはずの判断を下したかのような体裁をとって逃亡したとも言えるし、あるいはそれ以前に教育者に求められる適性を自分が満たしているかどうかの確認すら怠っていたとも言えるわけであり、人材としては一流どころか、二流でもない。そう受け取って仕方がない話ではある。当該人物にとって今回の退職が、今後の新しい人生の中でどのように位置づけられるのか。おそらく今後、何度かの幸運と何度かの不運を経験するではあろうが、今回のケースから推測される<実力>を考慮すれば、大した成功はせず、まあ、ほどほどの暮らしっぷりに落ち着くであろうと。そう予想しても間違うことはないであろう。

重要なことは、その人その人の実力相応の人生を送れるように<機会>を与えるという点にこそある。3か月で短期退職したということ自体が問題ではないと思われる。もちろん人選基準に不備はあったのだろうが。

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<実力相応の人生>という点から言えば、次の<半沢化現象>はネガティブに評価せざるを得ない。
また、神奈川県の倉庫管理会社では、休憩時間を大幅にオーバーして戻ってきた社員が注意された際、Twitterなどで「うちの上司はパワハラだ」「この会社はブラック企業だ」などと書き、注意処分を受けたところ「やられたら倍返し」と言い放ったという。
 労働事情に詳しいジャーナリスト・佐藤大吾氏は「ブラック企業という言葉ばかりが浮上して、問題社員の反抗材料みたいになってしまうのは最悪のパターン」という。
「会社は、トップの判断がおかしいと思っても、組織として業務を円滑に進めるために一致して行動しなければならないこともあります。内容問わず部下に刃向かう社員がカッコイイというような空気はいいとは言えません。ドラマ『ショムニ』(フジテレビ系)や『斉藤さん』(日本テレビ系)が人気なのも、『半沢直樹』と同じく強い相手に臆せず正論を吐くからですが、現実ではなかなか難しいでしょう」(同)
(出所)絶好調『半沢直樹』の影響で「やられたら倍返し」乱発の“ブラック社員”が急増中!?

ロジックで考えれば、業務遂行能力が不十分な社員は管理者の裁量で配置換えするべきであるし、その判断に不満足であれば退社すればよい。不満足の果てに怠業をすれば解雇する裁量が社の側にあると考えるべきである。そもそもシンプルこの上ない理屈のはずなのだ。

しかしながら、そのロジックが正規社員の地位保全・解雇規制の下では中々通らないことが、企業経営を非合理的にしている。ある側面の非合理(=正規社員の保護)は、別の側面の別の非合理(=契約社員・派遣社員など不安定雇用)をもたらす誘因となり、会社はそのようにして全体的な経営合理性をとろうとするものだ。でなければ、日本企業は経営成果を出すことができず、国際的M&Aの標的になるだけだ。

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<実力相応の人生>で処遇することが日本社会の基本原則なのではないだろうか。実力の違いが実績の違いとして現れ、実績の違いが処遇の違いに自然に反映される仕掛けが最も大事だ。いかに善意に基づくものであれ、そんな自然のプロセスを人為的に制御しようとすれば、問題は永遠に解決できず、改正が改正を生み、複雑化し、制度の存在意義が評価できなくなるものだ。

<善意>で社会を改善できる余地はほとんどない。というか、善意そのものが社会というレベルでは定義不能であろう。

福沢諭吉は、明治初期のベストセラー『学問のすすめ』の中で、怨望(=嫉妬)だけは社会に良い効果を一切もたらさない最悪の動機であると指摘している。そして、その怨望はどんな状況で発生しがちであるのかという点にもふれている。

福沢は、怨望はその人の努力では何とかする余地が全くない、すべて運・不運で結果が決まる状況で蔓延するものであると述べている。だからこそ身分制社会、封建社会は福沢の敵だったのだ。<機会>を公平に与えるフェアネス(Fairness)が大事だ。チャンスが公平に与えられていれば、結果として富裕な人と貧困な人に分かれるとしても、事後的な結果は合理的なものである。合理的な不平等の下で嫉妬は蔓延しないーまあ、ゼロにはならないだろうが。むしろ結果の不平等は若い人たちの士気や野心を高めるものだと、小生は思うようになった。その時には、カネは不平等でも、幸福は平等に近づくのではなかろうか?



2013年8月27日火曜日

言葉遊びをもう一度: 日本的な失敗方程式

福島第一原発の汚染水問題で政府もやっと腰を上げるつもりになった様子だ。責任を引き受けて問題を解決する自信ができたのか?自信があるなら、なぜもっと早く実行しなかったのか?なかった自信がわいてきたなら、何がどうなって自信ができたのか?自信がないままに税金を投入するなら、それを事前に伝えておくべきではないか?

