2015年12月15日火曜日

メモ ‐ チャイナリスク

『テロより恐いチャイナリスク』。

これは読みますねえ…。うまいタイトルだ。

コマツの建機は中国ビジネスの成功の代名詞だったが……〔PHOTO〕gettyimages
開発ラッシュに沸き、都市のあちらこちらで建機が砂埃を巻き上げていた光景は、ほんの少し前まで各地で見られた。が、経済が失速を始めると、開発案件は軒並みストップ。中国ビジネスで「わが世の春」を謳歌した大手企業を一転、奈落の底へ突き落としている。
コマツに次ぐ国内2位の建機メーカーの日立建機も惨状は同じ。同社の主力商品である油圧ショベルの中国における需要データを示す資料によれば、直近の10月は前年同月比で▲43%と目も当てられない。さらに見ると、9月は▲49%、8月は▲51%、7月は▲52%、6月は▲54%と、コマツ同様に「需要半減ショック」に襲われていることがわかる。

(出所)現代ビジネス「経済の死角」、2015年12月14日、以下の引用部分も同じ。

建設機械、工作機械の需要半減ショックといえば、2008年9月に勃発したリーマン危機後の景気崩壊と同じスピードである。

同じことが、現在中国で進行中なのか?

「今年度は、自動車各社の中国工場稼働率が5割まで落ちると言われるほどです。現代自動車はあまりの不振で、販売台数の開示を一時見送っていた。日本勢は過剰な値引き競争には参戦していませんが、利幅は薄くなってきた。
トヨタはこの半期で中国での販売数を伸ばしたのに、中国分の利益は100億円弱の減益。会社全体で慎重な業績見通しを立てているのも、チャイナリスクを意識すれば慎重にならざるを得ないからです」
自動車市場も同様。

すべり落ちる中国経済が、日本企業を、日本経済をむしばむ。それはいま始まったばかりで、本格化するのはまさにこれから。2016年はテロよりチャイナリスクの猛威が日本全体を巻き込んでいくことになる。
クレディ・スイス証券チーフエコノミストの白川浩道氏が言う。
「中国経済が悪化する流れは当面変わりません。実は中国の不動産バブルはすでに崩壊している。が、それを表面化させないために、不動産投資をしている大企業などに金融機関が追い貸しをしているのが実態です。
これは時間稼ぎをしているだけでいずれ限界を迎える。そのとき、不動産投資をしている大企業が破綻する可能性もあり、そのショックは日本の輸出企業を中心に波及し、日本の株価を引き下げる」
日本総研副理事長の湯元健治氏も言う。
「中国の株式市場はいま落ち着きを見せていますが、安心はできません。中国企業の債務残高は莫大で、GDPに占める割合が約157%。日本企業が'80年代のバブル時にGDP比で約132%の債務を抱えていたことを思えば、これが不良債権化したときのインパクトははかりしれない。

まあ、日本と違って不良債権穴埋めに公的資金を入れることくらいは共産党政権にとっては造作もないことであろうし、いざとなれば土地公有制が建前のところを例外的な土地払い下げを行えば、国有企業も救われるし、民間企業も債務超過に陥らずに済むというものだ ― 中国の国家資産が減少するが全体に比べれば微々たるものであろう。

それ故、中国バブルが崩壊しても(いや、もやはしつつあるという判断であるが)、共産党政権に打てる手はあると小生はみているのだ、な。

ただ、まあ、対中投資を盛んに行ってきた欧州。思わぬ(いや米国発のサブプライムについで二度目の)不覚になって、またもや富を失う事態になるかもしれない。

2015年12月11日金曜日

敵対勢力には強いが内部対立には脆いものだ

強大な勢力や組織は敵対勢力との覇権闘争には強いが、最大の陥穽は自らの意思決定でつまづくミスである。

戦前期・日本の帝国海軍は1920年代の世界的な海軍軍縮の流れに組織内部の意識がついていけなかった。執行部(=海軍省などの軍政派)は、新しい外交思想をよく理解していたが、現場は対外的協調姿勢を単なる弱腰としか見なかった。

強力な海軍が混迷し、太平洋戦争に至ってもなお内部がゴタゴタしていたのは、それ以前に生じた亀裂が原因である。

陸軍も同じである。

宇垣一成による軍縮断行は世界的な潮流に従うものであったが、組織内部に生まれた反発が若手将校をまとめ、それが最終的には皇道派・統制派の派閥対立を生み、対外戦略よりも部内の人事バランスにエネルギーを使うという状況になってしまった。

