2017年4月5日水曜日

自主避難=自己責任? これは暴言なのか?

稲田防衛相、金田法相の次は今村復興相ということか?

今村雅弘復興相が4月4日午前の閣議後会見で、東京電力福島第1原発事故による自主避難者への対応をめぐるフリーランスの男性記者の質問に激高し、「出て行きなさい」「うるさい」と声を荒らげる場面があった。産経ニュースなどが報じた。(中略)
今村復興相は、自主避難者の支援に国の責任がないか問われ「福島県が対応し、国は県のサポートをする。この図式でこれからもやっていく」と説明。自主避難者が帰れないのは自己責任と思うかとの質問には「基本的にはそうだ。国はできるだけのことはやった」とも答えた。
自主避難者は、国の避難指示を受けなかった地域から、被曝を心配し遠方に避難した母子ら。福島県に取材した朝日新聞デジタルによると、2016年10月時点で全国に約3万人いるといい、同紙は「強制避難者に比べて東電の賠償や国の支援が薄く、福島県民の『分断』につながると指摘されてきた」と伝えている。
今村復興相は4日夕、報道陣に「感情的になった。今後こうしたことがないよう対応したい」と自身の発言を謝罪。会見で自主避難から帰還できない人への対応を問われた際に「本人の責任、判断だ」と述べたことについては「避難命令を受けた人との違いということで言った。自主避難の方にもいろいろやってはきている」と語った。
(出所) The Huffington Post, 2017年4月5日

カミさんは話している。
そりゃ政府から避難指示は出てないと言ってもサ、線で引くわけでしょ?道路の向こうまでは避難しなさいといわれたら、うちは区域外だから安心だって、そうはならないヨ。やっぱり子供がいれば心配だし、避難しようかなってなるのが当たり前だよ。
う~~ん、これほど単純な決め方でもなかったと思うが、避難区域を定める以上、「避難区域内」と「避難区域外」に明確に二分されるのであって、グレーゾーンに対する斟酌というのはなかったのだろう―とはいえ、これまで自主避難者にも公的な支援はあったわけだから、全くの自己責任で勝手におやりなさいというわけでもなかった。

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識別、つまり"Classification"は、ビッグデータ分析でも現在最も急速に発展しつつある領域である。事実・データに基づいて適否・完治・合否などを判断する技術はますます精密になってきている。

そんな状況からみると、原発事故被災地の取り組みはいかにもアナログ的で、もう少し客観的で科学的な方法というのは工夫できないか。そんな風にも感じられる。

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ただ、自主判断で避難した人が「もう戻りません」といった場合、それはもう「避難」ではなくて「転居」になるのではないかなあ、と。小生がそう話すと、カミさんは「そりゃそうかもしれないけど、それだって仕方なくそうなったわけでしょ、自分の判断だったわけでもないんだよ、関係ない人があれこれ言うのは可哀想だよ」。

確かにカミさんがいうとおりでもある。しかし、国なり福島県が支援するとなれば税金から支出するわけで、関係ない人たちの財布であるわけだ。となれば、口を出す権利は誰にでもあるという理屈でもある。

一度避難すれば、時間軸にそって永遠にその人は「避難」していることになるのか?やはり「避難している状態」と、「避難先に定住して、生活基盤が整った状態」と。ちょうど重傷を負ったあとの傷口が開いている状態と、傷口が閉じて心配がなくなった状態と、公的な支援が必要だとすれば、まだ「避難状態」にあるのかどうか。「定住」するのか、「復帰」するのか。そんな審査のステージは必要である。小生はそう思うのだがなあ・・・。

ま、自主避難者はこれ以上支援の必要はないというのは、いささか一律かつ機械的で、乱暴な措置であると。大半の人はそう感じるはずだ。

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