情報?いまという時代は、情報が足りないのと正反対であり、情報過多ではないか。そういう人も多いかもしれない。しかし、小生、やっぱり日本は情報不足の国であり、情報面での貧困化が進んでいると思う。
その背景なり、原因分析はまた別の場に書くとして、最近の経験から。
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先日、ドイツの五大研の一つ、Ifo(Leibniz Institute for Economic Research at the University of Munich)からメールマガジンが届いたが、その中に共同経済見通しのアウトラインが解説されていた。
グラフで見るのが簡単だ。
これによるとドイツ経済の実質成長率は、今年(2012年)が0.9%増、来年(2013年)が2.0%増ということだ。昨年末から本年初にかけて<踊り場>的な停滞を見せていたが、今後は順調な拡大路線が予想されているというレポートである。
日本はどうだったかな、と。そう思って、まず内閣府の政府経済見通し資料を確かめた。次の図が掲載されている。
これによると今年度(2012年度)の見通しは、実質成長率で2.2%になっている。
しかし政府の経済見通しは単年度ずつ区切って、足元の数字を作るだけだから、来年度(2013年度)はどうなっていくのかという数字はない。
というか、何もドイツのIFOと同じレベルで資料を提供してほしいとは言わないが、上の図は一体誰に説明する時に使う資料なのか、ちょっと分かりかねる稚拙な出来栄えじゃあなかろうか。そう感じるのだ、な。PCや便利なソフトウェアがまだ世の中に存在しなかった25年前なら上のような感じだったが、今ならIfo並みの資料作成が常識であろう、と。
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2012年だけではなく、来年(2013年)にかけてどんな経済ラインが想定されているのか?それを知りたいので検索をかけてみると、日本経済新聞社系列の日本経済研究センターによる中期経済予測がヒットした。「おお、あるではないか!それも中期予測だ、5年程度でやっているのだな」、「やはりこういう経済シミュレーションは日本に一日の長があるなあ」。そう思ったのだが、よく見ると実際のデータは<JCER NETメンバー限定>であるらしい。「ああ、メンバーにならないといかんのか」と思って、メンバー登録の方法を調べてみると、
JCER NETメンバーへのご登録は会員企業に所属する役員、教員、職員の方のみとさせていただきます。関連会社やご出向中の方等はセキュリティの都合上、ご登録いただけません。こういうメッセージが表示される。ならば入会方式はどうなっているのか調べてみた。すると
日本経済研究センターは1963年の設立以来、経済界・官界・学界の架け橋となる使命を担い、短期・中期・長期の経済予測やアジア・産業・金融などの各種研究とその発信に努めて参りました。このような理念の説明がある。具体的な会費は、一口、二口、三口で違いはあるが、年間で概ね100万円(!)である。これは明らかにBtoBビジネスであって、カネにならない活動をしている個人は顧客として想定してはいない。
300社に上る会員は、日本を代表する企業・団体によって構成されています。日本の人口が減少し、世界の経済構造が大きく変化する中で、正確で信頼性のある情報に基づき、先行きを見通すことがこれまで以上に求められています。
当センターは会員企業のニーズにお応えし、内外経済動向はもとより、アジアや中国、インドのマクロ経済にとどまらない踏み込んだ分析もご提供しております。会員企業の皆様には経営・投資判断、IR、調査研究など日々の業務に当センターの情報をご利用いただいております。
この機会に、当センターの普通(法人)会員となることを、ご検討いただきますようお願い申し上げます。(出所:http://www.jcer.or.jp/center/enrollment.html)
当然ながら、ドイツのIfoはメールマガジンも無料であるし、提供している経済情報も無料である部分が多く、数値データはほとんどの人にとって必要十分であろう。有料で提供しているのは専門スタッフが分析・考察したレポートの部分である。
