それで先ずはトルコからバルカン半島にかけての大国であったビザンティン帝国に着目した。大体、西ヨーロッパは、大雑把にみて、西暦500年から1000年にかけては「暗黒時代」であると言われる。その間の人口移動状態、社会経済状況については、中々、データがとれない模様である。それでも6世紀には、東ローマ帝国のユスティニアヌス帝が旧ローマ帝国全域をほぼ再建した。しかし、その黄金時代も同帝の死後は財政が破たんして暗転し、イスラム教の誕生、サラセンの発展、それに北欧のノルマン人による侵略活動も増える中、7世紀から8世紀半ばくらいまで150年程度の長きにわたって、東ローマ帝国も「暗黒時代」に沈むことになる。
ヨーロッパ、アメリカと、広く「西洋世界」という言葉を使っているが、その西洋世界は概ね西暦1000年前後から、それまでに崩壊した古代社会の廃墟の上に再建築された世界である。
キリスト教が、西洋の精神的な側面をバックアップし、共通の神と理念を提供したことは確かだ。その共通の信仰が、ヨーロッパという世界の構築や市場の形成、交易の発展に寄与したことも確かだ。そして、キリスト教自体が古代ローマという旧世界から継続して伝えられてきた点も事実だ。しかし ― というか、それと同時に ― 「西洋」と呼ばれている現代の社会なり、文化、文明は、一度描きあげた油彩作品の上に、別の新しい絵を重ね塗りして描き直された作品に大変似ているのだ、な。その描き直すプロセスが文芸復興、つまり<ルネサンス>であった。であれば、光が再び射しはじめた1000年以降のイタリア、フランス、ドイツなど西欧、中欧において、ルネサンスが進んだと同じく、混乱が終わった東ローマ帝国にもまた<ルネサンス>はあった。後世、ビザンティン帝国とよばれるのは、その世界である。無論、国家としては古代から継承されているので当時の人は自分たちのことを「ローマ人」であると称えていた。
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ルネサンスと言っても、それは固有名詞ではなく、現に、このように<二つのルネサンス>があるのだが、ビザンティン帝国のほうが時代的には早い。早くも800年代、西暦9世紀には文芸の再興が始まっている。王朝の名前をとって<マケドニア・ルネサンス>という。「芸術の復活は絵画の分野で明らかとなる」(ベルナール・フリューザン「ビザンツ文明」、クセジュ文庫、104頁)。具体的には、聖堂装飾(壁画など)、イコン(=板絵)、それに写本挿絵である。ビザンティン帝国の隆盛期である9世紀から12世紀までの約400年で、数百点の写本挿絵が今日まで伝わっているという。下の容器に保存されていた聖遺物は、キリストが架けられた十字架であり、それは4世紀に発見されたものだという。
十字架聖遺物容器、西暦800年前後
アナスタシス、1320年前後
出所:Wikipediaから
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ヨーロッパは西欧、中欧、東欧すべてをひっくるめて、概ね、1000年±200年の時期から、古代社会の廃墟という跡地に再建築されて出来た社会である。現時点から遡ると、千年くらいの歴史を持っている。紀元前5世紀の古代ギリシアあるいは古代ローマ帝国から継承されてきた社会であるというと、やはり間違いであると言わなければなるまい。そこには一つの断絶と復原がある。東欧・スラブ社会は、これに加えて13世紀にモンゴルの支配下に属したという複雑化要因がある。
日本では、700年代中に編まれた『万葉集』という歌集を文庫本で読むことができる。また、712年に編集された『古事記』も簡単に読める。ヨーロッパが暗黒時代から蘇ったことをはっきりと確認できる西暦1000年という時期は、日本史に対応付ければ、藤原道長の時代である。日本という国家が機能していることを確認できる600年代初め、つまり用明・推古天皇と聖徳太子が活動した時代から既に400年が経過している。その400年の間、すべてが失われた動乱は起きていない。
日本国もよく観察すると、何度も体制が崩壊し、その跡地に次の社会が再建築されたとは言えるだろう。しかし、何も分からなくなり、後世の学者が古代の文献を頼りに懸命に文芸を復原したという状況はついに今日まで ― 幸いにしてというべきだ ― 一度も経験しなかった。いわば祖先の残した文化・文明の遺産が、直接に ― 他民族を含めた別の中間世代が取捨選択したり、フィルターにかけるということなく ― ありのままの形で現世代まで伝えられてきた。もちろんこの背景として、一貫した王朝、つまり日本の皇室が続いたという事実が寄与していることは確かである。
このことは、小生、世界でも ― 中国をも含めて ― 稀有と言うか、珍妙というか、奇跡であると思い始めている。まあ、<ものもち>がいいということだが、それを可能にした私たち日本人の強みと弱みは何か?ビジネスでもSWOT分析から議論を始める。<閉塞状況>というなら、まずは自分たちの<強みと弱み>を見なおすことから始めるべきだろう。自分を知るということは、予想以上に難しいものである。
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