2022年10月13日木曜日

メモ: アメリカの攻撃的金利引き上げ政策について

米国・FRBが金融引き締めに転じたのは今年の春3月からだった。日本のコールレートに相当するFederal Funds Rateの推移をみると、特に5月以降は果敢な利上げに舵を切ったことが見てとれる。

Source:https://tradingeconomics.com/united-states/interest-rate

この理由は、ただ一つ、インフレ心理の抑え込みにある。

1970年代の二度に渡るオイルショックに対して、アメリカのインフレ抑え込みが生ぬるかったことから、70年代末のインフレ率(消費者物価上昇率)は15%にせまる程にまで高まった。

Source:FRED、The St. Louis Fed

これほどのインフレが継続すると、市場価格を通した資源配分効率化メカニズムが毀損されるのは明らかで、インフレ抑圧が最優先の政策課題になったのは仕方がない。実際、70年代末にFRB議長に就任したポール・ボルカーは<インフレ・ファイター>として歴史に名を残し、その当時の20%に迫るFFレートには小生も吃驚したものである。

Source:上と同じ

ただ、現時点のアメリカのインフレが1970年代末のような惨憺たる状況に達しているわけではない。それでも現在のFRB議長が<インフレ・ファイター>の役回りを再演しようとしているのは、このインフレは多分数年は続くに違いないという《インフレ心理》がアメリカ国内に蔓延するのを(完全に?)くい止めるためである(に違いない)。


ただ、どうなのだろうナア・・・とは思う。

家計や企業が困る経済問題は、置かれている立場によって微妙に違うものだ。

例えば、企業は仕入れ価格が上昇しても、販売価格にそのまま同率だけ転嫁して相対価格を維持すれば、同じ数量の取引をしていても金額ベースでは利益が増える計算だ。インフレは確かに消費者にとっては負担であるが、企業利益が増えれば賃金引上げが(最終的には)出来る。インフレを抑え込むための金利引き上げによって景気が悪化し、それが1年半程度は回復しないリセッションとなり、労働市場まで悪化すれば、現役世代の大半の家計は困ることになる。

概して言えば、富裕な金利生活者は高金利を喜ぶものだ。反対に、事業のために負債でカネを調達する事業者や住宅着工家庭は金利負担が増えるのを嫌がるものだ。また、現金や分配金、金利収入が安定している債券や投資信託を多く保有している富裕階層、それに賃貸料が長期固定的な地主、家主層にとってはインフレは損失だ。が、借金で資金を調達した債務者にとっては実質負担が減るのでインフレは寧ろウェルカムだ ― 日本政府もそう。

こう考えると、現に経済活動に従事している企業経営者や経営状況に暮らし向きが左右される雇用者にとってはインフレはそれほど困った問題ではなく、むしろ高金利を早く止めてほしい。そう考えるのが普通の理屈である。逆に、資産運用収入で生活している人たちは高金利が有難く、かつ資産収入の実質価値がインフレで下がらないように物価対策をしっかりとやってほしい。そう考えるのが自然である・・・正にこれと同じようなことを、戦前期の大恐慌時代、マクロ経済学の創始者であるケインズは語っていたわけだ。

そしていま、インフレ加速を未然に防止するために高金利政策をとっているのがアメリカのFRBとヨーロッパのECB、そしてイギリスのBOEである ― 日本銀行はまだ金利引き上げには転じていない。

これまでと同じ流れで発想すれば、中流以下のマス層の経済的利害を重視する傾向にあるリベラル派エコノミストはインフレには寛大、高金利には厳しい。そうなる理屈だ。逆に、富裕な資産階層(≒エリート?)の利害に目を向けがちな保守派エコノミストは高金利による物価安定には好意的である傾向をもつ。こう観るのが自然である。


こう考えると、ここに来て、リベラル派と目されるPaul KrugmanやJoseph Stiglitzが急激な金利引き上げに警告を発しているのは、極めて分かりやすい。

例えばクルーグマンはNYT紙に寄せた"Tracking the Coming Economic Storm"の中でこう書いている:
I’d argue that these indicators tell us that the Fed has already done enough to ensure a big decline in inflation — but also, all too possibly, a recession.

