2018年6月20日水曜日

理屈になっていないメディア企業の「世論調査」をどうみる?

もう止めようと思いつつ、カミさんの「でもチラシもほしいし・・・」という希望もあり、ダラダラと続けている地元紙購読。

安倍内閣の支持率が上昇したという報道だ。支持率上昇という点は複数のメディア企業による「世論調査」で共通しているようだ。

それに反して、「モリ・カケについては国民は納得していない」と、「カジノ(IR)法案を今国会で成立させることには国民は賛成していない」と、「文書改竄を指揮(?)したS国税庁・前長官が不起訴になったことには国民は納得していない」と。要するに、安倍現政権がやっている個別の事を国民は評価していない、と。そんな結果をも伝えている。

まあ、書いた側の意識は
支持率は上がっている。しかし、こんなに多くの点で国民は納得していない。
そんなことを言いたいのだとは思う。

しかし、ズバリ言えば、理屈になっていない。中学生の自由研究発表だとしても、これほど理屈の通っていないレポートは稀だろう。それほど駄目である。

***

個別の事項については納得していない。納得できないなら支持はできないはずだ。にもかかわらす結果として支持率は上がっている。

何がよくて支持率は上がっているのか?

単に「他に人がいないから」・・・。こんな説明で国民は「納得」しないでしょう。

レポートする側の責任というのは
結果として、支持率が上がっているのは、〇〇▲▲という要因があるからだ(と思われる)。
ここを言わないと駄目でしょう。理屈が通らず、支離滅裂であるにもかかわらず、社会に向けて公表する。その無神経に呆れる。

***

メディア各社の(もはや「いわゆる」である)「世論調査」をより信頼性あるものとするには、調査側が恣意的に質問を設定しては駄目だ。

そもそも、日本に生活している人であれば『モリ・カケ騒動には納得していますか?』とか、『財務省のS前長官不起訴には納得していますか?』とか、そんな特定の質問のされ方をすれば『納得はしていない』と回答するだろう。当然の反応である。聞かなくともよいのだ。小生だって、納得はしていない。

客観的な世論を把握したいと思うなら、たとえば以下のように質問することだ。

以下の事項の中から関心をもつ五つの事項を選んでください:
□ 1.働き方改革(裁量労働制、高度プロフェッショナル制度を含む)
□ 2.消費税引き上げ(2019年10月実施予定)
□ 3.待機児童問題
□ 4.人出不足と賃金動向
□ 5.カジノ法案(IR)
□ 6.モリ・カケ騒動(政府の説明、S前長官不起訴を含む)
□ 7.北朝鮮の非核化
□ 10.北朝鮮による拉致被害者問題の解決
□ 11.対アメリカ外交
□ 12.対ロシア外交
□ 13.対中国外交
□ 14.イギリスのEU離脱(BREXIT)の経済的影響
□ 15.従軍慰安婦問題の解決

事項1を選んだ方は、現政権の取り組みをどの程度評価するかをお答えください:
1.高く評価する
2.評価する
3.評価しない
4.まったく評価しない
5.評価については判断が難しい

事項2から15まで同じ選択肢を設ける。

最後に、次の質問を置く:
あなたは安倍政権をどの程度支持しますか?
1.強く支持する
2.支持する
3.支持しない
4.まったく支持しない
5.支持・不支持いずれでもない

この間に、支持政党を質問しておくことも必要だろう。

最初の項目リストはランダムに並べるべきである。また、その時々で列挙する項目、並び順は更新する方がよい。

これでも、個別の回答と結果としての支持率とが論理的に整合しないケースが多数発生すると予想される。アンケート調査をすれば、個別のケースでノイズが混入するのは避けがたい。故に、集計して統計的に大づかみするのである。

要するに、国民は何に最も関心をもっているのか、どんな問題を解決してほしいと最も願っているのか? その願いに対して現政権の取り組みは評価されているのか、どうなのか?これらを調べることが「世論調査」でないとすれば、一体なにが「世論調査」になるのだろうか?

