2024年4月2日火曜日

断想: 社会主義と同じく民主主義も行くところまで行くしかないのだろう

前稿の最後にこう書いている:

長岡半太郎が生きた明治という時代は天皇に統治権があった。国民主権ではなかったので、国民の側に統治の最終的責任があるわけではない。故に、日露戦争を知らずとも、一人の社会人として無責任であったとは言えない。

この意味で、長岡半太郎という生来の科学者は、文字通りの《良き臣民》であったわけだ。

こうした戦前期・日本に生きた人たちのメンタリティを自分で追体験できないことは残念だ。夏目漱石、森鴎外や島崎藤村、芥川龍之介、谷崎潤一郎、江戸川乱歩などの小説作品に登場してくる人物は、正に非民主主義的であった日本に生きていたが、作品を読む限り、作中で前提されている価値観の非条理を覚えることは(少なくとも小生は)ない。少なくとも理解可能である。というより、理解不能な社会を前提とした文学作品は理解不能のはずで読む気にはなれないだろう。


戦前期・日本が民主主義国でなかったことは自明である。それでも、明治から大正へ時代が移る時期に発生した「大正政変」より以降は、衆議院選挙で数的優位を得た政党の総裁が総理大臣に任命される(あるいは別に任命される人物を与党としてサポートする)慣行が始まり、国家の体制はともかく、政治は民意に基づいて行われる潮流が確かにあったのだと、個人的には理解している。

ただ、政治が民主的に行われるとは言え、参政権は(現代日本で流行っている言葉を使えば)いわゆる<上級国民>に制限されていた。それが非民主的要素だと判断するのは、確かに道理であるが、それでも戦前期・日本社会で最大公約数的だった社会心理は

良き「臣民」として生きて、カネのやりくりに困らぬ生活が出来りゃあ、それで十分幸せな人生ってもンです

自分で経験したわけではないので表現は困る。が、大体はこんなメンタリティで普通の日本人は生きていたのじゃあないかと想像している ― 実際、小生の祖父や祖母は、戦前から戦後にかけて社会人生活を送ったが、戦前期の日本社会が非民主的で、人権が全く無視されていたとは、思い出話の中で決して語らなかった。酷かった時代に生きた記憶があれば、率直にそう語っていただろうし、孫に見栄を張る必要はない。

非民主的であったはずの戦前期・日本社会でも、というより戦前期・日本社会であったからこそ、そこで生まれえた高尚な文化や洗練された芸術があったことを追憶する姿勢は、フランスの外相としてナポレオン戦争後のウィーン会議に出席したタレーランがアンシャン・レジーム下のフランス社会を美しくも回想した感性と、どこか共通する所があるように感じる ― それでもなお、永井荷風によれば、明治以降の近代日本そのものが、その醜悪さによって特徴づけられるのであるが。

要するに、戦前から戦後にかけて日本は非民主主義国から民主主義国へ変革させられたのであるから、日本人は民主化された日本を喜んでいたはずだというのが理屈になるが、実際のところは、そんな単純な機械的なものではなかった。そう思うのだ、な。


だから思うのだが、仮に日本の統治に最終的責任を負うのは戦前と同じく「天皇」であると規定して、その時々の総理大臣を(ある手続きに沿って)天皇が任命するという戦前期の慣習が復活したとしても、その他の社会制度がそのままであれば、日本人の大半は何も不満は感じないのではないか、と。そんな風に想像したりすることがある。

寧ろ、政権交代のない55年・保守合同体制を内容空虚なまま続けるよりは、社会的に評価される人物を天皇が総理に任命する方が、議会多数派の協力が要るにせよ、スピーディな政治が責任をもって実行できる。そんな風に思う日本人は意外に多いかもしれない。

もちろん、その場合でも予算や課税、外交や国防に関する事柄は、国会の承認が欠かせない。が、しかし、戦前期日本においても、基本はそうだったのだ ― にも拘わらず、戦前末期に政党と議会が機能マヒに陥った真の理由は今後何度も徹底して検証することが必要だ。

人は、社会がどう変化しても順応するものである。人は解決不能なことで深刻に悩んだりしない。1941年から45年まで続いた戦時中であってすら、自分にとって楽しい一日もあれば、哀しい事もある毎日だったという話を亡くなった母から聞いたものである。

幸福は社会の価値観やイデオロギーとは関係なく普通に生きる人に訪れるものだと思う。そもそも、何日か前の投稿で記しておいたが、日本では民主主義の実現が国民の間の幸福の実感に結びついていない。

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この間、脱線気味であるので削除。

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とはいえ

一度手にした普通選挙と参政権を日本人が自ら手放すはずがない。

行政府の長を選任できる権限を国会が自ら手放すはずはない。

これだけは断言できるだろう。 

ということは

社会主義も民主主義も一度始めれば、何がどうなっても、後戻りは不可能で、行くところまで行かざるをえない。

ひょっとすると、《国民国家》という統治モデルの現実妥当性に疑問が高まっていくとしても、自分自身を否定するような新しい国家モデルにソフトに移行できるチャンスはない。

こうも言えそうである。

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