2021年4月17日土曜日

いま「個人主義」もまた日本社会で死語になってはいないか?

 この4月から下の愚息夫婦は東京に異動し習志野市の新居に転居した。

才ある息子は世間に使われるが故に遠く旅立ち

才なき息子は世に無用であるが故に親元にとどまり孝を為す

別に「偉い人」が遺した格言ではなく、ある年、小生が作った迷句であると思っていたのだが、それでも何か記憶があるので書棚を調べてみると、江藤淳の『漱石とその時代 第1部』にこんな下りがあった:

人に賢きものと愚なるものとあるは、多く学ぶと学ばざるとに、よりてなり。賢きものは、世に用いられて、愚なるものは、人に捨てらるること、常の道なれば、幼稚のときより、よく学び、賢きものとなり、かならず無用の人となることなかれ《明治7年8月改正・文部省発行『小学読本』巻1》。

多分、この下りが頭に残っていて、ヴァリエーションを作ったのであろう。

しかし、マア、明治の教科書は率直というか、頭ごなしというか、現時点の日本の小学校で上のようなことを教えれば、パワハラ、アカハラと認定されることは確実だ。

どちらが善い・・・ということでもない。一長一短だろうとは思うが。

確かに世間では「無用」にほぼ近いが、上の愚息は車で10分ほどの所にあるアパートで独り暮らしをしている。もう10年も非正規就業を続けているが、あらゆる責任からは免れ、呑気な暮らしぶりだ。時には親の懐をあてにして食事をともにしているので貯金もささやかながら出来て、最近はネット証券のアカウントをつくり、Uber株にも投資をしている。世間には無用の人間ではあるが、いてくれてよかったと思う人間がここにいるのだから、経済力はないが、だからと言って不幸な人生を歩んでいるとは言えない(と思う)。

それにしても、小学生相手の教科書でネエ・・・『愚なるものは人に捨てらるること、世の常なれば』でありますか・・・日本国憲法第25条とは対極の世界であります。こんなことをいま発言をしたり、SNSで投稿をしたり、まして文章で公表したりすれば、想像を絶する大炎上の火焔に包まれ、そのまま世間からは隠遁して身を隠すしか生きる道はあるまいと思われる。

表現の自由に対する現代日本人の感覚は、日本国憲法とはかかわりなく、自由抑制、表現規制の方向に向かっている。小生は最近そう感じている。

ま、自由には、理屈として、責任が伴う。自由の行使がもたらす結果には人は責任を負う義務がある・・・と、思っている。だから自由の無制限の行使が自由を抑圧する社会に移り変わっていくとしても、当然の結果であり、何も逆説的変化であるとは思わない。

話しは戻るが、上のような「社会に役立つ人間であれ」という周囲から寄せられる強烈な期待と制度的支援から夏目漱石は強迫神経症とでもいうような不自由で憂鬱な前半生をおくり、半ば病人のようになるのである。それが最後に東大を辞めて朝日新聞に連載小説を載せる「作家」になって世を過ごそうと、落ち武者を選ぶような決意をするまでのプロセスが、学習院大学での講演『私の個人主義』で展開されている。そんな読み方を小生はしていて、《自己本位》というキーワードも自分が見つけた安住の境地なのだ。そんな言葉でまとめられている。

自分が他から自由を享有している限り、他にも同程度の自由を与えて、同等にとり扱わなければならん事と信ずるより外に仕方がないのです。(昭和41年版漱石全集第11巻『私の個人主義』452頁より)

という1節は「かくあるべし」という社会的同調圧力からは正反対の所にある社会観であるし、

もし人格のないものが無暗に個性を発展しようとすると、他を妨害する、権力を用いようとすると、濫用に流れる、金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす(同454頁)

という「自由と責任表裏一体原則」もまた明治の人・漱石にとっては当たり前の常識そのものであったことが分かる。

実際、「明治」という時代はその権威主義と暗さ、重さの一方で、確かに健全な常識が機能していた時代であったように(文章を通してではあるが)感じられる。

その明治に生い立ち、大正・昭和と成長した日本人が何故あれほども常識を失い、傲慢不遜になり、自由を否定する思想を信じるようになったのか?

どんな思想や理念が日本の若い世代を蝕んだのか?やはり「社会主義」なのか?

リアリティをもってどうにも理解し難いところがまだ残っている。

父の世代から共通して感じとれる「問答無用の正義観」はどこから由来したのか、意識を共有できるどころか、理解もしきれない。今から想い返すと、宇宙人のように異なった考え方をもっていた・・・そんな日本人はなぜ育ったのかが分からない。

どうもこんな風にいま思っているのだな、前稿や前々稿に関連して。


0 件のコメント: