2011年8月12日金曜日

円高を解決するのは財務省か日銀か?

今週の週刊エコノミスト(8月9日号)の特集テーマは<強固な円高>である。英国のThe Economistはイギリス国内の暴動がメインである。ま、置かれている立場、起こっている事件、それぞれであって雑誌編集も違っていて当然であります。

日本のエコノミストの方が(当然ながら)面白かったので目を通したが、色々と意見が分かれている。どれもが一面の真理をついていると思われるが、(それほど高度のツールや概念を活用しているわけでもないのに)精読すると理解しにくい記事があるのも事実である。

明晰かつシンプルなメッセージを伝えているのは翁邦雄氏による「中央銀行と為替相場」。それから安達誠司氏による「円高の理由 ― マンデル・フレミング効果」である。ほかにも円高の理由として、熊野英生氏がバラッサ・サミュエルソン効果を引き合いに出し、会田卓司氏が特に日本の民間企業部門の過剰貯蓄体質をとりあげている。

翁レポートは趣旨が明快である。
「為替相場は?」とサマーズが聞く。ローマーは「他のさまざまな価格同様、市場の力で形成され・・・・」と答え始める。「違う!」とサマーズが怒鳴る。「為替相場は財務省の管轄下にあり、米国政府は強いドルを志向している、が答えだ!」。
公聴会等に備えた会話の一部分である由。筆者曰く「日本でも為替相場は財務省の管轄下にある」、この点に間違いはないのである。但し、本ブログにも投稿したように、財務省の裁量のままに為替レートをコントロールすることは、実際は(長期的に)不可能である。

翁氏が言うように
日本企業の競争力を正確に測るには、マスコミが注目するドル・円相場よりも各貿易相手国との為替相場変動をインフレ格差で調整し貿易額などで加重平均した実質実効為替相場を見る方がよい。この指標でみると、現在は既往ピークに比べ、かなりの円安である。しかし、この事実に(日銀)総裁が言及すれば、それ自体が円高容認と受け取られかねない。
その意味で、筆者が指摘するように「日銀総裁の為替相場についての発言には大きな制約がある」。この辺り、日銀出身の超一流エコノミストとして面目躍如たるものがある。日銀の本音を憶測している点も見逃せない。

  1. 金融政策は、為替相場を変動させる多様な要因の中の一つに過ぎない。
  2. 経済へのインパクトという観点からみて、円安はプラス、円高はマイナスという単純な図式はあてはまらない。
  3. 金融政策は経済全体とのバランスの下で決められる。為替相場の変動と1対1の関係で決まるわけではない。 ― 物価と為替相場という二つの変数を制御するには二つの手段が必要。失業率にも関心があるなら更に多くの政策手段が必要だ(本ブログ投稿者追加)。
  4. とはいえ、急速な円高が企業マインドを委縮させる点は重要。経済の実態として注意を払う必要がある。

金融当局、というよりもマネーと実体経済との関係をどう見るかという点で、翁レポートは大変オーソドックスである。

しかし、それと同時に安達氏の提起する事実もまた正統派経済学でよく議論されていることだ。

安達は、現在の円高は、必ずしも米国要因(ドル安)だけで進行しているわけではない、と強調している。

氏が引き合いに出しているのは<アセット・アプローチ>である。そもそも為替相場の理論だが、2カ国の投資収益率に違いがある場合、等しくなるように為替レートが調整される、というのが基本的な理屈だ。たとえば、高金利国(アメリカ)と低金利国(日本)で収益率がバランスするためには円高期待がなければならない。この期待は、先物市場でまず形成されるのだが、先物市場での期待は現物市場によって裏付けられないと持続しない。で、実際に円高傾向をたどるという議論になる。しかし、現実はそうではなく、高金利国の為替相場が強くなりがちなのですね。理論通りに為替相場は中々動いてくれない。

そこで安達氏が指摘するように、中央銀行の政策スタンス、具体的には、マネー拡大に中央銀行がどの程度コミットしているか、それを重要視する観点がある。中央銀行のバランスシートの資産側を見るわけだ。下の図は、阪神大震災当時のマネタリーベース(日銀券+日銀当座預金残高)と円ドルレートの動向。

95年1月に阪神大震災が発生して、まずは復興事業のため補正予算が組まれた。ところが日銀はマネタリーベースを低めにキープしたことが図から読み取れる。標準的なマンデル・フレミング・モデルによれば、国際的な資本移動が自由で、かつ変動相場制を採用している場合、必ず金利の上昇圧力が発生して円高になる。円高が緩和されたのは、日銀のスタンスがマネー拡大に転換してからであることがグラフから明瞭に見てとれる。

下の図は、今回の大震災前後の同様のグラフである。


東日本大震災後に、日銀当座預金が急増しているのは、大量の資金供給のためである。現在は、市場からマネーを回収しつつある段階である。実際、日銀当座預金残高は震災直後に比べれば低目の高さにある。こんな状況で7月25日には第1次補正予算が成立しているから、現在の財政金融政策は<財政拡大・金融引き締め>に当たるというのが、安達氏の見解である。

つまり、阪神大震災が起きてから間もなくの時点と同じようなロジックが働いて円高を招いている、という趣旨だ。もちろん、今回の円高の全てが日本の政策当局の行動によって引き起こされたものであるとは言えないような気がする。アメリカにもドル安の原因があり、欧州にもユーロ安の原因がある。アジア通貨安には各国それぞれの政策的意図が無視できない。

しかし、「為替レートを政策目標に割り当ててない日銀にとっては、大震災直後の大量の資金供給はあくまでも金融システム全体についての健全性を監視するマクロ・プルーデンス政策に則ったものだった。システミック・リスクが後退すれば、その政策的役割は終えた、として資金を吸収するのは妥当かもしれない」、この指摘は非常に説得力があるのですね。痛い所ではあるように思う。少なくとも事後的に(つまり事前の意図はないにしても)、4月以降夏までの日銀の行動が今回の円高進行を促進する方向で寄与したとは、言えるのではないか?

政策当局の行動が、レートの決定には有意な影響を与えないとしても、変動を拡大させているとすれば、このことによって実体経済にマイナスの影響を与えている。この指摘は(指摘として)有効かもしれない。

ちょうど、株価は株式の価格であって、財貨・サービスの価格ではない、だから生産活動には影響を与えない理屈だ。だからといって、根拠のない期待に基づく、根拠のない株価変動を抑制することに意味がないわけじゃない。実態経済から余計なリスクが除かれれば、生産活動にはプラスの効果が期待できる。為替相場はマネーという資産の価格である。資産価格安定に政策当局はどのような考え方でコミットすればよいのか?最後は、この問題に行きつくわけである。

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