not conforming to accepted morality; morally wrong研究者の「現代英和辞典」は『不道徳、不品行、ふしだら』という説明だ。小生、わりとこの単語を使うことが多い。
今朝のワイドショーで話題になっていたが、遠足で依頼されたバスの確保を失念し、その失敗を隠蔽しようとして自殺偽装騒動を起こしてしまった旅行会社社員。これは甚だしい不道徳・不品行である。
小生: チェックシートを確認しなかった管理職の手落ちでもあるなあ…、まあ、担当者は懲戒解雇、上司は降格処分かねえ…。
カミさん: それくらいしないと、またあるかもねえ…
ホント、またあったら困るのだ、な。
★ ★ ★
処分やペナルティは、同じことをやった全ての人に平等に課するのが理想なのだが、実はそんなことは実行段階では不可能である。現実に実行されるペナルティは、文字通りの<一罰百戒>、運の悪い人が処分される。そんな一面がある。これは怪しからんことなのか。
仕方がないのだな。平等原則に執着すると、必要十分なほどに厳しいペナルティを加えることができなくなり、結果として組織の規律が緩み、勝手で怠慢な行動をとった者が得をするという始末になる。これでは誠実に仕事に励む者から先に会社を辞めていくことになり、いずれその会社は消滅する。ゲーム論でも強調するように、ある選択をしたときのペナルティを必ず実行すると言明することの目的は、<抑止>にあって、<処罰>そのものを最初から良いこととして定めているわけではない。『目には目を、歯には歯を』というか、そんな素朴な因果応報論というか正義論に基づいて、現代社会の処罰が定められているわけではない。あくまでも巨大化し、複雑化した現代社会を円滑に運営するためのツールとして、ペナルティはある。
それにしても、当該社員が解雇されるとしたら再就職しなければなるまい。ニュースにもなってしまったから苦労をするに違いない。では、ニュースになっていなかったら…。入社を希望した先の企業は、職歴をみて「なぜ前の会社を辞めたのか?」と、確かめたいだろう。そこで前の会社の人事部に電話をしてきく。
前の会社の人事部は『実は、事件を起こしまして…』と。そう伝えていいものか?
☆ ☆ ☆
小生は伝えるべきであると思う。履歴書に賞罰欄があるのは、そうした情報が重要であるからだ。しかし<賞>のほうは本人からすすんで記載するだろうが、<罰>のほうは隠蔽する動機がある。だから履歴書に記載されている情報にはシステマティックな偏りがある。第三者から補足的な情報を入手し、人材としての価値を正しく評価しようという採用側の行為は合理的である。
だから自分にとってマイナスになる情報を<個人情報>として保護の対象にする制度はインモラルの温床になりうる。そう思っている。
では、一度不祥事をおかした人物は二度と社会に復帰できないではないか。そんな疑問も生じるだろうが、そうはならないものだ。外国語の能力を身に着けたり、資格を取得することにより、チャンスを自ら作ることは可能である。そうした努力は、過去の失敗を打ち消して、というか失敗の経験があるからこそ、一層高く評価されることにもなるのではないか。筋金入りの人物なのだから。
<偏見>とは、失敗をおかした後の努力をみることなく過去の事件に固執する態度をさす。逆に、失敗を<隠蔽>し、きれいに取り繕って偽りの評価を得ようとする人物を評価しない行為は、偏見とはいえず、評価するべきでない人材を評価しない。それだけのことである。
こんな風に思われたので、個人情報保護という制度はインモラルの温床になるのではないかと。そんな補足を書いておこうと思った。