本日はこのブログでも毛色の変わった主題についてメモしておきたい。
日本の仏教信仰の中でも自力本願と他力本願は信仰上の原理の大きな違いとして意識されてきた。禅宗は自力を、浄土系思想は他力によっている。
子供が独立して仕事のほうでもある到達感というか、この辺でまとめの段階に入るかという意識が芽生えると、にわかに残りの人生をいかに生き抜くのがよいかという、そんな問題を考えるようになる。まあ、一言でいえば「晩節」を美しく生きたいわけである、な。
せっかくここまで大過なくやってきたのに、何を欲をかいて、意地汚くと。そんなところだ。
我が家には両親の仏壇があり、毎月親しくしている寺の住職が来て読経をして帰ることになっている。日常の時間の一部になっていたそんな習慣に加えて、最近では自ら仏前に座り、南無六字の名号を口ずさむことが増えてきた。
小生の家は先祖代々ずっと他力信仰でやってきた。
他力本願の最大のハードルは『阿弥陀如来はどこにいるのか?存在していないことは歴然としているではないか』、そんな疑問をどう解決するかだろう ― もちろん仏教思想を大学で専攻すれば、この辺は、当然のこと、講義も聴き、自分でも勉強して消化しているに違いない。が、そんな時間は持ってこなかったし、統計学が専門の小生にはこれからも持てない時間である。
他方、自力本願の最大の難点は『自分の努力で阿弥陀如来の救済に相当するほどの悟りに到達できるなら人間は信じられないほどの力をもっていることになるが、それは本当だろうか?』、ま、そんな疑問であろう。
最近になって、だんだん理解できて来たので覚書にしておきたいのは、心の救済を願う阿弥陀如来は自分の心の中に潜在している特定の意識を指すのだろうという点である。
意識の中に存在すると考えれば、他力本願という思想は理路一貫する。要するに、救いとは病気を治してもらうという外面的な治療ではなく、悩みや不安からいかに解放されて平穏な心の状態にいられるかというそんな問題なのだろう。とすれば、特定の心の働きが救済をもたらすという考え方はそのとおりであるし、人間なら誰でも救いに至る心的要素をもっているようにも思われる。
所詮、「世界」というのは我々の意識であるわけで、その意識の中に「阿弥陀如来」というべき存在が認められるとすれば、他力本願による魂の救済の可能性は実に論理的であることになる。
この解釈の最大の難点は、心の救済を議論する場合は有効でも、人間の意識の外には、つまり客観的実在を対象として、阿弥陀如来やら観世音菩薩、勢至菩薩を思い浮かべても、もともとそれは自然科学的には無意味なことである。意味があるのは人間の意識の中においてのみである。そういう結論になってしまうことだ。
しかし、どうやらそうでないのかもしれない、と。
人間の意識をいまある状態に進化させたのは、他ならぬ客観的に存在する「世界」そのものである。だとすれば、人間の意識という一つの内的世界に存在するものは、すべて外側に源をもっていると考えるのがロジカルであろう。
こう考えると、阿弥陀信仰に基づく他力本願思想は、一つの救済思想として「人間の勝手なほら話」どころか、一貫した論理によって構築されている宗教論である、と。
こんな風に考えたりしているわけだ。
何日もすればまた忘れそうなので、メモっておく次第。
2016年7月27日水曜日
2016年7月25日月曜日
都知事選とサンプリング誤差
北海道で暮らしている身としては都知事選は関係ない。そもそもからして、昔住んでいたのは千葉の柏市であり、東京都には学生時代に下宿していただけで、その後は仕事で往復するだけだった。
そういえば、美濃部革新都政が誕生したときの親の驚いた顔はまだ覚えているなあ・・・、遠い昔のことである。
投票日まであと一週間に迫って、報道各社が事前の世論調査を行っているが、結果は各社マチマチで当日の結果は予想がつかない。事前の支持率は小池・増田・鳥越の順になっているようで、この点は各社で共通しているのだが、差はわずかであり、接戦を繰り広げているのは確かなようだ。足元の変化の方向は各社で書き方がマチマチだ。
差が僅差であれば、何人にヒアリングしたかというサンプルサイズが致命的な要素になる。大体、候補者が二人でともに支持率半々程度の接戦を展開しているとき、1000人のサンプリング誤差は1シグマで1.5パーセント程度である。確実に解釈したいなら、その2倍まで見込んでおいたほうがいい。とすれば、1000人に聞いたとしても2~3パーセントの差は「誤差の範囲」になる。
今回は候補者が複数だから、支持率がどう分かれるかは多項分布になるわけだが、いずれか一人の支持率がどの位あるかについては、上の二項分布を当てはめて誤差評価をすればよい。
ところが、各社のサンプリング数はせいぜい200人から300人である。300人なら誤差は1シグマで±3パーセント弱、200人なら同じく±4パーセント以内の誤差が混じるはずだ。2シグマまで誤差を見込むのが通常だが、それを言えば200人で8パーセントとなり、ここまで言ってしまえば、報道機関はカネの無駄遣いをしているという批判になってしまうだろう。
いずれにせよ「接戦」ということであり、どの報道機関も信じるに値する情勢分析はできてはいない。
ま、そんな受け取り方でいいのだと思う。
そういえば、美濃部革新都政が誕生したときの親の驚いた顔はまだ覚えているなあ・・・、遠い昔のことである。
投票日まであと一週間に迫って、報道各社が事前の世論調査を行っているが、結果は各社マチマチで当日の結果は予想がつかない。事前の支持率は小池・増田・鳥越の順になっているようで、この点は各社で共通しているのだが、差はわずかであり、接戦を繰り広げているのは確かなようだ。足元の変化の方向は各社で書き方がマチマチだ。
