ハプスブルグ帝国末期の文芸興隆と言えば、平日ならばメンガー、ベーム・バヴェルク、ハイエク、シュンペーターといった錚々たる経済学ウィーン学派を語らずにはおかない。精神分析のフロイトもそうであった ― 但し、フロイトの学説は権威主義的家族構成を原理とするドイツ民族(アングロサクソン、ロシア、中国などとは異なる)に当てはまる特殊なものであるとの指摘もあり。たとえばエマニュエル・トッド「世界の多様性」を参照。
クリムト。いいですね。2,3年前にはクリムトの作品をデスクトップに飾っていました。
Klimt、The Kiss、1908年
クリムトもまた帝国末期のウィーンでグループ「分離派(Wiener Secession)」を主導し、古典を規範とする伝統派からの離脱を目指して、自ら行動した。文芸革新を目指すこの理念は、ドイツのミュンヘンで先に結成されたミュンヘン分離派からも刺激を受けたものだそうだ。何度も本ブログに登場しているロシア人カンディンスキーはミュンヘンで画業を開始している。一群の人たちが旧来の規範から離脱して、新しい模範、新しいスタイルを創造しようと苦心した。第2回分離派展を開催するため分離派会館を建設したが、その建設をカール・ウィトゲンシュタイン(論理哲学者ルートビッヒ・ウィトゲンシュタインの父)が支援している。本当に多くの若い世代が参加した運動だったわけである。それが帝国の崩壊を是認し加速するものであったかはまだ詳しく調べていない。しかし、20世紀の欧州を特徴づけた帝国の崩壊と革命の進行をもたらす精神的基礎にはなったのだろうと思う。
ここで小生が非常に関心をもって、これから調べていきたいと思っているのは、この時期に重なるようにグローバル・パワーとして登場したアメリカ合衆国。アメリカ的精神と第一次世界大戦直前のヨーロッパ的精神には断絶があるような気がするのだな。第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて世界のヘゲモニーには新旧転換が行われたのだが、ここで時間的連続性が途絶えている。未来を志向したのか、初期の混じりけのない何かの精神に先祖帰りしたのか、特定の民族のイデオロギーが支配的位置についてしまったのか、まだよくは分からないが、大きすぎるテーマでもあり、これはまたいずれ場を改めて書き記すことにしよう。
0 件のコメント:
コメントを投稿