***

聞きたいことだけをきいて、説明できない結果が得られているにもかかわらず、説明しようとする努力をせず「こうなりました」と紙面にそのまま掲載するのは、実に無責任であり、最近年の日本国内のマスメディア企業を象徴しているようだ。

その理由は、基本的な知識・学問的蓄積・交友範囲をもっていない人が、報道の前線にいるからだ(と思われる)。

納得できないのは安倍政権についてばかりではない。国内のメディア企業が実施しているいわゆる「世論調査」もまた納得できないのだ、な。


2018年6月16日土曜日

『人生、四時あり』よりは一日にたとえるほうがシックリくる

吉田松陰の『留魂録』は今なお読む人が多い。特に以下の下りは有名だ。
十歳ニシテ死スル者ハ十歳中自ラ四時アリ
二十ハ自ラ二十ノ四時アリ
三十ハ自ラ三十ノ四時アリ
五十 百ハ自ラ五十 百ノ四時アリ
十歳にして死ぬものには、その十歳の中に自ずから四季がある。二十歳には自ずから二十歳の四季が、三十歳には自ずから三十歳の四季が、五十、百歳にも自ずから四季がある。
長寿に恵まれる人、恵まれない人、それぞれにその人の人生には春夏秋冬の四季があるものだ。

小生、これが気に入っていて、亡くなった両親の歩んだ人生にも当てはめては、自分の人生と引き比べたりしてきた。

最近は、人生を一年にたとえるよりは、むしろ一日に対応させる方がシックリ来るようになった。三十余年、一夢の如しと来れば、人生ほんの一日とみるのが自然な実感に違いない、

間もなく嫁さんを迎えようとしている下の愚息は、朝食をとり、朝一番の仕事をこなしたあと、一日の見通しを考えめぐらしている午前10時頃だろうか。

「仕事」からは解放されつつも、まだ非常勤で特定の仕事を担当し「データ」だ「分析」だなどと言い続けている小生などは、その日の片づけをしている午後5時前だろうか。

そろそろ帰宅し、夕食は何か、食後の憩いの一刻をどのようにして過ごそうかと、楽しみにしながら考えている。そんな頃だろうか。

人生暮六つ。六つの鐘がなれば「仕事」とやらは完全に足を洗って清浄の毎日を送りたいものだ。その昔、先輩と『下半身はいかに泥にまみれようと、水の上は美しい花を咲かせる蓮のように生きたいものですネエ・・・』と、そんな快談をやったものだが、そろそろ実行できる齢になってきた。

2018年6月13日水曜日

中国の夢、日本の夢、アメリカにとっての理想型?

米朝会談は一場の政治ショーであった、という向きもあるが、非核化で合意という根幹だけは確認された。平和体制構築(=朝鮮戦争終結)への歩みが米朝で確認された。米朝で戦争終結への意志が確認されれば、中国も加わり、正式に戦争終結文書署名も見えてくる。その第一歩を刻むための米韓共同軍事演習の停止を大統領は発言した。さらに長期的には在韓米軍縮小・撤退の可能性までが口の端に出た。小生思うに、この点が最も大きい。

◇ ◇ ◇

中国の夢(かつロシアにとっても?)は、朝鮮半島から米軍が撤退することである。この点はほぼ自明。

ということは、非核化された北朝鮮は中国の保護下に入り、大韓民国はアメリカとの繋がりが強いにせよ、最終的には朝鮮半島を統一する連邦国家(?)に参加するという方向に踏み込んでいくだろう。これも王朝時代の中華文明圏再興の一環である。

では、その時点で中国はアジア文明圏全域から米軍が撤退することまで求めるか? 

日本には強力な米軍基地が散在している。日本はアメリカと軍事同盟を結んでいる。中国にとって(ロシアにとっても)それは邪魔である。この体制がある限り、ロシアは日本との北方領土交渉にまともに応じることはない。ロシアが北方領土交渉にまともに応じないのは、第2次世界大戦終了とその後の冷戦、米ロ対立を起源としており(いやもっと遡れば、19世紀から続くアングロサクソンとスラブ間の相互不信の歴史を源流とするもので)その強固なことは「岩盤」どころではない。

日本の夢は「一国独立」していた明治維新直後の状態に復帰することかもしれない。幕末から明治にかけて、日本が近代化に取り組み始めた当初、日本は100パーセントの主権国家であった。なるほど法制面での未成熟から関税自主権の放棄、領事裁判権の承認などを余儀なくされた。この不平等を日本人は恥とした。が、それでも日本は経済的に発展できたし、日本国内に外国の軍隊は駐留してはいなかったのだ。日本が近代化を目指した根源的動機は尊皇攘夷であった。三つ子の魂、百までである。日本国内の米軍基地をホンネでは嫌悪している部分が日本人の深層心理には隠されている、と。そう観ることも(ひょっとすると)可能かもしれない。

