2017年10月3日火曜日

筋書きのないドラマにも事後的なストーリーができる

政治は一寸先が闇である。しかし、まったく理解不能な政治は国民には耐えがたい。起こってしまっていることに物語を、ストーリーを付与して、納得したいのが人間の常というもの。マスコミもこの人間の普遍的願望に寄り添う必要がある。

なので、マスコミは現実を後追い的に取材をしては、なぜこうなるかを一生懸命に<解説>するのである。

どうやら小池劇場の開幕と小池百合子=ジャンヌダルクという役回りが再演されるかと思いきや、主役がやりすぎ一人芝居になっている間に、敵役・前原氏の長年の同志、枝野氏が敢然と政治家としての筋を通す行動に出た。世間が枝野氏に同情するのは確実である。おそらく枝野氏を最後に残った<正義の味方>として煽るのではないか。朝日はそうするだろう。衰えたりとはいえ、朝日、毎日の影響力は全国に及んでいる。

安倍首相よりも更に右翼に位置する政治家小池百合子氏の実像は既に浸透しつつある。いま現時点で日本国民が求めているのは右翼から着想される政策ではない。印象としては、中道保守的な発想ではないかと思う。そもそも小池女史が元来持ってきた政治思想はいま日本社会では需要されていない。逆向きである。これは確かな事実だろうと思うのだな。

枝野氏は左翼である。が、政治の振り子が振れる方向に立っているのは枝野氏のほうであろう。

ま、枝野氏はちょっと左過ぎるような気はするが、マスメディアの支持があれば大化けする可能性なしとはしない。

こうなるような気は前からしていたようにも思うが、しかし今回の寸劇もガラガラポンの結果の一つだろう。

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