2023年3月9日木曜日

覚え書き: 日本の賃上げ、アメリカのインフレ抑え込み、景気の現状は様々だ

今日の報道ではカナダが利上げ停止を発表したそうだ。

【ニューヨーク=大島有美子】カナダ銀行(中央銀行)が主要7カ国(G7)の中銀に先駆けて高インフレ抑制のための継続利上げを停止した。主要国より著しい住宅市場の冷え込みなど、米国などと比べて金融引き締めの影響が現れている背景がある。一方、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は利上げ再加速を示唆しており、インフレが収まらなければ再利上げを迫られるリスクもくすぶる。

Source:日本経済新聞、2023年3月9日 7:56

アメリカのFRBは金利加速を示唆しているので方向性は逆である。日銀はどうするのだろう?

利上げはインフレ対応政策であるが、一方で全ての経済政策は究極的にはマクロ経済全体に目配りするべきもので、特に雇用と直結する以上、景気変動には注意を怠るべきではない、というのが標準的な経済政策観であろう。

もちろん経済政策には複数のツールがあって金利を操作する金融政策はその一つであるから、物価とは別の政策目標があるなら、それは金融政策とは別の政策ツールによって達成するべきであるという理屈もある。だから、いくら景気が悪化してもインフレを抑え込むのが金利政策の使命なのだ、という原則論者もいるわけである。

現時点の景気を日本とアメリカとで見ておきたい。

日本は景気動向指数として先行系列、一致系列、遅行系列の三種を公表している大変親切な政府がある国である。

1月の数値が公表されたので、先行、一致、遅行の順にグラフを示しておく。

URL: https://shigeru-nishiyama.shinyapps.io/getdrawci/

先行指数は引き続き低下し続けており、今後、景気後退が進む前兆が明瞭である。


一致指数の低下は始まったばかりである。生産、販売の現場はマイナスの方向を辿りつつある。日本では既に景気悪化は始まっている。


雇用、賃金分野などから構成される遅行指数は直近では頭打ちの気配である。この遅行指数までもが低下し始めると、本格的かつ持続的な景気後退に入っていると判断しても可である。

前の投稿にも書いたが、足元で重点的な政策課題は《賃金引上げ》である。現時点の日本経済は、金融引き締めに転ずる状況ではない。

アメリカはどうか?

アメリカの景気動向指数はThe Conference Boardが公表している。日本と同様、先行指数、一致指数、遅行指数が作成されている。

これを見ると、先行指数は相当速いスピードで低下していて、こんな説明がされている。

The Conference Board Leading Economic Index® (LEI)for theU.S. fell by 0.3 percent in January 2023 to 110.3 (2016=100), following a decline of 0.8 percent in December. The LEI is now down 3.6 percent over the six-month period between July 2022 and January 2023—a steeper rate of decline than its 2.4 percent contraction over the previous six-month period (January–July 2022).

一方、生産、販売の現状を示す一致指数は日本よりは腰の強い動きになっている。

 The Conference Board Coincident Economic Index® (CEI) for the U.S. increased by 0.2 percent in January 2023 to 109.5 (2016=100), after no change in December. The CEI is now up 0.7 percent over the six-month period between July 2022 and January 2023—close to the 0.6 percent growth it recorded over the previous six months. 

確かにFRBが予想以上に腰の強い米国景気をみて

景気よりはインフレだ

と、金利引き上げの鞭をふるい続けるとしても根拠のある判断である。

経済学者クルーグマンは"Peering Through the Fog of Inflation"というタイトルでThe New York Timesに寄稿している。 そこで

But inflation went far higher for longer than we expected, and at least some of Team Transitory issued mea culpas, while some of those who had predicted inflation doubled down on their pessimism, with warnings of many years of stagflation to come.

...

I don’t believe they’re right. But maybe the crucial point is just how murky the situation is.

The truth is that we don’t have a very clear picture of what’s happening to inflation right now.

URL: https://www.nytimes.com/2023/03/03/opinion/inflation-us-economy.html

Source: The New York Times, March 3, 2023

要するに、コロナ禍の後の物価上昇は一時的だとクルーグマンを含めて指摘したエコノミストはいたが、その点については既に自らの誤りを認めている。そこで、現在、インフレ率が高いか、低いかを見る時に参照するインフレ率の数値だが、その人ごとに重視する数値がバラバラである、と。ある人は、消費者物価指数の総合を見るし、別の人は食品、光熱費関係品目を除いた「コア・インフレ率」を見る。ところが、コロナ禍とコロナ禍からの回復過程で、非常にイレギュラーな変動を占める商品が多数出てきた。それらもインフレ率から外した方がいいヨネ、と。そんなこんなで、今では、専門家ごとに別々の数値を参照しながら、高いとか、低いと言っている状態だ。

まあ、現在のアメリカで繰り広げられている専門的論議も中々にビミョーなところがあるわけだ。

そこで最後には

The Fed is creeping its way forward through a dense data fog, and this suggests to me that it should avoid drastic moves in either direction.

何だかサジを投げてしまった心境が伝わってくる。


カナダは明瞭な政策判断ができたが、アメリカの金融当局はまだまだ《データの霧》の中を匍匐前進するように行くしかないと、そう言いたいようである。



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