2024年4月6日土曜日

ホンノ一言: 大谷礼賛、海外憧憬、日本軽視、どんどんヤリナハレという話し

 <世論>の空間と<言論>の空間とは微妙に違うものだと思っているが、少し前の投稿で砂浜のようだと例えたネットにこんな記事があるのに気がついた。

 日本人って、海外で活躍する日本人でしか自身のプライドを保てない情けない民族になったんだな、と思いました。ひたすら「大谷を全米が大絶賛!」「大谷を韓国のファンも絶賛!」ばかりやっている。

 そして、日本国内で行われるスポーツイベントでは、「カナダ人記者が日本のスタジアムグルメのクオリティーの高さを絶賛!」なんてことを書く。本当に海外からの日本礼賛にしか頼れない惨めな国になったんだな、と思う大谷だらけのテレビ報道でした。

 しかし、テレビ東京=0回だったのは少しだけホッとしました。こういう時、空気を読まずわが道をまい進するテレビ東京には感謝です。

Source: Yahoo!ニュース

Date: 4/6(土) 6:05配信

Original: デイリー新潮

Author:  中川淳一郎

言われるまでもなく、小生が視聴したい「報道」の中には、もはやテレ東の「WBS」が含まれるのみだ。残りのニュース解説、ワイドショーは全て「エンターテインメント」に主観的には分類されている。 


しかし、このことで民間TV局を非難するのは、筋違いというものだ。

民間メディア産業は、文字通り「メディア=媒体」であって、何を伝える媒体かと言えば<広告の媒体>である。つまり、メディア産業の主たる収入源は広告収入、具体的には広告を出稿する顧客企業が支払うCM料金である。故に、民間テレビ局は放送レベルには元来関心は持っておらず(制作現場は良いモノを作りたいと願っているだろうが)、経営としては可能な限り多くの人が放送をみる、つまり視聴率を高くしたい、これが企業経営の目的変数であるはずだ。視聴率向上の努力は、顧客志向を実行しているわけで、責められる話ではない。その視聴率向上をもたらす素材が、いまは「大谷選手」なのであろう。それが支配戦略になっている以上、放送内容差別化の余地はない。

ロジックはこういうことだろう。テレ東の「WBS」は内容差別化戦略、というより「ニッチ戦略」を選んでいるからで、それは他局の放送が競合する結果として生まれるニッチ市場を狙ったものである、と同時に所属する人材の得意分野に基づくものでもあって、非常に理に適った路線である。

この辺のロジックは、SNSの巨人であるMETA社も同じである。META社は、最大のSNSプラットフォームで、世界で共有される世論形成の場を提供することを創業の理念としているはずだが、

理念だけでは収入を得られない

結局は、この論理に行きつくわけで、故にMETA社は「イイね」が多数付与されるような投稿が増えて、そこにある広告が多く視られることを求める体質があるのは、自然の理屈である。だから、いま問題になっているように著名人の名前を騙る「投資詐欺」の投稿規制にいま一つ積極的でない、それは詐欺であるにせよ投稿が多くの人に読まれるのはMETA社の利益に適っているからだ、と。そんな批判が寄せられたりするわけである。

広告の媒体を提供する事業と、良質なサービスを提供するという企業理念は、往々にしてトレードオフの関係にある。

TVだろうが、新聞だろうが、週刊誌だろうが、SNSだろうが、全てのメディア事業は上のような限界に直面している。


それはそれとして、

日本人って、海外で活躍する日本人でしか自身のプライドを保てない情けない民族になったんだな

引用したネット記事の上の下りだが、これはこれとして、当たり前のことで、日本人もやっと普通の国民になったんだナア、と。正直、そう感じております。

そもそも海外で活躍する日本人も国内で暮らす日本人と同じ日本人である。将来、海外で活躍するだろう少年少女も含まれているに違いない。そんな日本人が海外で活躍する日本人をみて喜ぶのは当たり前であるし、それを映像で視たいという心理も自然な欲求だ。

野球やサッカーばかりではない。日本人がノーベル賞を受賞したり、映画のアカデミー賞を獲得したりする時には、国民的祝い事として世間が盛り上がる。

そもそも日本人は<世界一>というのが大好きである。


日本国内の小さな成功では満足せず、広く世界に認められる仕事をして、グローバルレベルの大成功を目指す志は、失われた30年を通して、永らく待ち望まれたもので、これこそ明治の始め、昭和の終戦早々の時期には日本人が確かに持っていた<進取の気性>というものである。

ネット記事とは逆に喜ぶべき変化だと思う。

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