2013年1月31日木曜日

2013年は本当に景気拡大するのか?

アベノミクスによる緩和政策で世の中の体温が大分温まってきたところだ。安くなるのを待っている人はともかくとして、株価は、落ちるより騰がった方がやはりムードは明るくなる。株価は先行指標の一つである。先行指標が上がってくると、経営者の姿勢も前向きになる。そうすれば設備投資も増えるはずだ。本当に増えると、先行指標が再確認され、経営者マインドはもっと明るくなる。こうして好循環がはじまるわけだな。

しかし・・・というと、またまた小生のへそ曲がりであるのだが、GDP統計をはじめ主なデータが利用できる最終四半期である昨年7~9月期までの数字を見る限り、必ずしも今年の景気の先行きが明るいという予測数字は出てこないのではないか。

たとえば景気動向指数を四半期化した数字をGDP統計の設備投資(IP)と並べて描くと下図のようになる。上が先行指数、下がIPで、前年比で描いている。
景気の山、景気の谷、どちらで比較してもやはり先行指数が設備投資に先行して変動していることが分かる。この二つにVARモデルを当てはめて、推定・予測したのが次のグラフだ。
やはり上が先行指数、下が設備投資である。データの終期は昨年第3四半期である。これをみると、ミニ景気後退が底打ちするのは本年第1四半期にかけてである。その後、先行指数は上向くのであるが、設備投資の回復への動きはそれほど勢いの強いものではないと思われる ― もっともVARモデルを当てはめる以上、定常性を前提しているのだが、上の前年比の動きはそう見えないかもしれない。

設備投資を単独にとり出してボックス・ジェンキンズ流にARIMA予測してみると、以下のようになる。設備投資の前年比は定常であると判断してよいとわかる。ここではARIMA(3,0,0)(0,1,1)と同定している。ドリフトはない。

縮小された図では判別しにくいが、右端6期、青い線で描かれているのが設備投資の実質原系列の予想ラインである。やはり必ずしも拡大とは予想されていない。

いうまでもなく統計的予測は、従来のパターンに沿って変動するとすれば、足元ではどちらに向かうのか、そういう短期予測に優位性をもつ手法である。だから数年、ましてや20年程度の長周期循環を追跡するのは苦手である ― というか、GDPデータ自体、1994年以降のデータしか提供されておらず、10年を超える長期循環をGDPデータから捕捉するのは難しい。

現在のアベノミクスが日本の経済政策決定メカニズムを根本的に変え、市場の期待形成メカニズムを変え、これまでとは別のレジームで経済が動いていく。そんな期待から日本経済の新たな成長が始まりつつあるのだとしたら、それはそれで結構なことであるし、それは昨年秋までの経済データを観察していても分からないことである。まあ「分からない」と言い切ると、足下のレジームを憶測する方法は複数あるので間違いになるが、これは別の機会に。

文字通りに景気とは<気>、みんなの気分、市場のムード。そういうことかもしれない。だとすれば、失われた20年もかなりの部分は、実態というより心理的な結果であり、自ら招いてしまった経済停滞であったことになる。本当にそうなのかねえ・・・心理だけじゃないだろう。小生は、そう思ったりもするのであるが、それほど昨年10~12月期以降の好転、というより<好転への期待ぶり>は予想を超えるものである。

ずっと続けばいいんすけどネ。そう思う。



2013年1月29日火曜日

こういう反応は低レベルにすぎませんか ― 経団連会長

経団連会長といえば一時は「財界総理」とも呼ばれていたほどであり、今は色褪せたとはいえ「日本株式会社」の会長なり社長のようなイメージで世界に受け取られていたものである。その会長が、安倍政権による2%のインフレ目標とそのための無制限金融緩和を、たまたま開催されていたダボス会議で批判したメルケル独首相について、以下のようにコメントしたそうだ。

経団連の米倉弘昌会長は28日の記者会見で、ドイツのメルケル首相が、円安の進行を受けて日本の経済政策に対する懸念を示したことに対し、「異常な反応だ」と批判した。 
その上で「(現在の)円安は行き過ぎた円高を修正するものだ」との見方を示した。 
 また、「日本経済の見通しからすれば、デフレの解消ができそうだなという感じもある」と述べ、将来的な賃上げの可能性について、「これからの景気次第だが、早いところで来年ということも考えられる」との認識を示した。 
(2013年1月28日21時56分 読売新聞)
ドイツはECBによる国債買い入れにも反対している。本ブログにも投稿したが、ドイツの中央銀行総裁であるワイドマン連銀総裁は「ECBによる国債買い入れは法に反している」とすら主張している。そのドイツが日本の国債買い入れ増額を批判するのは、当たり前のことである。

