英国のEU離脱は、それ自体としては純粋に政治的な決断である。決して経済政策ではない。実際、国民投票で離脱派が勝利して、株式市場は暴落し、G7は金融不安懸念を払拭するため共同声明を発表するに至っている。
今回の英国の政治的決定が世界経済を混乱させている。こんな「経済政策」があるはずがない。
経済的な不安定は国民の厚生を損なう第一の要因であるから、政府は、必要なら他国とも協力して、まず国内経済の安定化に努力しなければならないというのが、戦後ずっと一般的な理念になってきた。ところが、英企業の行方には不透明感が漂っているのが現実だ。ということは、英国民の生活にも不透明感は増しているというべきだろう。
そういう意味では今回の英国の選択は、<チャブ台返し>であった。憤慨する人は世界に多いだろう。
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政治的なショックで株価が暴落したといえば、1953年3月の「スターリンショック」があげられる。突然の死去の報に接して、東京市場は前日比で10パーセントの急落となった。この急落率は、1987年10月に発生したNY市場の「ブラックマンデー」に破られるまでは戦後第一の株価崩壊として記憶されていた。「ブラックマンデー」の当日(10月19日)、アメリカのダウ平均は前日比で22.6パーセントの大暴落を示し、それを受け東京市場では日経平均が14.9パーセントの下落となった。スターリンショックを上回る新記録となったのだ。
ブラックマンデーは、1985年のプラザ合意以降に進行していた急速な円高・ドル安を進路変更するため、FRB当局が金利引き上げを画策していたことから突発的に発生したと云われている。その意味では、金融政策のほころびであったわけだ。
スターリンショックも、まったく経済動向と無関係であったのではなく、スターリンの死去にともなって3年間続いた朝鮮戦争も終結する、そうなると日本経済復興を支えてきた「特需」も終わるのではないか。そんな連想から売りが売りを呼び、株価が暴落したのであった。
純粋に政治的なイベントで株価が暴落することはない。
今回のUKショックは、金融センターとしてのロンドンの地位、英国とEUとの今後の関係、EUという巨大な単一市場の行方に対する不安が経済的不安定を引き起こしているのだが、もっと本質的な背景には欧州各国に流入している大量の移民をコントロールできていないことへの不安、反統合派がこのまま力をつけ最終的にヨーロッパは四分五烈するのではないか。こういう不安は、やはり生活への不安であり、大きな経済問題であると考えれば、EU離脱の先兵となった英国が欧州経済を揺るがせ、「揺らぐ欧州」が世界経済を揺るがす構図になっている。ギリシア問題、欧州債務問題とある意味では同根であり、このあたりが最大公約数的な見方だろう。
根本的には、移民政策、債務問題、対ロシア問題、対中東政策等々、すべての問題の背景には経済問題があるとみれば、マルクス的な視点と同じになってしまうが、今回の株価暴落の本筋はついているだろう。
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ただ実際に英国がEUを離脱するのはかなり遠い先になりそうで、ある人は『はやくて二年、おそらく七年』と話している。
当面は、ポンド急落もそうだが、投機家の不安、そして金融不安であろう。
アメリカの
Yahoo! Financeでもこんな解説をしている。
The first thing most economists are flagging right now is tighter financial conditions. Simply put, tighter financial conditions means that it is harder and more expensive for businesses and consumers to get money. That in turn leads to less borrowing, less investing, and ultimately less economic activity.
And these tighter financial conditions are appearing in the US.
金融要因による不安定は、多分に一過性であり、中央銀行が判断ミスをおかさなければ永続性をもたないということは多くの研究から確認されている。
今回の株価暴落は、リーマン危機当時のような金融システムに内在する要因で発生したものではない。
まあ、このまま何もなければ、2,3か月のうちには株価は元に戻るだろう。
その後の動向は、実際に英国がどんな交渉方針を立案するのか、EUは英国とどう向き合うつもりなのか、英国に進出している企業はどう対応するのか等々、あくまでもリアルな次元に属する要因が決めることである。
基本はそうなのだが、やはり不透明感の高まりは投資を抑え、1~2年の景気後退は避けられんかもねえ・・・、短期的・マクロ的にはこの辺りの判断になろう。
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『英国は離脱の混乱をおさめるのに10年、離脱を後悔し始めてから10年、EU再加入を申請しようと決心するまでに10年、再加入申請が認められるまでに10年、40年後には元に戻るだろう』と、こんな見通しを語る人もいるようだ。
民主的な手続きでなされる政治的決定は、長い目で見てその国の国民の暮らしを全体として豊かにする、幸福にするはずのものであろう。政治はそういう風に行われていくはずだ。こう考えると、英国人がより満足できる道が、離脱の後に見つかるだろうし、おそらく英政府はEU当局と交渉して何とか見つけるだろう。
見通しとしては上のようになる。ただ、これは離脱した英国と残ったEUとの関係だけのことだ。間接効果、というか英国の行動が他国に与える影響と、その影響が英国にフィードバックする戦略効果までを考える場合に、今回の英国の選択が真に英国の利益をもたらすかどうか、定かではない。実にリスキーな選択だといえる。
それほどのリスクを覚悟してでも、EU当局の指図は受けたくないと、そう思わせる何かがあったとすれば、欧州統合そのものに大きな方向転換が迫られている ― 多分、根底には旧ソ連圏に対して純粋に政治的な観点から推し進めたEUの拡大戦略が(どの国の利益を反映した戦略であったのかは置いておくとして)経済的には無理だったという現実があるのだろう。
本ブログには、英国のEU離脱に関して5年前から関係情報をメモしている。左上の検索欄に<英国 EU>と入れて検索すると、
最初の投稿は2011年時点にさかのぼる。そこでは(当時の時点で)すでに70%の英国人がEU残留/離脱の国民投票を望んでいるという世論調査結果が紹介されている。
シリア内戦をきっかけにする難民の大量発生は比較的最近に問題になってきたものだ。それより以前に、すでに英国民はEUに対して不満をもっていたわけであり、不信の根は深かったのだろう。
40年後に英国が戻ろうとしても、その時にはEUそのものが無くなっている可能性もゼロではない。
【加筆】
それにしても「国民投票」という政治ツールは、即効性はあるものの、実に危険ではないか。
国民投票の結果を再確認する国民投票を3か月くらい経ってから実施すればいいかもしれないネエ・・・。前の国民投票を否決する国民投票になる可能性はいつだってあるだろう。人の気持ちは変わるものだ。