2021年4月30日金曜日

中国による「ディスブランディング戦略」の合理性

 習近平指導部による《ディスブランディング戦略》については、前に一度投稿したことがある。

1978年の「改革開放」以来、ソフトコミットメントを主として来た中国が、にわかにタフコミットメントを次々に繰り出すようになったのは、ソフトコミットメントの《合理的限界》に気がついたからだろう。

国際外交戦略で《ハト戦略》を自ら選択するという合理的理由はない。

敵対する相手にタカのポジションを譲り、自らは永遠に従属的なハトでいることを覚悟するのは、確かにナッシュ均衡であるが、それは相手のタカの善意を信じ、ハトである自分に強権的支配を振るわないと信じられる場合に限る。

自らがハトであろうとすれば、相手もまたハトであってくれるだろう、と。そう期待する「平和主義者」も理屈としてはありうるが、そもそも心から信じられない相手国が自国の立場に寄り添ってくれて、自国の希望通りにハトであってくれると期待できる理屈はない。

よって、タカ‐ハト・ゲームにおいて、自らハトのポジションをずっと選択し続けるという可能性は、極めて小さい。

必然的にゲームはタカ・タカの状況へ移り、限定戦争の論理が支配することになる。

これが標準的な議論だろう。

日本のような島国の小国であれば、その態度によってはハトにみえないこともない。しかし、広大な中国がハトの振りをしても、その巨体そのものがいかにもタカである。

そうとしか見えないのなら、実際そうなってやろうと考え始めたのが、ここ数年の中国なのだろう。

大国は奪われる資源を多くもっている。「奪われやすい(=Vulnerable)」のである。大国は潜在的敵対国に「奪おう・支配しよう」という意思を持たせないだけの力を持たなければ自国を維持することができない。

タカはタカになるしかない。大国は、すべてタカになるのが、宿命である。ハトである国として生きていきたいなら、平凡な中小国に分立して、分権するしかない。

アメリカの伝統的戦略は、G. Friedmanが『100年予測』で述べているように、ユーラシア大陸に強大な競合国が誕生するのを阻止するところにある。まして、アメリカがアメリカの価値観から中国の政体を「非民主主義的」であるが故に容認しないという原理主義的姿勢を示すとなれば、猶更である。中国が、今後将来、タカ対タカの米中対立構造を覚悟するのは極めてロジカルである。

中国が採ったハト戦略からタカ戦略への急速な方針転換は、いずれそうなることがそうなったとも考えられるし、アメリカの中国観がそれだけ急速に変化してきたことと、ちょうど相互依存的で、裏腹の関係にある。

近年の中国が採っている国際外交戦略は、日本からみれば「ブランディング戦略」の真逆にある「ディスブランディング戦略」にしか見えないが、実は理に適っている「最適反応戦略」になっている。



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