当たり前のことは、あらかじめ予想しておくべきであって、案の定、反インフレの急先鋒であるドイツが日本を公然と批判してきたのだから、日本にとっては論陣構築のチャンスであったわけだ。ただちに反駁するのがよい。もちろん理論的に整然と確信をもって反論する ― ここが大事である、な。

日本は、これまでの中途半端な通貨政策が実態とかけ離れた為替レートを招き、結果として経済成長を不必要に阻害する誤った政策であったと認識したからこそ、現在の政策方針に転換した。これが政府のロジックだろう。だとすれば、ドイツのように「従来の政策こそ正しく、現在の政策は誤りだ」という意見に対しては、「そちらこそ理論的に間違っているのだ」と、精緻かつ堂々と反駁するべきだ。そのための『ダボス会議』でありんしょう・・・。

それを『あなたが言っていることは異常です』という言い方はないだろう。理に対しては理で反駁するべきところが、理では負けるから、異常呼ばわりをする。そう受け取られるだろうねえ。

心の底では「あなたたちもアンフェアなことをやってきたんだから、私たちだってやりますよ。堪忍袋ってものがあるんすからね」、と。ホンネのところでは、『ほんとはいけないんだけどね』と後ろめたい気持ちを感じつつ、アベノミクスを実行しているのであれば、そんなことは止めた方がよい。

正しく行動している時にプライドを保てるのであり、国を愛することができるのであって、ほんとはまずいことを、周回遅れで模倣するなどは、ゲスの国がやることである。国威を傷つけること夥しいものがある。

ドイツの批判は、事前に予想されていたわけだから、こう反駁するという案をなぜ内閣府の官庁エコノミスト(まだそういった官僚が残っていればの話しだが)、あるいは直接関係する日銀マンに用意させておかなかったのだろう。

どうも不思議なことであります。だんまりのあと、『異常だよ、あんなの』と拗ねるのは、一番見っともないことだ。まあ、海外のエコノミストの多くはアベノミクスの意義に理解を示しているから、まあいいのだが、あまり賢く行動しているとは言えない。

2013年1月27日日曜日

日曜日の話し(1/27)

昨日、卒業制作の最終発表会で審査員をつとめるため暮らしている港町から隣のS市までJR線に乗車した。窓の外には寒そうに緑がかった海が広がっている。波間に点々としみのように見え隠れするのは翼を休めている海猫たちである。波打ち際に沿って漁師の作業場だろうか廃屋のような小屋が黒々と並んでいる。そんな風景をみているとこの北の大地に移住してきた20年前、春先ではあったが同じ景色をみた日のことが思い出される。「流れ流れて・・・」と思ったなあ、正直いうと。そのときはまだ隠れ里のような小さな都市が実は美しく、そこで安らいだ暮らしをおくれるとは知らなかったのだな。何より亡くなった母が大好きだった海を見ながら生きていけるのは、自分に与えられた巡り合わせとも感じられたのだ。

海というと大学生の頃に読んだ矢内原伊作の評論『海について』を思い出す。
心おとろえたときは海に行こう。心熾んなときも海に行こう。衰弱と燃焼とは別のものではない。倦怠と瞋恚とは別のものではない。この世は人を疲れさせる。・・・そのようなとき、逃れよう、逃れて海に行こう。・・・海は一切の刻印を否定し、心に自由を与え、われわれを解放する。(出所)矢内原伊作「顔について」(矢内原伊作の本、第1巻)みすず書房、61〜62頁
宅の窓からも海が見える。北方の海である。湘南の海とも瀬戸内海とも色が違う。モネが描いた海は大体がフランスの海である。色が違う。ターナーの絵にあるイギリスの海とも違う。


フリードリヒ、氷の海−難破した希望号、1825年

凍結したドイツ・エルベ河口の風景が元になっているそうだ。窓の外に見る日本海に絵のような氷塊はない。氷ではなくて海猫が浮かんでいる。海猫かと思うとサーフィンをしている人の頭であったりする海である。

