(上)「データ爆発」の波つかむ
分析力磨き顧客層拡大
対象となっているのは米国IBM社の快進撃である。引用しておこう。
米IBMが快進撃を続けている。ハードからソフト・サービスに軸足を大胆に移す改革が実を結び、2012年1~3月期は10四半期連続の増収増益となった。株価は3月、上場以来初めて200ドルを突破。時価総額は2310億ドル(約19兆円)と、この10年で5割増加した。1月にバージニア・ロメッティ氏が最高経営責任者(CEO)に就任し、新体制に移行したIBMはどこに向かうのか。(出所:日本経済新聞4月20日付け朝刊)この10年で時価総額が5割増加した・・・日本企業に投資している我が身としては、誠に羨ましくもあり、いったい日本の会社は何をしておるのか、と。
(CEOの)ロメッティ氏はIT(情報技術)を巡って起きている「2つの大きな変化」への対応を強化する方針を示した。
1つは「ビッグデータ」と呼ばれる、企業などが扱うデータ量の爆発的な増加。もう1つは企業のマーケティング責任者や財務責任者、市長、警察署長、病院長など、これまでITとは縁遠かった「新しい顧客」の広がりだ。
トップ就任から最初の60日間で、ロメッティ氏が会った顧客企業のCEOは世界で100人。共通していたのは、「あらゆる産業で、データをどれだけ使いこなせるかが勝者と敗者を分ける」という認識だったという。(出所:上と同じ)
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それ故に、今は「統計ブーム」であるのだ、な。そう納得する次第である。確かに経営現場で利用できるデータ量は、量的変量、質的変量双方で爆発的に増加している。かつての統計分析は、データ収集には時間とコストがかかるものという前提で、あらゆる分析技術を開発していた。今は違う。データは安価に手に入る。大量のデータから企業の成長につながる、利益の拡大につながる、重要なメッセージをどのようにして効率的に引き出すのか?その技術開発が最重点分野になった。これはIT革命の余波であり、19世紀の化学工業が、その後何十年もの間、分野を変え、形を変えて応用され続け、経済を発展させたように、また電気というエネルギーが社会や暮らしを変えてしまったように、IT技術はなおも世界を変えつつある。その一断面であることは容易に了解される。
IBM研究所の特命チームが4年の歳月をかけて開発したワトソンは、定型文やキーワードではなく、自然な文章で与えられる質問を理解し、書籍に換算して100万冊分の膨大なデータを3秒以内に分析して答えを導き出す能力を持つ。11年2月、米人気クイズ番組で人間の歴代チャンピオン2人に快勝し、その実力の一端を見せた。
米国ではすでに医療保険大手ウェルポイントや金融大手シティグループがワトソンの導入を決定。医療や金融に関する知識を学習させ、医師や銀行の営業担当者といった最前線で活躍する人々の「知恵袋」として、最適な治療法の選択や顧客サービスの向上などに役立てるという。
「集計するのが仕事だった1900年代初頭のコンピューターが第1世代とすれば、プログラムできるようになった60年代のコンピューターが第2世代。そして第3世代は自ら学習し、提案する。ワトソンはそのはしりであり、ビジネスを大きく変えることになる」(ロメッティ氏)
パソコン時代の終焉(しゅうえん)を予見したIBMは、新たなコンピューティングの波を見据えて動き出している。(出所:上と同じ)統計学発展の時代背景からすれば、遅すぎるビジネス化でもあるのだが、日本企業はこんな時代の潮流をどう見ているのだろう?
それにしても<暗記型>秀才は、完全に時代遅れとなった。不確実な状況で本筋をつく質問をする能力。助言や示唆を組み立て全体を再構成する能力。要するに<思考力>に秀でた人物のみが、この世で高く評価されるだろう。
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小生が担当するビジネス統計学でも履修者はそれなりに多い。しかし、率直なところ、我が国のビジネスマン、特に中堅から上層部に昇進しようかという年齢層の人たちは、まだなお<ITスキル>を皮膚感覚のように 身に付けていないと感じることが多い。ましてや、数理的訓練、確率的な考え方、リスクとは何か、データの裏を読み、データの先を読むなどと話をすすめると、コミュニケーションが甚だ困難になる。というより、日本の大学全体が昔のままである。経営責任者は、<確実な数字>の積み上げである財務や会計、決算に基づいて問題点を確かめ、その解決策を思考する、それが伝統的方法である。リスクや不確実性、確かでない状況を扱うための確率というツールは、よく言えば<洋もの>、悪く言えば<正道に対する奇道>、もっと悪く言うと<邪道>と心の底では感じているのではないか?日本において<リスク評価>という目線は、日本人の心の琴線に触れないというか、どうも相性がよくない。そう感じることが多い。時に、小生は絶望の思いにとらわれることも増えてきたのだ、な。
かつて金融工学が華やかに脚光を浴びていた時、欧米ではボックス・ジェンキンズ流のARIMA分析くらいは常用ツールとして浸透し ― 当たり前だ、登場してもう半世紀もたつ枯れた技術なのだから ― ちょうど台風の予測進路をテレビで確かめるのにも似た感覚で、自分で株価の予測進路を出して視覚化していたと耳にしている。それがウォール街やシティの普通の感覚だ、と。ARIMA分析は、ズバリ、洗練されたケイ線分析である。正しいのかどうかという話ではなく、担当レベルの人たちの<数的処理能力>の話しなのである。日本の金融機関の状況はどうだったのだろう?少なくとも送られてくる投資家向けの資料は、どれも感覚的と言うか、個別的と言うか、足でかせいだ感触のようなことを書いていた。
知人の数学科出身の若者が、今春、国内の某メガバンクに就職した。おそらくディーラーの基本ツール開発か、ディーラーの知的基盤向上に寄与するような役割を与えられるのかもしれない。もしそうなら日本の高度金融サービスの発展に期待が持てる。しかし、文系出身の若年層世代は数理的訓練に耐えて、必要な知識を蓄積し、生産性を高めていけるのだろうか?今は破たんしているかに見える金融工学が、もう一段階レベルアップして、高度の水準で浸透し始めた時に日本は追走していけるのだろうか?韓国はおろか、中国やタイ、ベトナムの人からも「日本の人は、しきりに文系とか理系とか、おっしゃるのですね」、と。もしそんな風になれば、国家的なデジタル・デバイドならぬ<ニューメリカル・デバイド>の敗者、少数の天才はともかく国民の大勢としては<数学音痴>と認められるわけである。「データ爆発」という今回の大波もまた、海外企業の経営イノベーションにつながるだけであって、日本企業にはその恩恵が到達せずじまいで過ぎ去るかもしれない。伝わってきても活用の仕方を思いつかず、お蔵入りになるかもしれない。であれば、誠に日本は、文字通り、Far East(極東)であります。
2.11の巨大津波は文字通りの大災害であったが、データ爆発時代は巨大津波であっても、現行経営システムを破壊する一方ではなく、発展する未来への手がかりになる津波である。黒船と同じだ。波をつかまえる体制をとることが何より大事だと思われる。
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