2011年9月14日水曜日

増税 VS 反増税はもはや経済政策論争ではない

野田総理は所信表明演説で増税路線を示唆した、というより税負担の引き上げは現在世代の責任ではないか、と。与党、野党それぞれで総理演説には毀誉褒貶があるのは仕方がない。

本ブログでも何回かとりあげているが、マスメディアやインターネット上の世論調査では、増税容認論が半分もしくは過半を占めている。質問を示す文脈、調査日時前後の報道ぶりなどが強く影響するので、世論調査が統計データとしてどの位信頼できるのか、大いに議論はある。それでもなお、ランダム抽出によるデータであるし、それ故に特定のバイアスを含んでいるとも思えない。何度調査が行われても安定的に「半分程度の人が増税を容認」という結果を示しているのは、日本社会の現実としてそうなのだろう。これは認めなければならないだろう。敢然と正反対のことを主張するのは難しいと思うのですよね。

当然、財務省内、エコノミストの面々も税率引き上げのシミュレーションは行っているはずだ。また、税率を引き上げない時に予想される結末も計算されているはずである。それらをこそ、日本のマスメディアは一回限りの特番ではなく、頻繁に私たちの目に触れるように、丁寧に報道してほしい。いまや日本の財政健全化の成否は国際的にも関心の的になっているのである。それは共通の問題を多くの国が抱えているためであって、日本が財政健全化に成功するとすれば、それがモデルケースになるからである。また、失敗すれば、それがもたらす世界的な経済混乱からどの国も無縁ではいられないからでもある。

IMFが本年6月16日に"Rasing the Consumption Tax in Japan: Why, When, How?"を公表している。本日の投稿ではその要点をまとめておこう。

● 消費税率を15%まで引き上げることが必要である。それも出来るだけ早期(Soon)に、段階的に(Stepwize)ずっと継続(Sustain)して、税率を差別化することなく均一(Simple)に実行することが日本経済にとってプラスになる。こんな<4Sの政策原則>を提案している。

その理由と効果だが、まず日本の消費税率は欧州型付加価値税(VAT)の一変種なのだが、税率が外国に比べて非常に低い。

Figure 5: International Comparison of VAT

図5に示すように、日本はOECD諸国の中で最低である。更に、消費全体の中で消費税が課税されている割合(C-Efficiency)でみると、日本の消費税は70%と高く、付加価値税としては漏出がなく良質の税目である。特定商品の税率を引き上げると、資源配分に歪みを与え、マイナスの影響が大きくなるが、日本の消費税率の引き上げにはその種のマイナスが少ない。

● ではなぜ15%の税率が必要なのか?それもできるだけ早期に必要なのは何故か?

Figure 6: Debt Dynamics

図6左図に見るように、消費税率が11%以下であると日本政府の純債務残高対GDP比率が今後も上昇を続け、日本全体としては持続不可能であるためである。仮に2012年から2017年に渡って、5%から15%まで消費税率を引き上げる場合には、政府部門の純債務残高対GDP比率は2016年以降に低下に転じると予想される。しかし消費税率の引き上げを2年遅らせ、2014年から実行するとすれば、政府の純債務残高が2015年時点で10%も高くなり、その後も尾を引くことが予想される(図6右図)。それ故に、財政再建への着手は早いほどよい。

● 消費税率引き上げは景気回復にはマイナスではないか?回答は、「痛みは伴うが、政府の純債務残高が低下し始めるのと並行して、成長にとってプラスの効果が顕在化する」というものだ。下の図7に示されている。

Figure7: Comparison of Gradual and Fast Tax Increases

消費税率を引き上げ、増収分をそっくり復興事業費などに充当するとすれば、その年だけのロジックとしては、需要にはプラスであるはずだ。しかし、消費税率の負担が将来とも見通せることから、増収額以上の消費低下が実際には発生するだろう。しかし、図7からも分かるように、成長へのマイナス効果は5~6年程度であり、その後は財政健全化とマクロ経済政策への信認の回復、事業リスクの低下から設備投資の回復が期待できるので、成長にとってはプラスの効果が顕在化する。グラフはGDPの水準について政策効果が描かれているので、2017年で既に何もしない場合のGDPと同等、それ以降は消費税率を引き上げる方が引き上げないよりもGDPが高くなるという結果になっている。それも早期に消費税率を引き上げる方が、より速かにGDP拡大効果が顕在化する。そんな予測が得られている。

● 実際に年金財政の破たんに直面したスウェーデンやデンマークなどが実行した税率引き上げが、その成功例になっていて、日本も参考にできるだろう。

Figure 8: Selected Advanced Economies - VAT Standard Rate (in percent)