差が僅差であれば、何人にヒアリングしたかというサンプルサイズが致命的な要素になる。大体、候補者が二人でともに支持率半々程度の接戦を展開しているとき、1000人のサンプリング誤差は1シグマで1.5パーセント程度である。確実に解釈したいなら、その2倍まで見込んでおいたほうがいい。とすれば、1000人に聞いたとしても2~3パーセントの差は「誤差の範囲」になる。
今回は候補者が複数だから、支持率がどう分かれるかは多項分布になるわけだが、いずれか一人の支持率がどの位あるかについては、上の二項分布を当てはめて誤差評価をすればよい。
ところが、各社のサンプリング数はせいぜい200人から300人である。300人なら誤差は1シグマで±3パーセント弱、200人なら同じく±4パーセント以内の誤差が混じるはずだ。2シグマまで誤差を見込むのが通常だが、それを言えば200人で8パーセントとなり、ここまで言ってしまえば、報道機関はカネの無駄遣いをしているという批判になってしまうだろう。
いずれにせよ「接戦」ということであり、どの報道機関も信じるに値する情勢分析はできてはいない。
ま、そんな受け取り方でいいのだと思う。
2016年7月23日土曜日
5月14日予測「7月ボトム」は結果オーライか?
5月14日投稿で書いた予測は、その時点で利用可能だった直近の景気動向指数を使って計算した結果だったが、その先行指数自体は3月末までの推移でしかなかった。これによると、先行指数(株価、長短金利スプレッドなど景気先行性を有するデータ群を一つの数値に要約したもの)は、夏までは下がるものの、7月で底打ちする気配がある。そんな結果であった。
さて、今日は7月23日だ。
鉱山業界のニュースサイトであるマイニング・ドットコムは次の記事を掲載している。
There was a general pullback in industrial metals and mining on Wednesday on the back of a stronger dollar and lingering worries about global growth. But the dip doesn't mean that the upward momentum is now broken.
There hasn't been a lack of skeptics about prospects for the sector and at the start of the year producers themselves may not have expected nickel above $10,000 by mid-year, iron ore building a base above $50 or zinc up by 40% by July.
さて、今日は7月23日だ。
鉱山業界のニュースサイトであるマイニング・ドットコムは次の記事を掲載している。
Metals and mining rally has staying power
There was a general pullback in industrial metals and mining on Wednesday on the back of a stronger dollar and lingering worries about global growth. But the dip doesn't mean that the upward momentum is now broken.
There hasn't been a lack of skeptics about prospects for the sector and at the start of the year producers themselves may not have expected nickel above $10,000 by mid-year, iron ore building a base above $50 or zinc up by 40% by July.
上の記事を見ると、鉄鉱石の価格がまだ相対的に弱いようだが、その鉄鉱石についても:
今日23日付の日経で上のように報道されている。
背景として鋼材市場の底打ち気配がある。22日付けの日経:
株価は先行性をもつので、すでに株価はボトムアウトしつつある可能性がある。だとすれば、5月14日の予測も結果オーライであったことになる。
李克強・中国首相が『経済は安定している』と語るなど自信が伝えられているのも、それなりの方向感が出てきているためかと推察される ― もちろん中国のことだ、全ては人為的かつ「計画的に」実行されている市場操作であるという見方も完全に排除することはできまいが。
英国の国民投票、日本の参院選など不確定要素をファクターに入れず純然たるボックス・ジェンキンズ法で計算したのだが、意外や結果オーライになりそうになってきた。
そもそも経済外の政治的不安定性は経済予測ではノイズとなるので、データに潜在しているイレギュラーな要素を正確に抽出できたとすれば、それだけで予測には十分なわけである。たとえ政治的サプライズが事後的に発生したとしても『この程度のことはあらかじめ計算に入れているんですよね』と、そんな意味合いの数字として受け取るべきなのだろう。
さすれば、トルコのクーデター未遂、今回おこったドイツ・ミュンヘンでのテロ事件も、ノイズとして考えればよろしい。当初の予測で問題なし。そうなるのか?