ならば、中国の海上覇権確立、アメリカ排除に悪ノリして、日本も米軍撤退を求めるか?明治初年の原状に戻って「一国独立」して、大国ロシアと交渉し、超大国アメリカ・中国とも100パーセント対等の立場で外交を進めるか? それだけの覇気を持てるか?
◇ ◇ ◇

しかしながら、中国は自国の拡張戦略にとってアメリカが邪魔であるにもかかわらず、日本から米軍が撤退する状況は望ましくないと考えるに違いない。

要するに、これは中国にとっての二択になる。

  1. 米軍が日本国内に駐留し、日本が中国にとっての軍事的脅威になる可能性を摘む。これは中国伝統の「夷を以て夷を制する」という戦略である。
  2. 米軍が日本から撤退し、日本が核武装で代行する。「代行する」というのは、アメリカの利益に沿って引き受けるという意味になる。
結局、中国にとってより安全なのは、日本かアメリカかという二択である。

日本の核武装路線はアメリカも認容しようとする見方が出始めている。欧州もそうだ。何と言っても、第二次世界大戦が終わって既にもう73年がたっているのだ。

その73年の間、日本は中国の軍事的脅威には一度もならなかった。アメリカが中国の海上覇権確立を妨害しているといって、73年間続いた安全保障システムを中国が自ら崩すのかといえば疑問であろう。また、アメリカは日本との軍事同盟を(絶対に)放棄しないだろう。日本の核武装をまで認めるならばよけいにそうである。中国もそれは分かっている。もしそうであれば、1+1よりは、1だけのほうが良いに決まっている。

もちろん、日本が核武装し、それを契機に日米安保という「くび木」から脱するという事態も絶対にありえないとは言えない。しかし、これを実現するための外交戦略があるとは考えられない。奇跡のような曲芸でしか可能ではあるまい。ま、一寸先は闇ではあるのだが・・・

◇ ◇ ◇

いずれにしても、日本はアメリカが統制してくれている。管理コストはアメリカが負担する(原資は日本のカネが相当あるのだが)。中国は経済的利益だけを得ればよいのである。中国は自国の東方をこうみているはずだ。

中国が太平洋の西半分をとりたいとさえ思わなければ、日本が中国の脅威になる可能性はない。どの線で中国は満足するか?アジアの国際関係のカギ、即ち平和のカギはアメリカではなく、まして朝鮮半島でもなく、中国の夢がどこににあるか。この点にかかっている。




2018年6月12日火曜日

「モラル」を持ち出すのは解決能力も説明能力もない証拠

今日は一日、どこの局も「米朝会談」、「朝鮮半島」で一色だろうと思っていると、果たしてカミさんが好んでみているワイドショーもシンガポールから現地中継している ― もちろん、「こんな様子」ですというレベルだ。

何か分かった時点で、臨時に切り替えてそれまではプロ野球の話をしてもいいんじゃない、という風に思うが、このノリは五輪や箱根駅伝を中継する狙いと同じである。何であれ、すべてはニュースになるわけだ ― そのうち『1+1=3と定義するまったく新しい数学が自動運転技術に応用できることが確認されました!』などという話題もTV画面をにぎわせるだろう。「ヘエ~~ッ」という反応になるかもしれない、・・・フェイクではあるが。

新聞はどうなっているのだと、道新をみると『G7サミット 無力化を食い止めたい』と。ホホ~ッと思い本文を読むと
それにしても目に余ったのがトランプ氏の身勝手な振る舞いだ・・・日本を含む6カ国は今後も連携し、G7の意義をトランプ氏に訴え続ける必要がある。
国内の政権に対しては、率直を通り越して、露骨ともいえるほどの倒閣運動を展開できるのが日本の(ま、日本だけではないという見方もあるが)新聞である。

トランプ大統領がやっていることを、熱く支持する階層がアメリカ国内に(今でも)いることは数字が示すところであり、事実として認めるほうがよい。故に、トランプ氏は目に余ると言っても全く意味がないわけで、そんな行動をとってほしいと願望しているアメリカ国内の「分離主義者」を非難するべきなのだ。そもそも「目に余る」と言っておきながら、何もアメリカを非難する言葉を書いていない。トランプ大統領を批判するなら、ホスト国のカナダ、仏独の側に明確に立つべきだ。と同時に、融和的な意見を述べ続けていた(と伝えられている?)安倍首相をも非難するべきであるし、でなければ称賛するべきである。自国の首相はどう振舞っていたか、日本のメディアなら伝え、評価しなければならないことを評価していないところに、不誠実の香りがするのだ、な。ト大統領がロシアをG7に復帰させようと発言した(そうだが)その時、なぜ日本のメディアは「一考に値する」と書かないのか? 英独は反対したそうだが(フランス、イタリアまで反対したとは伝えられていないが)、日本の利益にはかなうのではないのか。この事にまともに触れようともしないのは、メディア企業として極めて不誠実であり、誰のために報道企業を経営しているのか理解できないほどである。