他人の知恵に対して報酬を支払うのは当然である。しかし、素のデータを提供するサービス活動から利益を稼ぐ ― というより現に稼げる ― というのは、ありえるのか?マネージメント・コストがかかっている以上、課金を徴収するのは分かる。しかし、コストを超える利益がそこに生まれるというのは、、一体、どんな付加価値を提供しているからだろう?日本経済新聞社が経済情報マーケットで有している市場支配力の行使そのものではないのか?独占的利益に該当するのではないのか?確かに対メンバーサービスは多種類の情報のパッケージになっているから、あまり批判するのは公平を欠くが、そう考えたりするのです、な。
ドイツのIfoは、民間とは言っても大学の中の非営利組織である。営利原則に立つ日本経済研究センターとは同列にはいかない。とはいえ、それを差し引いても、この辺にも日本人が得意とする行動様式が何となくにじみ出ている、そんな印象を小生は受けるのだ。それは<先行投資>、<インフラ投資>が不得意というより、関心が薄く、<利益機会>、<ビジネスチャンス>には敏感であるという傾向だ。
利益機会、ビジネスチャンスという用語は、ビジネススクールでは日常的に使っているから、あまり貶しては自分に跳ね返ってくる。しかし、<チャンス>という言葉と<戦略>という言葉は、本来は180度違った、真逆の概念であることを知るのは大変重要だと思う。戦略とは、チャンスに乗じるのではなく、自分にとって有利なチャンスを、ライバルとの駆け引きの中で、自分の方から作り出していく行動だ。前の投稿でも書いたことだが、戦略がなければ最適組織も決まらない。リーダシップも不必要だ。その時には、<状況>に注意を払いながら、<チャンス>があればそこを攻めるという行動を必ずとる。端的に言えば<機会主義的行動>をとる。ま、オポチュニスト。左翼がよく使った日和見主義という言葉もある。これも立派な一つの選択であり、行動方針である。その時、その時、チャンスが豊富にあるという見通しがあれば成功するはずだ。
しかし、小生は思うのだ。多くの人が経済・社会データを使いやすいように利用システムを整え、誰でもが国際マクロ経済の現状を自ら調べ、確認できるようにしておくことは、国民一人一人の経済的感性を底上げし、創造的ビジネスの誕生を刺激することになる。である以上、これは営利型のビジネスではなく、21世紀の国家がなすべきインフラ投資ではないのだろうか。本来なら、大学が取り組まなければならないことだ。IFOもドイツ・ミュンヘン大学に置かれる非営利組織である。アメリカではセントルイス連銀の総合経済情報データベース(FRED)が有名で、これは小生も頻繁に使うので本ブログの右側にリンクボタンを作っている。経済学者のKrugmanは、FREDに比べて欧州のEUROSTATの使いにくいことを嘆いていたが、そういう以上は、多分クルーグマンは日本政府や日銀のサイトを使ったことはないのじゃないかと、そこは確信しているのだ。
<成長戦略>が必要だと言い始めて、もう10年近くになる。しかし、それは<ビジネスチャンス>や<利益機会>を探すことだと割り切ってしまうと、そこでまた資源の浪費が生じるだろう。古代ローマで軍隊が道路や橋梁を担当したと同じように、第一人者が公共建造物を提供したように、政府や非営利組織がいま必要なインフラを作り、十分なインフラを広く公開し、その上で多数の民間企業が自由にビジネスを展開する。こういう順番で進めないと資源をドブに捨てるようなものだ。焦ってビジネスを後押ししても、大きな花が咲く理屈はない。まして、インフラ的社会資本を民間の独占的企業による営利事業に委ねるなどは、室町時代の<関銭>と同じで、社会的停滞を自ら望むのと同じである。
日本経済の中期的展望を、日本人が知りたいと思うとき、年間100万円もとるような民間ビジネスがまず検索にかかってくる現状は、それだけ日本の<情報貧困>ぶりを示唆しているのではないだろうか。自然科学の成果、社会科学の成果を良質の情報ネットワークで公開する活動は、21世紀の社会資本形成だと考えるべきだ。
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