ウ~~ム、難シカ。
ノイズではあるのだろうが、経済全体としてボラティリティが上がっている。これだけは言えそうだ。
鉄鋼原料となる鉄鉱石の価格が反発している。指標となるオーストラリア産の中国向けスポット輸出価格は7月中旬に1トン59ドル前後まで上昇、約3カ月ぶりの高値をつけた。直近安値の6月上旬に比べて2割高い。資源メジャーの増産に歯止めがかかりつつあるとの見方が出た。
豪英資源大手BHPビリトンは20日、1~6月期の鉄鉱石の生産量が前年同期比2%減の2億2700万トンとなったと発表した。従来の生産目標を下回り、増産ペースが鈍っている。ブラジル資源大手ヴァーレとの合弁会社サマルコの鉱山で2015年11月に発生したダム決壊事故で、生産量が落ち込んだ。
中国では6月以降に鋼材価格が再び反発し、底入れ観測が強まっている。需要回復をにらんだ投資マネーが鉄鉱石の先物市場に流入し、現物価格を下支えする。マーケット・リスク・アドバイザリーの新村直弘代表取締役は「製品である鋼材の価格からみれば、鉄鉱石は70ドル近くまで上昇する余地がある」と語る。
今日23日付の日経で上のように報道されている。
背景として鋼材市場の底打ち気配がある。22日付けの日経:
世界鉄鋼協会がまとめた6月の世界66カ国・地域の粗鋼生産量は前年同月比0.03%増の1億3572万トンと横ばいだった。5月まで17カ月連続で前年割れが続いていたが、需要の落ち込みに一定の歯止めがかかった。世界経済の実態は、今なお鉄と電気でみるのが一番である。とすれば、これから徐々に将来景気に明るさが増してくる段階に来ているかもしれない。
世界生産の約半分を占める中国は1.7%増え、4カ月連続で前年を上回った。宝鋼集団など国有製鉄所は減産に取り組んでいるとみられるが、民間の中小メーカーが増産の手を緩めていない。
欧州の28カ国は5.3%のマイナス。36.2%減と5月に続き大幅に落ち込んだのが英国で、インド・タタ製鉄の撤退などが影響したとみられる。南米9カ国と米国もマイナスだった。
需給に引き締まり感が出てきたが、「ゾンビ企業」が多い中国の増産に歯止めがかかるか不透明だ。
株価は先行性をもつので、すでに株価はボトムアウトしつつある可能性がある。だとすれば、5月14日の予測も結果オーライであったことになる。
李克強・中国首相が『経済は安定している』と語るなど自信が伝えられているのも、それなりの方向感が出てきているためかと推察される ― もちろん中国のことだ、全ては人為的かつ「計画的に」実行されている市場操作であるという見方も完全に排除することはできまいが。
中国の李克強(リーコーチアン)首相は22日、北京で世界銀行や国際通貨基金(IMF)など主要な国際6機関トップとの会議を開き、「世界経済が低迷する中でも中国経済は安定を保っている」と強調した。23日に中国・成都で主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が始まるのを前に、中国経済の先行きに対する懸念の打ち消しにつとめた形だ。(出所)朝日新聞デジタル、2016年7月23日
英国の国民投票、日本の参院選など不確定要素をファクターに入れず純然たるボックス・ジェンキンズ法で計算したのだが、意外や結果オーライになりそうになってきた。
そもそも経済外の政治的不安定性は経済予測ではノイズとなるので、データに潜在しているイレギュラーな要素を正確に抽出できたとすれば、それだけで予測には十分なわけである。たとえ政治的サプライズが事後的に発生したとしても『この程度のことはあらかじめ計算に入れているんですよね』と、そんな意味合いの数字として受け取るべきなのだろう。
さすれば、トルコのクーデター未遂、今回おこったドイツ・ミュンヘンでのテロ事件も、ノイズとして考えればよろしい。当初の予測で問題なし。そうなるのか?
