マスメディアなくしては「風評被害」はまず発生し得ないはずである。というか、近代資本主義の時代になってから、いわゆる金融バブルが何度も発生したが、バブルの誕生と新聞ビジネスの誕生がほぼ同時期であることは、この種のテーマをとり上げる際には必ず引用されている事実である。根拠なき熱狂である「金融バブル」だけではなく、内実を伴わないネガティブ・インフォメーションの流布である「風評被害」においても、新聞・TVなどマスメディアが主たる媒介者である点は概ね明らかだと小生は思っている。
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この風評被害のターゲットにうっかりなってしまった場合に適用される保険商品が開発されてきたとのこと。日経から引用させてもらう。
三井住友海上火災保険は5月から、農業法人向けに食品や農業関連の事業に特化した保険のパッケージ商品を新たに販売する。経営が多角化している状況をにらみ、農業や食品産業特有のリスクに包括的に備えられるようにする。400社との新規の契約締結を目指す。どれほど注意を払っても、自分が出荷した農産物が食中毒の感染源になってしまう可能性はゼロではないわけで、ここにカバーされるべきリスクが一つある。原材料価格の予想せざる高騰もそうであるし、生産物価格の暴落もそうである。これらもカバーされるべきリスクである。仮に1920年代にこんな「農業総合保険」が販売されていれば、1920年代後半の農産物価格低落から農家が大打撃をうける事態も防止できたはずだ。ひいては、1929年10月にNY市場で"Black Tuesday"が発生するという事態もなかったかもしれない。
通常の火災保険や賠償責任保険のほか、風評被害によるブランドイメージの悪化、食中毒の発生による損害、天候不順による原材料の高騰といった農業、食品ビジネス特有のリスクを総合的にカバーする。建物内で水耕栽培をする植物工場や農産物を輸出する企業向けのプランも作る。(出所)日本経済新聞、4月28日
コントロール不能だが、発生確率はほぼ分かっているリスクがあれば、保険契約を結ぶことで被害者は救済される。そんな保険がビジネスとして成立するわけだ。火災保険もそうであるし、自動車保険もそうだ。火災保険がなければ持ち家より賃貸のほうが絶対安全だ。自動車保険がなければ怖くて車の運転はしたくないだろう。社会の発展は必要な損害保険商品があってこそなのだ。農業もそうだ。風評被害がこわいから農業生産など割にあわないと考えられてしまうと、みんな困ることになる。だから風評被害をカバーする農業保険がいるのだ。まあ、確かに一理あるとは思う。
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しかしだねえ……思うのだが、発生した風評被害は、第一にその原因となった人間なり組織が損害を補償するべきではないのか。それは人身事故や物損事故を起こしたドライバーが、被害者に対して補償義務を負うのと同じだ。
損害を補償する義務を負ってしまうというリスクがドライバーにはある。同じ意味合いで、風評被害の損害を補償する義務を負ってしまうリスクが、情報伝達者側にはある。これもロジックであろう。風評被害の保険料を農家が払い、実際に被害にあった農家が保険金を受けとるというのであれば、それは被害者による互助会と変わらない。風評被害が発生するなら、第一に加害者が損害補償を負担するべきであろう。その風評を流布させるうえで新聞・TVなどマスメディアが果たす役割は極めて大きい。
もちろんマスメディアは、社会現象にもなっている口コミを視聴者に単に伝えているだけだと言うだろう。とはいえ、根拠が確認されていない口コミをマスメディアがとりあげなければ、風評はまず発生はしないのであり、バブルのようなネガティブ・インフォメーションが生まれるとすれば、それはやはりマスメディア産業がそのような情報バブルを生産したと言わざるを得ないのではないだろうか。
とすれば、金融バブルの発生と崩壊を通して金融機関が結果として巨額の損失を負担するのと同じロジックで、結果として風評被害となった情報を伝達したマスメディア企業は、その損害を補償する義務を負うと考えざるを得ないのではないだろうか?
こう考えると、上の「風評被害」保険商品の顧客として潜在的被害者である農家だけを想定するのは片手落ちであって、ネガティブ・インフォメーションを報道するマスメディア各社もまた潜在的加害者として顧客でありうる、むしろ顧客とするような法制度を整える必要があると思うのだ、な。
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