巨大組織は、外部勢力との戦いには強いが、内部に生じる派閥対立には脆いものだ。

★

自公両党による軽減税率協議も首相官邸の少々強引な介入により一応の結論は見えてきた。そんな報道である。

しかし、消費税の軽減税率には経済学者、財政学者を含めほぼ大半の専門家が反対していると伝えられている。この反対は理論的にも筋が通っているのだ。

衆議院において自民党は292議席、公明党は35議席でしかない。なぜ自民党が自らの基本方針を曲げてでも公明党の言い分を尊重しなければならないのか。連立政権は欧州にも多いが、ドイツにおいて与党の一角を占めていた自由民主党(FDP)が巨大なキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)を振り回していたなど聞いたことがない。

おかしい、と。そんな観点は当然あるわけだな。

★

一部の食品について消費税率を8%の軽減税率にする。10%か、8%か。そんな細かい点でもめることに何か実質的な意味があるのか?

10%一律のほうがシンプルで混乱がない。なるほど理論的にも正当である。

大体、税率10%など欧州の20%、25%に比べると微々たるものだ。そのくらいの税金を納めずして、社会保障がどうとかこうとか、求めることばかりをいう資格はない……。

こんな言い分もあるのであって、財務省もこれに近いと思われる。

★

ただ、欧州で実施されている付加価値税率を見てみると、食品に10%の税率を課している国は(あることはあるが)多くはない。

たとえばドイツ、フランス、イギリスの例をみると、それぞれ標準税率が19%、20%、20%(いずれも2015年1月1日現在)だが、食品には7%、5.5%、(何と)0%の軽減税率を課している(出所)。

消費税で徴収した歳入増加を社会保障の充実に充当するのであれば、たとえ消費税率を30%に引き上げても、その分社会保障が充実され、医療や年金、介護サービスの水準が上がるわけであるから、(ロジックでいえば)国民は何も痛税感を感じないはずだ。実際、デンマークでは本年1月1日現在で付加価値税率が25%でありながら、軽減税率は一切設けていない、食品も医療も書籍も25%の税率。これはこれで大変だろうと思う。しかし、国民は高福祉・高負担の原理原則を理解しているのだろう、ついてきているわけである。

デンマークは大したものだが、同じ北欧のスウェーデンは標準税率25%に対して、食品は12%と税率を低くしている。フィンランドもそうだ。

★

社会保障に充当するのだから、消費税率は必要な分だけ税率をあげ、そしてシステムはシンプルなものとして、理解しやすいものにしよう。これは正論である。

しかし、世界の現実をみると、どうやら正論(であるはずの政策)が機能しないようだ。正しいはずの理論を基準にして、多くの国が間違っているのだと理解するよりは、そうする方が何らかの意味で合理的なのだと考える方が理にかなっている。

ここから分かることは、
本来、正しい理論というものはない。現実がとるべき方策を教えている。
こんな発想なのだろう。
とるべき方策を決めたあと、それを正当化する理論モデルを造るのが学者の仕事だ。
ま、こうなるのだろう。

著名な統計学者であるボックス(George E. P. Box)がある本の中で書いている言葉だが
...  all models are wrong, but some are useful
こんな認識がある。帰納的な経験主義に基づけば、こんな考え方になる。

だとすれば、政治的嗅覚から、来年の参院選を考えると、いまは食品全体を軽課するべきだと。こんな没理論的な選択をする政権幹部(?)がいるとしても、これはこれで正論である。
専門家は政治家に従うべきである。
先の敗戦から日本が学んだとすれば、この一点だろう。

★

ま、いずれにしても現政権は高支持率を維持し、反対勢力も弱体で長期政権必至の情勢だが、唯一つ挫折するとすれば、内部の足並みが乱れる、内部の意識が執行部についていけない。

そんな時であろう。

【加筆】

夕方になってから『酒類を除き外食を含む食品全体を軽減税率対象とする』ことで自公幹事長が合意したとの報道あり。これによる歳入減少は1兆3千億円に達するという。これで予定されていた社会保障充実、浮上していた低所得層への一律給付などもボツになるであろう。自民党内部でのイメージ悪化があり、また支持基盤への実質的利益の規模等々を考えると、本当にプラスの成果があるのかという点も疑わしい。