ウ~~ム、難シカ。
ノイズではあるのだろうが、経済全体としてボラティリティが上がっている。これだけは言えそうだ。
2016年7月21日木曜日
30年来の課題: GDP速報公表の早期化
このところ断続的に、何度か日本のGDP速報をもっと早くできないかという報道が新聞、特に日経紙上でなされている。
たとえば今日21日にはこんな記事がある。
この記事のタイトルは『さびつく政府統計(中)』で、副題は『速報 世界に見劣り』とズバリ言われているので、GDP推計の現場では上からかなり強いハッパがかかっているものと推察される。
小生もまた、今から30年近く前にさかのぼるがGDPの現場で仕事をしていたことがある。いやあ、若かったなあ・・・とまあ茫々たる過去になってしまったが。
当時から『もっと早くできないか』というリクエストはあった。というより、それ以前にもずっとあった要望である。
理髪も新幹線も早ければ早いに越したことはない。
上の記事にもあるが、内閣府は他省庁から推計のための基礎データが入手された後、突貫工事で概ね一週間程度のうちに数字をほぼ固めてしまう(正しくは、シマッテイタわけだ)。あとは精査と内部説明の時間である。
当時(=小生が現場にいたころ)は、まだ「大型汎用電子計算機」の黄金時代の末期で、各需要項目担当者は何巻もある重い磁気テープを(いまから考えればフルサイズでもせいぜい640MBほどのデータを記録していたにすぎないが)、荷台に載せてエレベーターを使い、3階下にある電子計算式室に移動していったものである。そうそう、磁気テープに加えて、プログラムコードを打ち込んだパンチカード一式も持って行った。
そんな時代に比べれば作業もずいぶん効率化されたに違いない。何しろ、昔は家計調査データもファイルではなく、湿った青焼きコピーで統計局からもらっていたのだから・・・。それがいまの時代になっても、GDP速報の公表時期があまり変わらないのは、あまりにも可笑しいではないか、と。まあ、そんな疑問が出てくるのは当然だ。
もちろんその主要因は、約8千世帯に家計簿をかいてもらうことで消費データを集めている家計調査統計を基礎資料につかっているためだ。
ただし、上の記事では
それでも統計局の「家計調査」が不可欠の情報であるのは今でも事実だろう。ここを一変させてしまえば、日本のGDP速報も早期化の基礎条件が整うことになるだろう。
が、そんなことが出来るのか?
消費者が、たとえ中高年齢層の主婦が実際には記録しているにしても、家計調査というデータを全く使わないという消費推計が望ましいのか?
大体、百貨店販売額、あれは消費推計には使えませんぜ。インバウンドはそもそも国内産業から非居住者への販売、つまり輸出。中国の日本商品に対する消費に含まれる。大体、百貨店は日本人に売ったか、中国人に売ったか、データを正確にとっているの?通関データを使うしかないんでしょ。百貨店で買ったとは限らないよね。
あるいは生産側というので品目別の生産動態統計でも使うか。しかし、消費者に渡ったか、業者に渡ったか、どうしたら分かる?それと、生産動態は物理的な数量の増減だから、販売価格は別にとらないといけない。本当に実売価格のデータがとれるのか?家計調査の品目別購入額と大きな違いが出たらどうする?いやはや、これはこれで大変だと思うのだがなあ。もちろん確報では今でもコモディティフローで生産額トータルを押さえている(と思う)から、速報でそれをやると理屈は通る。さて、『どうしたもんじゃろうのう・・・』。
まあ、問題意識は30年来全く同じだと思う。報道されている指摘はもっともなのであるが、どんな消費推計システム、投資推計システム等々になるのか予断を許さない。
海外では生産側統計を使うのが主流だが、それは海外には日本の家計調査に匹敵する固い情報がないからである。せっかく存在するのに利用しないのか?そんな疑問はたとえ推計方法を変革したとしても、やはりずっと付きまとうだろう。
統計の中でも精度が高いといわれる消費者物価の現実妥当性に疑問を呈されることが多いが、その根拠も大体は家計調査。消費者の生の記録をみて、物価統計を批判することが多い。それなのに、GDPを早く出すのでもう使わない・・・とな。
まあ、色々な意見が出てくるであろう。
むしろGDP統計とは全く別の、消費に関連する諸々の情報を縮約する数値を計算するほうがしがらみがなくて良いのではないか。設備投資もそうだ。
何しろいまは「ビッグデータ」の時代である。景気判断に有用な情報はデジタル化された形式でいくらでも安価に利用できるはずだ。
無際限のデジタル数値からAI化されたGDP推計ロボットがマクロ統計を作成する。そのくらいは技術的に可能なはずだ。それも毎月、月が明けたら2日か、3日には前月のマクロ統計が出てくる。
これが本筋ではないだろうかねえ・・・。
GDPと同じ形の表で出したいなら出せばいいだろう。ただし、きちんとした確報は後できちんと出す。ここは譲れないところだろう。
その意味では、合計数値だけが利用されている、にもかかわらず<宝の持ち腐れ>になっている感もする「景気動向指数」の在り方をもう一度考え直すほうがよいかもしれない。
