2018年10月22日月曜日

一言メモ: 「世界の潮流に逆行する」と言うのは批判、それとも諦め?

米政権が性別を生まれつきの性別に限定する、つまりトランスジェンダーという位置づけを行政手続きから排除するという報道がある。

その報道は『少数者の権利を保護する世界の潮流に逆行する』という一言で締めくくられている。

「世界の潮流に逆行する」という表現の真意は何なのだろう?

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世界の潮流はいつでも正しい、故に今回の米政権の決定は間違っている、と。つまり、これは正邪善悪の話なのか?

あるいは・・・世界の潮流に逆行する決定をアメリカ政府がしようとしている。潮流が変わるかもしれない、しかしアメリカが決定するのなら、それは止めようがなく、仕方のないことだ、と。そんな諦めの気持ちを表明しようとしているのだろうか?

世界の潮流はいつでも正しいと考えるなら、その潮流が変わっても、今度は新しい潮流についていくのが正しいことになる。そんなことを言いたいのだろうか?軍拡と冷戦が新たな時代になれば、その潮流に沿って、今度は自由主義圏の絆を強調するのだろうか?価値観の共有を主張するのだろうか?

アメリカが世界の潮流と逆行することを決めようとしている。世界の潮流は変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。変わってほしいのか、変わらないでいてほしいのか?変わらないでいてほしいと願うなら、米政府の決定は間違っていると正面から非難しないと理屈が通らない。

自分の意見が不明である。

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『▲▲は世界の潮流に逆行している』という文章表現を、小生、使ったことはない。どんな意味をこめているのだろう?

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