2017年6月17日土曜日

結末? 加計学園騒動

本日の日本経済新聞:
安倍晋三首相は16日の参院予算委員会で、学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画に関し、自ら個別の指示をしたことはないと強調した。学部新設条件の修正を指示したと指摘された萩生田光一官房副長官も関与を否定。文部科学省に内閣府が「総理のご意向」などと早期開学を促したとされる一連の文書内容との食い違いは大きく、疑念は晴れないままだ。
(中略)
福山氏は「疑問が全く払拭されていない」などと指摘。共産党の小池晃書記局長も「国民の大多数は納得できないと言っている」と訴えた。国会最終日の審議は食い違いが解消されないまま時間切れとなった。
(出所)http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS16H58_W7A610C1EA2000/

 この件は何度も書き記したことだが、たとえばネットで<加計学園>をググって見ると、報道各社の記事はもちろんのこと、出版社が運営しているサイトにアップされている記事、個人で公開しているブログ記事等々、あらゆる情報が即座にアクセス可能となる。中には、大手新聞やTVがまったく触れていない資料をとりあげながら、全体としてどのような経緯があったと推測できるか、詳細に述べている解説もある。このような優れた見解はアクセス頻度も高いので、Google検索では自動的に上位に表示されてくる。それらの記事を、小生、Evernoteに(一時的に)まとめて、ラベルを付けている。

今回の騒動は「ゲスの勘ぐり」、「馬鹿馬鹿しい」とも形容されているし、「疑問が全く払拭されていない」、「納得できない」という人もいる。が、敵対勢力はいつまでもずっと敵対するものだ。

もうこの話題はいいかな、という感じ。誰でも時間を少しだけ割けば、<疑念>はほとんど解消できるはずだ。一般の人もこの位は結構容易にやっている。特定のTV、特定の新聞に依存するのが一番ダメである。もはや情報インフラとしての役割は放棄しているようだ。ブログやSNSを補完する一つの情報としてのポジションに地盤沈下してしまった。

加計学園騒動とは、「騒動」の中身を起こした側も、その中身を「騒動」にした側も含めて、大体、どんなことであったのか。それほど大きな<疑念>は小生にはもう残っていない。自ら調査したわけではない。ネットでアクセス可能な情報を全体的にみれば誰でもわかる。そういう時代になったということだ。

<疑念>が晴れないのは大手新聞社に勤務している記者くらいのものだろう。それは自分の仮説が立証されなかった落胆を表しているのかもしれない。一面的な取材しかしていないので本当の意味でワケが分からなくなっている可能性もある(ネットにアップされている文章を盗作するわけにもいかない)。あるいは「こう書いておけ」とデスクから指示されているだけかもしれない。

新聞・TVといった大手マスメディアがなぜ情報インフラとしての適性を失いつつあるか?アウトラインは出来ているが、その考察はまた別の機会に。

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