今日は土曜であるにもかかわらず、ビジネススクールの卒業演習が朝から夕刻まであり、小生もグループ討論のオブザーバーをつとめた。この演習は今日が第一回目で、途中に中間発表会をはさんで、来年2月上旬の最終発表会まで続く、長丁場のコースである。
昼休み時間中に、一度部屋まで戻り、車に忘れてきた小銭入れをとりに行こうと構内駐車場に出てみると、満車近くになった中で、なおも来訪者を誘導している担当者が目に入った。一体これは何事ぞと思うに、今日の午後、学部の保護者会が開催されるのを思い出した。
「そうか、保護者会に来ているのか」、「しかし、学生本人は同席しないわけだしなあ」、「一体親だけが大学に来て話しをきいて、教員と面談したからといって、何がどうなるのかなあ・・・今さら学生が親の言うことを聞くわけじゃないし」、「意味ないのじゃないかねえ・・・」。こんなことを口に出していうと人に嫌われるだろうが、正直、そう思ったわけだ。
が、待てよ。ビジネスに不可欠な非協調型ゲーム理論には<チェーンストアの逆説>というのがある。例えば100地点に店舗を出店しようと計画している小売企業があるとする。地元には既存スーパーがあるだろう。同じ地点に出店を考えている潜在的企業もあるかもしれない。そういったライバルは、自社が進出を考えていると予測すると、まずは店内を改装し、安値には安値で対抗するべく万全の態勢を整えるだろう。こんな時、準備万端のライバル企業としのぎを削るよりは、協調的な高値を維持して利益を確保するほうが、よほど合理的な行動である。互いに傷つき合うよりは共存共栄を目指すほうが賢明である。
もしも計画している店舗が1店舗であるなら、必ず上のような賢明な選択をするに違いない。では100店舗を計画しているならどうか?最後の100番目は、これで最後なのだから、最も賢明な選択をする。つまり自爆的な安値競争などはしない。では99番目はどうか?100番目の店舗進出ではどうするか決まっているのだから、99番目が実質最後である。だから99番目も賢明に行動するはずだ。同じ理屈で98番目もそうだ。という風に考えると、そもそも最初から100番目まで、このチェーンストア企業は常にライバル企業と協調的かつ融和的な行動を取るに違いない。これが合理的な考察である。
しかし、現実はこうでないことは多くの人が知っている。もしも1番目から30番目までの進出に際して、徹底的にアグレッシブな安値戦術をとって地元企業をたたきつぶし、潜在的なライバル企業までを辟易とさせれば、以後の進出において地元企業は自社に対して戦う意志を放棄して提携を申しでるだろう。参入を考えていた企業も自社が進出しようとしていることを知ると、その町に立地することは諦めるだろう。かくして、このチェーンストア企業は31番目から100番目までは、ほぼ独占的な状況を得て、巨額の独占利潤を享受するだろう。ここの鍵になるのは、決して敵を容赦しない、その時の採算性を度外視しても、タフな相手であるという市場からの評価を大事にする、この行動方針を貫くという点にある。
チェーンストアの逆説で伝えようとしているのは<限定合理性>である。人間のとる行動は、その時点、その時点で最も合理的な行動ではない。その時の利益をもっと増やすことが可能なことが多い。長期的な利益を目指していると言えば耳あたりは良いが、単に虚栄を張っている、メンツを気にしている。それだけのことは、案外、多いものだ。そんな時、「もっと賢くなれよ」。クールな理論家はそう教え諭す。
しかし、知性や計算に従ってばかりいると、大きな利益を得るチャンスを自ら放棄する。そんなことは現実の世界で意外に多いのだ、というのが上の話のミソである。創業の理念と志を倒れるまで守りぬくという経営者の魂が、社員一同を団結させ、奮い立たせ、困難とされていた事業をテイクオフさせ、当初は赤字続きだった事業が稼ぎ頭になるというケースは実は多いことを忘れてはいけない。
そういえば、上のようなことを話してから1年もまだ経っていない。今年もビジネス経済学の授業でまた話すのだったなあ、と。とすれば、保護者会もいまは全く意味のない、下らない行事に思われるが、学生の両親を大事にする態度を守り続けることが地域からの信頼を高めることになるのかもしれない。そして、それが最も大事な戦略的目標そのものだったりする。
そうなのかなあ?そんな高邁な志の話なのかなあ?などと思いつつ、自動販売機で珈琲を買って、また部屋に戻っていった。
小生の田舎には<キョロマ>という蔑視的呼称がある。いわゆる<利口バカ>というキャラクターを指しているのだが、その時、その時の損得の見込みによって、行動を変えることの愚かさを、ま一口に言って、笑っているのですね。案外、ずっと昔から日本人は頑固さの戦略的価値を熟知しているのかもしれない。
0 件のコメント:
コメントを投稿