上の記事でも最後に述べているように、なぜGDP速報を早く利用したいかといえば、
GDPとは社会全体の生産水準のことだ。家計簿記入を人力に頼っていたら時間もかかるでしょう。要するにこの一点なのだが、しかしこのステップは必要ではないんですかと。
必要なデータがないのは我慢できないという言い分は確かにわかるが、もっと別の発想がいるのじゃないか。できることは沢山ある。そう思いますなあ。
たとえば今日21日にはこんな記事がある。
野村証券は毎週火曜日、世界中のエコノミストが集まる電話会議を開く。同証券の木下智夫氏は「速報値をもとに議論が進むなか、日本は予測値で話さざるを得ない」とこぼす。欧米の速報値がそろっても、日本が出るのはさらに先。世界経済の現状分析を投資家らに素早く伝えられないもどかしさがつきまとう。(出所)日本経済新聞、2016年7月21日
一国の経済規模を示すGDPは、政府の政策や企業の経営計画に生かすうえで最も重視される政府統計だ。とりわけ速報値の注目度は高い。
日本では、内閣府が約200の統計と聞き取り調査をもとに作るが、もとになる統計は役所ごとにばらばらだ。鉱工業生産指数や家計調査など各月の数値が固まるのは1カ月後。内閣府はそこから2週間でGDP速報値を作る。各省庁の統計作成にかかる時間と手間がGDPの公表を後ずれさせる面がある。
この記事のタイトルは『さびつく政府統計(中)』で、副題は『速報 世界に見劣り』とズバリ言われているので、GDP推計の現場では上からかなり強いハッパがかかっているものと推察される。
小生もまた、今から30年近く前にさかのぼるがGDPの現場で仕事をしていたことがある。いやあ、若かったなあ・・・とまあ茫々たる過去になってしまったが。
当時から『もっと早くできないか』というリクエストはあった。というより、それ以前にもずっとあった要望である。
理髪も新幹線も早ければ早いに越したことはない。
★
上の記事にもあるが、内閣府は他省庁から推計のための基礎データが入手された後、突貫工事で概ね一週間程度のうちに数字をほぼ固めてしまう(正しくは、シマッテイタわけだ)。あとは精査と内部説明の時間である。
当時(=小生が現場にいたころ)は、まだ「大型汎用電子計算機」の黄金時代の末期で、各需要項目担当者は何巻もある重い磁気テープを(いまから考えればフルサイズでもせいぜい640MBほどのデータを記録していたにすぎないが)、荷台に載せてエレベーターを使い、3階下にある電子計算式室に移動していったものである。そうそう、磁気テープに加えて、プログラムコードを打ち込んだパンチカード一式も持って行った。
そんな時代に比べれば作業もずいぶん効率化されたに違いない。何しろ、昔は家計調査データもファイルではなく、湿った青焼きコピーで統計局からもらっていたのだから・・・。それがいまの時代になっても、GDP速報の公表時期があまり変わらないのは、あまりにも可笑しいではないか、と。まあ、そんな疑問が出てくるのは当然だ。
★
もちろんその主要因は、約8千世帯に家計簿をかいてもらうことで消費データを集めている家計調査統計を基礎資料につかっているためだ。
ただし、上の記事では
米国のGDPが素早く公表されるのは、大部分を占める個人消費の統計が早めにそろうのが大きい。消費者の調査を使う日本と異なり、販売側のデータに一本化。確報段階で大きく修正するケースもあるが、民間も速報値を予測しやすい。こんな下りがあるが、日本では消費者の調査を使うといっても消費推計金額全体の中で大体3分の2程度を占めるにすぎない。自動車購入額など生産側から直接とらえる割合は案外に高いのである。
それでも統計局の「家計調査」が不可欠の情報であるのは今でも事実だろう。ここを一変させてしまえば、日本のGDP速報も早期化の基礎条件が整うことになるだろう。
が、そんなことが出来るのか?
消費者が、たとえ中高年齢層の主婦が実際には記録しているにしても、家計調査というデータを全く使わないという消費推計が望ましいのか?
大体、百貨店販売額、あれは消費推計には使えませんぜ。インバウンドはそもそも国内産業から非居住者への販売、つまり輸出。中国の日本商品に対する消費に含まれる。大体、百貨店は日本人に売ったか、中国人に売ったか、データを正確にとっているの?通関データを使うしかないんでしょ。百貨店で買ったとは限らないよね。
あるいは生産側というので品目別の生産動態統計でも使うか。しかし、消費者に渡ったか、業者に渡ったか、どうしたら分かる?それと、生産動態は物理的な数量の増減だから、販売価格は別にとらないといけない。本当に実売価格のデータがとれるのか?家計調査の品目別購入額と大きな違いが出たらどうする?いやはや、これはこれで大変だと思うのだがなあ。もちろん確報では今でもコモディティフローで生産額トータルを押さえている(と思う)から、速報でそれをやると理屈は通る。さて、『どうしたもんじゃろうのう・・・』。