今回の公明党は、戦闘では勝利したが、戦略的には失敗であったかもしれない。

【加筆第2弾】

本日(12月12日)になって自公両党がやっと合意したということだ。先刻、谷垣自民・井上公明党幹事長が公式に語っていた。外食をはずし食品全体を軽減税率対象に含めるという結論に落ち着いた由。「不足する財源はこれから探します」ということだ。人事院勧告に基づく給与引き上げが先日閣議で決定されたが、あれは大丈夫か?刑事裁判には一事不再理の原則があるが、閣議ってヤツはどうなんでしょう。「公務員諸君、すまぬ、あれはなかったことにさせてくれ」と。これが可能なら問題は一挙に解決されるのではござんせんかねえ。公明党のほうが「それはちょっと止めてくれませんか」というと思うが。




2015年12月8日火曜日

積極的平和主義もいいが積極的民主主義をも言うべきかもしれない

日本のマスメディアは、大雑把に分類するとすれば、朝日、東京新聞あたりは明確に左におり、産経、読売は右にいる。毎日は、まあ、少し左か。日経はビジネス情報が主体だが、であるが故に政治外交などの話題では相当右寄りだ。

産経ニュースも、小生はよく見ているのだが、頻繁に挿入されている右翼系の宣伝には辟易させられることが多い。

今日も『日本を戦争に引きずり込んだ犯人』なる言葉が目に入ってきた。この宣伝、頻繁に目に入るのだ、な。『・・・その答えは明治維新にありました』ということだ。・・・、これは右翼系か?左翼ってこともありうるが。スタンフォード・フーバー研究所にいるN氏って、何者なんでござんしょう。この人を知らない人はモグリってことだそうだが。知らんなあ・・・吾輩は。

それにしても、言うに事欠いて『日本を戦争に引きずり込んだ犯人』という言い草はないだろうに。これでは日本人全体が被害者である、と。だまされた、と。流石にこれは言っちゃあいかんのじゃないか。

それはどうやら違うようですぜ。やったことはやったと頭を垂れるのがサムライってものじゃあないんですかい。普通の日本人もずいぶん威勢のいいことを言っては舞い上がっていたじゃあござんせんか、日露戦争で賠償金をとれないってんで、腹をたてた群衆が都内のあちこちに火をつけて暴れたり(=日比谷焼きうち事件)、和平を結んで帰国した小村外相を非国民だといって非難したり、そんなこともありましたぜ。日清戦争だって、あれの大義名分て何です?総理大臣の伊藤博文さんはやりたくないって言ってたそうじゃないですかい。勝海舟さんも反対してたってねえ。天皇陛下も、これは朕が戦にあらずっておっしゃってた。そう聞いていますがねえ。みんなで勢いでやっちまったんじゃないですかい。反対してた人もいたようなんですけどね、多勢に無勢、みんな聞く耳持たなかったそうじゃないですか。朝鮮、台湾、満州、南洋、みんな日本のものだったって、うちのオヤジはそう自慢してましたぜ。だまされて引きずり込まれたってねえ、アンタ、よくそんなこと言うネエ。

ま、太宰治ほどの文才があればもっと痛烈に書いているだろう。

表現の自由は確かに重要だ。しかし、日本が戦争をしたのはそうしむけた犯人が引きずり込んだからで、日本人は被害者なのだという認識。これは見たくはないねえ…、規制してほしいねえ……。責任逃れにもほどがあるってものだ。

2015年12月6日日曜日

メモ-倉本氏の見方と感想

今年の初めになるが脚本家にして舞台演出家である倉本聰氏が日経ビジネスの連載企画『日本の未来へ』に登場した。

そこで述べられている同氏の意見や見方。以前からファンの一人であった小生としては賛成できる点もあったし、できない点もあった。

覚え書きにしておきたい。

 100万円のクルマを買って1年間使うと、価値が50万円に下がるというのが今の考え方ですよ ね。 
でも僕たちが子供だった時代は違った。100円の靴下を1年間使うと、かかととつま先に穴が 開きます。そうすると、お袋やばあさんが夜なべで靴下を繕ってくれる。だから1年間履いた靴下 は、かかととつま先が分厚くなってごろごろするものだったんですね。   
じゃあ、その分厚くなった靴下の価値が50円に落ちているかというと、逆なんです。お袋やば あさんが夜なべしている後ろ姿が焼き付いているから、200円、300円の価値に上がっちゃって、 捨てるどころか宝物になっていくわけです。そういうものだったんですよ。
 (出所)日経ビジネス・オンライン、2015年1月16日、【倉本聰】『日本はリッチだけど幸せじゃない』