上の作品が描かれた時代は、1800年代はじめ、七月革命の前だからナポレオン没落後の最も激しい保守反動期である。ゲーテはまだワイマールに生存しており、ウィーンにはシューベルトがいた。時代は自由化への歩みを止めず、まずブルジョアが30年に政権交代を実現させ、48年に全欧州で勃発した暴動は革命に発展し、古い貴族階級を完全に打倒してしまった、と同時に19世紀後半から20世紀にかけて世界を動かした無産階級(=プロレタリアート)という新たな人間集団が登場しても来たわけだ。

今という時代をブルジョアやプロレタリアートという階級概念で読み解くのは難しいかもしれない。しかし、社会の発展と進歩を均衡というバランス論で解釈するのではなく、問題の所在・力のアンバランス・矛盾の解決という視点から見るのは、いまでも有効な世界観であるかもしれない。そう思うようになっている。

2013年1月26日土曜日

素朴な疑問 − 早期退職と通貨政策

昨日は人間ドックで内視鏡検査。本日は卒業制作の最終発表会(1回目)で朝から夕方まで審査員をつとめる。

内視鏡は鼻経由だ。数年前にバリウム検査で引っかかって口経由の胃カメラ検査を受けた。まるでシャワーホースのような管が喉を通るとも思われず、七転八倒、あんなに酷い目にあったことはないと思い定めた。その後、安定していたが3年前に胃腸の調子がおかしくなり、経鼻式なら楽であると耳にして、再び内視鏡検査をうけてみた。そうしたところ一昨年は非常に楽で「これなら毎年受けるかなあ、どうせバリウム検査でひっかかれば胃カメラになるのだし」というわけで、昨年もオプションで受けたのだな。ところが検査の最中に鼻血が出て、鼻の周りは血まみれに。でもまあ、すぐに終わったから、よかったと言えばよかった。今年はカミさんの検査とあわせて日を同じにした。このところアレルギー性鼻炎が酷くて、咳も出ていたし、状態が悪かった。そのせいだろうか、麻酔はきいたように思ったのだが、咳は出る、咳をすると管が喉にあたって吐き気を覚える。そしてまた咳が、とうとう息ができないようになり、これはいかんと。正に地獄の責め苦であった・・・。

「もう内視鏡検査はうけん、具合が悪くなってから治療の中で受けることにする」
「その方が安いんだよ」
「バリウム検査でも相当のことはわかるらしいしな」
「好きにしたら」

そんなやりとりがあって、今日もまた。が、本務なので文句は言えぬ。それで帰宅すると疲労困憊。

今日の昼食、同僚とこんな雑談をする。
「それにしても安倍総理は運がいいというか、追い風が吹いていますよねえ」
「インドネシアから帰国して、まずアルジェリアで犠牲になった彼らは企業戦士ですと。企業戦士という言葉を使ったんだよね」
「普通なら、安全を無視した日揮の経営陣や、情報を全くとれない日本政府に批判が集中してましたよね」
「小泉内閣の時のようにB層向けの情報操作を意図的にしているのか、運がいいのか、流れが変わってきてるよねえ、電通とか博報堂の人間がまた動いているのかな」
「中国が尖閣で領海侵犯をしたり、領空侵犯をしたり、その度に安倍政権には神風がふいているとも言えますよ、中国は愚かというか、完全な戦略ミスだと思いますけどね」
「同感、同感。中国びいきの民主党と手打ちをしておけば、まだよかったんだよ。安倍総理、1回目はついてなかったけど、2回目は、ホント、運にめぐまれているよ」

ついている、ついてないは運である。しかし、ついていないなら、なるべくは不運をリカバーしたいと考えるのが人間だ。

× × ×
退職金の減額前に早期退職する教職員が相次いでいる問題で、下村博文文部科学相は25日の閣議後会見で、「都道府県教委は、早期退職を希望する個々の先生に対し、慰留、説得をしてほしい」と述べた。文科省は、都道府県教委にこうした考え方も通知することを検討している。
(出所)朝日新聞デジタル、1月25日配信
 退職金減額になるかどうかを1月末できって、2月以降退職する者は減額するという措置である。

ま、小生が公立学校の教師をしていても、年内一杯で辞めますわな。検討の余地なしだ。

5万円や10万円ならクラスの生徒もかわいいし、卒業式も見届けておきたい。それが教師の自然の心理だ。しかし差し引き数十万円も違うとなると話しは別だ。それに60前後は、人によっては子供がまだ大学を卒業していないかもしれない。結婚する時のために少しは援助基金を作っておいてやりたい、そんな心理もある。更に、夫婦の老後をささえるための貯金を少しでも多く蓄えておきたい。これが第一かもしれない。