まあ、問題意識は30年来全く同じだと思う。報道されている指摘はもっともなのであるが、どんな消費推計システム、投資推計システム等々になるのか予断を許さない。
★
海外では生産側統計を使うのが主流だが、それは海外には日本の家計調査に匹敵する固い情報がないからである。せっかく存在するのに利用しないのか?そんな疑問はたとえ推計方法を変革したとしても、やはりずっと付きまとうだろう。
統計の中でも精度が高いといわれる消費者物価の現実妥当性に疑問を呈されることが多いが、その根拠も大体は家計調査。消費者の生の記録をみて、物価統計を批判することが多い。それなのに、GDPを早く出すのでもう使わない・・・とな。
まあ、色々な意見が出てくるであろう。
何しろいまは「ビッグデータ」の時代である。景気判断に有用な情報はデジタル化された形式でいくらでも安価に利用できるはずだ。
無際限のデジタル数値からAI化されたGDP推計ロボットがマクロ統計を作成する。そのくらいは技術的に可能なはずだ。それも毎月、月が明けたら2日か、3日には前月のマクロ統計が出てくる。
これが本筋ではないだろうかねえ・・・。
GDPと同じ形の表で出したいなら出せばいいだろう。ただし、きちんとした確報は後できちんと出す。ここは譲れないところだろう。
その意味では、合計数値だけが利用されている、にもかかわらず<宝の持ち腐れ>になっている感もする「景気動向指数」の在り方をもう一度考え直すほうがよいかもしれない。
上の記事でも最後に述べているように、なぜGDP速報を早く利用したいかといえば、
第一生命経済研究所の新家義貴氏は「発表が遅ければ、たとえ精度があがっても、政策判断などに利用されない」と警鐘を鳴らす。速報を軽んじれば、経済浮揚も見えなくなる。このように「景気判断」のためである。
GDPとは社会全体の生産水準のことだ。家計簿記入を人力に頼っていたら時間もかかるでしょう。要するにこの一点なのだが、しかしこのステップは必要ではないんですかと。
必要なデータがないのは我慢できないという言い分は確かにわかるが、もっと別の発想がいるのじゃないか。できることは沢山ある。そう思いますなあ。
2016年7月20日水曜日
7月14日の続き: 今後の税制戦略について
マーティン・フォード『ロボットの脅威』(日本経済新聞出版社)の最終章に同じことが書いてあった。
まったく同じことが書かれてあったので吃驚した。
ということは、かなり多数の人がこの方向に目を向け始めているということであり、つまり実際にこうなることはほぼ確実であるのだろう。
ただ日本の財政問題は、日本特有のものだと言いうるほど巨大な規模である。企業課税だけでは十分ではない。結局、相続税率大幅引き上げという選択に至るだろう。この予測に変更はない。
ま、10年から15年の間にそうなるだろうという将来予測だ。
- 自動化・AI化による「ロボット革命」が進行することで、労働分配率の低下はこれからも続く。
- ベーシック・インカム制がただ一つ有効な救済策になる。
- 企業課税強化が時代に合致する税制だ。
まったく同じことが書かれてあったので吃驚した。
ということは、かなり多数の人がこの方向に目を向け始めているということであり、つまり実際にこうなることはほぼ確実であるのだろう。
ただ日本の財政問題は、日本特有のものだと言いうるほど巨大な規模である。企業課税だけでは十分ではない。結局、相続税率大幅引き上げという選択に至るだろう。この予測に変更はない。
ま、10年から15年の間にそうなるだろうという将来予測だ。
2016年7月16日土曜日
21世紀は宗教の世紀になるとは思っていたが
江戸時代に日本の政治権力は宗教的権威をほぼ完全に抑え込むことに成功し、日本社会は限りなく無宗教社会になってきたと思われる。
これは幕府政治の大きな貢献だと思っている。
いまでも残っているのは、初詣や伊勢参り、御大師様や南無阿弥陀仏など、断片的なレジェンドが日常の暮らしにあるだけであって、体系的で俗世間を超越する信仰という行為が社会を動かすという、そんな側面は現代の日本社会では想像しにくい。
こんな無宗教化は、程度の差こそあれヨーロッパでもアメリカ社会でも地球のどこでも進行中であり、キリスト教なり仏教が果たすリアルな影響は、実際には無視できるほどに小さくなったと小生はみている。
そんな現代日本社会においても1990年代前半にオーム真理教が世間を騒がせた。その教団が実行した多くの事件はWikipediaでも紹介されている。
最近も小生が暮らしている北海道という地で、オーム真理教はアレフと名を変えて、徐々に徐々に復活しつつあると伝えられている。
ではあるが、もはや宗教や信仰は、社会全体の中では非常にマージナルな存在でしかなく、人はますます理屈っぽく、頭でっかちで、技術好き、科学好き、機械好き(もっと言えば、お金好き、美食好き、不倫好き?)になりつつある。神という絶対的存在にはますます不感症になりつつある。そう感じているのだな。
この2,3日に立て続けに発生したフランス・ニース市のテロ事件、トルコで発生していると報道されている軍部クーデターと軍によるイスラム拠点の攻撃。これらは、イスラム教という世界宗教が分裂し、迷走しつつある現象とみてよいのだろうか。そんな疑問を感じるわけである。