価値を創るのは、人間の汗と涙である、と。いわば労働価値説ともいえるだろう。

小生は賛成である。

数学者・エッセイストである藤原正彦氏が若いころにアメリカに留学したとき、かの国が織りなす美しい自然美に接しても決して感動を覚えることはなかった。その理由は、自分の同胞の汗と涙がそこにはないからであると悟ったことを書いていた所がある。感性としては重なっている。

買うものは使われているうちに消耗し、価値を減じる。カネを使ってモノをいくら揃えても、どんどん消費するばかりで何も豊かにならない。貧乏なままだという感覚は、小生には同感できるのだな。

 「足るを知る」ことが僕の座標軸なんです。それをこれまでずっと伝えてきましたし、これから も伝えて行くべきことです。前年比一辺倒から離れること。そこに本当の豊かさがあるはずです。
(出所)同上

小生の祖父は、法曹の仕事を一生続けて判決ばかりをかいて人生を送った人だが、『起きて半畳、寝て一畳、 人間本来無一物』を座右の銘にしていた。

豊かさと幸福は全く関係しないかといえばそうではない。大いに関係している。これについては既に投稿した。今年のノーベル経済学賞を受賞したディートンが著した『大脱出(The Great Escape)』も同じ、大半の経済学者も同じ見解だ。とはいえ、幸福の本質、というか幸福そのものとは何かと問われれば、それはやはり物的生活とは関係のない純粋の幸福をさすのであろう、とは思う。

 僕はよく大学時代や浪人時代に勉強したことって何だったんだろうと思います。大化の改新が何 年だとか、微分積分、サイン、コサインって、皆さん社会に出てどのぐらい役立っています?  僕は因数分解の簡単なのが税金の計算の時にちょっと役に立つぐらいです。それよりも、「この 草は食べられる」「この動物は危険か」とか、そういうことを知った方が、数段暮らしには役に立 つでしょう。

(出所)同上

これは同意できない。サイン、コサインも、微分積分もデータ解析や将来予測では不可欠の道具であり、これらがなくては飯の食い上げだ。小生の暮らしにはなくてはならないものである。

倉本氏が日常的に活用していると思われる携帯電話やインターネットを支える技術にも<最適化>の技術は応用されているはずであり、であれば微分積分やより一般的な関数解析が基礎になっている。

天気予報を可能にする技術にはサインやコサインが応用されているはずだ。

ここには、理系・文系の違いはあれ、人間の汗と涙が注がれている。故に、価値があると言うべきだろう。

2015年12月5日土曜日

「不敬罪」は報道規制にはあたらず

今朝の道新をみていると『NYタイムズ、一部空白で発行』という文字が目に入った。下には『「タイ王室記事不適切」印刷会社削除』とサブタイトルがついている。何々?天下のニューヨーク・タイムズが一部空白のまま発行してしまったのか、と。

本文を読むと、どうも「タイ王室の財産」と題したフリージャーナリストの記事の印刷を印刷会社が拒否したとのことだ。最後には『タイには、王室の名誉をおとしめたものを罰する不敬罪が今も存在する』と記して道新のコラムは終わっている。

ふ〜む、不敬罪か・・・。「今も存在する」というのは、「まだあるのか、そんな遅れた制度が」と言いたげでもあるなあ。小生はそんな見方には同意しないけれどネ。

以前にも何度か投稿したが、考えたことを言葉に表現する自由、つまり「表現の自由」は近代社会であれば当然認められている制度的要件として合意されている。

しかし、JR電車の中で向かいの席に座った客が奇妙な服を着ているからといって、『変な服着てるよなあ、センス疑うよ」とか何とか、高声でしゃべれば、最悪の場合、ぶん殴られるであろう。それは相手の感情を傷つけた以上、当然の反応として予測しておかなければならない。もちろん暴行罪として相手を訴えることはできる。しかし、経緯を知れば当局は暴行を加えた相手側に情状を認めるであろうことは確実だ。