「あなたねえ、バカ正直に3月までやって、感謝されるどころか損をするのよ。辞めた人のほうが待遇はいいのよ。こんな風にするなんて、早期退職をすすめられているのと同じじゃない。辞めてもらいたいのよ、上は。辞めれば月給だって払わなくてもいいんだから、雇ってるほうは。辞めたって、学校は何ともないのよ。」

正直者が馬鹿をみる。そんな制度を真面目に実施するトップは落第であるとなぜ議論しないのだろう。年度末で減額すると支払い総額が増えてしまうのは、モラルを維持するための社会的コストである。カネを節約するために、現場のモラルを動揺させてもよいと本気で考えたのなら、指導者失格である、な。金庫番が適任である − 今日は金庫番という言葉がよく出る(後述参照)。企業戦士とおだてたり、上層部の無能のために犠牲になった人の死を讃えることによって事の本質を誤摩化すのと同じである。

報道された<慰留>は、慰留には該当しない。これは<上の圧力>である。

× × ×

麻生太郎副総理兼財務・金融相は25日の閣議後の会見で、ドイツのメルケル首相が、最近の日本の金融政策について懸念を示したことに対して、「為替操作には全くあたらない」と反論した。
(出所)朝日新聞デジタル、1月25日配信 
為替操作ではないという言い分もわかる。何しろ自民党が選挙で勝つ前、11月下旬から株価は上昇し、円レートは円安に向かったのだから。期待の為せる結果である。

リーマン危機後の円高は、日銀は円の通貨価値を最優先すると海外から認識されていたからこそ、実現した現象である。自国の経済成長は政府の責任であり、為替レートは財務省の管轄であり、潜在成長率の向上は民間企業のイノベーションによって実現されるという議論であれば、経済学部の学生でもできるわけである。それを中央銀行のトップが展開し、法で規定されている通貨価値(=物価)安定を常に最優先する姿勢をとれば、いやでも世界の中で際立つわけである、な。

そういうわけで、中国が<世界の工場>になったと全く同じように、日本は<世界の金庫>になっていたわけである。金庫の役割を演じるためには円安基調ではいかんわけであり、円高であることが必要だ。いうなれば、オランダにとっての北海油田、日本にとってのその役割を日銀が演じていた。疑似オランダ病であり、日本の風土病でもあったのだな。それを改めた。

ドイツはECBによる国債買い入れにも反対している。日銀の政策変更にも反対するのは当然だ。が、今のところ、世界のエコノミストには評判がいいようだ。ということは、従来の金融政策は評判が悪かった。日本の中央銀行はそんな評判の悪いことを嫌がるはずだ。 おかしい。そもそも今になって無制限金融緩和をやりましょうと態度を変更するのも奇妙である。いままでやっていたことをどう考えているのか・・・

緩和が不徹底ならフラストレーションを感じる。緩和徹底に態度変更したあとは、それはそれでフラストレーションを感じさせる。日本の中央銀行は、誠にスカっとしないのである。これが日本の貴重なリソースを失わしめる愚行であるのか、現時点の世界のエコノミストが賛同するように賢い変化であるのか、結果は近い将来わかるだろう。いまあるのはフラストレーションの心持ちだけである。

2013年1月24日木曜日

国のために命を投げ出す企業戦士とは・・・

アルジェリア人質事件の日本人犠牲者がとうとう10名になった。誠に痛ましい事件であり、遺された家族はまだ信じられない気持ちであると思う。その心情を憶測するだけで一掬の涙を禁じ得ないのは一人小生だけではあるまい。

民放TVのニュース番組では、比較的名前の知られたキャスターが「亡くなられた方々を企業戦士と呼んでいます。日本のために外国で頑張っておられる方達のおかげで私達の平和で豊かな生活が守られているのです・・・・」、まあこんな調子で悲しむべきニュースを伝えていた。

しかし、どうもへそ曲がりの小生は、上の文句がすんなりと耳に入ってこない。

<企業戦士>と呼ぶのはまあいい。まあ、いいのだが、だとすると今回のテロ攻撃による死は即ち<戦死>であって、国ないし国に代わって忠節を捧げていた組織に自らの命を投げ出したという解釈になる。アナウンサーがいうように「日本のために」頑張っていたのなら、国のために、国を思って、無念の戦死を遂げたということになる。それが事実なのかと小生は思ってしまう。