Am I completely sure about this? No, of course not. But policy always involves a trade-off between risks. And the risk that the Fed is doing too little seems to be rapidly receding, while the risk that it’s doing too much is rising.

URL: https://www.nytimes.com/2022/10/06/opinion/fed-inflation-interest-rates.html

Source:The New York Times, Oct. 6, 2022

要するに、FRBは<やり足りない>というリスクから、<やり過ぎ>というリスクに目を向けるべきだと言っている ― 小生もまったく同感だ。高金利による抑圧効果は、今後1年程度の時間をかけて、次第に表面化するものと見られる。そうすればインフレ率は自動的に低下するのはほぼ確実だ。

スティグリッツも(自然な事だが)同じ主旨のことを書いている。

The US Federal Reserve Board will meet again on 20-21 September, and while most analysts expect another big interest-rate rise, there is a strong argument for the Fed to take a break from its aggressive monetary-policy tightening. While its rate increases so far have slowed the economy – most obviously the housing sector – their impact on inflation is far less certain.

Monetary policy typically affects economic performance with long and variable lags, especially in times of upheaval. Given the depth of geopolitical, financial and economic uncertainty – not least about the future course of inflation – the Fed would be wise to pause its rate rises until a more reliable assessment of the situation is possible.

URL:https://www.theguardian.com/business/2022/sep/12/the-fed-interest-rate-rises-us-inflation-unemployment-recession

Source:The Guardian, Mon 12 Sep 2022 11.55 BST

Author:Joseph Stiglitz and Dean Baker

FRBの(攻撃的)高金利政策は既に住宅投資需要を抑え始めているが、インフレに対する効果はそれほどハッキリしたものではない、と。足元の地政学的、金融、経済両面の不確実性は、今後のインフレ率の足取りがどうなるかということより、もっと深刻であるという点を考慮するなら、もっと確かな状況判断が出来るまでは(ここで一度)金利引き上げを休むのは賢明であると言うべきだろう、と。この意見にも小生は賛成だ。何をおいても、西側陣営は(日本を含めて)実質的には《準・戦争状態》にあるわけで、そんなとき、物価が上がるのが心配だから、金利を上げて(とにかく)総需要を下げるのだという発想でいいのか。議論の余地はあると思う。本当に「戦争」をするなら「戦争経済計画」によるわけでマクロの総需要管理政策でOKという平時の考え方では不十分だ。

実は、今回のFRBの《攻撃的金利引き上げ》開始の前後、先々代の議長であるバーナンキ氏が金融政策の展開を批判していたことがある。

 - Former Fed Chair Ben Bernanke said the central bank erred in waiting to address inflation.

- “One of the reasons was that they wanted not to shock the market,” he told CNBC’s Andrew Ross Sorkin.

URL: https://www.cnbc.com/2022/05/16/bernanke-says-the-feds-slow-response-to-inflation-was-a-mistake.html

Source:CNBC、MAY 16 2022

昨年秋から今年春先までのインフレはコロナ・パンデミックから回復するまでの「一時的(transitionary)」な現象である、と。そう観ていたことはほぼ確実で、この点は上に引用していたクルーグマンも同じ判断をしていた。

案に相違して労働市場の引き締まりから一部価格の上昇が賃金上昇を誘発しつつある。それが次第に分かって来たのが初夏にかけての頃だったのだろう。市場を驚かせないように緩やかに金利を上げるつもりだったのが、これはイカン、とばかりに駆け足調になってしまった。

そういう意味では

読み違いをしてしまいました

そう謝ってしまえば話が速いのだが、金融当局が一度謝れば、同じ失敗は二度も、三度も犯すだろうと。議長は退任しろと。そうなるのは必至で、もしそうなればそうなればで、大混乱になって社会的には大損失を招く。

この辺にアメリカ社会の最近流行りの《レジリエンス(resilience)》、一言で言えば「打たれ強さ」というか、「立ち直りの速さ」というかが垣間見えるような気がする。いまの日本社会にはそんな太々しい強さが欠けつつあるという点が、昔と今とで、一番変わったところではないかと感じる・・・というより、日本銀行がFRBのような激しい攻撃的金利引き上げを始めたいと考えても、(シルバー世代が世論を左右する日本では理屈に合わないことだが)世間がそれを許さないのではないか、と。そんな予感もするのだ、な。







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