時間と国を超えて、いつでもどこでも<礼>は<モラル>の核心である。そして礼の端緒が辞譲にあるのは孟子を待つまでもない。相手に譲るには相手の存在への尊重が先に来る話しだ。モラルを失った側が、相手に倫理や人道を訴えても、もやは無意味だろう。これがいわゆる<傲慢>である。

表現の自由とは、自分の言葉に責任をもつということと表裏一体である。デスクに「こう書け」と業務命令されて書く文章には責任はほとんどない(拒否する自由を行使しなかった責任はある)。が、自ら書く文章にはすべて責任がある。

王室に対する不敬罪を法から削除したとしても、そういう感情が国民に残っている国で、安易に王室の名誉を傷つける文章を書いて公衆の前に提供すれば、最悪の場合、何らかのテロ行為を被るとしても、それは当然ありうる可能性として考慮に入れておくべきであろう ― パリの事件を思い出したまえ。考慮に含め、覚悟をした上で行動するべきなのだ。

不敬罪を法で規定することの意味は、その国に広く共有されている感情を傷付けてはいけないというソフト・メッセージである。そして、特定の罪に対して一定の罰条を適用するという原則を通し、結果の合理的な予測を可能とするものである。

「表現の自由」とはいえ、それは現実の社会の中でマネージされる重要なことのうちの一つでしかない。これ自体が目的ではないと考えておくべきだろう。

2015年12月4日金曜日

「あれよ、あれよ……」というパターンで制御不能になるか

『堤も蟻の一穴』からという諺がある。軽く考えていると、事態が悪化し、気がついた時にはどんな人間にもコントロール不能の事態になっていた。そんな戒めだな。

第一次世界大戦もそうであったというのが定説だ ― それはそうだろう。オーストリアの皇太子夫妻が海外で過激派青年に殺害されたからといって、その事件が原因となりドイツ、トルコ、ロシア、フランス、イギリス、イタリア、果てにはアメリカ合衆国をも巻き込む世界大戦が勃発するなど、誰が想像できたろうか。戦争が終わった後になって、一体この戦争の原因は何であったのかと振り返り、なるほど帝国主義的対立、植民地争奪戦、経済的権益の衝突など色々事情はあったがそれらはずっとあったもので決め手ではない、結局はあの暗殺事件、原因はあれではなかったのか、と。まあ、そのくらいしか原因は思い当たらない。そんな情況であっただろうと想像する。

殲滅戦が支配的であった19世紀の戦争から一変して第一次大戦は持久戦となった。この新しい戦争の様相から衝撃をうけた日本の帝国陸軍が将来の国家総動員体制を構想するようになり、ひいてはこれが軍国主義日本を歴史に登場させたことを想えば、王族二人が殺害された「サラエボ事件」ほど、歴史に残る「小さな事件」はそうそうはない。

蟻の一穴である。
★

靖国神社公衆トイレ爆発事件の主犯として(案の定というか、心配されていたとおり)韓国人男性が浮上してきたと報道されている。

事件自体は全く小さな事であり、下らないとすら言える。

とはいえ、首脳同士の会話が再開され、外交的修復が期待されていた矢先にある中で、この小さな事件の落としどころは日韓双方にとって結構な難問になるかもしれない。産経新聞ソウル支局長の公判に世界遺産承認時のゴタゴタ、これに靖国神社問題が加わって、もとからある従軍慰安婦と竹島問題、それに元徴用工問題もあるか。だんだんと蟻の穴が増えて来た。そんな印象がある。

★

引き続くようならビザなし入国の一時停止が検討されるだろう。戦略的には補完関係が支配する同調ゲームになっているだろうから、良い均衡から悪い均衡へ双方が滑り落ちていく可能性はかなり高いとみる。
政府は6日、今月末まで暫定延長されていた韓国からの観光客などに対する90日以内の短期査証(ビザ)免除措置を3月1日から恒久化すると発表した。韓国は既に日本に対し査証免除を実施済み。今回の措置で日韓双方が査証免除で足並みをそろえることになる。
 今後、韓国からの観光客などの増加が見込まれ、政府が目標に掲げる「年間500万人交流時代」の実現に向け弾みがつく。日本側には、小泉純一郎首相の靖国神社参拝で冷却化した日韓関係を改善するための足掛かりにしたいとの思惑もありそうだ。
 政府は昨年の愛知万博に合わせ、同年3月から9月末まで、観光や商用目的など90日以内の短期滞在について査証を免除。その後も5カ月間暫定延長した。
 この間、入国した韓国人による不法滞在や刑事事件などの犯罪を調査したが、特に問題がなかったことが確認できたため恒久化に踏み切った。韓国からの入国者は、韓国経済の発展や、02年のサッカーW杯共催などで増加傾向にある。
(出所)日刊スポーツ、2006年2月6日