● 消費税はしばしば所得に対して逆進的であると批判されている。これをどう考えればいいか?下の図は、各年齢層別の消費性向と世代別の年金純受取額を示している。

Figure11: Consumption and Lifetime Net Transfers by Age Group

そもそも所得は若年期には低く、年齢を加えるにつれて上がるものだ。若年層で消費性向が高いのは後年の所得上昇を生涯所得として計算に入れているからだ。消費は、年齢変化に応じた所得変化にパラレルに増減するものではなく、所得が少ない時期には貯蓄を減らして消費割合を高く、多い時期には貯蓄を増やして消費割合を低くする。退職すれば、年金収入だけになるが、金融資産を保有していることが多い。保有している資産は所得には入らない。人間は、生涯全体でみれば消費水準をできるだけ平準にしようとするものである。だとすれば、その時々の所得に対して消費税の割合を見ても大したことは分からない。むしろ消費支出こそ、その人の経済力を正しく反映している。とすれば、その人の消費支出に対して消費税は何%の引き上げになるのか、そこを見るべきだ。いうまでもなく、消費税率を10%上げるのであれば、消費支出に対して消費税が10%だけ余分にかかる。この負担増加割合は全ての人にとって(原理的に)同一である。

所得税率は所得に応じて税率に高低があるが、低所得層への生活保護費を拡大することによって、均一な消費税負担の問題点には十分対応できるはずだ。

更に、高年齢層にとって消費税負担は過重であるという指摘もある。しかし、高年齢層は年金を受給しており、年金の生涯受給額から保険料の生涯支払額を差し引いた純移転額を年齢階層別にみると、高年齢層は大幅なプラスである。純移転額が大幅なマイナスである若年層との公平を考慮すると、高年齢層が高い消費税を余計に負担しても決してアンフェアであるとは言えない。

このようにIMFペーパーは相当丁寧に日本の消費税率引き上げの効果を分析している。おそらく、ほぼ同様な試算、シミュレーションは政府部内でも行われているに違いない。それらの分析は、いずれもIMFの計算結果と大きくは違わないはずである。データに基づいた計算結果を素直に見れば、経済政策論のロジックからは財政健全化を目的とする税率引き上げ、その早期実施がごく自然に出てくる。小生にはそう思われる。

ただ現実に日本において増税に至る道筋は困難であり、かつ遠いと思われる。

IMFペーパーでは、こんなことも述べられている。
Though the spending impact is likely modest, pre-announcing a gradual increase in the VAT could bring forward consumption and strengthen the credibility of fiscal adjustment. (pp.12)

つまり消費税率10%引き上げ(5%から15%に)への道筋を公表することによって、消費需要の前倒し効果が期待でき、それが結果として景気回復をもっと早期に顕在化させることになり、政策への信認性を高めることで、日本のマクロ経済は計算が示すよりもっと早期に成長軌道へ復帰できる。そんな見通しである。

× × ×

今日は学科会議があり同僚と近くのレストランで食事をした。食後、談論がはずみ3時頃までその店で粘った。そこで上のIMFペーパーが話題となり、そのうち、戦後日本の<真の戦略>って何だろう?そんな雑談をした。

「それは戦後の復興でしょ?」
「でも、それは経済大国になることによって、十分以上に達成したよね。まさか共産主義打倒の最前線、そんな意識も全然なかったよね?」
「冷戦体制で得をした国ですからね」
「もっと海外資産をためて、もっとカネをためたいって思っているだろうか、みんな?」
「アメリカ人なら、自由と民主主義の守護神でありたい。国をあげて、そう思ってますよ。そのためなら戦争も辞さない」
「ビン・ラーディンが殺害されたときにオバマ大統領が、Justice has been done.と述べましたね」
「そうジャスティスという感覚だよね。日本の国の姿とはちょっと違うよね」
「何ですかね、日本国が守って、後世代に残していこうという価値」
「武士道と言いたいとこだけど、現状では、国債か?価値というか、マイナスの価値!!」
「アッハッハ・・・」

ま、そんな風な話をした。

× × ×


小生は、国民の日本政府に対する信認性が決定的であると思うのだ。ある政党が、いやある内閣が消費税率10%引き上げへの道筋を決定したとしても、その既定路線を後継内閣がきちんとコミットし維持するかどうかは、今の日本の現状を振り返ると確言はできない。むしろ消費税率の段階的引き上げは、いつか必ず実行困難になり(当然、選挙も何度かあるわけだ、野党は税率引き下げを訴えるであろう、与党はその選挙に負けるかもしれない)、そう予測がつくのであれば国民はむしろ既定の政策路線が破綻するのを待って、消費税率が元の5%に下がってから物を買おうとするであろう。というより、これ程までに国民の信認を失った統治体制であれば、段階的な消費税率引き上げを政府部内、国会で議決することすら、異論百出、百家争鳴に埋没して、限りなく不可能ではないか。そうとも思われるのである。