おそらく「格差拡大」とは関係はないのだと思われる。「資本主義」や「自由主義」とも関係は薄いのだろう ー たとえばISがスローガンにしている汚れた先進資本主義国という呼び名にかかわらず、現実にはるかに多数のイスラム教徒は現代社会で生を送り、豊かな国を望んで移民し、礼拝をし、その大半は移民先に溶け込みつつあるという事実がある。暴力的イスラム・テロリストとイスラム教は、本来は何の関係もない。そうみておくのが正しいのだろう。しかし、イスラム教が暴力を正当化するグループにいま利用されている。そんな宗教はほぼイスラム教だけであるのではないか。
利用されつつあるイスラム教徒は怒りを表現するべき立場にあるはずだが、寡聞にしてイスラム過激派に抗議をするイスラム信徒の集団的行動が伝えらることはない。イスラム社会の権威が『彼らはイスラム信徒にあらず』という声明が何度もなされているにもかかわらず、世界のイスラム信徒に強いリアクションはない。
人間に対する暴力を肯定する教義がイスラム教には潜在しているのだろうか。
今後10年ないし20年は、イスラム教という世界宗教が、足元における信徒数の増加にもかかわらず、未来社会で生き残っていくかどうかの分岐点であるかもしれない。もともとイスラム教は、ビザンティン帝国内の宗教政策の失敗によりアラブ民族が離反した段階から派生した民族活動であった。今日のイスラム世界の混乱には、西欧の植民地大国に大きな責任があると言われる。確かにそうだろうが、それと同時に石油という俗世間的富を得て堕落した自らの社会と、堕落した上流階層に対する怒りの感情を制御できなくなっている。そんな一面もあるに違いない。
精密な論理で聖界と俗界を整合させ構築した中世カトリック教会に対して、近世のとば口で突如として怒りを爆発させたドイツの田舎牧師マルティン・ルーテルならば、イスラム社会の底に広がるいまの怒りの感情を多分理解できるのかもしれない。
以上、覚書きに記しておく。
これは幕府政治の大きな貢献だと思っている。
いまでも残っているのは、初詣や伊勢参り、御大師様や南無阿弥陀仏など、断片的なレジェンドが日常の暮らしにあるだけであって、体系的で俗世間を超越する信仰という行為が社会を動かすという、そんな側面は現代の日本社会では想像しにくい。
こんな無宗教化は、程度の差こそあれヨーロッパでもアメリカ社会でも地球のどこでも進行中であり、キリスト教なり仏教が果たすリアルな影響は、実際には無視できるほどに小さくなったと小生はみている。
そんな現代日本社会においても1990年代前半にオーム真理教が世間を騒がせた。その教団が実行した多くの事件はWikipediaでも紹介されている。
最近も小生が暮らしている北海道という地で、オーム真理教はアレフと名を変えて、徐々に徐々に復活しつつあると伝えられている。
ではあるが、もはや宗教や信仰は、社会全体の中では非常にマージナルな存在でしかなく、人はますます理屈っぽく、頭でっかちで、技術好き、科学好き、機械好き(もっと言えば、お金好き、美食好き、不倫好き?)になりつつある。神という絶対的存在にはますます不感症になりつつある。そう感じているのだな。
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この2,3日に立て続けに発生したフランス・ニース市のテロ事件、トルコで発生していると報道されている軍部クーデターと軍によるイスラム拠点の攻撃。これらは、イスラム教という世界宗教が分裂し、迷走しつつある現象とみてよいのだろうか。そんな疑問を感じるわけである。
おそらく「格差拡大」とは関係はないのだと思われる。「資本主義」や「自由主義」とも関係は薄いのだろう ー たとえばISがスローガンにしている汚れた先進資本主義国という呼び名にかかわらず、現実にはるかに多数のイスラム教徒は現代社会で生を送り、豊かな国を望んで移民し、礼拝をし、その大半は移民先に溶け込みつつあるという事実がある。暴力的イスラム・テロリストとイスラム教は、本来は何の関係もない。そうみておくのが正しいのだろう。しかし、イスラム教が暴力を正当化するグループにいま利用されている。そんな宗教はほぼイスラム教だけであるのではないか。
利用されつつあるイスラム教徒は怒りを表現するべき立場にあるはずだが、寡聞にしてイスラム過激派に抗議をするイスラム信徒の集団的行動が伝えらることはない。イスラム社会の権威が『彼らはイスラム信徒にあらず』という声明が何度もなされているにもかかわらず、世界のイスラム信徒に強いリアクションはない。
人間に対する暴力を肯定する教義がイスラム教には潜在しているのだろうか。
今後10年ないし20年は、イスラム教という世界宗教が、足元における信徒数の増加にもかかわらず、未来社会で生き残っていくかどうかの分岐点であるかもしれない。もともとイスラム教は、ビザンティン帝国内の宗教政策の失敗によりアラブ民族が離反した段階から派生した民族活動であった。今日のイスラム世界の混乱には、西欧の植民地大国に大きな責任があると言われる。確かにそうだろうが、それと同時に石油という俗世間的富を得て堕落した自らの社会と、堕落した上流階層に対する怒りの感情を制御できなくなっている。そんな一面もあるに違いない。