日本のために命を捧げた人たちがいる。国に残っている我々が辛抱しなくてどうするのだ?聞き飽きた台詞である。責任を現場の人間に負担させ、死を名誉と言いくるめ、幸福への願望を臆病と非難する。こんな風にマネジメント・ミスを隠蔽する指導層の愚行は日本人には周知のはずだろう。

やはり日本は、現場が優秀である反面、トップが無能である一例としてみるべきではないだろうか。原因を追求するべき事故死を<名誉ある戦死>などと考えるとすれば、それはモラルの退廃、知性の衰えである。

2013年1月22日火曜日

盗人にも三分の理 ― 極論にも五分の理 ― 石原代表の極論

これはいかんという行動や議論にも聞くべき道理はあるものだ。完全に理にかなっている制度や理想などはないし、全く問題のない世界など実現不能である。アンチテーゼは常に有効だ。ヘーゲル・マルクス流に表現すれば、世界は矛盾を発展的に解決することで不断に進歩するものだ。

とはいえ、現に国会議員たる人が現行の日本国憲法を<諸悪の根源>よばわりするとなると、異様であり、何か<動乱の兆し>を感じるのは小生だけではあるまい。まあ、国会議員は立法府に属する公務員であり、憲法改正の発議権を有しているわけだから、いまの憲法がおかしいと公に発言しても、それをもって議員たる資格がないとは言えない。しかし、その言い方はあまりでは・・・というわけだな。
日本維新の会の石原代表は19日、東京都内のホテルで開かれた同党の国会議員団研修会であいさつし、現行憲法について「日本の諸悪の根源だ」などと述べ、改正を強く求めた。
石原氏は北朝鮮の拉致問題を例に、「9条がバリア(障害)になって、(拉致された)同胞を武力で解放できなかった。国家としてのシェイム(恥)」と主張。「財政的に成り立ちえない高福祉低負担の社会保障制度がまかり通るのは、憲法にうたわれている権利と義務が全く不均衡だからだ。こんな憲法を持っている国は世界中ない」とも語った。(出所)読売新聞、2013年1月19日20時09分配信
仮に国軍が保有されていたとして、拉致問題を北朝鮮との開戦によって解決できるのか、色々な議論があるだろうし、小生はそんな方法を選んでも10の成果を100の犠牲によって得る羽目にはなると思う。ま、議論はあってよい。かりにも国会議員なのだから。

高福祉低負担という惨状に立ち至った根本的原因も日本国憲法にあり。そうも言っているが、これには小生賛同できない。

そもそも現行憲法は高福祉を国是として規定しているわけではない。規定しているのは生存権である。
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
国が国民の権利として約束しているのは、「世間が納得する(=健康で文化的な)最低限度の生活」だけである。しかも、27条には勤労の義務を設けているから、たとえばニートやパラサイトといった社会現象は、現行憲法の下では想定されておらず、その生活支援、将来不安の解消が国と国民の間で議論するべき事柄だとは、(本来は)言えないはずである。すべて国民(=私たち)は、自分の勤労を通して得た所得によって、自分の人生を支えていくべきだというスピリットが規定されているのだから。

更に、30条では納税の義務が規定されている。
国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。
納税の義務をおうというのが本旨であり、納税額の決め方は具体的な法律による、そう読む。国家の活動を支える財源として国民は租税を負担するべきであると単純に解釈するとすれば、中央政府の歳入の半分以上を税収ではなく、国債、つまり将来において国から国債保有者にカネが戻ってくる「国の債務」によって調達せざるをえないという現状は、これ自体、<違憲状態>ではないかと小生は思うことが多い。

とはいえ、憲法の精神には沿っているが、国民が(ホンネでは)反対するような増税や歳出カットは、衆議院やもはや第二衆議院になりはてた現・参議院では審議しがたい議案であろう。