それ故に、上記のIMFペーパーは、そこで記載されていることは本筋にかなっており、計算を他の誰かが行っても、ほぼ大筋は同じ結果が得られると思う。専門的意見としてコメントをつけたくなる個所は、(細部については疑問もあるが)、基本的にはない。それでもなお、提案通りに事が運んで、日本が現在の問題を解決できるかと言えば、正解が選択される保証はないなあ、と。その最大の理由は、(敗戦で微修正されたとはいえ)戦前から連綿と続く中央集権的官僚国家という行政機構と、そんな統治体制の下での立法府に対して、日本国民は信頼を失いつつある、そんな感覚も覚えたりするからである。

追加23:00: そして更にその根本的な背景を考えると、その人自身の私利追求ではなく、<ご奉公>という価値観から維新を支え、国民主義的企業精神によって産業近代化をリードした士族階層、というよりそのスピリット。この魂が此の国から消え去ったという事実があらわになってきた点を見過ごす事はできない。簡単に言うと、サムライがいなくなった。数人いても駄目なのだ。老壮青のつながりとしてサムライ集団がいなければ、いないと同じなのだ。であるので、伝統的な行政機構とそれを担うべき人材として想定される階層、この組み合わせがもはや幻想になっている。いまは全く異なったタイプの人間になるように教育された現代日本人が、昔と同じ行政機構に座り、強い権限で日本を動かしている。そのことに多数の国民は我慢できなくなりつつある。そう見るわけであります。(参考)高橋亀吉「日本近代経済発達史」第3巻、pp.383

この段落も追加0:20:  思い起こせば、日本国の原型は近代プロシアから直輸入した中央集権的官僚国家モデルだ。敗戦で象徴天皇制となり、軍がなくなったが、行政機構と陸海軍以外の官僚組織はそのまま戦後に連続している。近代プロシアは、農村地主層であるユンカー達が主導して建設した国家である。明治期の日本も農業国家であり、その生産活動は地主層が担っていた。だからプロシア型官僚組織、プロシア流の憲法が日本とマッチし受容することができたのである。(陸軍の編成、参謀本部の機能など微妙に異なる点もあった)この伝統的行政機構は、ドイツとは異なり、ほとんど同一の組織文化のまま連綿と引き継がれ今に至っている。

振り返ると1945年に第2次大戦が終わって、まず戦勝国であるはずの中国では国民党政府が倒れ中華人民共和国になった。中国の国家理念は中華帝国の再建にあると誰もが思っているし、おそらくそうであろう。フランスは戦争終結時に第4共和政が発足したが、1958年にドゴールがクーデターを起こし、現在の第5共和制が誕生、憲法も新憲法になった。ドイツは1990年に再統一された。全体に西欧世界はEU統合と欧州世界の維持拡大を追求するはずだ。アメリカでは、政府転覆という事態は生じなかったが、憲法改正は頻繁に行われ、1980年以降のレーガン革命でルーズベルト以来の福祉国家、混合経済は根こそぎ否定された。アメリカの理念は自由と民主主義にあり、この点が変わることは建国の経緯からして考えられない。英国も革命はなかったが、「サッチャー革命」によって国の姿が一新された。韓国も朝鮮戦争、軍事独裁政権、民主化と激しい歴史の一コマ一コマを刻んできた。ソビエト連邦は消失し、ロシアなど個別国家に解体された(1991年)が、ロシアが追い求めるのは大国ロシアの再建であろう。

戦後日本の真の国家理念とは何なのだろう?戦前の日本には明確にあった(皇国思想と富国強兵)。国家もまた拡大を求めるのではあるまいか?だとすれば、製造業を高コストの日本国内に縛り付けるのではなく、むしろ海外進出の必要性を認め(利益拡大が実現される)、と同時に日本人もまた海外企業に雇用機会を求められるように、教育・訓練体制を整備し、その方向に沿って経済外交を推し進めていく。日本本国では最先端の研究と開発に資金を集中投資する。こんな方向に国家的価値が認められるのではないのか?しかし、現実には企業の海外移転を阻止しようとしている。その理念とは何か?

ここも追加12:30: ポスト産業時代の日本の国家戦略とは何なのか?それがない。ここが問題の核心なのですな。

ある意味では、戦後日本の統治体制そのものが問われている。このことは間違いのないところだろう。現政府(=というか、その執行システムである官僚)の外側において政治結社(=政党になるのだろうが)が成長し、その政党が現・行政機構を凌駕する権力基盤を得る(おそらく武力基盤を含めて)、そんな事態でも到来しない限り、現在のような不安定な統治権力不在の状態が続くのではないか。そんな心配すら胸中にはわきあがってくるのだ。

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