こんな大事な点をスルーしておいて、『その態度、まことに目に余る、言語道断である』とはネエ・・・江戸城中の小役人にでもなったつもりか、と。そう思いました。

主題について分析やロジックを述べず、モラルに訴えて何かを語っているとき、そのホンネは透けて見えるものである。何かの当てがはずれたとき、そんなものの言い方をするのが人というものである。

ヤレヤレ、またメディア批判になったか・・・メディア産業はインターネットの都合の良い部分をこのところ報道素材にしているが、最近はメディア産業がネットの中でしばしば標的となり炎上している。火遊びは火事のもと。それほどの時間がたたないうちに、フェイクニュースに引っかかって大失敗を演じ、国内メディア産業が激震に揺れ、壊滅状態になる。そんな未来が(そろそろ)みえてくる予感がするのだな。真面目な努力を惜しむといつかは失敗して没落する。浮世の理(ことわり)だ。剣呑、剣呑・・・


2018年6月9日土曜日

意味のないキャッチコピーの一例

寺田寅彦の随筆は絶品揃いなのだが、その中に「科学的認識」と「語呂合わせ」との違いを話題にした作品がある。正確な文章とは違うかもしれないが、たとえば語呂合わせの文章と言うのは『▲▲虫然り、〇〇鳥然り、この理(ことわり)、何ぞ人に当てはまらざる』といった風の文ではなかったかと記憶している。昆虫や鳥類にすら共通に観察される行動特性だからといって、ヒトにも同種の特性が認められるかといえば、個人差もあるわけであり、データに基づく科学的検証が必要になる、と。そんなことを寺田寅彦は述べていた。

言葉としての力強さは、その言葉に説得力を与えるかもしれないが、説得力があるからといって、それが真実かどうかはまた別のことである。そうとも言えるわけで、エッセイストというより科学者であった寺田寅彦の面目が躍如していると感じた個所である。

× × ×

新聞広告を見ていると、以下のような文句が目に入った。
国宝は国のものではない。私たち国民のものである。
思わず「そうだよね」と賛同したくなる言葉だ。

しかし、よく考えるとおかしなことを言っている。

もし「私たち国民」というのが、いま現に生きている現世代の日本国民という意味なら、まったくもって無責任な思想だ。

国宝とは遥か昔の祖先が創造したものを、世代から世代へと継承して現在に至ったものである。私たち国民のものだと言っても、私たち国民が自由に改造してよいわけではなく、ましてや希望があるからといって勝手に売却してよいわけではない。そんな勝手なことをすれば、後の世代の日本人が苦労をして原状に戻そうと力を尽くすに違いなく、愚かな行為をした現世代の私たち国民が犯した誤りをずっと伝えていくことであろう。

自由処分権を私たち国民は持っていない以上、国宝は私たち国民のものではない。

継承されてきたという事実だけがある。継承すること自体を愛するのは、駅伝でタスキをつなげることを何よりも大事にする心理に通じるかもしれない。

もし「私たち国民」というのは、過去・現在・未来にかけてのすべての世代の日本人全体を指しているのだとすれば、それこそ「国」という言葉で示されるものだ、というべきだろう。時代が変われば無常に変わっていく政府や行政機構をさして「国」と言うべきではない。だとすると、「過去から未来へとつながる日本人」を「国」と考えるべきで、時代を超えてつながる日本人とは別の何かを「国」と呼ぶとすると、一体それは何を指すのかがサッパリ理解できない。

国宝とは、文字通り国の宝である。いま生きている私たち国民の宝ではない。いま生きている誰のものでもない。(あなたが日本人であろうと思うなら、日本の)国宝は大切に守って後の世代に伝えていかなければならない。

こういうべきだろう。現世代が担当する実働40年を無事完走して、前世代から受けた資産を次世代に引き継ぐことが責任というものだ。というか、こんなことは普通の人にはわかっている当たり前のことだ。