ま、とにかく分からないことだらけだ。

「全てが闇の中で分からない」というのは、日本の軍事・政治・行政、というかあらゆる組織運営において非常に頻繁に目につく失敗例であると思うのだ。今日はメモにすらならないが、ちょっと思いついた言葉があるので書き留めておく。日本特有の失敗の方程式は、よく耳にする三つのセリフから構成されている。

心配ご無用!
  ↓
申し訳ござらぬ
  ↓
……春さそふ〜(辞世・切腹)
春さそふ〜というのは余りに優雅な辞世であるが、典型的には吉田松陰の一首などは同感だという日本人が多数いると思う。
かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂
まあ、大体、組織の基本方針に逆らって、独善・独断的な単独行動に出る場合は、上のような心理状態にあるものだ。それをみる野次馬的な大衆は概ね助命嘆願を繰り広げる。こんな情景は日本の歴史上、あまりに多くみる『いっちゃん、ええとこ』なのである、な。

☆ ☆ ☆

仮に昭和6年時点に関東軍参謀だった石原莞爾が、何か計算違いをおかしていて、満州の武力侵略が失敗していたら、上の失敗の方程式に当てはまっていたであろう― あてはまる確率もそれなりに高かったと小生には思われる。

心配ご無用とは、口出し無用という意味であるが、もし神風特別攻撃が作戦決定される前に、誰か数人が出撃を志願して「どうするつもりか?」と上官から質問されれば、何も言わずに「心配ご無用に願います」と答えるに違いない。すべてを察した上官が「そうか…生きて帰れよ」と言葉をしぼり出す。無言で去った数名は、いよいよというときになり、生還できないことを「申し訳ございません」と謝罪し、上官は死んだ部下の文箱から辞世の句を見いだす。パターンは変われど、こうした場面はなぜ日本人の胸を打つのだろうと、常々、不思議に思っている。

満州事変にまで遡らずとも、1980年代のバブル景気の時代、銀行内部でも上の失敗の方程式の該当例はおびただしく発生していたであろう。「心配ご無用です」…、「申し訳ありません」。

一体、誰がモデル・ケースになって、ずっと模倣されているのだろうと。 実は、よく出来た作品には、「心配ご無用です」という二流の人材の傍らに、かならず物事のよく見える一流の人材がいるもので、ところがお上の信頼は二流の人材にある。だから一流の人材の意見は通らないのだな。それで、最後の修羅場になって二流は逃亡し、一流が最後の望みを託され、しかし遅きに失し「申し訳ござらぬ」と、謝罪するのは責任のないその一流の人であったりする。

東電は「心配ご無用」といい、監督官庁は全てを知りつつ「そうか、よろしくお願いする」と答え、いざ大問題になってから「申し訳ございません」と東電は謝罪し、おそらく直接責任者が詰め腹を切るのだろうし、一介の責任者の処罰などマスメディアは見向きもしない。政府は淡々粛々とあとを引き継いで巨額の税金を投入してとりくんでいく。その体制作りの犠牲が責任者の生首である。

茂木経産相が示した五つの方針は、政府発表の新作戦というわけであるが、まるでサイパンが落ちたら、硫黄島を死守せよ、そこも落ちたら沖縄決戦だ。これでは大本営発表の二番煎じではないか。そう感じるのは、小生だけだろうか。いつになっても変わらない失敗のパターンを繰り返す根本原因は、ズバリ、<情報隠蔽>である。誰をかばうのか、自らをかばうのか、トップをかばうのか分からないが、この情報隠蔽を<忠義>と勘違いして穏便にはからうマスメディアも、もしそんな姿勢をとっているなら、同罪であろう。そして、暴動の一つをすることもせず、ずっと「エリート」を信じ続ける「普通の人たち」、この図式が日本的な失敗が生じる基本構造である、と。

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ずっと若い頃に、そんな議論をして日が暮れたものだが、案外、それほど間違ってもいないと感じる最近なのだ。

結果としては、今回の原発事故においてもまた、<普通の人たち>が捨て駒となり、<最上層部>が傷つかないまま未来に残る、そんな行為を又々とっているのではあるまいなと邪推したくなるのだ、な。普通の人たちの集団的利益こそ守るべき<国益>であろう。そのための基本はノーブレス・オブリジェ(noblesse oblige)である。城が落ちたら城主が責めを引き受けて、配下は生きるのだ。その覚悟があって城主は命令を下せる。楽員は演奏中は指揮者に従うのだ。指揮者は指揮をして、出来が悪ければ「すべては私の出来が悪いからです」というのだ。これを部下、いや楽員が言ってはムチャクチャだ。上にその覚悟がなければ、下の方から「心配ご無用」となる。これが下剋上にそのまま状態遷移することもたまにある。太平洋戦争に敗北した際には、仕方がないのでこの原則を(基本的に)受け入れたものの、日本の歴史を通して「ノーブレス・オブリジェ」は決して倫理であったことがない。日本の指導層は基本的に不可侵なのだ。上が不可侵だから下が捨て駒になる。とても民主主義とは言えない。このスピリットと民主主義の精神との両立をどうするかが、日本の民主主義の最大のウィーク・ポイントだと小生は思っている。