10年前にはスポーツ新聞でもビザなし入国恒久化が報道されていた。

ドラマ『冬のソナタ』がNHKで放送され、日本の韓流ブームがブレークするきっかけとなったのが2004年である。「このドラマ、日本と韓国の政治家と外交官の何人分の仕事をしたんだろうね」と、その当時、カミさんと話したものだ。

現在の日韓関係は、その後10年間の政治家と外交当局の無能に原因がある。蟻の一穴から堤が崩壊する悲劇はこれまでにもあるが、放置した責任が管理者にあることは最初から明らかなことだ。

油断と無責任は何時の時代も大失敗の原因となるものだ。

それにしても、「靖国神社」。

江戸時代には、あの一帯は広大な火除け地(広場)であり、そこに明治になって小さな招魂社ができてからも、祭りやイベント、時には競馬をみに庶民が集まってくる場所であったときく。


小林清親、九段馬駈け
(出所)靖国神社

戦前の軍国主義が、陸軍軍人の危機意識と国家神道思想の鬼っ子だとすれば、平和な九段坂はいまだその思想に占拠されている。それを放置する日本人も(ある意味)油断していると言われても仕方がない。

2015年12月3日木曜日

OneNote Clipper ― なかなか性能があがらないなあ・・・

マイクロソフトのOneNoteは(マイクロソフト製だから、という先入観とは逆に)案外なほど「使エル」ソフトである。

授業の進行には最近の流行にもれずパワーポイントを使っているが、それを手元の進行メモにするにはスライドという編集形態はやっぱり不便である。参考資料があればリンクボタンを貼ったりするが、接続には時間がかかりイライラする。

いまはOneNoteにパワーポイントをセクションとして入れている。スライドはページになるが、手書きのメモが書き込めるし、マーカーで囲むことができる。参考資料は別のセクションに立ててもいいし、関連スライドのページの次のページに印刷イメージを貼り付けてもよい。

無題の新しいページを開くと、それは全くの白紙であり、図をいれてもいい、手書きで計算をしてもいい、写真を貼ることもできる、写真にメモを書くことも可。しかも、この白紙ページ、巨大である。東芝のアンドロイド・タブレットについているTruNoteやMetaMoji(旧ジャストシステム)のMetaMoji Noteのように1枚のサイズに入らないということがない。どこまでも書ける。

要するに、なんでもできるのだな。しかも、マイクロソフトのクラウド・サービス"One Drive"に保存しておけるので、どの端末から見ることも可能だ。

だからタブレットでOneNoteをみながら、授業ではパワーポイントを投影して話をするようになった。

ところが不満がある。One Note Clipperである。Rによる実習は入力コマンド、グラフ描画を含め、すべてRmarkdownをタイプセットして、HTMLファイルに変換している。ところがHTMLファイルの印刷イメージは、OneNoteの標準メニューからは挿入できない…ようなのだ。そこでChromeやFirefoxから一度ファイルを開いて、それをクラウド上のOneNoteファイルにイメージを挿入するわけだが、うまく行かない。

うまく行かないケースを整理してみると、どうやらMathJaxで数式を編集しているときに起こるらしい。途中まで問題はないが、最後までクリップしてくれない。プツンと切れてしまう。「正常にクリップされましたか?」というメッセージが出るのは、ご愛敬というより、ブラックユーモアだろう。

クリップされたあと、テキストとイメージの別は継承されているようだ。が、すべてイメージとしてクリップしてもカマヘンのやけど……。領域を指定する方式もあるが、スクロールするといかんみたいね…。

というわけで、せっかくの便利なツールなのだが、肝心なところでユーザーに欲求不満を残す。いやはや、やっぱりマイクロソフト的なソフトだねえ、と。ま、フリーで提供してくれているわけだから、文句の言える筋ではないのだが、やっぱりネ。

【補足】

ブラウザからPDFファイルにしてしまえばイイわけではある。確かにイイのだが、とはいえやっぱりソフトはきちんと作り込んでほしい。そういうこと。