2023年4月4日火曜日

覚え書き: 日本はともかくアメリカの『インフレが中々おさまりません』は言い過ぎではないか

アメリカの物価上昇が中々緩やかにならず、FRBの今後の金利引き上げ政策は困難な選択に直面していると、このところよく聞くようになった。

「困難な選択」というのは、もちろん、急速な金利引き上げは債券価格の暴落を招き、金融機関の経営を不安定にするからだ。そして、この問題は、近い将来、日本銀行や日本国内の銀行を脅かすかもしれず、日本のマスコミも視聴者を怖がらせる材料になると踏んでいるのだろう。

さすがに金融政策はワイドショーでは扱いかねるのか話題になる事も少ないが、夜のニュース番組では頻繁にとりあげられている。

そこで、よく聞くのは

アメリカの物価が中々下がりません……

という説明で、これを聞くたびに、

上がった物価は、いずれ下がるとでも思っているンですか?

と、発言の真意を確かめたくなるのだ。

上がった物価は、下がりませんヨ!下がればデフレじゃないですか。

スタジオの現場にいれば、こんな突っ込みを入れたくなるのは間違いない。

アメリカのインフレが中々止まらないというとき、見ているデータは(月々の変動が激しい)食料、エネルギーを除く消費者物価指数の前年比上昇率(コア・インフレ率)であることが多い。食料、エネルギーに加えて家賃まで除いて見ることもある。

ただ、小生の習慣では

対前年比は高さをみる。動きを見たいなら直近の対前月比をみる。対前月比をみる時は、季節変動が混じるので、物価統計であっても季節調整済みを使う。

一貫してこうしてきた。

ところが、高さをみる時に参照する前年比上昇率がまだ6%程度の値を示しているのをみて、

物価が中々下がりません

と経済ニュースのアナウンサーは嘆いているのだ。

FRBが目指しているインフレ・ターゲットは2パーセントである。故に、政策目標を達成した後であっても、物価が(緩やかではあるが)上昇を続けるのは、小学生でも分かる理屈だろう。

つまり、FRBも急上昇した物価を下げるつもりはない。上がったまま。もっと上がってもよい。こう考えている。本当に、日本のマスメディアはこの点を分かっているのだろうかと思うことがある。

それともう一つ。

FRBが目標とする年率2パーセントというインフレ率。足元の対前年比では判断できない理屈だ。足元でたとえ下がっていても、対前年でなお10%高ければ、前年比は10%と出る。前年比10%だからインフレを抑えるのが最優先だと考えて、既に下がり始めている物価をもっと下げれば、力でデフレに持っていく政策と変わるまい。これではまるで1990年代の日本政府と同じである。

だから、直近のインフレ動向を見るには、季節調整済みの前月比を見るのが理屈には適うのである。しかし、何故か実質GDPは前期比を見るが、物価は前年比をみて動向を判断している。実に、バランスせず、一貫していない。

よく使うコアインフレ率は、その元になる指数値がセントルイス連銀のFREDから採れないので、CPI総合で見よう。

まず前年比上昇率は下図のようになる。




直近月は2月である。これを見ると、なお6%程度のインフレ率になっていて、ターゲットの2%からは程遠い。インフレ抑制のための金利引き上げを継続する必要がまだまだありそうだ。ただ、これは足元の物価が前年同月に比べて、どの位高いかという<高さ>の判断だ。

では、足元で、つまり今年の2月時点において、CPIは上がっているのか、下がっているのか。これを見るには季調済前月比をみる必要がある。それが下の図だ。既に、物価上昇は定常状態に入りつつある兆しが見られる。


もちろん、上のグラフをみても、足元で物価は上がり続けている。前月比上昇率がマイナス値にはなってはいないからだ。但し、上昇率は6%という高さではなく年率5%を割っている。また、CPI総合に混じっているランダムな動きを相殺するため3か月中心移動平均をとると、既に年率3%台の上昇になっている。この上昇率は2015年1月から2019年12月までの平均値である年率1.9%よりは高い(青い線)。しかし、インフレターゲットである年率2%にかなり近い情況に戻ってきている。

実際、実質価値を担保する10年物物価連動債と通常10年物との利回り差、つまりブレークイーブン期待インフレ率をみると、今後10年間の期待インフレ率はほぼほぼ2%程度であることが分かる。


source: https://shigeru-nishiyama.shinyapps.io/us_main_economic_indicators/

確かにコロナ禍の以前に比べると、期待インフレ率は高い水準にはある。しかし、コロナ禍前の何年かはKrugmanが「過剰な引き締めによって失われた雇用が無視できない」と批判している何年かなのである。

以上のように、基本的なデータを一瞥すると、
インフレが中々おさまりません
と嘆くような状況にはなってない、というのが小生の感想だ。



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