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細かな事実をここにまた書くつもりはもうないが、1990年代10年間を通して日本経済全体の大問題であったのは(言うまでもなく)「不良債権」、つまり「バブル処理」であった。
巨大金融機関とリゾート、不動産業界との不透明な関係、裏社会との関係、無理な貸し込みと延命、果ては飛ばし、粉飾決算等々、「まあ出てくるわ、出てくるわ」ともいうべき惨状であった。
事件処理の火の粉は大蔵省・日銀にも飛び火して接待不祥事から何人かの幹部が免職(依願退職)されたりしたものだが、金融機関の経営幹部の中には取り調べの厳しさに自殺を遂げた人もいたくらいだ、辞める程度で済むなら軽いものだった。それが「混迷の10年間」という時代だった。
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福島第一原発事故とバブル処理と、どちらが大きな問題であるか。意味のない問いかけだが、どちらも日常の経営活動で恒常的に発生するマネジメントの範囲には入らない。どんな大事件にもあることだが、ちょっとしたチョンボや思い込みが重大な結果を招いてしまった、そんな側面も共通しているようだ。どちらも特異かつ例外的なスケールをもつ。経済史年表にも記載されることは間違いない大事件である。
それにしては、原発事故とその後の東電処理は外から見ていると「甘々の処分」でお茶を濁している、というイメージを拭きれない。
世間に潜在している「東電不信」には堅い根っこがある。不信の念が継続する限り、問題は根本的に解決されず、再稼働には政治的リスクがある、と同時に国民もまた不幸であると言わざるを得ない。こちらの処理のほうが政府にとっては難しい課題だろう ー いまから鬼の手を揮うには時機を逸したし、経営責任を負う立場にあった関係者も十分に社会的な制裁をうけてきているわけなのだが。
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ただ一つ想像できることがある。
もし原発事故を起こした電力会社が北海道電力であったらどうであったろう?
たとえ津波の中での事故であったにしても、事故の直接的原因・間接的原因は徹底的に調査されていたに違いない。そして国有化にとどまらず、北電が所有する発送電設備の大半を東京電力(今の仮定では事故を起こしていない)、東北電力など他の電力会社、電力市場に参入したいと念願してきた北海道ガス(外資も政府機関もありえただろう)などへ売却するよう、半ば強制されていたであろう。経営幹部も責任を追求され、おそらくは起訴され、「有罪」となっていたのではないだろうか。
発送電施設は大半が他社に渡り、設備をカネに変えた電力会社は事故処理会社を作って、賠償と廃炉を粛々と進める。処理が終わったら清算し、世の中から退場する。
旧・従業員はそれぞれ「第二の人生」を探す(あくまで個人的な事柄で政府が関知するはずがない)。
もちろん公的資金もどこかのステージで注入されたろう。
拓銀(北海道拓殖銀行)を破綻させた後の「行政実験」もそうであったが、原発事故においても又、こんな実験が北海道という場で試されていたはずである。
これだけは、確実に想像できるし、それが現実でなかったことをいま嬉しいと感じる。
と同時に、首都圏に電力をおくる企業であるために僅かでもリスクのある革新ができずにいる。生殺しのように国家管理の下に置かれている。これもまた悲しいことである。
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