語呂合わせがいいと思って思いつくキャッチコピーは、中身はゼロのことがままあるので、要注意。ずっと昔に寺田寅彦もこの危なさに気がついていた。




2018年6月7日木曜日

これまた既稿リマインダで十分: 朝鮮半島と日本

米朝会談が近づいてくるにつれて、ネットでは色々な意見が飛び交っている(すべて無料で公開されており、内容やレベルは玉石混交だ)。

多いのは、<長期的にみると>南北朝鮮は融和を進め、最悪の場合には核武装した統一国家が朝鮮半島に出現し、日本を敵視するだろう、と。故に、日本も米国との軍事同盟を深化させるとともに、自衛のための軍備に資源を割かざるを得なくなる。こうして日本も<普通の国>になっていくだろう、と。そんな見方が多いようだ。

◇ ◇ ◇

小生、個人的には「国防軍」という組織を日本国が保有するのは当たり前である、と。これが基本的な立場だ。

ただ、軍事力を何のためにもって、いかにして使うのか、という点については国民の側に相当成熟した世界観、政治観がなければならない。これが最重要なポイントだと思っている。

以前の投稿から:
中国は軍事力を強化しているが、軍事力は使えば失敗ともいえる政治ツールである。明治維新期の長州人・大村益次郎は「軍はタテに育成して、ヨコに使うものだ」と言ったそうだ。日本に対する中国の軍事的圧迫は、日本の資源を経済から政治・軍事に誘導することが一つの目的であり、よりソフトな国際的広報戦略の効果を強化するものである。その裏面で、というか同時に、中国政府にとっては痛い過去の履歴や人権への国内政治姿勢から、日本による中国侵略の記憶へと世界の目を転じさせるマスキング効果を引き出している。つまり中国は戦わずして日本を隘路に導こうとしているのだ、な。
日付:2014年4月1日

大村益次郎のように「軍は単純に武力行使をするために持つものではない」という戦略眼を日本政府の担当者だけではなく、日本国民ももつことが成功へのカギであって、そうでなければペラペラとした好戦意識から展望も覚悟もなく戦争を繰り返した戦前・日本の大失敗を再び繰り返すことになるのは必至である。

俗にいう『気違いに刃物』とはしないことが最も重要。『馬鹿と気違いは紙一重』ともいう ― まあ、『大賢は大愚に似たり』とも、『天才と気違いとは紙一重』ともいうので、この辺の政治スタンスは実に微妙で、政治芸術(アート)とも言えるかもしれない。(この辺り、不穏当な表現はご勘弁)

いずれにしても、日本が頼りにしているアメリカは、日本の国益ではなく、アメリカ人の国益のために、(今は)日本に協力しているのである。韓国は韓国人の利益のため、中国は中国人の利益のために活動しているのも当たり前。日本人が自己の共通利益を追求したいなら、日本政府が努力するしかないわけだ。相手が国交未回復の北朝鮮であれ、あるいはまた最悪のケースであるという統一朝鮮になるにせよ、自分の問題を解決するには自分でやるしかない理屈である。そのための戦略があるなら実行する。なければ解決を諦める。ロジックは本来は実にシンプルだ。

◇ ◇ ◇

大体、「最悪のケース」などと文章に書くこと自体が、実に「間抜けな表現」だ。最悪なケースにはならないように外交努力を尽くせ、というのが現行憲法の趣旨である。外交努力を尽くすより前に、「武断主義」などと口にして、国家戦略を勝手気ままに変更したことが戦前・日本の軍国主義が大失敗した根本原因である。

ここでも既稿を引用しておくか:
日本が北朝鮮を承認することのプラスは何か?検討してもよい時機ではないのか(というか、もう検討はしていると思うが)。
東アジアのありうべき状態は「現状固定の相互承認」のみである(と思われる)。朝鮮半島の現状を固定し、平和共存を目指す方向は、日本にとっては確かにプラスである(どのようなプラスであるのかは多面的だが概ね自明である)。
朝鮮戦争開始と休戦までの期間、ずっと日本はアメリカの占領下にあった。朝鮮戦争の結果である半島分裂は日本の責任ではない。が、明治以来の外交史を振り返ると半島の現状に日本は相当の責任を負っている。日本は日本で選択すべき朝鮮半島外交があるだろう。
イギリスもドイツもカナダもオーストラリアも北朝鮮を国家として承認している。北朝鮮の存続を認めている。国家としての承認は平和を築く交渉の第一歩である。もちろん日本による北朝鮮承認となると、東アジアにおける波及効果は(特に韓国に対しては)かなり大きいに違いない。が、日本はまだ使っていない外交上のリソースを有していると考えるべきだ。
日付: 2017年8月31日