精密な論理で聖界と俗界を整合させ構築した中世カトリック教会に対して、近世のとば口で突如として怒りを爆発させたドイツの田舎牧師マルティン・ルーテルならば、イスラム社会の底に広がるいまの怒りの感情を多分理解できるのかもしれない。
以上、覚書きに記しておく。
2016年7月14日木曜日
7月6日への補足: 消費税率引き上げも必要だろうが
高齢者層は基本的に不労階層。得ている所得は不労所得である。
生計費は、ロジックとしては貯蓄の取り崩しで賄うか、その時点のGDPからもらう(=所得再分配)方法しかとりえない ー むろん他者の資産を当てにする道(=資産課税)がないわけではないが。
大多数の高齢者を支えるのは所得再分配によるしかない。しかし、税率引き上げに耐えられる勤労者はそれほど多くいるわけではなく、貯蓄率が高いわけでもない。
前の投稿で述べたように、第4次産業革命や自動化・AI化、ロボット革命がこれから進行するとすれば、労働需要が抑えられ、利潤分配率が上がることが予想される(そうならなければおかしい)。資本所得を税源にするのが自然だ。
こんな状況で、法人税率を引き下げ、消費税率を上げるというのは、(ロジックとしても政治的にも)難しいし、効率性が低い。挑戦を繰り返しているうちに問題が拡大する。
<法人税率引き上げ等企業課税強化+特定先端投資減税拡大>の合わせ技が最善だと思われる。
実際、日本の民間企業は国内投資を抑えながら、内部留保を蓄積し、海外で資産を運用するという傾向がますます強まっている。本来は配当に回せば、所得税で収納できるのだ。
もちろん消費支出は社会の中で最も安定した税源だ。消費税率を15%まで引き上げるのが望ましいと、それは同感だが欧州のように20%、22%、25%という水準にまで引き上げるのは文字通りの「泥縄」だ。「だから軽減税率」というわけだが、すでに高齢化社会がそこにある現状では時機を逸してしまった。実現不可能ではなかろうか。
欧州の付加価値税(VAT)は大勢が20%台であり、日本の消費税の手本にもなっているので、税務当局も周回遅れで税率引き上げに執着しているのだと思われるが、何事にも時機と好機、タイミングがある。タイミングを間違えると、好手も悪手となる。
新たな<税制戦略>が必要になってきている。TPPもそうだが、高齢化を支える産業構造、技術基盤を促進するという戦略眼がなければならない。
国際的共通税制などは夢のまた夢、欧州内財政移転も「日暮レテ道遠シ」というところだろう。
生計費は、ロジックとしては貯蓄の取り崩しで賄うか、その時点のGDPからもらう(=所得再分配)方法しかとりえない ー むろん他者の資産を当てにする道(=資産課税)がないわけではないが。
大多数の高齢者を支えるのは所得再分配によるしかない。しかし、税率引き上げに耐えられる勤労者はそれほど多くいるわけではなく、貯蓄率が高いわけでもない。
前の投稿で述べたように、第4次産業革命や自動化・AI化、ロボット革命がこれから進行するとすれば、労働需要が抑えられ、利潤分配率が上がることが予想される(そうならなければおかしい)。資本所得を税源にするのが自然だ。
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こんな状況で、法人税率を引き下げ、消費税率を上げるというのは、(ロジックとしても政治的にも)難しいし、効率性が低い。挑戦を繰り返しているうちに問題が拡大する。
<法人税率引き上げ等企業課税強化+特定先端投資減税拡大>の合わせ技が最善だと思われる。
実際、日本の民間企業は国内投資を抑えながら、内部留保を蓄積し、海外で資産を運用するという傾向がますます強まっている。本来は配当に回せば、所得税で収納できるのだ。
もちろん消費支出は社会の中で最も安定した税源だ。消費税率を15%まで引き上げるのが望ましいと、それは同感だが欧州のように20%、22%、25%という水準にまで引き上げるのは文字通りの「泥縄」だ。「だから軽減税率」というわけだが、すでに高齢化社会がそこにある現状では時機を逸してしまった。実現不可能ではなかろうか。
欧州の付加価値税(VAT)は大勢が20%台であり、日本の消費税の手本にもなっているので、税務当局も周回遅れで税率引き上げに執着しているのだと思われるが、何事にも時機と好機、タイミングがある。タイミングを間違えると、好手も悪手となる。
新たな<税制戦略>が必要になってきている。TPPもそうだが、高齢化を支える産業構造、技術基盤を促進するという戦略眼がなければならない。
国際的共通税制などは夢のまた夢、欧州内財政移転も「日暮レテ道遠シ」というところだろう。
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