多くのウィンナワルツは、『ワルツの王』と呼ばれる作曲家ヨハン・シュトラウス(Johann Strauß II)が作っている。そのシュトラウスは1825年に生まれ、ずっとウィーンで暮らし、ヨーロッパや遠くアメリカまで演奏旅行をしながら、1899年に亡くなるまで人気が衰えることはなかったという。
小生もこのウィンナワルツというのは大変なお気に入りだ。小学生5年だったか、4年だったか、父がまだ転勤したてで伊豆の三島市の狭い社宅で暮らしていた時分に、母が沼津の商店街まで出かけてきて買って帰った10インチLP盤を聴いて以来の熱狂的なファンを自称している。
そのLP盤は、まことに小さなプレーヤーで、子供が両手で抱えて移動できるほどの小さなプレーヤーで再生され、その後の度重なる転居でも運んで回り、とうとう傷だらけになりながらもいま暮らしている北海道の小生宅の納戸の奥にしまわれてある。ジャケットには青を主調にシュトラウス二世の肖像が描かれていて、録音はおそらく1960年代ではなかったか-確かめるにも納戸の奥から出すのが大変だ。今から数えれば大変古いレコートであるせいかネットで検索してもヒットしない。演奏は確かウィーン交響楽団-フィルではない、Wiener Symphoniker-であるから、指揮者はサバリッシュだろう。そのレコードに"An der schönen blauen Donau"が入っていた。それがオリジナルのままの男声合唱であったのだ、な。いまではコンサートのプログラムに「美しき青きドナウ」の男性合唱を入れるなど滅多にない。母が買ってくれたレコードは非常に本格的で玄人好みであったのかもしれない。
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さて、この「美しき青きドナウ」が、作曲され初演されたのは1867年の早春である。この年は、オーストリアがドイツ統一を目指すプロシアと普墺戦争を戦い敗北した翌年にあたる。普墺戦争は、ドイツ圏内の大国オーストリアと規模は小さいながら精強なプロシアとの戦いであり、ドイツ統一の路線対立から発生したものであった。しかるに始まってみると、総合国力ではいい勝負であったというが、モルトケ参謀総長の機動作戦と銃の技術的優越が奏功して、2か月とかからずプロシアが快勝した。これによりドイツ統一でオーストリア帝国を除外することが決まり、いまに至るまでオーストリアはドイツとは別の国である。
シュトラウスが「美しき青きドナウ」を作ったのは、意気消沈するオーストリア国民を元気づけるためだった。確かにウィンナワルツは、沈んだ気分を明るくするのに著しい効果がある。これは確かなのだ、な。特に勇壮な調べでもなく、ロックのようなノリもない。が、きいているとクヨクヨしても仕方ない、何とかなる、そんな風な気分になるから、ウィンナワルツというのは本当によく作られている不思議な音楽だと思う。遊園地でもよく流れているが、理由なく楽しくなるのだねえ、聴いていると……。
ただこれって、不幸をとりあえず忘れる、悲哀の痛みを一時的に麻痺させる。そういうことではないかと。そう思いいたると、確かにウィンナワルツは、大体が10分以内の演奏時間であり、それを次々ときき、全曲終わると最初からもう一度繰り返してきく。そんなこともこれまでやってきたのだね。聴いている間は、気分が明るい。終わるとまた暗闇が訪れる。う~ん、確かに麻薬的陶酔作用があるのかもしれないねえ…。
こんな風に考えると、シュトラウスのウィンナワルツは、大国の地位から転落したオーストリア国民にとっての麻薬でもあり、時間がたつにつれて現実と直面することができるようになる、そうなるまで現実を理解するまで、傷ついた自尊心の痛みを和らげる麻酔的作用を墺太利人にほどこしてくれた。そんな音楽であったのかもしれん、と。ちなみにオーストリア・ハプスブルグ帝国が、ドイツに味方して第一次大戦に敗北し、全面的崩壊に至ったのはシュトラウスの死後19年後のことであった。
とすれば、戦後日本の衰え行く淋しさをいくらかでも忘れ、21世紀に発展するだろう新しい国の形を理解し、受け入れるまでの精神的痛みを緩和する、ウィーン市民にとってのウィンナワルツにも似た何がしかの文化資源がいまの日本人には必要なのかもしれない。……アベノミクスと右翼的言動は、日本人にとって痛み止めの点滴なのかもしれない。そのうち、現実を理解し、受け入れ、様々の自由化、開放、改革に反対しなくなるのやもしれない。
あまりこんなことをいう人はいないと思うが、今日もまたシュトラウスの「芸術家の生涯」を聴きながら思いついたので覚え書きまでに記しておく。いや、小生よりオーストリア国民がいまもってシュトラウスのウィンナワルツをこよなく愛している。毎年正月にはNeujahrskonzertを開いている。その愛の裏側には多くの涙や悲哀もあったのだろう。そんな歴史的経緯に思い至ったのだ。
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