このところ断続的に、何度か日本のGDP速報をもっと早くできないかという報道が新聞、特に日経紙上でなされている。
たとえば今日21日にはこんな記事がある。
野村証券は毎週火曜日、世界中のエコノミストが集まる電話会議を開く。同証券の木下智夫氏は「速報値をもとに議論が進むなか、日本は予測値で話さざるを得ない」とこぼす。欧米の速報値がそろっても、日本が出るのはさらに先。世界経済の現状分析を投資家らに素早く伝えられないもどかしさがつきまとう。
一国の経済規模を示すGDPは、政府の政策や企業の経営計画に生かすうえで最も重視される政府統計だ。とりわけ速報値の注目度は高い。
日本では、内閣府が約200の統計と聞き取り調査をもとに作るが、もとになる統計は役所ごとにばらばらだ。鉱工業生産指数や家計調査など各月の数値が固まるのは1カ月後。内閣府はそこから2週間でGDP速報値を作る。各省庁の統計作成にかかる時間と手間がGDPの公表を後ずれさせる面がある。
(出所)
日本経済新聞、2016年7月21日
この記事のタイトルは『さびつく政府統計(中)』で、副題は『速報 世界に見劣り』とズバリ言われているので、GDP推計の現場では上からかなり強いハッパがかかっているものと推察される。
小生もまた、今から30年近く前にさかのぼるがGDPの現場で仕事をしていたことがある。いやあ、若かったなあ・・・とまあ茫々たる過去になってしまったが。
当時から『もっと早くできないか』というリクエストはあった。というより、それ以前にもずっとあった要望である。
理髪も新幹線も早ければ早いに越したことはない。
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上の記事にもあるが、内閣府は他省庁から推計のための基礎データが入手された後、突貫工事で概ね一週間程度のうちに数字をほぼ固めてしまう(正しくは、シマッテイタわけだ)。あとは精査と内部説明の時間である。
当時(=小生が現場にいたころ)は、まだ「大型汎用電子計算機」の黄金時代の末期で、各需要項目担当者は何巻もある重い磁気テープを(いまから考えればフルサイズでもせいぜい640MBほどのデータを記録していたにすぎないが)、荷台に載せてエレベーターを使い、3階下にある電子計算式室に移動していったものである。そうそう、磁気テープに加えて、プログラムコードを打ち込んだパンチカード一式も持って行った。
そんな時代に比べれば作業もずいぶん効率化されたに違いない。何しろ、昔は家計調査データもファイルではなく、湿った青焼きコピーで統計局からもらっていたのだから・・・。それがいまの時代になっても、GDP速報の公表時期があまり変わらないのは、あまりにも可笑しいではないか、と。まあ、そんな疑問が出てくるのは当然だ。
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もちろんその主要因は、約8千世帯に家計簿をかいてもらうことで消費データを集めている家計調査統計を基礎資料につかっているためだ。
ただし、上の記事では
米国のGDPが素早く公表されるのは、大部分を占める個人消費の統計が早めにそろうのが大きい。消費者の調査を使う日本と異なり、販売側のデータに一本化。確報段階で大きく修正するケースもあるが、民間も速報値を予測しやすい。
こんな下りがあるが、日本では消費者の調査を使うといっても消費推計金額全体の中で大体3分の2程度を占めるにすぎない。自動車購入額など生産側から直接とらえる割合は案外に高いのである。
それでも統計局の「家計調査」が不可欠の情報であるのは今でも事実だろう。ここを一変させてしまえば、日本のGDP速報も早期化の基礎条件が整うことになるだろう。
が、そんなことが出来るのか?
消費者が、たとえ中高年齢層の主婦が実際には記録しているにしても、家計調査というデータを全く使わないという消費推計が望ましいのか?
大体、百貨店販売額、あれは消費推計には使えませんぜ。インバウンドはそもそも国内産業から非居住者への販売、つまり輸出。中国の日本商品に対する消費に含まれる。大体、百貨店は日本人に売ったか、中国人に売ったか、データを正確にとっているの?通関データを使うしかないんでしょ。百貨店で買ったとは限らないよね。
あるいは生産側というので品目別の生産動態統計でも使うか。しかし、消費者に渡ったか、業者に渡ったか、どうしたら分かる?それと、生産動態は物理的な数量の増減だから、販売価格は別にとらないといけない。本当に実売価格のデータがとれるのか?家計調査の品目別購入額と大きな違いが出たらどうする?いやはや、これはこれで大変だと思うのだがなあ。もちろん確報では今でもコモディティフローで生産額トータルを押さえている(と思う)から、速報でそれをやると理屈は通る。さて、『どうしたもんじゃろうのう・・・』。
まあ、問題意識は30年来全く同じだと思う。報道されている指摘はもっともなのであるが、どんな消費推計システム、投資推計システム等々になるのか予断を許さない。
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海外では生産側統計を使うのが主流だが、それは海外には日本の家計調査に匹敵する固い情報がないからである。せっかく存在するのに利用しないのか?そんな疑問はたとえ推計方法を変革したとしても、やはりずっと付きまとうだろう。
統計の中でも精度が高いといわれる消費者物価の現実妥当性に疑問を呈されることが多いが、その根拠も大体は家計調査。消費者の生の記録をみて、物価統計を批判することが多い。それなのに、GDPを早く出すのでもう使わない・・・とな。
まあ、色々な意見が出てくるであろう。
むしろGDP統計とは全く別の、消費に関連する諸々の情報を縮約する数値を計算するほうがしがらみがなくて良いのではないか。設備投資もそうだ。
何しろいまは「ビッグデータ」の時代である。景気判断に有用な情報はデジタル化された形式でいくらでも安価に利用できるはずだ。
無際限のデジタル数値からAI化されたGDP推計ロボットがマクロ統計を作成する。そのくらいは技術的に可能なはずだ。それも毎月、月が明けたら2日か、3日には前月のマクロ統計が出てくる。
これが本筋ではないだろうかねえ・・・。
GDPと同じ形の表で出したいなら出せばいいだろう。ただし、きちんとした確報は後できちんと出す。ここは譲れないところだろう。
その意味では、合計数値だけが利用されている、にもかかわらず<宝の持ち腐れ>になっている感もする「景気動向指数」の在り方をもう一度考え直すほうがよいかもしれない。
上の記事でも最後に述べているように、なぜGDP速報を早く利用したいかといえば、
第一生命経済研究所の新家義貴氏は「発表が遅ければ、たとえ精度があがっても、政策判断などに利用されない」と警鐘を鳴らす。速報を軽んじれば、経済浮揚も見えなくなる。
このように「景気判断」のためである。
GDPとは社会全体の生産水準のことだ。家計簿記入を人力に頼っていたら時間もかかるでしょう。要するにこの一点なのだが、しかしこのステップは必要ではないんですかと。
必要なデータがないのは我慢できないという言い分は確かにわかるが、もっと別の発想がいるのじゃないか。できることは沢山ある。そう思いますなあ。