いわき駅前でバスを降りるとき、ズボンのポケットから携帯のiPhoneが滑り落ちたらしく、「15:40発のJRに乗るから」と連絡しようとしたところ、あるはずの携帯がないと気がついたときには目が点になった。急いでバス会社の営業所に公衆電話をかけると、「届いていますよ」という。すぐにとりにいくと言って、タクシーにとび乗る。「新常磐交通の中央営業所って遠いの?」、「遠いですよ」、「どのくらい?」、「まあ30分くらいですかね、前は市内に営業所があったんですけど、郊外に移ったんですよね」、「そう、まあとにかく約束があるから急いで」。往復8千円を支払う。
待ちかねた弟が勿来から平まで車で走ってきてくれた。「いや、いや、世話をかけちまったな、この機会だから会津にちょっと寄って来ようと思ってな。で、バスを降りるとき、携帯が落ちたらしいんだ」と。そのうちに会津を舞台にした『八重の桜』の話しになる。弟が「うちも観てるよ、綾瀬はるかがずっと昔から好きだしね」、「お前もそうなのか?オレもずっと昔から綾瀬はるかが好きなんだ」、「エッ、そうなの、不思議だねえ」、「遺伝だな、これは。ああいうタイプを好むDNAを持っているんじゃないのかね」。そんな下世話な話しをしながら、走っていくと、じきに弟の家についた。
甥の大学合格祝いに買ったMacBook Pro "13 inch"と土産の「白い恋人」を手渡す。
久しぶりに酒を酌み交わしながら、また話しは会津になる。弟の奥方が
「戊辰戦争で戦死した会津の人たちの遺体を弔うことも官軍は認めなかったそうですね、酷いです」という。
「野ざらしになっただけでなくて、官軍の戦死者だけを祀る神社が作られたんだよね、それが靖国神社になって今日に至る、それが源だよ。西郷隆盛も西南戦争で賊軍として死んだから英霊とは認定されていない。一緒に死んだ薩摩武士たちも逆徒であるわけさ。案外、知らなかったろ?靖国神社のこんなところ、マ言ってみれば皇室崇拝サ、裏を読めば長州(=山口県)の手前勝手になるのかなあ、こういうこと普通の日本人は知っているんかな?」
「福島の人たちはみんな知ってますよ」
「萩市から姉妹都市の提案をきいて会津若松市が断ったくらいだからなあ」
「会津藩主の松平容保のお孫さんだったか、曾孫だったか、靖国神社の宮司を依頼されたらしいんだよね。そのとき、そのお孫さんの言うことには、自分のご先祖のために死んでいった会津藩士たちが誰一人祀られていない靖国神社の宮司を勤めることは自分にはできません、とまあそんなことを言って依頼を断って、晩年は猪苗代湖畔に陰宅を建てて移り棲んだらしいねえ、土地の人たちは感激したそうだなあ」
「そんなことがあったんだ。でもあれだね、八重の桜はいままさに会津が攻められる所なんだよね」
「綾瀬はるかの会津弁は、おじいちゃんが使う言葉とは少し違ってて、下手だと思いますよ」
「そうなの・・・ただあれだね、土地の人でないと、言葉がちょっと違うとは思わないよ」
一瓶あけた日本酒は『会津中将』でも『栄川』でもなく、三重県の地酒だった。そこは、やはり、現代の日本社会である。
小林清親、日本橋夜、1881(明治14)年
(出所)明治初期の灯りの再現
旧幕時代から王政復古に至る明治の政権交代は、ある側面をみれば陰謀や倫理に反する行為によって達成されたものだ。これもある意味で事実だろう。とはいえ、その結果として、大多数の日本人は明治の世で新しい生き方と暮らしを手に入れ、国が変わり始めた。安定と安心もよいものだが、悪く言えば停滞と諦めが社会を覆う。格差の拡大は悲惨で人の心を荒ませるが、変化や発展が多くの人を刺激して、希望や志を吹きこみ、世を活性化させるのも事実だ。小生は新し物好きなので、結果として明治を迎えたことは良かったと思っているが、その時代、リアルに変動を体験した人達の半分は<不条理>を呪いたくなる気持ちだったに違いない。その半分の人たちが感じた不条理を何も清算しないまま、第二次大戦の戦後になって国連憲章の敗戦国条項を気にする、中国や韓国とのわだかまりは全て清算できているはずだと思い込む、やった方は忘れてもやられた方は記憶しているものだと言うと、しつこいと感じる。こういう事実認識はどこかで大事な議論が欠けているように思うのだな。具体的にどこを議論するべきと、ここで明記する必要はないと思うが、<歴史問題>というのは、何も日本対外国の専売特許ではない。日本史の中にすら、未清算のわだかまりは残っている。小生にはそう思われますな。
とはいうものの、個人個人がどう感じているか、どう受け止めているかという問題と、社会全体が進歩しているのかどうかは、まったく別々の話題だ。優しい世の中を作る気が全くないのであれば、個人個人の気持ちに立ち入る必要性は、国の観点からいえば、全然ないのだ。そう開き直ることもできるのかもしれない。
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