2013年11月26日火曜日

「対外危機意識形成」のグローバル化

対外危機意識の高まりがナショナリズムを刺激し、その時の国家指導者の支持率が跳ね上がる現象は歴史上頻繁に観察される事である。

古くはフォークランド紛争で決然として艦隊を派遣した英国のサッチャー首相がそうであったし、近くはアルカイダによる同時多発テロのあとのブッシュ大統領が当てはまる。ブッシュ大統領はテロ直後の高支持率を背景に有志連合を結成して対アフガン戦争を始めた。更に、2003年3月には大量破壊兵器隠匿を大義名分にイラクと戦端を開き、フセイン政権を打倒した。戦争開始には時の政権に対する非常に高い支持率が不可欠なのである。顧みると日本海軍の真珠湾奇襲は、戦術的に成功したとはいえ、アメリカの危機意識をたかめ、怒りを醸成したという点で戦略的にはまずかったわけである。<対外的危機意識>は、たとえその効果は一過的で短期的なものであるにせよ、国家指導者の支持率を高め、指導者がやろうとしていることを実現しやすくするものなのである。

中国が唐突に尖閣諸島を含む東シナ海空域に「防空識別圏」を設けたことから、このところ和解に向かうのではないかと憶測されてきた日中間に再び危機が高まっている。今度は、日本だけではなくアメリカ、台湾、さらにオーストラリアまで中国の強硬なやり方に危機感を刺激されているようである。

中国事情に詳しい日本の専門家の一人は「こうした強硬な対日外交をとることが必要な国内事情に習近平政権が置かれているという事です」という意見を口にしていた。危機の主因は中国にあるというわけだ。同様に、韓国の朴大統領の反日発言も「反日」そのものというより、朴政権が国民の反日姿勢を必要としている。そんな見方が多いようだ。

実は多少古いが韓国側にはこんな風な記事がある。
……日中間の摩擦が安倍首相が推進している防衛力増強に力を与えていると分析している。「安倍首相が中国脅威論を掲げて集団自衛権行使、ミサイル防衛システム拡充など安保問題で政治的立地を強化しており、中国の対日強硬対応がこれをさらにあおっている」というのが専門家らの分析だ。こうした雰囲気の中、安倍首相は先月の米国訪問時に「日本の周辺には軍備支出規模が日本の2倍に達する国がある。私を『右翼の軍国主義者』と呼びたいならそう呼んでもらいたい」と発言したりもした。(出所)中央日報、10月28日配信
 韓国は韓国で、日本の安倍首相が年来の持論を実行するために、それに都合の良い外交事情を自ら造り出そうとしている。そう見ているようなのだ、な。日本人のいう「中国という脅威」、あるいは「許せないほどの韓国の反日」。実はこの二つとも安倍首相の政治的ポジションを強化するのに欠かせない要素になっている。簡単に言えば、日中韓をめぐる対外的危機は安倍総理の側が造り出したものだ。どうやら日本が中国や韓国をみるのと同じ目線で韓国も日本を見ているようなのだ。中国も事情は大体同じではなかろうか。

安倍政権、習政権、朴政権それぞれがみな、自国に対してアグレッシブで好戦的な相手国を必要としている。好戦的言動を繰り広げる安倍首相は、習近平主席にとってウェルカムなのだ。なぜなら対日関係が悪化すればするほど、中国国内で危機意識が高まり、中国国民は統合される名分が立つからである。統合して習主席は実行しようとしている政策課題に取り組めるであろう。

同じ事情は韓国の朴大統領にも安倍総理にも当てはまる。中国海軍が空母を尖閣諸島近海に派遣する行為は、中国による日本に対する威嚇ではあるのだが、そうして威嚇されていること自体が安倍総理がやろうとしている本来の念願にとっては追い風となる。だから、強硬な中国は強硬な姿勢をとることによって安倍総理に味方していることになるわけで、それゆえ安倍総理には必要な中国となっている。

しかし、本来の意図は時間の経過とともに露出するものである。露出してはならないので、対日強硬姿勢が本来の戦略的意図であることを証明するためのコミットメントを中国は実行するだろう。たとえばそれは何発かの砲撃であるかもしれないし、「偶発的事故」の演出かもしれない。そうして事実において対外的危機が「演出」ではなく「現実」のものに転化するかもしれない。とはいえ、そうなることの全体がそもそも日中韓の現政権が訴えていることを事後的に立証することにもなるので、そうなっていってこそ政権の支持率は更に高まるだろう。

もしもいま、日本が対中和解姿勢を示して中国との雪解け外交に努力し、韓国とも慰安婦、強制徴用問題について協議を始めるようであれば、もっとも困惑するのは中国、韓国の現政権ではないかと思われる。対外的危機の消失は、中国と韓国の経済格差問題を露わにし、政府は困難な経済改革に正面から取り組むことを余儀なくされよう。こんな事情は日本も同じである。日本の課題は、年金削減と増税、そしてグローバル化に応じた規制緩和である。TPP参加もこの一環であるが、国内には強い異論がある。中国からの威嚇、韓国の強硬な反日なくしてTPPが検討の俎上に乗ったろうか。そもそも東アジア情勢が平穏だとして、それでも「集団的自衛権」を安倍総理は口に出来ただろうか。真面目に考える国民はいないはずである。平和であれば普天間基地の移設も進まず、辺野古移転もままならず、日米関係の基礎は動揺するに違いない。「アメリカ陣営」という色彩が濃厚なTPPに参加する必要性を国民が理解するとも思えない。そういう状況になっていたのではないか。

対外危機意識形成は、指導者が国内支持率を獲得する特効薬である。強い指導者像を追求したいと念願する動機は、確かにいま日中韓それぞれにある。なぜなら政策課題に取り組むには強い指導者であり支持率も高くなければならないからだ。互いに強硬な姿勢をとりつつ形成されるバランスオブパワーの中で、それぞれの国が抱えている本来反対の多い政策課題に取り組んでいる、それが現在の日中韓三国の右翼政権である。そう見ておいてもいいのではないか。



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