現・参議院を解散のない任期12年程度の<憲法院>とし、時に応じた法改正、税制改正が必要であると議決する権利を与え、衆議院は一定時間以内にその議決に沿うように義務付ければ、なにも現行憲法を諸悪の根源であると断じなくとも、問題は解決できるはずである。それだけの内容は既に現行憲法で明文化されていると小生は思っている。衆議院は議院内閣制の担い手として行政の方向付けに専念し、憲法関連事項は改正も含めてすべて憲法院にのみ与えるのがよいと小生は夢想したりする。確かに違憲審査権が裁判所には与えられていて、合憲か違憲か、時に最高裁判所が判決を出すのであるが、自ら進んで審査事案をつくれるわけではなく、裁判所ではどうにもこうにも物事が動きますまい。


このように見ると、日本国憲法が<諸悪の根源>だとは言えないのであって、憲法が予定している政治行政が全うされていない。全うしていない政治家・官僚たちに諸悪の責任を求めるべきではないか。そう思うのだ、な。だから「極論にも五分の理」と題をつけたのであって、あとの五分は、ズバリ、無理な話だ。



2013年1月20日日曜日

日曜日の話し(1/20)

昭和の大横綱・大鵬が死去したというので地元の道新は一面トップをさいている。小生も訃報を聞いた時にはそれなりのショックと一つの時代が終わったような感覚を感じたから、一人の関取の死をトップで報道しようとする姿勢も何となくわかるのだな。

少年時代にはよく相撲中継をみた。10日目頃から大関たちとあたるようになる。栃光、栃ノ海、北葉山、佐田の山ときて千秋楽には柏戸とあたる。そんな記憶がある。戸田との取り組みはまだ覚えている。見ていた側からは負けたとしか見えなかった。亡くなった父が一緒に見ていたかどうかは覚えていない。そこでこの一戦があった昭和44年の三月場所開催期間と万年カレンダーをみてみると、大鵬が戸田に負けた二日目は、3月10日月曜日だったことがわかる。してみると、父は仕事があったはずであり、当時はもう本社勤務だったはずだ。急いで帰宅しても取り組み時間には間に合わない。やはりリアルタイムでは、父は大鵬・戸田戦を観てはいなかったはずだ。NHKのニュースででも観たのだろうか。父も「負けたなあ」と話していたように覚えている。それが誤審であったと後できいて、思春期だった小生にはいかにそれが酷い話しであるのか、ピンと来なかった。「本当は勝っていたんだよ」と言われても、そうかやっぱり勝っていたのかと安心したものの、理解はできないものである。まして45連勝でとぎれたんだと説明されても、それはおかしいとしか考えられない。「世間のルール」というものを年若の者はよく知らないのだ。

確かに記憶に残る同時代人だった。少しでも関係のある人たちは淋しくなること限りないはずだ。小生ですら「大相撲は終わりだねえ」と感じたくらいだから。もちろん「終わり」と言っても、相撲という形自体がなくなるはずはない。それは現代日本において今でも能や歌舞伎が愛され、文楽もそれを観た人に感動を与えている、剣道も現代スポーツとして残っていることからも明らかだ。終わりだねえと云ったのは、明治に始まる興行形態が、もういまのままでは収まるまいという展望のことである。


Constable, Salisbury Cathedral from the Meadow, 1832

虹を描いた絵画作品は意外に少ないものだ。前の日曜日に登場してもらったターナーの同時代人であるコンスタブルは、小生が高校時代にモネと並んで、ターナーと劣らず愛好していた画家である。特に亡くなった母は穏やかな画風が好きだったのでコンスタブルの作品を画集で見て「いいわねえ、心が落ち着くわ」と、そんな風に話していた。19世紀中頃、1850年を境にして、前半はイギリスでコンスタブル、ターナーが活動し、ありのままの自然が芸術のテーマであることを唱え、後半になるとフランスのミレーやルソー、それにコローもまじえたパリ近郊・バルビゾン派の人たちが自由な目で明るい陽光と人間生活を描き始めた。

美は理想の世界、古典の中、規範の中にあるのではなく、眼前の自然の中にあるという目線だな。永遠の美が「ほら僕はここにいるよ」とささやく声を聴けとゲーテが云っているのも同じだ。現実を否定し、永遠の理想を求めるより、あるがままの現実を愛し、現実の中で開くべき自分の花を咲かせようと努力する生き方は、小生、とても好きだ。これが、小生のもう一つの信条でもある厭離穢土欣求浄土と正反対ではないかと言われれば、それは全くそのとおりで、ちょっと頭の中では整理できてはいないのだが。

そんな風なので、いまでもコンスタブルの絵画をみると、懐かしいばかりではなく、安らぎを感じるのだ。