「日本には自国を守る能力も制度もない」と指摘するのもナンセンスで無責任。「米朝会談で朝鮮戦争終結宣言が出される可能性があり、拉致問題未解決のまま、日本は北朝鮮と国交を回復できず敵対関係が続く」という予想もナンセンスで無責任。

問題を認識しているなら解決のための方策を考えればよい。考えた方策を日本が実行すればよい。その方策とは「軍事力行使」ではなく、「外交戦略」を指すということが、戦前の大失敗で得た教訓だ。

その教訓を踏まえたうえで必要ならば、「国防軍」は持って理の当然だろう。これが小生の個人的立場だ。

◇ ◇ ◇

が、もしも自衛隊を拡大再編成した国防軍をもつとなると、現在の日中関係は本質的な変化を余儀なくされる。これもまた必至である。

どちらがプラスか、マイナスか?故に、賢明であるためには、何が国益であるか、国民の側に共有化された理解がなければならない。もし、それがなければ外交戦略などは立案も実行もできず、外交すらもできないならば、軍事力などは持たない方が世界平和のためだ。文字通り『気違いに刃物』になる(不適切な表現、申し訳ない)。

今のままでいい。

モーツアルトの歌劇『魔笛(Die Zauberflöte)』の中で、鳥人パパゲーノが王子タミーノとともに魔界(?)へ入り王女パミーナを救い出すかどうかで迷っているとき、頑張れば可愛い女の子とめぐりあえるぞと言われた。迷うパパゲーノは『怖いからやっぱりやめる、今のままでいい』と言う。

今のままでいい、というのも立派な選択なのだ。

明治政府は幕末の尊皇攘夷思想の嵐の後にできた政府であった。そんな政府が軍事力を持った。その果てに軍の暴走が起こった。国の制度というのは、制度が出来た時の思想を反映するものだ。『三つ子の魂、百まで』とはこのことだ。

いざ日本国が危機に陥り、危機に対応するために軍事力をもって、国防の備えをする。多分、こんな道筋をたどっていくのだろうが、これでは朝鮮半島の危機に備えるという点では幕末から明治にかけての行動パターンと同じではないか。

軍事力というのは平和な時代の中で、一定の外交戦略の下で、着実に育成していくものだ。そうでなければ、実に危険な武装集団になるだけの話である。

ズバリ言うなら、今のような劣悪かつ低レベルのニュースキャスターやワイドショーが社会に影響を与えている中で、よりハイレベルの軍事力をもつとしても、日本政府にも日本国民にもその実力集団を満足にマネジメントするなどというのは出来ない、無理だ、これに尽きるのだ、な。ここが不安に感じられつつアジアの近隣諸国、アメリカ、豪州、等々、世界は気がかりな目線を日本に対しては向けている。そう思っているのだ。

2018年6月6日水曜日

一言メモ: またセクハラ・・・

ブログとはWebLog。つまり日記だ。

外務省ロシア課長が停職9か月、と。懲戒理由は「セクハラ」だという。「強姦」でも「傷害」でも「迷惑行為」でもない。「万引き」でもない。具体的内容は個人情報を含むから言えないと。

絶句・・・

対ロシア外交の前線部隊長であるロシア課長が停職になることの損失は国民全体に及ぶ。その理由は『いやなことを言われた(された?)』と誰かが訴えた、ただそれだけ。

小生: 相手に嫌な思いをさせたなら、「申し訳なかった」と言ってサ、謝ればいいんじゃない?何なら1万円くらいの菓子折りもいるかもしれないけど、それで十分だろ? 
カミさん: 10万でしょ! 
小生: そりゃ非常識だ、嫌なことを言われたから金をもうける。そんなことはあってはならんだろ。言われただけなら3千円でもいいくらいさ。 というか、すいません。それでなぜいけないんだ。
カミさん: 仕事をバリバリしていると、謝らないのよ。 気がついてないのかもしれないし。
小生: それで腹が立つってか? 嫌な思いをした女性が出たから、対ロシア交渉に停滞があってもいいのかい?・・・まあ、どんな人だったのか、裏の事情があるのかもしれないし、まったく分からないけどネ。

いまの世相には、ホトホト参りました、ここまで来たか。

公職にある人物の処分理由は具体的に明らかにされるべきだろう。「個人情報」で隠蔽するべきではない。