2023年6月15日木曜日

ホンノ一言: シャワーが熱すぎると言って騒ぎたてる愚をしていないなら幸いだ

米連邦公開市場委員会(FOMC)は13、14日に開催した定例会合で、主要政策金利を据え置くことを決定。過去1年余り続けてきた利上げをいったん停止することになった……経済面ではこんな報道で持ちきりだ。

と同時に、昨日のNY市場株価が下落した要因として、今朝の日経では

米連邦準備理事会(FRB)は同日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で2023年中に残り2回と市場予想を上回る追加利上げを示唆した。金融引き締めに積極的な「タカ派」姿勢を強めたと受け止められ、金利上昇と景気悪化懸念を誘った。

こんな説明もされているから、FRBはどちらを向いているのかよく分からないという印象もある。

『何を考えているのかを適度にボヤかしておく』というのは、《マエストロ》として一世を風靡したアラン・グリーンスパンが行った市場とのコミュニケーションを思い起こさせるところがあるが、データを虚心に見る限り、いま足元の実勢からこの先の金利引き上げがあると匂わせるのは、適切なのかどうか疑問である。寧ろ、データを虚心に見ているのかどうか、頑固な信念にとらわれていないかどうか、不安になってくる。

まず消費者物価指数 ― 米FRBが愛用しているコア・インフレ率ではなく、コア・コア・インフレ率でもない ― をどう見るかだが、当局のように前年比でみるか、Krugmanご愛用の最近半年間のインフレ率(年率)でみるか、あるいは瞬間風速として前月比(年率)でみるかで、足元のインフレ率の見方は変わって来る。

最新データを受けてこんなグラフを描いてみた:



このところの投稿でよく使っている図で、対前月インフレ率の年率値である。太線は原系列をSTLによって成分分解して得られる基調値(=Trend+Cyclical成分)だ。図で明らかなように直近の5月時点で基調値は2パーセントを僅かだが下回っている。数値を示すと

date    val    season_adjust    trend
<mth>    <dbl>    <dbl>    <dbl>
2023 1    6.38    6.29    3.32
2023 2    4.53    4.36    2.96
2023 3    0.64    0.38    2.59
2023 4    4.50    3.41    2.23
2023 5    1.50    1.55    1.87

こうなっている。コラム"val"が原系列。"season_adjust"は季節調整値、"trend"が基調値である。5月の物価上昇は年率でみて、既に原系列でも、季節調整値でも、基調値でも2パーセントを下回っている。

こんな計算は、実に簡単な統計分析であるから、FRB内の検討の場で当然のこと、資料として提供されているに違いない。

参考資料ということなら、


上図は、前年比インフレ率(infl_1)、前月比インフレ率(年率)(infl_2)、対6か月前インフレ率(年率)(infl_3)、対四半期前インフレ率(年率)(infl_4)という風に、時間軸に沿って複数のインフレ指標を比較したものだ。

図をみると、足元のインフレ率を前年比で見ると過大評価につながることが示唆される。インフレ動向を判断するなら、当然、複数のインフレ指標の中にこの種のグラフも提供されている(はずである)。作業的には実に簡単に作成できるのだから。


以上のグラフ、数値をみて、『インフレの動向にはなお警戒するべきです』と<現状判断>をするのは、風速が次第に落ち着いてきて毎秒2メートルにまで低下したにもかかわらず、『この24時間の平均風速は10メートルに達していましたから、まだ警戒が必要です』と、拍子外れの警報を出す無能な予報官と同じに見えてしまう。いま専門家がやるべき作業は、足元のデータに基づいて、今後3か月ないし半年の将来予測値を計算することである。

財貨サービスの価格、労働市場で決まる賃金、市場金利等々は、全て相互依存しながら決まるものである。この決定メカニズムは多変量のダイナミック・モデルになる。が、同時決定モデルが信頼できるなら、個別の一変量が示す変動パターンは一変量の時系列モデルで記述可能である、というのは計量経済学畑では常識になっている(はずだ)。

将来予測の計算は現在利用可能なソフトウェアを前提すれば極めて簡単に済む。が、わざわざ本投稿に含める必要もない。原系列の動きをみれば、予測値の動きの概略は明らかである。この将来予測値も、FRB内部の検討の場には提供されているはずだ。

にも拘わらず、今後将来のインフレを警戒して、なお2回の利上げを予定していることを示唆するというのは、いったい何を根拠としているのだろう?

その根拠は、消費者物価の動き自体ではなく、別の外生的な側面に理由があるという理屈になる。
シャワーが熱すぎると言ってレバーを回して温度を下げ、まだ熱すぎると言って、レバーを回して温度を下げ、次第に湯の温度が下がり、今度は水になったと言って、レバーを逆に回して温度を上げ、まだ冷たいと言ってレバーを回して温度を上げると、湯が出てくる。ところが今度はまた熱すぎると言って……
こんな愚かさを演じつつあるのでなければ幸いだ。

既に住宅価格の指標であるCase-Shiller指数はデフレ寸前の前年比になっている。


インフレ警戒もイイが、結構、瀬戸際である。



0 件のコメント: